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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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16・1王妃の采配

 騒動の翌日は、いつも通りに始まった。

 朝食に例の侍女ふたりがいなかったので多少は話題に上がっていたけれど、私もルーチェもロッテンブルクさんも口をつぐんでいたので誰も何も分からず、体調不良だろうと結論づけられていた。


 朝食後には医師の元へ行き、本来なら縫合箇所の消毒をしてもらう予定だったのだけど、その代わりにフェリクス殿下の治癒魔法で完治した旨を伝えた。すると医師は盛大に顔をしかめて、

「またか!」と声を上げた。「次からは私の元に来るな。真っ直ぐに殿下の元へ行け!」


 がんばって縫ったのにとぶつぶつ医師は文句を言い、それは当然の不満なので丁重に詫びたのだが、彼の機嫌は直らなかった。仕方ない。なるべく彼の元へ行くことがないように、ケガも病も避けなければ。




 そうして王子ムスタファの髪の手入れをして、ついでにまたココアをもらい、へルマンには意味深な笑顔を向けられ、パウリーネのお猫様の寝床とトイレの掃除をし、ついでにお猫様のお風呂とブラッシングもして午前中が終わろうかという頃。ロッテンブルクさんに呼び出された。


 彼女の仕事部屋に行くと、固い表情で机の元に立っていた彼女は私に向かって頭を下げた。

「どうされたんですか」

 慌てる私に侍女頭は、

「申し訳ない」と更に言葉で謝った。

 何事かと思ったら、例の侍女たちは無罪放免になったという。


 昨晩、侍女頭と侍従長、近衛部隊長の三人はムスタファと私に、ふたりはクビにして、示談で賠償金支払いが妥当だろうと話していた。木崎は傷害罪だと主張していたけれど、私は大事にしたくなかったので、それで構わないと答えていた。


 だけどパウリーネ妃がすべて否定したそうだ。

 というのもふたりの侍女は、第一第二王女の専属でお気に入り。だから王女たちが絶対にやめさせてはダメと言っているかららしい。


 謹慎も賠償もなし。ふたりは何のお咎めもないのだ。

 ロッテンブルクさんは納得できないようで、何度も私に謝った。ムスタファ殿下にもフェリクス殿下にも申し訳ないと言う侍女頭。


 私はこの程度ではめげないからと彼女を必死に励まし、その一方でもしやあのふたりはゲーム的に必要だから『退場』させられないのかなと考えたのだった。




 ◇◇




 二日に一度のカルラとの人形遊び。

 彼女の昼食後すぐに伺うと、五歳児は素晴らしいドヤ顔をしていた。


「ニンジンを食べてるの! もう三回も! そろそろシュヴァみたいになれるわ!」

 鼻息荒く主張する姿は愛らしいとしか言い様がない。だけどカールハインツになるにはまだまだ色々な難関がある。


 と、乳母が

「三回では足りませんよ。大人になるまで食べ続けなければ」とすかさず言った。

「た、食べるもん!」

「鼻をつまんで丸飲みではだめだそうですよ」と更に畳み掛ける乳母。「ね、マリエット」


 乳母、カルラが私を見ている。飛び火だ。

「……そうですね。隊長はむしゃむしゃ食べるらしいですよ」

 ちょっとばかり心が痛いが、今さら引けないので嘘を重ねる。


「むしゃむしゃ食べてるもん!」とカルラはふくれる。

 だけど乳母や控えている侍女たちの顔には、菩薩のような笑みが浮かんでいるから幼女の認識は甘いようだ。


 とにかくもニンジンを食べられるというレベルアップを果たしたカルラに、私はプレゼントを渡した。人形用のシュヴァルツ隊長制服だ。


 広げてそれが何か分かったカルラは、大きく開けた口をはわわとふるわせて、それから私に抱きついた。


「ありがと、マリー! 大好き!」


 自身のレベルアップに加えて人形もパワーアップしたものだから、カルラの人形遊びはいつも以上に張り切ったものとなった。シチュエーションも練られていて新しくお母さまが登場し、ピンチに陥った彼女をシュヴァ隊長が助けるのだ。


 私演じる悪いヤツがあっさりやられてしまうとカルラは怒るので、絶妙な加減で反撃をしたりしてシュヴァ隊長の見せ場を作って遊んでいると――。


「まあ。本当にマリエットは人形遊びが上手なのね」というのんきな声がした。

 慌てて振り返ると笑顔のパウリーネがいた。そのとなりにはシュヴァルツ隊長本人も。


「お母さま! シュヴァ!」

 カルラが満面の笑みで母親に駆け寄る。

「見てた? カルラのシュヴァ、カッコ良かったでしょ! マリーが制服を作ってくれたのよ」

「まあ、ステキ」


 母子の邪魔をしないよう、静かに膝を折りパウリーネに挨拶をする。それからカールハインツに。彼は目が合うと、

「本気過ぎだ」

 と言った。主語がないから何を指してのことかはっきりしない。カルラの熱意なのか、遊びの筋書きなのか、人形のシュヴァ具合か。


 と思ったら、

「お前は犯罪者として近衛に追い詰められた経験でもあるのか?」と呆れ口調が続いた。

 本気過ぎるのはカルラではなく、私の演技だったか!


