34・1礼拝堂探検①
「作戦会議が必要だと思うんだよね」
ファディーラ様についての新情報を聞いた翌日の夜のこと。いつもの飲みの席。おつまみには綾瀬のお土産である珍しいチーズがあって、これが大変に美味しい。
だけど、これだけははっきりしておかなければならないと、ムスタファの様子を見てそう切り出した私への彼の返答は、
「何の? 対フーラウム? ファディーラ関連? シュヴァルツなら協力しねえぞ」だった。
「ちがう。溺愛ルート回避」
「は?」
口に運びかけていたグラスを止めて、心底不思議そうなムスタファ。
「だってどう見たって溺愛ルートを爆走中でしょ。まずいって」
「エンドまでまだ二ヶ月もあるだろ。心配ねえよ」
「木崎は有言実行だって分かってる。だけど不安要素はないにこしたことはない。困ってるとき、弱っているときは協力しあう。……一応、元同僚だし。でもそれ以外はもうちょっと何とかしようよ」
「『何とか』」
おうむ返しするムスタファ。あまり乗り気ではなさそうな声だ。恥ずかしいセリフをがんばって口にしたのに。――部屋が薄暗いのは、こういう時に助かる。
「溺愛っぽいセリフを言わないとか。気軽に私にさわらないとか。私優先の行動をしないとか。ルート選択してから木崎、ちょっとおかしいじゃない。ゲームの影響なのは仕方ないけど、木崎なら何とか抗えるでしょ」
ムスタファは答えずにグラスに口をつけた。
朝イチで私の魔法指導担当を変えてほしいとパウリーネに頼んだ。まずはロッテンブルクさんと私で。でも不可。次にムスタファも頼んだ。同じく不可だった。
それを受けてなのか、指導時間に彼はやって来た。本来の付き添いはフェリクス(と、必然的にツェルナーさんも)で、ムスタファは国費に関する会議に出席するはずだった。なのにフェリクスたちを追い返して、腕を組んで仁王立ち。
「マリエットの成果を見に来た」
なんて説明したけど、それならみんなで一緒に見学すればいい。おかげでカールハインツは誤解を深め、こっそり
「レオンの話ではツェルナーも虜にしたそうだな。殿下が不安に駆られていては気の毒だ。安心させてあげてくれ」
と囁いてきた。
のちほど木崎からはパウリーネ対策のつもりだったと聞いたけど、私にはどうにも理解出来ない。どう考えても木崎はおかしい。もしかしたら変な行動をとっている自覚がないのかもしれない。ゲームの影響で。
「無責任な噂が出るのは仕方ない。でもその原因を作るのはなしにしたい」
「……分かった」ムスタファはグラスを置くと息を吐いた。「確かに振り回されているかもな」
「うん。特に今日の会議すっぽかしはまずいよ」
「あれは傍聴しかさせてもらえないヤツだから問題ないんだよ」
「でも印象が悪くなる」
「パウリーネは喜んでいる。今の最優先はお前のシールド魔法体得だろ。彼女がシュヴァルツの当て馬としての役割が終わったと判断しなければ、指導係を変えてもらえそうにねえんだよ。――だが、宮本が言ってるのは会議のことだけじゃねえんだよな」
「そう。ゲーム的にもムスタファ王子の評判的にも良くない」
「別に俺は問題ねえと思うが、宮本がそんなに不安だって言うなら抗うようにする」
「ありがとう。何か不具合が出るようなら対策を練ろう」
「……とっくに出まくりだけどな」と木崎のムスタファが呟く。
「え、どんな?」
それなら対処しないと。本人の勧めがあったとはいえ、ムスタファルート選択の責任は私にあるのだ。余計な迷惑をかけたくはない。だけど。
「喪女のお前には難しい話」
木崎はそう言って煙に巻くと、無理やり他の話題に移ったのだった。
◇◇
ムスタファの専属となって十日ほどが過ぎた。予想に反して平和な日々だ。ゲームだとルート選択後は苛烈な苛めがあるはずなのに、特にない。私をよく思わない侍女たちが遠巻きに悪口を言っているくらい。
ムスタファにあげたミサンガはすぐに侍女や令嬢たちの間で話題になり、私が刺繍糸で作ったことも知れ渡った。てっきりバカにされると身構えていたのに願掛けグッズということとお手軽さがウケたらしい。何人もに作り方を教えてほしいと請われ、流行のきざしがある。
そのおかげなのか、私は侍女の一員として認められつつあるようだ。もしかしたらムスタファ専属になっても、パウリーネのお猫様の下の世話を続けているからかもしれない。
ルート選択後に様子のおかしかった木崎も作戦会議以降、普通の態度になった。溺愛っぽいセリフは言わないし、手を握ってきたりもしない。私的エリアでは適度な距離、公的エリアでは王子らしい振る舞いと、しっかりゲームに抗ってくれている。悔しいけどさすが木崎だ。やると言ったことはきちんとやる。
私はムスタファ王子の書記として、二回ほど会議と会合に参加した。最初は『愛人連れか』という軽蔑の眼差しだった出席者も、私が議論をまとめたものを見ると、態度を改めてくれた。更にはエルノー公爵に才を認められて支援を受けていると知れば、さもあらんと納得したのだった。
またどちらの会にもオーギュストが出ていたのだけど彼は、この侍女見習いを父に紹介したのは自分だとフォローを入れて、私が質問の矢面に立たないようしてくれた。良い人だ。
ムスタファとも馬が合うらしく、政治経済以外の話も弾んでいる。どうやら夜会や昼餐会などでは仲良くしているようだ。
