表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/211

5・1三人目

 ムスタファの部屋は驚くほど明るかった。魔石を使った燭台が幾つも灯されている。ゲームのムスタファのイメージとは違う。彼はもっと薄暗い部屋で月の明かりの元で読書をしていそうなのだ。


 だというのに、煌々とした明るさ。

 更に腹立つことに、良い香りがする。木崎のくせに。

 調度品は見るからに一級品で、きっと名のある職人が作ったものなのだろう。テーブルもサイドボードも曲線が美しくなまめかしい。チッペンデールですかね、木崎のくせに。だけどムスタファにはよく似合う。


 長椅子にゆったりと腰かけている王子に歩みよる。と、彼は盆の上をちらりと見て

「後で見る。控えていなさい。そちらの客を先に対応しなければならないからね」

 と冷めた口調で言って、壁際を示した。


 ふむ。偶然居合わせてしまった傍観者のふりをしていろ、ということか。かしこまりましたと慇懃に答えて、静しずと部屋の隅による。と、ヨナスもよって来て並んだ。

 ということは木崎は、彼の前でレオンに社章のことを問い詰めるのだろうか。


 見ているとムスタファはレオンに近寄る許可を与え、彼がそばまでくると身を乗り出して卓上に何かを置いた。社章だろう。


「こちらを」とムスタファ。「ヨナスが隊員の落とし物ではないかと近衛に届けたところ、君が血相を変えてヨナスにあれこれ問い詰めたとか。なぜだろうか」


 レオンは困り顔だ。

「訳あって、持ち主を知りたいのです、殿下」

「その答えで私が納得するとでも? それだったらわざわざ近衛兵を私室に呼びつけたりしない」


 うん、私もそう思う。レオンよ、その返答は零点だよ。


「ならば正直に申し上げますが、私の頭が狂ったと思わないで下さい」

 おや。これは。

「それはこの世界に存在しないはずの物なのです」とレオンは真剣な顔で言った。「私が前世で、こことは違う世界に生きていたときに勤めていた職場のマークです。何故これがこの世界にあるのか、私と前世が同じ世界の人間がいるのか、どうしても知りたい」


 どうやらレオンは、社章が落とし物としてアナウンスされた時に仰天しつつも、名乗り上げる者が出るのを期待をこめておとなしく待っていたらしい。

 だけれど誰も手を上げなかった。

 それで拾い主のヨナスに、拾った場所や状況を根掘り葉掘り尋ねたようだ。


 それを能面のような顔で聞いているムスタファ。

 ……木崎感はまったくない。一緒に裏庭で飲んだのはこの人だったのだろうかと不安になるほどに。


「そうか」王子は優雅にうなずいた。そして。

「で、お前は誰だ? 俺は第一営業部の木崎だ」

 ころりと口調も表情も変えてムスタファは言った。


「えっ!」と叫ぶレオン。「木崎先輩っっ!?」


『先輩』?

 レオンが気になりつつもヨナスも気になる。横顔を盗み見ると、明らかに戸惑っている。この展開になるとは知らなかったみたいだ。

 木崎は自分が転生者と、ヨナスに打ち明けることにしたのだろうか。


「本当に!?」とレオン。うなずく木崎。

「僕、第三の綾瀬ですっ!」そう言うとレオンは王子に駆け寄って床に膝をついて抱きつくと、わんわん泣いた。

「木崎先輩も死んじゃったなんて! 誘導してくれてたからですよねっ! うわぁぁんっっ」


 あ、これは本当に綾瀬だ。大袈裟なぐらいに泣きまくるレオンの頭を、「そうか綾瀬か」と言ってポンポンする木崎のムスタファ。


 綾瀬は入社二年目の新人で、熱烈な木崎ファンだ。新人社員研修の時に何やらあったらしく、尊敬している先輩と堂々と宣言しまくり、何故第一に配属してもらえなかったんだと常々愚痴りまくり、そんな風だから独特な存在感を放っていた。


