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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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12・〔幕間〕従者は嘆息する

ムスタファの従者、ヨナスのお話です。






 自室に戻るとムスタファ様はやや粗野な態度で長椅子に腰かけた。苛立っているのだろう。『キザキ』の面が強くなっている。

 フェリクス王子はせっかくだから茶でもと誘ってきたのだが、ムスタファ様はそれを約束があるからとすげなく断っていた。

 確かに約束はある。だけれど拒否した理由はそれだけではないだろう。


 もっとも彼がこのようになるのは分かっていた。サイドテーブルには気を静めるためのティーセットが予め用意してある。

 水を湯に変えようとして、呪文を口にすることを一瞬ためらった。だがここで止めるほうが彼の癇に触るだろう。


 以前は滅多に怒ることなどなかった。そもそも感情の起伏が乏しかったのだ。私が出会ったときは既にそうだった。生まれもった性質なのか、育ちの複雑さからなった後天的なものなのかは知らない。


 ひとつ言えることは、今のムスタファ様のほうが人の生を生きているように感じられるということだ。以前の彼は他人にも自分にも関心がなくて、そばで見ていて痛々しく感じることも多々あった。


 入ったお茶を彼の前の卓に置き、さりげなく顔を伺う。すると見たことがないほどに眉間にしわを寄せ、不機嫌に空中をねめつけていた。

 昨日今日と大変なことだと、ひとりごちる。


 昨夕、マリエットの事件を聞いたときの彼の顔も凄かった。一瞬にして蒼白になり硬直した。私が彼女の身に起きたことのあらましを語るにつれて、その顔は険しさを増していったのだった。


 きっとすぐにでも彼女の様子を見に行きたかったのだろう。だけれどそれを抑えて夜を待つと言ったムスタファ様は、苛立たしげに指で肘掛けを叩いたり、部屋の中をぐるぐると歩き回ったりしていた。


 かと思うと突如、

「軟膏だ」

 と声を上げて、懇意にしている魔術師ヒュッポネン様に特別に調合していただいた魔力入り軟膏を私に用意させた。


 てっきりマリエットに分けるのだと思ったら、ムスタファ様はそれをそのまま見舞い品セットの袋にしまったのだった。その軟膏を調合するには高価な薬草と複雑な手間がかかるそうで、簡単に作れるものではない。ムスタファ様はそれを知っているし多用している。


 それを持って彼女の元へ向かったムスタファ様は、史上最上級の機嫌の悪さで帰って来た。その原因の半分は私が彼女がいじめを受けていることを知りながら彼に報告していなかったせいだったけれど、もう半分はフェリクス王子のせいだった。


 彼が治癒魔法でミヤモトのケガを治療した。


 魔力がないムスタファ様の悔しさは、計り知れない。

 なぜ彼の血筋で魔力がないのか不思議だが、それが現実なのだから仕方ないと私は思う。しかしムスタファ様は納得できないようでここ最近、ヒュッポネン様に師事してなんとか魔法を使えるようにならないかと必死に努力をしているのだ。


 その矢先にこれだ。フェリクス王子に剣術も魔法も敵わない。

 かつてのライバル、ミヤモトを助けることも出来なかったしケガを治すことも不可能。


 マリエットの頬に手を当てて癒すフェリクス王子を見るムスタファ様の目は果てしなく険しかった。


 悔しさと不甲斐なさから、またがむしゃらに魔法と剣に励むのだろう。心意気は素晴らしいと思うが、彼は他にも国民の生活に関する勉強もし、専門家や有能な貴族との人脈づくりにも余念がない。どう考えても頑張りすぎで、いつか倒れるのではないかと心配になってしまう。

 昨晩だって魔力府から借りてきた古文書を遅くまで読んでいたようだ。目の下にはうっすらとクマがある。


 隙間時間に仮眠でもとってくれればいいのにムスタファ様は厳つい表情をしたまま微動だにせず、出した茶は手をつけられることがないまま冷めてしまった。

 声をかけたいが、昨晩から彼は私に怒っているから、それも余計に苛立たせるだけだろう。


 と、扉を叩く音がした。

 約束をしていたレオン・トイファーだ。招き入れてお茶を入れ直す。ふたりは余談もなしに、レオンが昨日の事件を報告し始めた。


 彼らの前に茶を出し脇に控える。ムスタファ様の険しい顔は変わっていない。

 やがて話し手はムスタファ様に代わり、フェリクス王子が魔法で完璧に治癒したことを知らせ、それも終わるとレオンもマリエットが受けているいじめを知りながらムスタファ様に黙っていたことを責めるものとなった。


