34・3礼拝堂探検③
床にぽっかりと開いた四角い穴。竜退治の像が載った台座より幾分か小さい。体格の良いレオンがギリギリ通れるぐらいのサイズだ。
「竜の口の中は以前見たのだがな。分からなかった」
フェリクスがそう言ったかと思うとツェルナーさん越しに手を伸ばしてきて、私の手を掴んだ。
「さすがマリエット。魔法の手だ」
「あなたのは節操のない手です」とツェルナーさんが主の手をはたく。それから私を見て「細い指の勝利ですね」と笑顔になる。
「小柄痩せぎすがこんなところで役に立つとは!」
もしや侍女見習いになっても食事に苦労したのは、このときのためだろうか。今では満腹になるまで食べてしまっているけど。
「でかしたぞ宮本」木崎が珍しく嬉しそうな顔をしている。「あとで酒をたらふく出してやる」
「やった!」
「私もお相伴に預かろう」とフェリクス。
「僕も」と綾瀬のレオン。「ご馳走様です」
ツェルナーさんが手を穴にかざして、呪文らしき言葉を唱える。と、暗い穴の表面が一瞬キラリと輝いた。
「うん。やっぱりです」とツェルナーさん。
「目隠し魔法だな」フェリクスが確認する。
「はい。かなり高度ですね」
「通れないのか」とムスタファ
「いえ、通れます。この魔法は入り口と地下の存在を隠しているだけですから」
「では行こう」
ムスタファがそう言って首を巡らす。呼応するかのようにヨナスさんが動き、壁龕に置かれた燭台を三つ取ってきた。
「ツェルナー。お前はここに残れ」とフェリクス。「私たちが中に入ったあとに魔法が発動して閉じ込められたら困る」
「承知しました」とツェルナーさんが従者らしくかしこまった返事をする。
「ヨナス、燭台をひとつくれ。私が先頭を行く」
「他国の王子にそんなことはさせられません」と断るヨナスさん。
「先頭は僕が」と綾瀬のレオンも一歩前に出る。
だけどフェリクスは愚か者たちめと嗜めた。
「魔法がかけられている未知の場所に入るのだぞ。このメンバーの中で一番魔法が使えるのは誰だ。それに」笑みを浮かべる軽薄王子。「幼少期より密偵としてあらゆる教育を受けている。もちろん軍事訓練もだ」
「ならば頼む」とムスタファが応じた。「ただし危険を感じたら退避だからな」
彼はヨナスさんから燭台をひとつ受け取って、フェリクスに渡した。
「綾瀬はしんがりだ」
ヨナスさんが燭台をレオンに渡す。
「後はヨナス、俺、宮本の順だ」
最後の燭台がムスタファに渡る。
「彼女を連れて行くのか」ムスタファの言葉にフェリクスが驚いた顔をして「女性には危険だ。彼女は安全を確認できてから……」と私を見る。「……いや、失礼だったな。マリエット、階段が急だからスカートの裾に気をつけて降りるのだぞ」
「はい。ありがとうございます」
燭台の魔石を灯し、一例に並ぶ。
「ツェルナー、ここを頼んだぞ」とフェリクス。
「かしこまりました。殿下もお気をつけて」
「ああ。では行ってくる」
燭台を低く持って、フェリクスが階段をゆっくり降りて行く。次にヨナスさん。ムスタファ。いよいよ私。
小さな穴に入り幅が狭く急な石の階段を降りていく。途中からそれは緩やかな螺旋状になり段も広くなった。前を降りる木崎が燭台を体の脇で持っている。きっと私の足元が照らされるようにしているのだ。
階段を降りきったところは広間のような空間だった。上よりひんやりとしているけれど、空気が埃っぽい。フェリクスが燭台を掲げて様子を見ている。がらんとして何もない。太い柱が並び、アーチが重なる低い天井を支えている。石造りの壁はむき出しで、上の豪奢さと比べるといかにも時代が古いという感がある。部屋は正方形で、どの面にも開口部がある。
「……すごい」と後ろからレオンの呟きが聞こえる。
「どれに行くか」とムスタファ。
フェリクスが何事か唱える。するとスイッチを入れたかのように幾つもの明かりが一斉に点いた。広間とひとつの開口部の向こう側に点っている。
「明かりのある、この方向だ」とフェリクス。
壁に魔石を使った照明があったらしい。広間から一直線に延びている。
「お前が仲間で良かった」とムスタファ。
「だろう」と得意げな軽薄王子。
と、足元を何かが駆け抜け、思わず小さな悲鳴をあげる。
「ネズミですね」と燭台を掲げたレオン。
「ごめん。急だったから驚いちゃった」
「きっと他にもいますよ」
「大丈夫」
「ほら、宮本」そう言った木崎が左手を私に伸ばす。
なんだそれは。手を繋げということか。またゲームの影響が出ているのか。
……でもこの場所と、これから見るものに怖さが全くないと言ったら嘘になる。今は『困っているとき』に当たる。きっと。
ムスタファの手を握る。フェリクスやレオンが文句を言うかと思ったけど、何もなかった。
「では行くぞ」と、頼もしいリーダーに変貌したチャラ王子が言って壁の明かりが続く方向に進む。