「てかお前」と木崎。「なんで死んでいるんだ。かなり早い時点で非常口に向かっていたよな」

「はい」

 レオンはようやく王子から離れると、袖口で鼻水をぬぐった。ハンカチを持っていないのか。

「同期の部屋で飲んでいて、そこから避難したんです。で、一旦は外に出たんですけど自室にお守りを置きっぱなしだと気づいて取りに戻って」

「バカかっ!」怒鳴るムスタファ。


 私も危うく同じ言葉を叫ぶところだった。


「だって木崎先輩にいただいたお守りで……」と綾瀬。

「そんなものをやった覚えはねえぞ」と木崎。

「出張みやげのご当地キャラキーホルダー」

「そりゃお前に頼まれて買ってきたヤツじゃねえか」

「くれる時に『これをやるから頑張れよ』って励ましてくれました」


 木崎、ではなかったムスタファは額を押さえた。

「やんなきゃ良かった」


 だよね。そう思っちゃうよ。

 レオンは慌ててあれこれ弁明しているけど。

 綾瀬、何でも正直に話せばいいってもんじゃないんだよ、と言ってやりたい。


 そっちのふたりはともかくと、ヨナスを見るとこちらはこちらで難しい顔をしていた。主の態度も言葉も理解できないのではないだろうか。


「まあ、もういい」とムスタファが言った。「ところでカールハインツ隊には《隊長を肉食女から守る会》っていうのがあるらしいが」

「僕が作りました」

 あっさり白状するレオン。

「お前、同性が好きなのか?」木崎がストレートに尋ねる。

「違いますよ。普通に彼女いましたよ。前世は。今はフリーですけど」


 え、彼女? ウソでしょ? あんなに木崎ラブだったのに? そこを詳しく。

 と思ったけれどレオンのひとり語りが始まった。


 前世の綾瀬は成人する頃までは非常に体が弱かったそうだ。風邪や流行り病にすぐかかるだけでなく、理由の分からない発熱はしょっちゅう。体育が好きだったけど、少し張り切ると翌日は学校を休む。そんな日々だったという。

 そのせいでパワフルな同性に憧れてしまうらしい。それが前世では木崎で、今世ではカールハインツという訳だ。


 レオンに前世の記憶がよみがえったのは一年ほど前の落馬事故が原因で、それより前から隊長に崇敬の念を抱いていたというから、魂の根本的なところに同性に憧れる資質があるのだろう。


 《守る会》を作ったのは二ヶ月ほど前。酒席で隊長が、言い寄ってくる女たちに辟易していると嘆いたことが設立のきっかけだという。


「ならばゲームは関係ないのか?」

 と木崎が訊くと綾瀬は、ゲーム?とおうむ返しにして首をかしげた。どうやらこの世界が乙女ゲームの世界とは知らないらしい。

「関係ないなら、いいんだ」

 そう言ったムスタファはこちらを見た。


「ヨナス。悪いがお前はもう少し待っていてくれ」

 言われた従者は素直にうなずく。

「で」と木崎は私を見た。「あそこのアホ面が」

「アホ面って何よ!」思わずツッコむ。

「第二の宮本な」

「え」レオンの顔が歪む。「宮本先輩?」

「そう。文句ある?」

 レオンは私を無視して木崎を見る。

「なに、馴れ合っちゃってるんですか! あの人はライバルでしょう!」

 木崎ラブの綾瀬は、当然のこと、私を快く思っていなかった。

「前世ではな」と木崎は言った。「この世界に社員がいるかも、となれば協力ぐらいする」


 レオンはぐっと言葉につまる。


「あのアホが王宮の庭で社歌を歌っていてな。お互いの素性が分かったんだ」と木崎。「死後転生しての再会なんて嬉しいもんじゃねえが、俺たち三人同じ社で働いた仲だからな。多少は融通をきかせようぜ」


 ……あほアホ言うな、と言ってやろうとした気持ちが、後半の言葉で霧散する。

 木崎の言う通りだ。こんな再会は喜ばしいものではないけども。

 見知らぬ人だらけの王宮に、たとえ大嫌いな人間だったとしても昔の知り合いがいることは、心の支えになっている。


 悔しいから言ってやんないけどさ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