 顔から火が出る思いで、

「カルラ様に楽しんでいただきたくて」と答えると、

「どう見ても自分が楽しんでいるだろう」とカールハインツ。

 昨日に引き続き、今日まで好感度を下げてしまった……かと思ったけれど、真面目な騎士の表情は、普段より幾分か柔らかかった。


「カルラのシュヴァ!」

 ワガママ姫がそう叫んでカールハインツの足に抱きつく。

「あらあらカルラ。お母様よりシュヴァがいいの? 悲しいわ」とパウリーネ。

「お母さまもシュヴァも一番なの」とカルラ。


 カールハインツは姫をベリッとはがすと、その場に片膝をついた。

「姫、こちらを」と手にしていた袋から黒いものを取り出す。「私が幼少期に着ていたものです。古いもので申し訳ありませんが」


 それは男児用の服だった。シルバーグレイのブラウスに黒い上着、そして黒いズボン。

 カルラの目がみるみる間に輝いていく。

「シュヴァと同じ!」

「着るのはこのお部屋の中だけよ。お約束できるかしら」とパウリーネが優しい顔で尋ねる。

「できるわ、お母さま!」


 顔をくしゃくしゃにして喜ぶカルラはカールハインツに抱きつき、お母様に抱きつき、私にも抱きついて、それから乳母と侍女たちと共に奥の部屋に着替えに向かった。手にはもらったばかりの服とシュヴァ人形を抱えて。


 にわかに静かになった部屋でパウリーネは私を見た。

「マリエット。昨晩は大変だったわね。だけどフェリクス王子が治してくれて良かったわ」

 それは屈託のない笑顔だった。

「恐れ多いことです」

「あの子たちも反省しているから、許してやって。王女たちには必要な侍女なのよ」

「……はい」


「カルラがあんなに喜ぶなんて」

 パウリーネはカールハインツを見た。私の大ケガに関する話は終わったらしい。

「本当にあなたになりたいのね」

「着古しで申し訳ありません」と真面目な近衛が頭を下げる。

「あら、『シュヴァ隊長の服』というのが嬉しいのじゃないかしら。ねえ?」

 笑顔の王妃が私を見たので、うなずく。

「これで満足して、落ち着いてくれるといいのだけど」とパウリーネ。「いったい誰に似たのやら、やんちゃすぎるから参ってしまうわ」


 だけど上のふたりの王女たちも庭の散歩に出ると大はしゃぎだから、パウリーネかフーラウムのどちらか、もしくは両方がやんちゃなのだと思う。


 王妃と近衛が交わす会話を聞くとはなしに聞いていると、どうやら今回のことはカールハインツが申し出たらしい。昨日のあの態度からは驚天動地の変化だけど、これの原因がもし私にあるなら、好感度は下げずに済んでいるのかもしれない。


 ……元々ゼロだけど。カールハインツにだけマイナス値がつきそうな感触だったからね。


「みんな、目をつぶって!」

 奥の部屋から、カルラの嬉しそうな声がした。

 可愛らしい姫だと思いながら、目をつぶる。タタタッと駆けてくる足音がしたと思ったら、

「いいわ!」とのお許し。


 目を開けると、カルラは黒い男児の服を着て左手にはシュヴァ人形、右手には剣に見立てたと思われるハンガーを持って満面の笑みでポーズを決めていた。


「まあ、可愛い」とパウリーネ。

「サイズが合って良かったです」とカールハインツ。

 カルラが私を見たので、お似合いですと声をかける。彼女は嬉しそうにハンガーの剣を振る。

 パチパチと手を叩くパウリーネ。

「でも危ないからハンガーはやめなさいね」


 カルラは動きを止めた。しょんぼりしている。

「……お部屋から出ちゃダメ?」

「ダメです」


 しばらくじっとしていたカルラは、パッと笑顔になると再び私を見た。

「来てもらえばいいんだ! マリー、呼んで来て!」

「誰を?」と尋ねるパウリーネ。

 まさか……。

「ムスタファお兄様! ニンジンを食べたからシュヴァになれたって見せるの!」


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