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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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43/211

11・2綾瀬惑乱?

 私は自分で思っていた以上に、酷い状態だったらしい。

 パウリーネの元から駆けつけたロッテンブルクさんは私を見て息を飲んだあと、ぎゅっと抱き締め

「怖かったでしょう!」

 と悲痛な声を上げたのだった。


 綾瀬のレオンが手配してくれていたようで、すぐに医師がやってきて手当てをしてくれた。恐らく突き飛ばされたときに捻った足首の捻挫、怖かったせいで記憶がないけれど殴られたらしい左頬の腫れと切れた唇。他にもアザやら引っ掻き傷やらがいくつもあった。


 衣服は破け、髪もぐしゃぐしゃ。それをロッテンブルクさんが新しい服を着せ髪も結い直してくれた。まるでお母さんみたいだ。


 診察と身支度が一通り済むと彼女は、しばらくここで休んでいなさいと言って慌ただしく部屋を出て行き、代わりにルーチェが付き添ってくれた。ロッテンブルクさんが気遣ってくれたのだろう。普段の私には縁のないココアや甘いお菓子も運ばれてきた。頬に氷を当てているから食べにくいけど、気持ちはありがたい。


 気分が落ち着いてくると、次第に綾瀬のことが心配になり始めた。

 先輩近衛が『気絶している、やり過ぎだ』と責めていたような覚えがある。


 あの下衆は伯爵家の嫡男だ。綾瀬も伯爵家の人間だけど四男で身分は下になる。『やり過ぎ』を問題視されないだろうか。


 ルーチェにそう話すと、彼女は分からないと首を横に振った。ただトイファー家と下衆の家ならばトイファー家のほうがやや格上だし、あの下衆はバルナバスの取り巻きをしているけれど王子は良く思っていないようだから、多少は考慮されるのではないかと教えてくれた。


「そうだと良いのだけど」

 と私が言うとルーチェは私の手を握りしめた。

「あなたは自分の心配をしなさい。しばらく痛いだろうし、あらぬ噂を立てられるわよ」


 噂なんて気にしないと強がりたいところだけれど、こればかりはダメだ。せっかく良い感じになったカールハインツにどう思われるのか不安になる。

 ……それに木崎になんて言われるかも。


「私はトイファーさんを支持するけどね」とルーチェ。「あの下衆野郎は大嫌いだったから、よくぞやってくれたって気分。そう思っている侍女は多分、私だけじゃないはずよ」

「そうなのですか」

 安心できるほどの情報ではないけれど、少なくとも侍女たちの中には綾瀬の味方がいるということに、ほっとした。


「……今度、要注意人物を教えてあげる。あいつ以外にもいるから」

「ありがとうございます」

「……」


 それからルーチェは菓子を引き寄せて、これが美味しいのだとか、私の実家では何が人気だとか、そんなことを熱心に語った。きっと私の気を紛らわそうとしているのだ。


 そうこうするうちに、ロッテンブルクさんが戻ってきた。

「全て解決しました。安心なさい」

「解決って?」とルーチェが前のめりに尋ねる。

「パウリーネ様は以前からあの青年をよく思っていらっしゃらなかったのです」


 伯爵家の子息ではあるけれど、どうにも品性が下劣だ。息子の友人として、いかがなものだろうか。本人も苦手としているようだ。


 パウリーネはそう考えていたらしい。だから今回の件は彼女にとって良い機会なのだ。かばい立てをするどころか一撃を与えて、王子の友人に相応しくないと言外に示す。

 そこで近衛府から正式に、この事件は侍女への暴行罪に値すると通告することに決まったそうだ。

 とは言え向こうは貴族で私は孤児。示談で解決することになるという。


「ふんだくってやりましょうよ」とルーチェ。

「言葉遣い」とすかさずロッテンブルクさんが注意をする。「ですが安心なさい。そのつもりです」


 私が孤児でなかったら?

