10・3ご褒美タイム
カルラ姫の部屋ではパウリーネやロッテンブルクさんが待っていて、非常に感謝された。
しかも褒美として、お下がりだけれどパウリーネ愛用の室内用ショールをもらった。もちろんそれ一枚で私のお給金数ヶ月ぶんに値する品だ。
他にもパウリーネはお菓子がいいか現金がいいかと尋ねてきたので、丁重に辞した。ゲーム展開なので、あんまり感謝されても居心地が悪い。
カルラは別れ際にバイバイと手を振ってくれた。想像とは全然違い可愛らしい姫だったけれど、時たまぐずって泣き叫ぶ声が城に響いているときもあるから、たまたま今日は私と波長があっただけかもしれない。
それでも懐いてもらえて悪い気はしなかった。
そうして褒美の言葉と品を賜った私は姫の部屋を、なんと、カールハインツとふたりで出た。
となりを歩くのはおこがましい、だけどあまり離れたくないという葛藤から、一歩だけ下がって共に廊下を進む。
今日はご褒美タイムがありすぎる。今までツンに耐えてがんばってきたからだろうか。
そんな感慨に耽っていると、突然カールハインツは足を止めて振り返った。
何かあったのかと、私も振り返る。だけど何もない。
「……マリエット」
と、ため息混じりに名前を呼ばれる。
「はいっ!」
思わぬ展開に、つい、張り切って返事をしてしまう。まだご褒美があるなんて。
だが。
「ムスタファ殿下だが」とカールハインツは難しい表情で、告げた。
「お前は今の殿下しか知らないから、肩を持ちたくなるのは分かる。だが以前の殿下はご家族とも交流をもとうとしないで、会話も事務的なものだけだった。
カルラ様が話しかけても、目も合わせないし、ろくな返事もしない、そういう反応だったのだ。彼女がムスタファ殿下に好意を持っていないのは必然のこと。
それが急に、今の兄君は姫を心配しているから『いらない』なんて言うなと注意しても、理解できるはずがない」
カールハインツの言葉がゆっくりと脳に染み渡る。
以前のムスタファは、いらないと言われて当然の冷淡な態度だった。
思わず知らず、手に力が入る。
私が知っているのは木崎の記憶があるムスタファ。ゲームのムスタファなら、確かにカールハインツが言ったような態度だっただろう。
ムスタファにもそうなってしまった理由はあるだろう。仕方ないことだったのかもしれない。だけれど、だからといってそんな態度が正しいこととは言えない。
様々な感情が渦巻くけれどひとつだけ確かなことは、私は見習い侍女に過ぎない部外者だということだ。
「申し訳ありません。何も知らずに余計な口を出しました」
素直に謝ると、カールハインツはうなずいた。
「近頃の殿下は変わられた。まさか妹の捜索に加わるとは思わなかった。私も、皆も、だ。そのことはパウリーネ妃殿下もいたくお喜びになられていた」
そうなんだ。ほっとして、『良かったね木崎。お義母さんは、喜んでくれたって』そう心の中だけで思う。
「だけどカルラ姫の気持ちはすぐに変わることはできない。留意しておくように」
「はい。考えが未熟で申し訳ありませんでした。ご忠告をありがとうございます」
頭を下げる。カールハインツに言われなかったらカルラはひどい、ムスタファは可哀想、という気持ちのままだっただろう。
「ああ」とうなずく声。
と思ったら、下げた頭にポンと何かが乗った。
「少しずつ学べ。お前はよくがんばっている」
何が起こったか、よく分からなくて。しばし硬直して。
もしやカールハインツが手でポンとしてくれた!?
ようやくその考えに到って顔を上げると、憧れの黒騎士はすでに手をおろしていたし、いつも通りの硬い表情だった。
だけど間違いない。ゲームなら後半でしかないご褒美を、してもらえたのだ。
顔がかっと熱くなる。
また気を抜いていた。ずるい、不意打ちすぎるよ。
今更ながらに胸が高まる。ご褒美展開がボーナスステージですかっていうぐらいに激しすぎる。
「……スズランか」とカールハインツは呟いて歩き始めた。
また一歩うしろをついていく。
脈は早いし息も苦しい気がするけれど、がんばって
「花言葉も好きです」と言った。
彼に問われたこと以外を口にするのは初めてではないだろうか。どんな反応がくるのか、緊張する。
「『純粋』『純潔』。兄も好きだと言っていた」
カールハインツが雑談に返事をしてくれた! これだけで嬉しくて気が遠くなりそうだけど、下っ腹に力を入れて踏ん張る。
「お兄さまですか」
「ああ。そうだ、確か恋人に、君はスズランの花のようだという内容の詩を捧げていたな。俺は駄作だと思ったんだが、兄は恋人は大喜びしてくれたと浮かれていたっけ」
そう言う声はどこか懐かしそうな響きがあった。しかも自分のことを『俺』と呼んだ。これも後半で親密度が上がってから聞けるはずなのに。
スズランを好きと言ったことで、好感度が爆上がりしたのだろうか。
「久しぶりに兄の話をした」カールハインツの声が明るい。「近衛の若手はもう兄を知らない者ばかりだ」
そうなのですか、と無難な返事をする。
「元気でいてくれると信じているが、長いこと会っていなくてな。スズランが好きだったことも、すっかり忘れていた」
信じられないほど饒舌なカールハインツは、それから私の近況を尋ねてきたりして、別れるまで会話は途切れることがなかった。




