19・1近衛府、鍛練場にて
幾重にもかち合う剣の音が響き渡る。足元に舞う砂煙。うっすら漂ってくる汗の匂い。
大迫力の剣戟シーン!
鍛練だけど。いいのだ。本番なんて、ないに越したことはない。
近衛府の中庭いっぱいに隊員たちが広がって、一斉に手合わせをしている。
その中で神々しいまでに光り輝くのは、もちろんカールハインツ!
私の目の前、わずか数メートル先で剣をふるっている。躍動する筋肉! 豪快な動き! 巧みな剣さばき! 何より真剣な顔は凛々しく、相手をはたと見据える力強い目は獲物を狙っている鷹のよう!
格好いい!
とにかく格好いい!
これぞカールハインツの醍醐味!
誰がなんと言っても格好いい!
ああ、応援うちわが欲しい!
「そこまで!」
どこからかそんな声がかかる。カールハインツも他の隊員たちも動きを止めて、剣を下ろした。
「ね、ね、ね、マリー! シュヴァが一番カッコいいでしょ!」
掛けられた声で現実に戻る。私のとなりには乳母に抱っこされているカルラがいて、キラッキラの目で私を見ていた。
「はいっ! ステキでした! 剣の神が舞い降りたのかと思うような豪気かつ秀麗さ! あまりの尊さに、マリエットは心臓が止まるかと思いました!」
いや、もしかしたら止まっていたかもしれない。だって胸が苦しいもの。
「マリエェット!」
やや怒りを含んだ声で名前を呼ばれて、再びはっとする。
「声が大きい」
そう言って苦虫を噛み潰した顔をしているのはロッテンブルクさんだ。
「あなたは侍女。侍女でなくても涎を垂らしそうな腑抜けた顔をするのはやめなさい」
「す……」
すみませんと謝ろうとしたとき、
「仕方ないの!」とカルラが叫んだ。「だってシュヴァはカッコいいもん! マリーが何を言ってるかよく分からないけど、すごくシュヴァを褒めているのは分かるわ!」
カルラ、優しい!
かばってくれたことに丁寧に礼を言い、それからロッテンブルクさんに謝った。次に、微妙な笑顔を浮かべているパウリーネにも。
「カルラと話が合うことは母として嬉しいのですが、よそ見をしていたらムスタファさんが可哀想ですよ」
思わずガクリとなる。そうだった。彼女は勘違いをしていると木崎が話していた。
「どうしてムスタファお兄様が可哀想なの?」
カルラがストレートに尋ねる。
「マリエットはムスタファさんの大切な恋人です」
「違います」
思わず王妃の言葉に反論する。だけどパウリーネは、照れちゃってとカラカラ笑っているし、カルラは目をキラキラさせている。
「良かった!」とカルラ。「マリーにはムスタファお兄様をあげるね。シュヴァは私の!」
前にも同じことを言われたな、と急に冷静になった。だけど前回より言葉に温かみがある。
「私は王家のものですよ」と言って、部下に指示を出し終えたカールハインツがやって来た。
カルラがすかさず、シュヴァと叫んで手を伸ばす。
当然のようにカールハインツに抱き抱えられる王女。うらやましい。
じっと見ていたらカルラはこてんと首をかしげた。
「もしかしてマリーも抱っこをしてもらいたいの?」
「い、い、いえ、滅相もない!」
嬉しいけど。土下座してでも頼みたいけど、そんなことになったら、鼻血を吹き出して倒れるだろう。
と、服を引っ張られる。
なんだと思ったらロッテンブルクさんで、その視線をたどったら頬をリスのように膨らませたレオンが私を見ていた。
……すっかり綾瀬がいるのを忘れていた。ごつい体でなに、可愛い怒り方をしているんだとツッコみつつも、さすがに良心が咎める。
ちょっと悩んで、ぺこりと軽く頭を下げた。侍女見習いっぽさを出してみたのだけど、とたんにレオンは嬉しそうな顔をして小さく手を振ったのだった。良心が……。
「あらあら、言ったそばから。ダメよ、よそ見をしては」とまたパウリーネが言う。
ロッテンブルクさんに無言で助けを求めてみたけど、首を横に振られた。彼女でもお手上げということらしい。
カールハインツはカルラとほのぼのする会話をしていて、私はそちら側に入りたいのに。歯がゆい思いで黒騎士の精悍な顔を堪能する。
無愛想な黒騎士は幼い姫の前でも真顔のまま。口調は丁寧でわずか五歳の前でも完璧な臣下の姿勢を崩さない。さすがカールハインツ。ぶれることのない姿勢が尊すぎる。
こんな間近でじっくり観察できるなんて。眼福眼福。
隊長が次の組み手を始めますとカルラに告げたとき、散らばっていた兵たちの空気が変わった。なんだろうと彼らが顔を向けている方を見たら、うさんくさい笑みを浮かべたフェリクスと、やや面倒そうな表情のムスタファがやって来るところだった。ふたりとも手に剣を持っている。
王子たちは私たちの元にたどり着くと、王妃と王女に挨拶をしてから、近衛部隊長であるカールハインツに、稽古に混ぜてほしいと頼んだのだった。
もっともノリノリなのは明らかにフェリクスで、ムスタファは連れて来られた感が強い。木崎は私と目が合うと、ほんの少しだけ肩をすくめたから間違いなくそうなのだろう。
「できることなら」とフェリクス。「ぜひシュヴァルツ隊長に手合わせを願いたい」
彼はそう言って思わせ振りな顔で私を見た。全員の視線が私に集まる。どういうことだ。まさかフェリクスは自分の剣技のアピールを私にしたくて、やって来たのだろうか。いつものように、謎の情報網を駆使して私が近衛の鍛練を見学していると知って。
「ムスタファだって、いつも同じ相手ではつまらないからな」
フェリクスの言葉にムスタファは、まあなと答えた。
「ムスタファお兄様も剣をやるの!」カルラが嬉しそうな声を上げる。「だから敵の役が上手なんだ!」
敵の役?
ムスタファが焦った顔で妹に向かって、しっと言っている。まさかこっそりシュヴァごっこに付き合っているのだろうか。
「ムスタファさん?」とパウリーネ。
「さくっと始めよう」とフェリクス。
こちらは悪い顔をしているから、良いことを聞いたと思っているのかもしれない。
隊長はふたりの王子の参加を許可して、隊員たちに相手を変えて手合わせを始めるように指示を出した。ムスタファの相手は副官のオイゲンさんだ。
私たちから離れオイゲンさんと向かいあったムスタファの顔がさっと変わった。相手を見据える鋭い目。先ほどまでの、連れて来られたから感は微塵もない。
手合わせが始まる。ムスタファは安定した動きで相手の剣は防ぎ、攻めている。身軽な足さばきでレオンと対峙していたときより、抜群に上手い。あれからどのくらいが経っている?
この前のフェリクスとの手合わせよりも上手く見えるし、一体どれだけ練習をしているのだろう。
それにしてもムスタファの動きに合わせて揺れる長い銀髪が美しい。結局彼は髪を切ったのだけど、毛先を揃えるための十センチだけだった。バッサリいくのをやめた理由はアホらしい。せめて見た目の華麗さでフェリクスに勝ちたいのだそうだ。フェリクスは派手な赤毛で目立つから、その対抗なのだという。
ともあれ。真剣に剣の稽古をしているムスタファは、険しい顔だしたくましいしで到底月の王たる優雅さはないのだけれど、格好良かった。悔しいけれど。




