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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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18・2伝説

 ご存知だったのですか。


 ヨナスさんの言葉に今度は私たちが仰天した。

「お前、知っていたのか? どういうことだ。まさか魔王化に関係あるのか」

 ムスタファが前のめりになって早口でまくし立てる。


「あ、いえ」とこちらも慌てた様子のヨナスさん。「あなたが魔王として覚醒なんて初耳です。てっきり、ほぼ人間なのだと思っていました。私が知っているのは、あなたのお母様ファディーラ様のことです」

 ええと、とヨナスさん。

「『半魔』とは魔族と人の間に生まれた者を指しているのでしょうか」

 うなずくムスタファ。それを受けてヨナスさんも首を縦に振った。


「ですならば、あなたの兄にあたる半魔が、シュリンゲンジーフ家の始祖なのです」




 ◇◇




 何から話しましょうと、しばし考えていたヨナスさんは、

「長くなりますが、やはり最初から」

 と言ってシュリンゲンジーフ家に伝わる伝説を語り始めた。




 ◇◇




 かつて地上には人族と魔族がいた。

 魔族の外見は人族とほぼ変わらなかったけれどひとつだけ違いがあって、それは頭部に生えた、羊のものによく似た一対の角だった。


 見た目の違いはそれだけだったが、性質はまるで異なった。

 魔族は人族の何倍にもなる強い魔力を持ち、それにより高度な文明を誇っていた。けれど彼らの力の源は月で、日の出から日の入りまでの時間は眠り活動するのは夜だけ。更に新月の日は魔力が消えたのだった。


 不便さはあったものの、魔族は月の光で育つ穀物や野菜を育て、家畜を飼って生活をし、時には人族と交易もしていた。そうして長い間、魔族と人とはつかず離れずの距離で共存をしていた。


 ところが魔族の力は角に宿っており、それをすりつぶしたものは人族のあらゆる病を治す万能薬だという噂が人族界に広まったのだ。人は魔族を狩り始めた。魔族が目を覚まさない時間、魔力のない朔月に襲撃をしては殺戮を繰り返す。瞬く間に魔族の数は半減した。


 ついには魔族の王が民を守るために人族に宣戦布告をし、戦が始まった。しかし魔族の魔力は強かったものの、元来は戦う力ではなかったこと、活動できない時間があったこと、数で圧倒的に劣っていたことにより、敗北。


 魔王は人族の勇者に倒され、魔族のほとんどが殺された。

 難を逃れた魔王の子と僅かな生存者のみが血まみれの国から逃げ出して、人族にみつからない安息の地にたどり着いたのだった。




 ◇◇



「このときの勇者がバルバーリッシュ国の初代国王と伝わっています」

 とヨナスさん。

「フェリクスの先祖ということか」

 ムスタファの言葉にヨナスさんがうなずいた。

 バルバーリッシュは隣国でフェリクスの国だ。


「今では人族は、この伝説はおろか、かつて魔族がいたことすら忘れています」

「ああ。知らなかった」とムスタファ。

「そうして今を遡ること数百年前、バルバーリッシュの古い遺跡から、初代国王に関することが書かれた石碑が見つかりました」



『魔王を倒した勇者は奇跡の源を譲り受け、膨大な魔力を持ち不死身となった。

 だが頭が潰れても四肢を切断されても死ぬことのない彼を、人はみな恐れ敬遠するようになった。

 やがて孤独にさいなまれた王は、その位を息子に譲り、逃げのびた魔族を探す旅に出た。新たな魔王に人に戻してもらうため』


 それが石碑の内容だったという。



「この時代ですでに魔族のことは忘れ去られていました。だけれどバルバーリッシュの王は、すぐに新魔王を探し始めたのです。自分も不死身になるために」



 ◇◇



 バルバーリッシュの王は兵に世界中を探させたが、魔族はみつからず、やがて死んだ。次の王もまた、探索を指示した。

 やがて魔王が人を不死身にしてくれる噂は広まり、各国の王、野心家、冒険者が魔族探しに血眼になったのだった。


 そうしてついに人族は、山あいの秘境でひっそりと暮らす魔族を見つけた。

 彼らはためらうことなく襲撃したが、ことごとく反撃にあう。


 そんな中ひとり、ファイグリング国の王子は注意深く彼らを観察し、新月の晩は魔族は魔法を使えないことを突き止めた。また、統率者は王の娘と呼ばれている女性で、出産したばかり。彼女は赤子をことのほか可愛がっている。



