12・1ケガと治療
一夜が明けると顔の腫れはだいぶひいていた。木崎のくれた軟膏とフェリクスの魔法のおかげだろう。ただ、どす黒く変色しているし、効果切れかズクズクと傷む。
軟膏を頬や足首に塗って身支度をして侍女用の食堂へ行くと、周りの反応は二通りだった。仕事があるから隠していない顔を見て、くすくす笑う侍女。目を泳がせたり伏せたりする侍女。敵が分かりやすい。
席につくとすぐにルーチェがやって来て、となりに座った。初めてのことだ。
そして、ケガの具合はどうか、昨晩の食事は食べられたのか、今朝は食べられるのか、足は仕事に差し支えないか。そんなことを矢継ぎ早に尋ねた。
質問に答えてありがとうございますと礼を言ったら彼女は、だってと口をもごもごさせてから
「私のスープ、いる?」と配られたばかりのそれを押しやった。「その頬、口を開けにくいのでしょう?」
「今朝はもう大丈夫ですよ」
そう答えて、それを裏付けるかのように笑みを浮かべた。
それは良かったとルーチェは答えて、それから鼻をすんとさせた。
「良い香りね。軟膏? 昨日のとは違う匂いのようだけど」
ドキリとする。
王子が使う特別な軟膏だ。香りも珍しいのかもしれない。香水と縁のない生活だったせいで匂いの違いにはどうしても鈍感になってしまう。香りまで頭が回らなかった。
「別のものもいただいたのです」と無難に答える。
ルーチェは不思議がることもなく他の話題にうつり、胸を撫で下ろした。
ムスタファは身の回りのことをほとんど全てヨナスに任せていて、特に侍女には自分の目が届かない仕事しかさせていないらしい。だから軟膏の出所に気づかれることはない、はず。そう思いたい。
◇◇
朝食が終わるとすぐにロッテンブルクさんに、フェリクスからケガの件で呼び出しがかかっていると告げられた。これが朝から物議を醸したようで、果たして他国の王子に侍女の治癒なんてことをさせてよいのか議論が沸騰したらしい。
治癒は非常に高度な魔法の上、フェリクスも話していたが魔力の消耗も激しいという。我が国で魔術師の治癒の恩恵を受けられるのは、王公貴族ぐらいだ。
だが結局は、フェリクスの強い要望ゆえのことで王家は関わらないと、結論が出たそうだ。
治癒の代わりに無理難題を私が押し付けられては大変だと心配したロッテンブルクさんは、私が頼まなくても付き添う気が満々だった。
そんな彼女と共にフェリクスの部屋を訪れると、先日の長椅子に座ったチャラ王子が笑顔で出迎えてくれた。彼の後ろには従者。更にその後方、離れたところにあるひとり掛けの椅子には足を組んで優雅に座るムスタファ。傍らにはヨナスがいた。
我らが侍女頭は表情に出すことはなかったけれど、ここに第一王子がいることを訝しんでいるだろう。チャラ王子は、
「ムスタファは私の素晴らしい魔法を見学したいそうでね」
とロッテンブルクさんに向かって説明をしていた。
促されて王子の向かいの椅子にロッテンブルクさんと並んで座る。
チャラ王子は、災難だったな、許しがたい犯罪だなんてことをつらつらと語り、なかなか本題に入らない。どちらかというとロッテンブルクさんに向けて、今回の件には憤りを感じているというアピールをしているようだった。
時どき振り向いてはムスタファに、君もそう思うだろうと同意を求めたりもした。
「御託はいい。語るのは治してからにしたらどうだ」
ついに痺れを切らしたのか、ムスタファが言った。ゲーム通りの抑揚の乏しい口調で木崎みがない。
「やれやれ。月の王は短気のようだ」
フェリクスはそう言いながらも立ち上がると卓をまわって私の前に来た。
「触れるよ」
と一言、左頬に手をのせる。昨晩と同じように温かいものが流れ込んでくるような感覚。フェリクスは口元に笑みを浮かべて私の目をのぞきこんでいる。
あんまりみつめてくるので居心地が悪いけれど、目を逸らすのも悪いような気がして耐えた。
昨日よりだいぶ長い時間をかけたあと、フェリクスは手を離した。
「もう大丈夫」