「すみません。宮本先輩が黙っていてくれって言うし、僕も告げ口みたいなことは嫌だったんで」とレオンは大きな体を縮こませた。

 ムスタファ様は納得していない顔をしている。だけど確かに『告げ口』はマリエットが望んでいなかったのだから的確な表現で、ムスタファ様が文句を言うのは筋違いといえるだろう。

 そもそもその事実をムスタファ様が知ったとして、何かできた訳でもないのだ。


 不満げなムスタファ様の顔をレオンは伺いながら、

「あとひとつ報告が」と別の話題を切り出した。

 彼は引いてしまうぐらいに『キザキ先輩』に心酔しているけれど、その割には図々しいというか図太いというか、肝が座っているところがある。


 よくあんな不機嫌なキザキ先輩に違う話題を持ち出せる。

 そう感心していたら、レオン・トイファーは。

「僕、宮本先輩に結婚を申し込みました」

 と、耳を疑うような爆弾セリフをスルッと口にした。


「……は?」

 ムスタファ様も理解しがたかったようで、聞き返す。

「まだ返事はもらっていませんが、オーケーをもらえるよう頑張ります」

 レオンはひとり照れてれな顔で話を進めている。「まだ求婚段階でしかないですけどね。先輩に知らせておきます」


「は? 求婚?」とムスタファ様。「綾瀬が? 宮本に?」

「はい」と嬉しそうなレオン。

「だってお前! 宮本のことはめちゃくちゃ敵視していたじゃねえか! なんでそうなる!」


 いや、はははと笑うレオン。

「あ……」とムスタファ様。「あいつが言い掛けたのはこれか」と呟いた。

「宮本先輩、僕のことを何か話していましたか」

「聞いてねえよ。フェリクスに邪魔されたから。きちんと説明しろ」


 ああ。ムスタファ様の機嫌が最大限に悪くなっている。

 それなのにレオンはにこにこと、実はですねと語り始めた。なんて鋼の精神なんだ。


「詳細は言えませんが、木崎先輩のことで叱られたんです。最初は頭に来たのですけどね。犬猿の仲なのに、先輩のことを深く理解しているんだと思ったら、なんだかリスペクトの気持ちが湧き上がって。ストンと好きになっちゃいましたよ」

 照れながら語ったレオンに、ムスタファ様が

「俺はお前が理解できねえ」と呟く。


「彼女の出自のことなんかで悩みましたけどね」構わず話続けるレオン。「やっぱり好きな人は守りたいじゃないですか。だから結婚を決めたんです」

「あいつの狙いはカールハインツだぞ?」とムスタファ様。

「分かってますけど無理ですよ。隊長の願掛けは本気だし、宮本先輩は彼のタイプでないですからね。あの人って恋愛経験値が低いから、押せばほだされてくれると思うんです」


 それは私も同意見だ。


「フェリクスも宮本を気に入っているぞ」

「知っています」とレオンはうなずく。「だけど彼は王子ですからね。孤児院出身の侍女を正妻にはできないでしょう? 宮本先輩は先輩で、愛人なんかになれる性格じゃない。だから彼はライバルにはなりません。僕が圧倒的に有利ですよ。もう外堀は埋めたし」

「外堀?」

「隊長とロッテンブルクさんには求婚の話をしてあります」とレオン。


 ムスタファ様は小さな唸り声をあげ、

「となると、どうなるんだ?」と呟いた。

「めでたく挙式ですね」

 レオンは嬉しそうに言う。頭の中はどうなっているのだろう。マリエットに好かれるという自信しかないのだろうか。


 一方でムスタファ様は首をかしげている。それからしばしの後、

「まあ、本人に聞くのが早いか」と言った。「お前はちょっと落ち着いておけ。宮本を困らせているかもしれないから」

「……先輩」ちょっと心配そうな表情のレオン。

「なんだ」

「念のために確認しておきますが、先輩も宮本先輩を好きだとかないですよね?」

 そう、その確認は大変重要だ。だけどどうせムスタファ様は……

「あるわけねえだろ。宮本だぞ?」

 顔をしかめて、予想通りの答えを口にした。

「良かった」

 あっさり胸を撫で下ろしたレオン。


 私はこっそり嘆息した。

 いや、信じるなよと言いたい。その人はきっとミヤモトの結婚式当日に自分の気持ちに気がついて愕然とする。その様子が目に見えるではないか。


 キザキとミヤモトの関係性を私は知らないから、なぜムスタファ様が頑なに

「だって宮本だぞ?」

 と言うのか分からない。だけど今の彼を見ている限り、彼女に特別な感情を持っているのは間違いない。


 いくら私が言っても、聞かないし。

 そのくせ、どうせ今夜もマリエットに会いに行くのだろう。レオンとのことを聞きたくて仕方ないはずだ。


 全く。またお夜食セットを準備しなければならないな。


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