 ◇◇



 ファイグリングは私たちの国だ。ムスタファの顔は不安そうだ。


「この女性が最後の魔王で、あなたの母上ファディーラ様です」とヨナスさん。「人族全てが悪人ではない。彼女の夫は人間で、赤子はあなたの言い方では半魔でした。王子は新月の晩に襲撃し、魔族の半分を殺し、魔王の夫も妻の目前で殺して、赤子を人質にとった。そうして『奇跡の源』を要求したのです。ファディーラ様は残った民と赤子の命と引き換えに、自ら角を切断して王子に差し出した。だけど、角では王子は不死身にならなかった」


「奇跡の源は角ではない?」とムスタファ。

「そのようです。怒った王子は残った魔族を皆殺しにし、ファディーラ様を氷漬けにして連れ去った。ただ、赤子だけは人族である父親の妹が機転をきかせて逃がすことに成功したのです」


 それから王子は『奇跡の源』が何を指すのか、古文書をあたったり、勇者伝説を採取しようとしたようだという。


 一方で生き延びた赤子は角を隠してひっそりと暮らしていたが、長じると父と叔母の故郷シュリンゲンジーフのために力を尽くしやがては領主となり、その息子の代で国家として独立した。



「初代から数えて父で二十二代目」とヨナスさん。「混血が進み、私たちに魔族の特徴はありません。時々、魔力の強い者が生まれますが、それは人族でもあることですから魔族の特徴とは言えません。だけど初代の悲願、母であるファディーラ様を取り返すという思いだけは、脈々と受け継がれてきました」


 ムスタファの顔が強ばっている。

 主従の顔を見比べて、私は静かに立ち上がるとムスタファのとなりに座り、その手を握りしめた。ちらりと寄越される視線。だけど言葉はなかった。


「シュリンゲンジーフにはこれらを詳しく記した書物があったのです。が、火事によりそれらは全て消失してしまい、以来、口伝で伝えられてきました。その火事のとき、当主が命がけで守りぬいたものが、ファディーラ様の肖像画です」

「母の肖像画があるのか!」

 今度お見せいたします、とヨナスさん。「ただそれは、両親の顔を知らない赤子を不憫に思った叔母が描いたものなので、信憑性は低かったのですが、あなたに会って驚きました。瓜二つでした」


 私の手の中で、ムスタファのそれが強ばったのが分かった。


「誤解しないで下さい」

 ヨナスさんが柔らかい笑みを浮かべる。

「私があなたに仕えたのは、単純にあなたをお守りしたいと思ったからです。ファディーラ様のお子だからでも、シュリンゲンジーフ家の悲願のためでもない。父がすんなりと許可してくれたのは、そのためですけどね」


「……本当か?」

 ムスタファが、聞いたことがないような弱々しい声を出した。

「当たり前です」強い口調できっぱりと言うヨナスさん。「我が家の悲願との思いは強いですが、私とて公子。他人に仕えるなんて、普通ならば考えません。あなただからですよ」

 ムスタファがほっと息をついた。表情も和らいでいる。


 ヨナスさんの父は、氷漬けだったはずのファディーラが、知らぬ間に王子妃として死去していたことに、ひどくショックを受けたそうだ。だからせめて、遺された孤独な王子を守ろうという気持ちがあるらしい。

 私の後見を大公自ら引き受けてくれたのも、そのためだという。


「母は何百年もここで氷漬けになっていたのか」とムスタファ。

「分かりません。シュリンゲンジーフの密偵が何度となくこの城を探索しているのですが、手がかりは見つかりませんでした。恐らくはこの国の者も、長らくファディーラ様の存在を忘れていたと思われます」


 それがなぜ突然解放され、王子妃となったのか。もしや誰かが不死身となったのか。彼女の死はそれと関係があるのか。

 ヨナスさんは密かに調べたけれど、何も分からなかったという。


 そしてムスタファに角も夜行性の特徴もないから、人間に近いのだと考えていたのだそうだ。


 ムスタファが私を見た。

「魔王化した俺って……」

「うん、角がある」

「あるのですか!」ヨナスさんが声を上げる。


 この機会にちょっと恥ずかしくなってきた手をムスタファから離そうとしたら、握り返されてしまった。視線は合わない。

 木崎らしくないけど、まだ心細いらしい。黙ってされるままにしておく。


「物語だと、とある契機で彼が覚醒して魔王になるエピソードがあるのです」ヨナスさんに向かって話す。「そうするとこの世界は滅んで闇の世界になるのです」

「ヨナスの話では、魔王にそこまでの力があるようには思えないな」とムスタファ。

「魔族の真の力は誰にも分かりません」とヨナスさん。


 ううむと三人で考えこむ。


「とにかく」とムスタファがまとめるように口を開いた。「私は半魔で魔王になる可能性がある、それをヨナスに伝えたかったのだ」

「しかと伝わりました」にこりとするヨナスさん。

「私は魔王になりたくないし、闇の世界も望まない」

「ええ。それが一番です」


 ヨナスさんの言葉に、ムスタファの顔が一層和らいだ。

 良かった。


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