 そんな言葉が浮かんだけれど、黙って飲み込んだ。示談に持ち込めるだけ奇跡的だと、長年の孤児院生活で知っている。意図はどうあれパウリーネに感謝すべきなのだ。


 ロッテンブルクさんに感謝を伝え、それからレオンのことを尋ねた。

「トイファーさんは? 過剰な対応だと咎められたりはしませんか」

 有能な侍女頭はしっかりとうなずいた。

「『咄嗟の時でも加減ができるように』との注意のみで済むはずです」

「良かった!」

 今度は心の底から安心して。ようやく人心地がついた気がした。




 ◇◇




 トントンと扉を叩く音がして、綾瀬のレオンが顔を出した。

 私が立ち上がろうとすると綾瀬は、

「そのままで」

 と早口に言う。ロッテンブルクさんが

「見習いへの気遣い、ありがとうございます」と立ち上がって礼を言う。


 侍女頭の仕事部屋。

 私は今日はもう仕事はしなくてよいとのことだったけれど、自室でひとりは嫌だろうからここにいるように、と彼女が気遣ってくれたのだ。


「マリエットとふたりで話したいのですが」とレオン。

 だけど侍女頭はすげなく断る。多分、私の精神を心配しているのだ。


「トイファーさんなら、私は大丈夫です 」とロッテンブルクさんに伝える。

 と、綾瀬は侍女頭に歩みより、その耳になにやら囁いた。ふたりは何やら視線を交わしている。


 それから侍女頭は、分かりましたと折れた。

「ならば私はパウリーネ様の元へ行ってきます。扉は開けておいて下さい」

 そうして彼女は出ていき、部屋には綾瀬と私のふたりきりになった。


「綾瀬」と声をひそめて呼び掛ける。「本当にありがとう」

「いいえ。複雑な気分ですよ。もう少し早く通りかかっていれば、先輩が殴られることはなかったのに」

「『少し遅かった』じゃなかったのだから、ベストタイミングだよ」


 綾瀬のレオンは大きく息を吐くと、そばにやって来た。

「顔。かなり痛いでしょう? すごく腫れていますよ」

 もう氷は当てていないから、状態が丸見えだ。

「まあね。この件、さすがにヨナスさんあたりから木崎の耳に入るよね。見られたくないから、避けて仕事をしないと」


 彼は再びため息をつくと、私の前の床にひざまずいた。

「どうしたの」

「腹をくくりました」

「何を!?」

 レオンの顔はいたく真剣だ。一体何の腹をくくったと……


 きゅっと手を握られた。綾瀬に。何かな、これは。まさか私の顔の仕返しに下衆を一発殴ってくることにした、とか?

 あのアホは肋骨が何本か折れたらしいと聞いているけど。


「宮本先輩」と綾瀬。

「何でしょう」

「僕と結婚して下さい」


 ……レオンの顔はやはり真剣。ふざけているようには見えない。

 ということは。

 うん、きっと聞き間違いだ。結婚だなんて。ツッコミどころが多すぎる。


「理解できていないようなので、もう一度言います」と綾瀬。「僕と結婚して下さい。結婚です。婚姻。マリッジ。『ゼクシ○』を買うやつです」


 畳み掛けられる言葉からすると、聞き間違いではないらしい。

「ど、どうしちゃったの、綾瀬。何か悪いものでも食べた? 分かった、頭を打ったんだ」

「どちらも違いますよ。実のところ、宮本先輩は僕のタイプなんです」

「はいっ!?」


 いや、待って。綾瀬からそんな雰囲気を感じたことは微塵もありませんけど。それについ昨日まで、私を見ると睨んできてたよね。


「話したでしょう? 僕は自分が弱かったから、すぐにパワフルな人に憧れるって」

 聞いた覚えはある。

「あれは同性の話では……」

「異性だって同じですよ。歴代の彼女はみんなそのタイプでした」

『歴代』。綾瀬のくせにそんなに彼女がいたのかと、一瞬敗北感が湧き上がるが、今はそれどころではない。


「ただ宮本先輩は木崎先輩のライバルで犬猿の仲でしたから、論外だったんです」

「……なんで論外なんかに結婚を申し込むのかな?」

 全くもって訳が分からない。だけど綾瀬は初めて表情を変えた。照れている。


「先輩、僕に怒ったじゃないですか。フェリクス殿下と手合わせした木崎先輩のことで」

 うん。怒った。半ば八つ当たりだった。ごめん。というかまさか綾瀬は怒られるのが好きなのだろうか。


「驚きました」と綾瀬。「先輩はものすごく木崎先輩を理解しているんだって。ちょと焼きもちをやいたぐらいです」

「はあ」

「そうしたらストンと」

「ストンと?」

「あなたを好きになっていました」


 レオンは照れてれの顔だ。

 つまり私が木崎を理解しているところが綾瀬のツボにはまったと……。なんだそれは。


「ただ」とレオンは再び表情を引き締めた。「申し訳ないけれど、あなたは孤児院の出身です。四男とはいえ僕は伯爵家の人間なので、両親は結婚なんて絶対に許しません。それから僕はこれでも部隊長は確実と言われている有望株なんです。身元不確かな相手との結婚は、出世において確実にマイナスになります。だからものすごく悩んでいたんです」


「私を睨んでいたのはそのせい?」

「睨んでなんていませんよ?」


 おや。認識に差があるようだ。睨んでいたのではないのなら、悩みが顔に出ていたのだろうか。


「とにかく」と綾瀬は手に力を込めた。「今日のことで腹は決まりました。僕はあなたに何かあることが耐えられない。守りたい。そのためなら両親と戦う覚悟だし、出世も必要ない。だから僕と結婚して下さい」

「……」


 これは、真剣な求婚なのではないだろうか。

 突如としてその重みがのしかかってくる。


「隊長より僕のほうが確実にあなたを幸せにしますよ。隊長は立派な人ですが、理由があって女性と添い遂げない覚悟をされていますから」

「……木崎から聞いた」

「いつ? 僕抜きで会ったのですか? 最近三人で会ってないですよね?」


 レオンの目が険しい。もしやこれは恋愛界隈で有名な嫉妬というものだろうか。まさか。綾瀬が? 大好きな木崎に?


「ああ、もう。そんな不安そうな顔をしないで下さい」レオンはそう言って眉を下げた。「あなたのそんな顔を見たくなくてプロポーズをしているんです」


 本当に本当の求婚なのだ。私はきちんと、返事をしなければならない。

「ええと、綾瀬」

 呼び掛けたものの、断るときは何て言えば相手を傷つけないのか分からなくて口ごもる。求婚どころか告白もされたことがないから、こんなシチュエーションは初めてだ。


 だけど、

「返事はまだいりません」と綾瀬は言った。「僕に求婚されてあなたが戸惑うのは分かっていましたし、タイミングだって自分勝手です。だけどどうしても伝えたかった。あなたとの未来を望み、あなたを心配する男がここにいる、と。だから返事はじっくり考えてから聞かせて下さい」

「……分かった」

 レオンはかすかに笑みを浮かべて、うなずいた。


「ありがと。その……色々と」

「先輩は知らないでしょうけど、僕は女性からの人気が高いんですよ。選んで損はありませんからね」

 そう言ったレオンは、今度ははっきりとした笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ええええええ!? びっくりだよ綾瀬!!!
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