19・2彫像の盗難
手合わせが終わり戻ってきたフェリクスが私に向かって、
「どうだったかな」と尋ねる。
どうもなにも、全く見ていなかった。
「……大変素晴らしい腕前に言葉もありません」
苦し紛れの言葉を澄まし顔で答える。
それでもチャラ王子は満足したようで、笑みを浮かべてうなずいた。それから黒騎士と真面目に今の手合わせについて話している。
ムスタファはと見れば、オイゲンさんのアドバイスを聞いているようだった。真面目な顔をして、剣を構えて動かしたり、足の位置取りを確認したり。
そういうところは素直なんだな、と感心する。
「ねえ、マリー」
と乳母に抱っこされたカルラが名前を呼ぶ。はいと返事をすると彼女はやはりキラキラした目で、
「ムスタファお兄様もカッコよかったね!」と言う。
「そうでございますね」
「シュヴァが一番だけど、ムスタファお兄様は特別に二番にしてあげるわ」
ずいぶんと異母兄の株が上がったものだ。やはり敵役効果なのだろうか。可愛い幼女の頭を撫で撫でしたい気分だけど公衆の面前で姫君にするわけにもいかないので、笑顔で
「きっとお喜びになるでしょう」と返す。
「ところでカルラ」とパウリーネ。「先ほどの『敵役が上手』とは、どういうことかしら?」
「あのね――」と言ったカルラははっとした顔をして両手で口を押さえた。「なんでもない!」
そこから始まる母と子の攻防戦。パウリーネは答えが分かっているだろうに、カルラに白状させようとしている。
そんな最中、また兵たちの空気が変わった。ピリリとした緊張感がある。今度は誰だと見れば、近衛総隊長がヨナスさんとフェリクスの従者を後ろに従えてやって来たのだった。
どうやら従者ふたりが訓練参加の許可を総隊長に求めに行っている間に、王子たちは勝手に始めてしまったらしい。
ムスタファはともかくとして、他国の王子であるフェリクスは筋を通さなければならない――とツェルナーさんは言って、総隊長とカールハインツに謝罪していた。
フェリクスの従者をやるのは大変そうだ。
というか、それを知っていてムスタファも許可を待たなかったのか。
やや目を泳がせてすまないと総隊長に謝るムスタファは、なんだかイタズラを見つかったカルラみたいでゲームのイメージゼロ、その代わりに可愛らしかった。
◇◇
どういう訳か全員で一緒に帰った。散歩を兼ねているから徒歩だ。
パウリーネのとなりにはカールハインツに抱っこされたカルラ。隊長はまだ鍛練時間らしいのだけど、ワガママ姫が泣いてごねるので、城まで『護衛』することになったのだ。
その後ろに乳母とロッテンブルクさん。周囲に本来の護衛担当の近衛たち。
そして私。左右にふたりの王子。後ろには従者たち。
おかしくないか?
私はカールハインツの斜め後ろが良いのだけれど、がっつりフェリクスにつかまった。一方でパウリーネは、
「マリエットはムスタファさんとお話していて構わないわ」
と私を継子のほうへ押しやった。そのため、こんなおかしな配置となっている。
フェリクスはとるに足らないことを楽しそうに話し、ムスタファは静かに相づちを打っている。ときどき鋭いツッコミになるけど。なんだかふたりは仲良しだ。
私は周りの目があるので、侍女見習いらしく淑やかに聞いている。
そういえば、フェリクスが触ってこない。嬉しいけれど、どうしたんだろう?
城まで戻ると、やけに庭に人が出ていてざわめきたっていた。
パウリーネが侍従を呼び止め何事かと尋ねる。すると彼は、
「庭の像が偽物とすり替えられているらしいのです」と答えた。
偽物? なんだそれは。
「おもしろそう!」
カルラがシュヴァ隊長の腕の中から抜け出して、人々が向かうほうへ走っていく。母たちの制止などまったく意に介さない。
カールハインツが私が追います、と言って走って行く。私もこの中では一番若いので走る。
カルラは小さい体をいかして人の間をすり抜け、植木の下をくぐっていくので追い付きそうで追い付けない。
やっとカールハインツが彼女を捕まえたのは、人だかりのすぐ近くだった。
カルラを臣下の姿勢を崩さず叱るカールハインツを横目に、人だかりの先を見ると、そこにあるのは私が突き刺さる可能性のある槍を持った彫刻だった。
見る限り、偽物になんて変わっていない。カールハインツも気がついて、
「どこがすり替わっているのだ」と首をひねった。
「つまらないー」とカルラ。
「とにかく戻りますよ」とカールハインツ。
だけれどこちらに歩いてくるパウリーネたちが見えたので、留まる。しかもふたりの王子が微妙におかしい表情をしている。こういうことには絶対喜びそうなフェリクスが真顔だし、ムスタファは顔が強ばっている。どういうことだ。
やがてこの場にパウリーネが来たことに気がついた侍従長がどこからともなく現れて、説明をした。
庭師が像の清掃をしようと触れたところ、感触が違った。強く押したらぐにゃりとへこむ。どうやら粘土のようだ。本物は大理石。盗賊が忍びこんですり替えたとしか考えられない。現在、他に被害がないか確認中。
「あんなものを盗んでどうするのかしら?」とパウリーネ。
「自己満足ではないでしょうか。自分の偽物作製と泥棒の技量の高さを確認し、すり替わりに気づかない我々を嘲笑う。どこから見ても、あれが偽物には見えません」と部隊長。
「そうね。あの大きさですもの、魔法を使っているでしょう」
「魔法府に捜索させますか」と侍従長。
「そうね。その技術がある者を調べたほうがいいでしょう。でも自己満足のイタズラならたいした被害ではないし、最重要案件にしなくていいわ」
パウリーネはあまり興味がなさそうに言って最後に、陛下に報告をしておいてねと付け足した。そうして踵を返す。あとに従うカールハインツやロッテンブルクさんたち。
私。犯人が分かりましたよ。
と、心の中で言って、目前のふたりを見る。
王子のひとりはうさんくさい笑顔を私に向け、もうひとりは他所の方向を見ていた。