この先に何があるのかと鼓動が高まっている。期待だけではない。ファディーラ様を捕えていた場所なら、もしかしたら悲しくなるようなものが残っているかもしれないのだ。ムスタファは今、どんな気持ちでいるのだろう。その横顔からは何も感情が読み取れない。繋いだ手だけが、温かい。――こんなのは綾瀬が報告に来た日以来だ。
『軽い気持ちで選ばせてなんかいねえよ』
ふと礼拝堂での彼のセリフがよみがえった。
前世の木崎といえば、自分にも他人にも厳しくて、完全に成果主義。ダメと判断を下した相手は先輩でも切り捨てる。結果を得るためには手段も選ばない。
他人に優しくしているところなんて見たことがなかった。だけれど、もしかしたらオンオフの差が激しかったのかもしれない。プライベートでは親しい相手に優しくて責任感もあって頼もしいヤツだったのかもしれない。
あんなセリフは考えようによってはものすごく溺愛っぽい。軽い気持ちでなくて、重く考えた結果だというのは。
――こんなこと、今考えることじゃない。
目の前のことに集中だ。
最初の広間から開口部を通るとそちらも同じような広間だった。そこも同じように四面それぞれに入り口があり、明かりはまだ真っ直ぐに続いている。再び開口部をくぐり抜ける。
こちらも同じような広間だったけれど、開口部はくぐり抜けてきたところと正面だけで、そちらに明かりは点いていなかった。
「あちらには魔石がないのか」とムスタファが尋ねる。
フェリクスは暗い開口部の前で燭台を高く掲げたり左右に動かしていたが、
「ヨナス。持っていてくれ」
と差し出した。そして両手があくと重ね合わせて呪文を唱えた。
開口部の下から上に七色の光が走る。
また魔法がかけられているらしい。
「……残念だが、今日はここまでだ」フェリクスはそう言って私たちに向き直った。
「結界が張ってある。解かなければ入れない。私ならできると思うが、術の解析に時間がかかる」
「結界?」とヨナスさんが呟く。
「何のために?」とレオン。
「目隠し魔法といい、結界といい、ムスタファの母君以外にも隠すべき重要なものがあるということになるな」とフェリクスが言う。
「無関係のお宝、ってことはさすがにないですよね」と尋ねるレオン。
「あり得なくはないがな。場所を再利用している可能性は捨てきれない。ただ、砂塵の積もり具合からして長らく人が入っていないのは確かだ」
ムスタファは表情のない顔で暗闇に目を向けている。
「ちょっとばかりお預けだね」
そう声をかけると、繋いだ手を握りかえされた。
「『時間』とはどのくらいだ」 とムスタファ。
「難しい質問だ」
「ひと月以内は」
「そこまでかからない」
「頼む」
「頼まれよう」そう答えたフェリクスは私を見てにこりとする。「どうだ、私は有能かつ良い男だろう。素晴らしい恋人になるぞ」
「あなたもほとほと懲りない人なのですね」
ツェルナーさんが不在のせいか、レオンがぼやいた。
「一旦、礼拝堂に戻る」とフェリクス。
「『一旦』?」とヨナスさんが繰り返す。
「ツェルナーにも結界を確認させたい」
「そうか。手間をかけさせて悪いな」
「いや。結界は予想外だったからな。何かあるなら物理的な古い罠だと考えていた」
「そうですね。僕も落とし穴とか、転がる大岩、飛んでくる大量の矢なんかを考えていました」と綾瀬。
「何だい、それは」とヨナスさん。
「前世では、こういうシチュエーションだとそういった危険に見舞われるのがお約束なんですよ」
綾瀬はのんきな声だ。普段からそんな風ではあるけど、今日ばかりは失望している木崎を気遣って、雰囲気が暗くならないようにわざとのんきに振る舞っている気がする。
来た道を引き返す。ムスタファとはまだ手を繋いでいる。階段をあがるときには離すだろう。
◇◇
礼拝堂に戻ると穴の傍らに立ったツェルナーさんが笑顔で
「皆さん、何事もなくお帰りになられて良かったです」
と迎えてくれた。主に向ける表情から、待っている間にだいぶ心配をしていたのだろうなと思った。普段は厳しい発言ばかりをしているけど、フェリクスを大切に思っているのだ。
それからフェリクス、ツェルナーさん、残りのメンバーの中で最も魔法の素養があるヨナスさんの三人が再び地下に入り、転生組三人はなんとはなしに参列席に座った。木崎が真ん中だ。
「……フェリクス殿下を信用して大丈夫でしょうか」声を潜めて綾瀬が言う。「魔王奪取が目的の密偵なのですよね。本当は今すぐ結界を解除できるけど、嘘をついているなんてことはないでしょうか」
「ねえよ」木崎は即答した。「告白してきたときのあいつに嘘はなかった」
「私もそう思う」と言い添える。
「もし嘘があったなら、俺の目が腐っていたってことだ」自信に満ち溢れた声。
「……すみません。余計なことを言いました」
「いや、あの時お前はいなかったからな。ありがとな」
木崎は手を伸ばして、自分よりも高い位置にあるレオンの頭をぽんとした。




