10・2黒騎士とやんちゃ姫
「姫!」
背後から、素敵な声。
「シュヴァ!」
カルラは嬉しそうに手をのばす。振り返ると、ゲーム通りにカールハインツがいた。
「シュヴァ、抱っこ!」
そうせがむやんちゃ姫を、彼女の憧れの人に渡す。カールハインツは姫を片腕に座らせ、空いた手でしっかりと抱く。姫はすごく嬉しそうだ。侍女たちに怒って隠れていたことは忘れてしまったに違いない。
「みな心配しています。このようなことをしてはなりません」
大好きなひとの言葉にカルラは頬をふくらませた。
「イジワル。シュヴァになりたいだけなのに」
「私になりたい?」
「うん!」
意味が把握できていないようなカールハインツに、姫は鍛錬を見学してからあなたに憧れているようだと説明をする。
「姫は女性ですから近衛にはなれません」
堅物隊長は真顔で諭す。
「いいもん! こっそりなるから!」
姫はこっそりを堂々と宣言した。
「それで」とカールハインツは私を見た。「お前がみつけたのか?」
「はい」
淑やかに答える。
「どこで」
「こちらの植木の下に」
孤児院にいたとき、幼児はなぜか狭いところに隠れたがっていたので、そのようなところを捜していたら見つかった、と告げる。
「育ちが役立ったか」
引っ掛かる言い方だったけれど、ツンしかないのがゲーム前半におけるカールハインツの基本だから、気にしないでおく。
「パウリーネ妃殿下より、褒美の言葉があるだろう。共に来い」
なんてことだ、カールハインツと一緒に歩ける! 初めてのことだ。
はいと静かに返事をしながらも、内心では小躍りをしている。まさかこんなご褒美があるなんて思いもよらなかった。
部下に指示を出しながら歩くカールハインツのあとを、静しずとついてゆく。と、やんちゃ姫が黒騎士の肩越しにひょこりと顔を出して私を見た。
「マリーは結婚してるの?」
「いいえ」
「シュヴァはカルラのだから、あげないよ。カルラが花嫁さんになるの」
そう言って幼女は鼻からふんと息を噴き出した。なんだろう、女の勘で私が恋敵だと分かったのだろうか。
いえいえ隊長は私とハッピーエンドになるのです、と言いたいけれど当然そんなことは言えない。
「恐れ多いことを。戯れにも言ってはなりません」と堅物隊長。
「イヤ。シュヴァもカルラを好きじゃないと許さないもん」
「勿論、好きですよ」無表情に答えるカールハインツ。
っ!
今のセリフ、おかわり!
私に言われた言葉じゃないけど、そんなことはどうでもいい。脳内で変換するから。
カールハインツの生声の『好き』。素敵すぎる。
カールハインツは本当に真面目で仕事に熱心、女性には目もくれないけれど、そのかわりに一度愛した人のことは生涯守り抜く、そんなキャラなのだ。
今は距離があってもハピエンさえ迎えれば、私は最期まで彼のとなりで幸せでいられるはず。私に向かって『好き』と言われるシチュエーションがどんどんと思い浮かぶ。
そんな夢想に耽っていると、近くでコホンと咳払いが聞こえた。レオンだった。私に冷たい一瞥をくれたあと、上司になにやら報告をしている。それが終わると、また私をひと睨みしてから去った。
まだ怒っている、というか私への嫌い値が臨界点を突破したのだろう。
と、カールハインツがちらりと振り返った。
「お前はレオンと何かあったのか」
「いえ」
大アリだけど、第一王子に関することだから話すことはできない。
「そう」
質問したくせに、冷めた口調で返事をして終わり。仕方ない。今はツンだけだもの。
「マリーはいつから城にいるの?」
またもカルラがひょいと顔を出した。可愛くて、沈みかけていた気持ちが浮上する。
「ふた月ほど前からです」
「ふた月って、どのくらい? カルラが生まれるより前?」
「姫がパウリーネ様と花瓶にチューリップを飾った頃ですよ」とカールハインツ。
「チューリップ! 赤くてこういうやつだ」
やんちゃ姫は両手で花を表した。
「そうですね」
カルラは楽しそうに堅物騎士との会話を続ける。カールハインツも無愛想な表情をしながらも、受け答えは丁寧だ。これは滅多に見られない一面だぞ。
推しのレアな姿に、またも頬が緩む。
「マリーはなんのお花が好き?」再びカルラが聞いてきた。
「スズランです」
「どうして」
ひいおばあちゃんが、と言いそうになり慌てて口をつぐむ。それは前世の記憶だ。
「白くて小さい花が可愛らしいですから」
無難に答える。
父方の曾祖母が、私が生まれたときに『スズランみたいな女の子になってね』と言ったのだそうだ。私が小学校に上がる前に亡くなったので彼女のことはあまり覚えていないけれど、たくさん可愛がってもらったような記憶がある。だから私は、スズランが好き。
「スズランか」とカールハインツが言った。「兄が好きだったな」
兄!?
突如耳に飛び込んできた単語に驚く。
「シュヴァはお兄さまがいるの?」とやんちゃ姫。
「ええ」
「カルラと一緒だね」
和やかに話すふたりの後ろで、未知の情報になぜか心臓がバクバクとうるさくなる。
カールハインツは長男だと思っていた。兄がいるなんて情報はゲームには一切なかったはず。ここに勤め始めてからだって聞いたことがない。
どうして?
少なくともお兄さんは近衛では働いていないのだろう。いるなら何かしら耳にするはずだ。軍にでも入っていて地方に派遣されているのかもしれない。
だけど、と考える。カールハインツは『好きだった』と言った。もしかしたら……。
「マリーはお兄さまはいるの?」
掛けられた声にはっとする。カルラが無邪気な顔をして返事を待っている。
「彼女は孤児院出身です」
私の代わりに答えたのは、カールハインツだった。
「コジ……?」
だけど理解できていないやんちゃ姫。
「家族はいないのですよ」と再びカールハインツ。
「お父さまやお母さまも?」
「そうです」
「それならカルラのお兄さまをあげる! ムスタファお兄さまはいらないから!」
満面の笑みで告げられた言葉に、息を飲んだ。
いらない、だなんて。優しさから発せられた、無邪気だからこその純粋な本心に、涙が出そうになる。
「……ムスタファ殿下も、一生懸命にカルラ様をお捜ししていらっしゃいましたよ」
見習いでしかない私が言えるのは、これだけだ。
「そうなの?」
「ええ、従者の方とふたりで。前庭でお見かけしました」
ふうん、とやんちゃ姫。「だけど大丈夫。マリーにあげるね」
「姫。ムスタファ殿下でも誰でも気軽にあげるなどと言ってはなりません。あなたは王族なのですから、口にする言葉は慎重になさって下さい」
カールハインツが注意をする。だけどそれは王族としての振る舞いについてだ。
先ほどカルラの失踪はゲーム展開ですぐに見つかると聞いたときのムスタファの顔を思い出す。安堵の表情だった。
「カルラ姫。いらないだなんて、仰らないで下さい。ムスタファ殿下は悲しみます」黙っていられなくて、余計なことを言ってしまう。「以前の殿下はどうか知りませんが、今の殿下はわざわざ外にまで出て来て、使用人たちに混ざって姫を捜していたのです」
カルラはこてんと首を倒す。何か考えている顔つきだ。
「姫には難しいですね」とカールハインツ。それから私を見て、
「見習いは控えていろ」と言った。
どこが? 何が難しい話なの?
問いたい気持ちはあったけれど、我慢をして引き下がった。