一方でフェリクスはちょこちょこムスタファの部屋にやって来る。本人がいる時は当然のこと、いない時も。いない時の目的は私だけど、すぐに呆れ顔のツェルナーさんが回収しに来てくれる。近頃では、フェリクスはもしかしたらツェルナーさんに構ってもらいたくて私に絡んでいるのではと疑っている。
綾瀬のレオンは相変わらず日参して口説いてくるけど、私も、多分レオン本人も何かちがう気がぬぐえない。『何か』の原因はもちろんルーチェで、私は彼女の不在に慣れる日は来そうにないと思う。
シールド魔法は、初歩の術は完璧にマスターできた。これだけでも十分凄いことらしい。ヴォイトにかなり驚かれた。彼を含めた上級魔術師団は私みたいな一般人(と言ったけど、本当は孤児と言いたかったのだろう)には出来ないと思っていたそうだ。
初級の幾つかを飛ばして、今は中級の術を習っている。呪文を唱えながら魔方陣を空中に書く方式だ。指の軌跡が現れ、いかにも魔法らしくて格好いいうえに、最初に習ったものよりずっと短い時間で済む。だけどさすがに難しくて、魔法は発動するけど成功はしていない。だけど十分成功する可能性はある、とツェルナーさんとフェリクスが言ってくれている。
そもそも一度様子を見にきたオイゲンさんが、初級はもうやらなくて大丈夫とお墨付きをくれたから中級なのだ。
カールハインツも慣れないながら、一生懸命に教えてくれている。カルラに、『早くマリーが強くなれるようにしてあげて』と言われたかららしい。
それを知った木崎が、『そうか、むっつりでなくてロリコンだったか』とのたまったので、足を踏んでやった。
平凡な日が続いていて今のところ、何がゲーム展開で何がちがうのか分からない。だけど今日はちょっとしたイベントがある。礼拝堂の調査をみんなでするのだ。
みんなとはムスタファ、私、ヨナス、フェリクス、ツェルナー、そしてレオンの六人。目的はファディーラ様が囚われていた場所の発見だ。
礼拝堂はフェリクスたち、隣国の魔王捜索隊が魔王捕囚場所の最有力候補と考えているところだ。そうとは知らない綾瀬が木崎にあそこが気になると告げたために、今回このメンバーで赴くことになった。
ファディーラ様の血が抜かれていたこと、彼女はかつて魔族の王だったこと、魔王には人間を不死にする何かがあること。それらから綾瀬は想起することがあり、それが礼拝堂に関係するらしい。
そこでレオンの非番とムスタファの予定の空きが重なる今日、六人で行くことになった。フェリクス主従はレオンも前世の記憶があることを、レオンはフェリクス主従の真の目的を知り、すっかり気の置けない仲間になっている。私たちは一見、まるでピクニックにでも行くような気軽さで、礼拝堂に向かった。
おまけ小話
◇ 元後輩vs異国の王子 ◇
(綾瀬のレオンのお話です)
「近衛君」
掛けられた声に振り返るとそこにはフェリクス王子と従者のツェルナーがいた。
「ムスタファの部屋に行くのだろう。共に行こうじゃないか」
王子はそう言って、ちょいちょいと手招きをする。
確かに目的地はそこだ。これから彼らも含めた六人で礼拝堂へ行く。その集合場所がムスタファ王子の部屋。だけどもう目と鼻の先。なぜ手招きされるのだ。
異国の王子はうさんくさい笑みを浮かべている。一体何を企んでいるのやら。
歩み寄り挨拶をする。
「君とふたりで話したかったのだが、なかなか機会がなくてね」とフェリクス王子。
「何でしょう」
「仏頂面だな。恋敵なんかとは話したくないかい?」
「……僕の恋敵はムスタファ殿下だけですよ」
王族に対してなかなかに失礼な発言をしたのにフェリクス王子は嬉しそうに、なるほどなるほどなんて言う。おかしな人だ。
「私はムスタファにはライバル宣言をされているのだがね」
「あの人も彼女も前世を引きずり過ぎているんですよ」
「前世とやらでのムスタファは恋人をとっかえひっかえだったというのは事実か」
「それは多分、誇張されていますね。彼女を切らさないしモテたのは事実ですけど、そこまで最低な男ではなかったはずです。マリエットから聞きましたか?」
「そう。彼女の鈍さはそのせいもあると私は考えているのだが」
「そうですね」
「よし、ではそこに付け入る隙があるかな」
にこにことする王子の脇で、呆れているのを隠しもしないツェルナーが、
「いい加減諦めたらどうですか。お邪魔虫だと分かっているでしょうに」
と諭す。
「何を言う。簡単に諦められるのなら、それは恋ではないぞ」
軽薄な王子がドヤ顔で胸を張っている。
態度はともかく、言っていることには賛成できる。
「僕もそう思います」とうなずけば、
「そうだろう」と嬉しそうな王子。「分の悪い者は無様でもあがくしかないのだ、ツェルナー」
主の言い分に従者はため息をついた。
「今日はほどほどにして下さいよ。結果がどう出るか分からないのですからね」
「分かっている。では行こうか、近衛君」
王子は颯爽と歩き出す。軽薄で胡散臭い人だけど、さすがは攻略対象。堂々としたその姿は目を引く華やかさがある。
こんな美男に言い寄られても、これっぽっちもよろめかないマリエット。他の男なぞまるで興味がないのだ。
この人と僕、望みのない恋をしてしまった可哀想同盟でも組めばいいのだろうか。




