34・2礼拝堂探検②
礼拝堂の扉前。六人の中で一番体格が良いレオンが当然のように進み出て、扉に手をかける。ヨナスさんが、
「ひとりでは重いでしょう」と後に続く。
「悪いがツェルナーは手伝えない」とフェリクス。「腕力がからきしでな」
「お役に立てず」と謝るツェルナーさん。
「それぞれが得意分野で活躍すればいいだろ」とムスタファが言えば、
「そうですよ。彼の魔法は見事だった」とヨナスさんが扉を引きながら言う。
「そうそう。パワー系は僕の分野ですしね。――開きました」とレオン。
重い扉の片方がきっちり開いて止まっている。
フェリクスが辺りを見回す。
「そもそもこの扉がおかしい」潜めた声だ。「何故、内側だけに青銅を貼っているのか。このような様式は他では確認できない」
「そうなのか」とムスタファ。
「うちの歴代の調査によるとな。それに閂かすがいも扉に対して大きすぎる。しかも後付けだ。侵入を防いでいるのか、脱出を妨げたいのか」フェリクスは扉に近寄ると、青銅のレリーフを指先で叩いた。「歴代は後者だと考えている」
「よそ者のお前のほうが詳しいのは腹に立つが、良い情報だ」
そう言うムスタファは木崎的な、わずかにからかいを含んだ表情をしている。
「腹が立つと言うのなら、情報料をもらおうか。マリエットを一日借りる。私もデートをする」
「断る」とムスタファ。
「全く懲りない人だ。すみません」
とツェルナーさんがヨナスさんに言えば、ヨナスさんも
「いえ、こちらこそ大人げがなくて」
と、従者たちはボヤキなのか謝罪なのか分からない会話をしている。
レオンの綾瀬が私を見て、
「緊張感がないですね」と笑う。
「本当」うなずく私。
もしかしたらファディーラ様のことで更なる進展があるかもしれないというのに。
「ほら、中に入りましょう」とレオンが私の背に手を回す。
避けないとと思った瞬間、
「綾瀬!」と鋭い声が飛んできた。フェリクスと言い合いをしながらも、すでに中に入ったムスタファだ。「扉を閉めろ」
「はいはい」と答えたレオンは肩をすくめた。「関心ないふりをして、しっかり見ているんだから。油断も隙もない」
「それは私のセリフだよ、近衛君」
と、今度はフェリクスが近づいてきたので急いでツェルナーさんの背に隠れた。
「ずるいぞツェルナー」
「今日の目的を忘れないで下さい」
ツェルナーさんの言葉に、レオンを手伝っているヨナスさんが、
「ムスタファ様もですよ」と声をあげる。
こんな状況、まるで逆ハーだ。木崎も今日は気が散っているのか、ゲームの影響を受けている感がある。一番の安全地帯はやはりツェルナーさんそばだろう。離れないようにしておこう。
扉が閉まる。礼拝堂は以前来たときと変わらず、静謐な雰囲気だ。その中をフェリクスがつかつかと進んで奥の壁に触れた。
「ここに隠し扉がある」
「知っている」とムスタファ。「偶然発見して、昔はよく入り浸っていた」
「そうか。この扉はかなりあとの年代に作られている。理由は不明だ。ちなみに我々は図面も確認している」
ムスタファが眉を寄せる。
「……うちの国の情報は筒抜けなのか」
「まあな」
「よく攻め込んでこないな。密偵なんてまどろっこしいことをしないで、国ごと魔王を手に入れようとは考えないのか」
「お前の国と違ってうちは、緊張関係が続く不仲な国があるからな。余計な戦力は割けない」
「成る程」
そううなずいたムスタファは、隠し扉のそばにある竜と人が対峙している石像を軽く叩いた。
「綾瀬が気になるのはこれだな」
「そうです」と答えるレオン。
「お前の話を聞いて思い出したよ」
そうだ。私も見たら記憶がよみがえった。前回ここに来たときに綾瀬から受け説明を。モデルは聖人か英雄か。英雄は竜退治をした際にその血を浴びて、不死身になった。
「僕もあんまり詳しくはないんです」と綾瀬。「聖ゲオルギウスは槍を持っている場合が多いですけど、剣のときもあるからこれがどちらなのか分かりません。この世界の宗教には前世ほど詳しくないですしね。フェリクス殿下たちの国はこちらより宗教が日常生活に根差していますよね。竜退治の話はありますか」
フェリクスがツェルナーを見る。
「ありますけど、メジャーなエピソードではないですね。武器が何かまでは分かりません」
「僕の前世では……」と綾瀬がフェリクスとふたりの従者に、竜退治にまつわる聖人ゲオルギウスと英雄ジークフリートの説明をする。
「槍」と呟くムスタファ。私を見る。
「宮本が腹を貫かれることは関係があるのか」
「ないでしょう。多分。ただの苛めの延長だと思う」
「何ですか、その話!」レオンが血相を変えて振り向く。「聞いていませんよ!」
「俺のハピエンルートの最後にあるらしい」とムスタファ。
「それなのにあなたは自分のルートを選択させたのですか!」
レオンが王子の胸ぐらを掴みそうな勢いで詰め寄る。
「絶対ケガなんてさせないから心配すんな」
「だけどっ」更に前のめりになるレオン。「危険があるのを知っていながら我を通すなんて、いくら先輩でも許せません」
「軽い気持ちで選ばせてなんかいねえよ!」
ムスタファの声が礼拝堂に響く。
しんとした間。
「大丈夫だよ、綾瀬。ハピエンルートでしか起こらないことだから」顔を歪めている綾瀬に、心配するなという気持ちを込めて笑みを向ける。「それにね――」