すると彼の従者がすかさず鏡を持って、私の顔が映るように立った。それに映った私は、いつも通りの顔でアザの欠片も腫れもない。もちろん痛みもない。
ロッテンブルクさんもさすがに驚いて、まあと息を飲んでいる。
「次は足だ」
とフェリクスはさっさと私の前にひざまずき、慌てる侍女頭をいなしながらひとのスカートの中に手を入れて足首に触れる。そうして頬よりはずっと短い時間で治してくれた。
ロッテンブルクさんは侍女頭として感謝と称賛の言葉を述べ、私も心の底から礼を言ったけれどチャラ王子は
「私の頼みをひとつきいてくれれば、それでいい」と言い出した。
きっとロッテンブルクさんは、やっぱりと思っているだろう。私もだ。
「なに、難しいことではない。今度温室散策をしたい。心配するな、二人きりとは言わぬ。ルーチェとムスタファ、四人でだ」
「温室」とロッテンブルクさん。
「勝手なことを言うな」とムスタファ。
「温室はパウリーネ妃のものです」
侍女頭の言葉に私もうなずく。そのように聞いている。花好きの彼女が選りすぐりの植物を選んで楽園のようにしているらしい。時たま彼女は友人を招くけれど、基本的に彼女と専属庭師のベレノしか入れない。
「ダメか。楽園を彼女と楽しみたかったのだ」とフェリクス。
「申し訳ございません。マリエットの治癒には感謝いたしますが、王家とは関係ないこととのお約束です」
「ではまた四人でポーカーをしよう。それならば問題はないな」
それならば、と侍女頭。
フェリクスは満足そうに笑みを浮かべた。
◇◇
フェリクスの部屋を出ると、そこにはカルラの侍女が待ち構えていた。私の顔を見て、目をみはる。少し前までのとんでもない状態がきれいさっぱり治っているのだから、当然だろう。
彼女は侍女頭の、どうしましたという質問に
「カルラ様がマリエットを心配しておりまして」と答えた。
どうやらワガママ王女は朝から、今日もマリエットと人形遊びをするのだと主張したらしい。だけど私は酷い顔だ。とてもではないが王女には見せられない。
そう考えた侍女が、マリエットはケガをしたので暫くは遊べないでしょうと告げたそうだ。そうしたらあのワガママ五歳児はショックを受けてしまい、私を心配して泣いているという。
なんとまあ、可愛らしい。
それで侍女はとにかくもカルラに顔を隠して会い、ケガは酷いけれど元気にしていると言ってほしいと私に頼みに来たのだそうだ。
そこでロッテンブルクさんが、私がフェリクスの治癒魔法を受けられたことを説明し、三人でカルラの元に向かうことになった。
ついでに侍女と、カルラの格闘系人形遊びには今後はどれぐらいの頻度で付き合うかを打ち合わせした。彼女や乳母たちは、男物の服を着たい、剣術を習いたいと騒がないなら、激しい人形遊びぐらいは目をつむるそうだ。
そんな話をしながら廊下を歩いていたら、向こうから攻略対象のヴォイト・ヒュッポネンがやって来た。
魔術師の彼は魔法府の中でもエリート集団である上級魔術師団に所属している。しかもどんなタイプの魔法も得意で古老にも一目置かれている人物だ。
何度も遭遇しているけれどゲーム通りの人柄で、攻略対象最年長の三十歳だからか包容力があり落ち着いている。私が他の侍女といるときに無駄に話しかけてくることはなく、ひとの良さそうな笑みを浮かべて目礼して終わり。
今回もそうだったのだけど、すれ違いざまにヴォイトは突然足を止めて私を見た。わずかに目を見開いている。
「何か?」
そう尋ねると彼ははっとしたように、
「いや。何でもない、失礼した」と言って去って行った。
「あなたのケガが治っていて驚いたのでしょう」とカルラ付きの侍女。「魔術師たちに治癒の依頼はいっていないもの。『誰が治したのだ』って」
それならそう質問したのではないだろうか。
不思議に思いはしたが、すぐにカルラの話題に戻りヴォイトのことは忘れてしまったのだった。
お読み下さり、またブックマークや評価をありがとうございます。
明日、もしくは、数日お休みします。
申し訳ありません。
次話はヨナスから見たムスタファの回です(予定)。




