18・3余談
「実はですね」
ヨナスさんは少しだけバツの悪そうな顔だ。
「ファディーラ様一連の件に、パウリーネ様が何か噛んでいるのかと、疑ったことがあります」
パウリーネが、と繰り返すムスタファ。
「ええ。不死身とは違いますが、外見が全くお年を召さないので」
「あ、それは」
思わず口をはさむと、ヨナスさんは分かっているというかのようにうなずいた。
「ご実家秘伝の秘薬があるそうですね。ロッテンブルク殿も分けてもらっているとか。貴重な薬草を大量に使うので、少量しか作れない。薬草はこの辺りで生育しないものだから、庭師ベレノが温室で育てている」
「だからパウリーネは温室に他人を入れたがらないのか」とムスタファ。
「ええ。彼女は薬草を盗られる心配をしているようですね。ちなみにこれはトップシークレットです。とは言っても」ヨナスさんの顔に苦笑が浮かぶ。「あのような性格の方ですから。親しいご夫人たちはみな知っていらっしゃいます」
ヨナスさん調べによると、どうやらパウリーネの母親の両親どちらかがフリーランスの魔法研究家だったらしい。
フリーランスというのは国の機関に属さず独自に研究する者で、わずかだが存在するそうだ。なぜわずかかというと、魔法に関する貴重な書物の大半は国が有していて、研究は魔法府が最先端だからだ。
そこに属さないで研究をする。そんな道を選ぶのは大抵が組織を嫌う頑固者で、実数実態はよく分からないという。
「王妃の母の両親のことなのに、どちらが研究家か分からないのか?」とムスタファ。
「はい。貴族ではなかったので記録がないようです。妃殿下はご存知だとは思いますがね」
そこでヨナスさんは私に、すでにムスタファもパウリーネが侍女だったことを知っていると教えてくれた。更に、彼女が侍女になったのは、母親が平民であることを気にしたための箔付けだったらしい、とも説明してくれたのだった。
パウリーネはファディーラ様の御逝去時に城にいたし、外見はいつまでも若いままだから、ヨナスさんは疑いを持ち、調べたのだそうだ。
不死身かどうかを確かめる術はなく、外見は秘伝魔法と努力の賜物。奇跡の源を譲り受けていたら膨大な魔力を持つはずだが、彼女は一般的なレベルしかない。
ということで、ヨナスさんは疑いを解いたそうだ。
そしてファディーラ様については何もわからないまま、今にいたるという。彼が勤続四十年の侍従長に尋ねたときの返答は、
「パウリーネ妃に忖度して口をつぐんでいる部分もあるが、彼女については本当に分からないことばかりなのだ」
だったそうだ。
「そうか。……まあ、母のことはいい」
ムスタファが言う。その顔は、木崎の口調で私と話をするときの顔とはまるで別人で、なんだか命も魂もない人形のようだった。
「それよりもヨナスは私に訊きたいことはあるか」
普段より覇気のない声でムスタファが尋ねる。
「ええ。魔王に覚醒する原因は何なのでしょう」
その質問は私が一番避けたいものだった。
木崎のムスタファが、
「要因はいくつかあって、ひとつは母の件。きっかけになるのはマリエットだ。彼女が酷い目に遭い、私が激怒する」
と答えて私を見た。
「だよな?」
うなずく私。
「酷い目とは?」とヨナスさん。
「言いがかりをつけられて、窓から突き落とされる」ムスタファが答える。
うん、だいたいそんな感じ。
「言いがかりって、どんな?」とヨナスさん。
「そうだな、どんな風にだ? 俺も詳しく知らない」とムスタファ。「起こることはないだろうが、万が一俺ルートになったときに備えておいたほうがいいよな」
ふたりの目が私を見る。なんとなく木崎には話したくなかったのだけど、しょうがない。
「バージョンアップ後だと『孤児風情が、ムスタファ殿下の寵愛を受けるなんて』と貴族のご令嬢に言われる」
「なんだよ、バージョンアップ後って」
「最初のシナリオは違ったらしいの。全年齢対象ゲームのセリフとして良くないからって、すぐに変えたみたい」
「元のセリフは?」
「『孤児風情が、ムスタファ殿下のお子を授かるなんて』という――」