「綾瀬じゃありません。レオンです」
「ごめん、レオン。それにね――」
「ハピエンになったらどうするのですか 」
レオンが歪めた顔のまま、今度は私に迫る。
「なるはずないでしょう。木崎と私だよ」
「説得力ゼロです」
「ちょっといいか」
との言葉と共にレオンと私の間に手が差し出された。レオンの目が隠れる。絶妙な助けを出してくれたのは、フェリクスだった。
「話はよく分からないが、マリエットと槍がどうのというのは庭園の彫刻が関係するか」
「そうです」「そうだ」私と木崎の声が重なる。
「それなら心配はないぞ、近衛君。原因たる彫刻を、ムスタファに泣きつかれて私が処分した。もう存在しない。騒ぎになったから知っているだろう?」
「……偽物にすり変わっていた彫刻のことですか」
「そのとおり。あれは私の華麗な魔法だ」
おどけたような声音のフェリクス。きっとわざとだ。
「すぐに騒ぎなった結果は、華麗にはほど遠いです」と澄まし顔のツェルナーさん。
綾瀬は視線だけで私たちの顔を見比べていたけど、やがて息を吐いた。
「……ハピエンルートのせいで彼女がケガをしたら、先輩を殴りますからね」
「好きにしろ」
「タコ殴りです」
そう言うレオンは、冗談で済ますつもりではなさそうだ。
「綾瀬、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」と、私は再び笑顔を向ける。
「どういたしまして。でも、レオンです。次に間違えたらキスしますから」
「やめろ。俺に影響が出ると話しただろ」
「……卑怯者。でもいいです。気にせずしますから」
「気にしてよ!」
レオンに抗議を入れつつ、距離を確認する。うん、大丈夫。
「マリエット。距離を測らないで下さい。傷つきます」
「そこまでにしたまえ、レオン・トイファー」
助け舟を出してくれたのは、またもフェリクスだった。
「上手く口説くには、引き際も重要なのだぞ」
「あなたがそれを言いますか」
すかさず入るツェルナーさんのツッコミ。
「今はこちらを見にきたのだろう」とフェリクスはドラゴンの胴を軽く叩いた。
「……ええ。すみません」レオンはふうと息を吐いて、礼拝堂の中を見渡した。「どうもこの像だけ異質な気がするんです」
「我々も散々調査したが、今のところ不審な点はない」とフェリクス。「だが違う世界の視点で見たら新しい発見があるかもしれないからな」
「自信はないですよ。聖人と英雄、どちらの像なのかすら僕には判断がつかないですし」
「でも英雄ならば不死に関係する」
とヨナスさんが言うと、レオンがうなずく。
「僕的にはそこがちょっと引っかかるんですよね。こういうのって不老とセットのイメージがあって。なんで不死だけなんだろう」
「さあな」とムスタファ。
「とてつもなく昔のことですし」とヨナスさん。
「正しく伝わっていない可能性はありますよね」とツェルナーさんが主を見る。
「意図的に隠しているかもしれない。不死をもたらすものが何なのか、も含めて」フェリクスはそう言って、ムスタファを見た。「でなければ密偵がそれを自分のものにしてしまう」
「成る程」とムスタファ。「だが議論はあとだ」
そうだそうだと皆がうなずいて、像や台座を触り始める。
「図面だと建て増し部分には地下や半地下があるのだが、元からある古い部分にはない」とフェリクスが言う。
「ちなみに魔法での調査もしていますが、反応はありません」
「だが、どこかに隠された地下があるのではというのが、歴代の見解だ」
「前世的なら、台座が動いて地下への階段が現れるってとこですよね」レオンがしゃがんで床と台座の隙間を見ている。
二十歳オーバーの青年五人もが彫刻を囲んでいるので、かなり密接している。私はやや下がって観察することにした。
ドラゴンは岩の上から首を下げて相手を睨み、威嚇なのか見えない火でも吐いているのか口を開いている。人のほうは槍を構えて、今まさに刺そうとしているようだ。
どこに刺すのだろうと思いつつ、私の場合はお腹だけどと槍の先端を見る。向き的に、お腹ではなさそうだ。頭っぽい。
像に近づき、なんとはなしに人差し指をドラゴンの小さな口に差し込んだ。尖った牙があり狭いけれどギリギリ入る。思いの外奥行きがある。無理やり推し進めると――。
「なにか指先に当たる」
え、と幾重にも重なる叫び声。
「でも、もうちょっと」
明らかに動く小さな突起があるのだけど、狭くて届かない。
「何か細いもの。ないかな」
「これを使って下さい」
ツェルナーさんが細い棒を差し出す。先端が細くなっていて箸のようだ。
「あまり使いませんが、魔法用のスティックです」
「ありがとうございます。お借りしますね」
受け取り奥まで差し込む。すると、何かを押す手応えがあった。
ガチャン、と床のほうから音がする。
「やったんじゃないか!」
木崎が興奮気味の声を上げる。
「何かが外れる音ですよ、きっと」とヨナスさんも、珍しく声が上ずっている。
「よし、皆さんちょっと離れて」そう言ったレオンが中腰になって肩を使って台座を押す。方向を変えて三度目。台座がすっと横に動いた。
床に現れる四角い穴と下に降りる階段。
私たちは顔を見合せた。