「は!?」
私が最後まで話さないうちに木崎のムスタファが声をあげた。
「言いがかりにしても、あり得ねえ」
「私に文句を言われても」
ずっと握られていた手が離れる。
「そんな噂が流れる原因はムスタファの溺愛が激しいからだよ」
「俺はお前を溺愛なんてしねえし!」
「知ってるよ」
「仕事仲間にはいいとは思うけどな」
「ツンデレか」
「デレじゃねえ。仕事上、必要な判断をしてるだけ」
……なんでだろ。ちょっと気分が上がった。仕事面を評価されるのは、素直に嬉しい。
離されて、所在がなくなってしまった手を膝におく。
「それで」ヨナスさんの静かな声がした。「突き落とされて、マリエットはケガをしないのですか?」
「……するから、私が怒る」木崎から王子に戻るムスタファ。
「どの程度?」
また二対の目が私を見た。
どうするか迷い、溺愛ルートはないのだから、と正直に話すことにした。
「……お腹を串刺し」
「串刺し!?」とふたりが声を揃えて叫ぶ。
私が窓から落ちた先に、槍を持った彫刻があるのだ。私はそれに串刺しになる。中空でその状態にある私を、誰も助けない。
というか魔法でなければ助けられないのだと思う。実際にその彫刻を見たら、かなり高さがあるし、周りにある植木などの関係から脚立を置くのも難しい。
とにかくも、槍にお腹を貫かれ苦しむ瀕死のマリエット。人々は見ているだけ。母親の死について何かを知り、ショックを受けたばかりだったムスタファは、怒りを爆発させる。
それがゲームにおける、ムスタファ魔王覚醒の流れだ。
話を聞き終えたムスタファの顔は、蒼白だった。以前だったら何故と不思議だっただろうけど、今は分かる。心配してくれているのだ。
「大丈夫だよ。ムスタファは絶対に選択しないから」
「その事態は避けられるのか」ヨナスが訊く。
「はい。物語には幾つものバージョンがあるのです。彼が魔王化するのは沢山あるバージョンのひとつに過ぎないですし、私がそれを選ばなければいいのです」
「……なるほど」
それからムスタファはヨナスさんに、魔王になろうとした彼が討伐される物語もあるけれど、これは魔王化より可能性が低いから心配ないと説明。
ヨナスさんは、分かりましたと首肯した。ただ、正しく理解出来ていないかもしれないし、あとで疑問点が出てくると思うと付け足した。
見たところ、ムスタファ魔王化を心配している様子はない。
ほっとして、用意されていたグラスに初めて手を伸ばした。ワインかと思っていたら、葡萄ジュースだった。美味しいけど。ムスタファはアルコールなしで話をしたかったのだ。
「それともうひとつ、質問があります」とヨナスさん。
まだ話は終わっていなかったらしい。気を抜いてしまっていた。居ずまいを正す。
「あなたが魔法を諦めないのは、魔王として覚醒することをご存知だったからですか」
「そうだ。魔王化なしで魔法を使えるようになりたい」
「しかし、どうして今は魔力も角もないのでしょう」ヨナスさんが首をひねる。「ファディーラ様があなたをお産みになられたとき、角はなかった。だからあなたにも角はなく、夜行性でもなく、人に近いのだと考えていたのです。私だけでなく、父も同意見です」
何故だろうと三人で考える。が、
「考えたとて、正解がわかるはずがない。自力で何とかするまでだ」とムスタファ。やや木崎味が入っている。
「そうですけど。あなたは全てに全力だから心配です。少しでいいからやり方を変えていただきたい」
「……考えておく」
ふうん。ムスタファはヨナスさんの言葉は聞くのだな。私にはムリと断言するだろうに。
「今の疑問はこれぐらいですね」
ヨナスさんはそう言って、立ち上がった。
「失礼して茶の用意をしてきます。ふたりとも、温かいものを飲みたい気分ではありませんか?」
茶器を取って参りますと、ヨナスは部屋を出ていった。
平静に見えるけど、もしかしたらひとりになって落ち着きたかったのだろうか。
ちらりと木崎のムスタファを見ると、ちょうど向こうも私を見たところだった。




