4・3夜の手紙運び
一日の仕事を終え自室に戻る前に、またロッテンブルクさんに呼び止められた。彼女用の小さな仕事部屋に二人きりで差し向かい。侍女頭は真顔だ。何だろう。散歩中の粗相については、既にこってり叱られた。つまずいたことだけでなく、マヌケ面をしていたことも、だ。他の見習いもいる前で。
私がただの17歳だったら、みんなのいる前でなんてと憤ったかもしれない。だけれど30歳社会人の経験がある身からすると、理由があるのかもしれないと予想できる。
今朝はカエルスープ事件があった。私は場を乗り切るためにロッテンブルクさんを利用した。
そして私は他の見習いや若い侍女のように彼女を疎んでいないし悪口も言わない。それがまた面白く思われていないのだ。
このままなら、侍女頭と私が特別に親しいとか、侍女頭はマリエットだけ贔屓にしているとか陰口を言われてしまうかもしれない。
ロッテンブルクさんはその辺りを考慮して、マリエットも他の見習い同様の扱いだと知らしめるために、わざとみなの前で叱った。私はそう考えている。
「マリエット」と真顔を崩さないロッテンブルクさん。
「はい」と私。
「シュヴァルツ隊長が好きですか」
思いがけない単刀直入な質問に、心もちのけ反る。
「……私、そんなに分かりやすいですか」
ロッテンブルクさんは無言で大きく首を振った。
「すみません。隊長がめちゃくちゃ好みなんです」
はあっとため息をつく侍女頭。「あなたは異性に淡白そうと思っていたのですが、見込み違いでしたね」
「……すみません」
「もしや先日廊下でムスタファ殿下に気がつかなかったのは」
「隊長にみとれていました」
ロッテンブルクさんはまたしても深く息をついた。
「別に侍女の恋愛に口を出すつもりはありません。ただし仕事に支障があるなら、別です。そしてあなたの態度はひどすぎます」
三たび、すみませんと謝る。
「注意は昼間したからこれ以上はもう言いませんが、とにかく態度を気を付けるように」
はい、と神妙にうなずく。侍女として当然だし、その他もろもろからも必要なことだ。
「隊長があなたを調査しているのは、あなた自身の素行故、ということはありませんか」とロッテンブルクさん。
「今日と先日、みとれた以外は何もしていません」自信を持って答える。
「分かりました。一応、信じておきましょう」
そう言ったあと、彼女の表情がわずかに動いた。
「……それとこれからひとつ、あなたに仕事があります」
「これから?」
思わずおうむ返ししてしまう。こんな時間に仕事だなんて、初めてのことだ。見習いも侍女も、ほとんどが仕事を終えているだろう。
侍女頭は卓上の封筒を、ついと私のほうに動かした。
「こちらを届けること。分かっていますね。銀の盆にのせてですよ」
「はい」
答えながらも、疑問が顔に出ていたのだろう。
「私のほうこそ、聞きたいです。が、詮索するなとのことですから」
珍しくぼやき口調でそう言ったロッテンブルクさんは、「何がなんやら」と呟いて頭を横に振った。
◇◇
彼女の困惑の理由はすぐに分かった。手紙の書き手が王子ムスタファだからだ。表裏、どこにも名前はなかったのだけど、封蝋に社章が押してあった。絶対に昨日私が作ったものだ。木崎め、流用しやがって。社員のあぶり出しはしたのか?
と言っても。『カールハインツ隊長を肉食女から守る会』のメンバーはひとり、予想がついている。散歩の時に転びかけた私を助けてくれた、若い近衛だ。
一瞬のぼせ上がりかけたけれどよくよく見たら、笑顔を浮かべながらも目が笑っていなかった。その後も一度、鋭い目つきで私を睨んでいたときがあった。噂を気にしているとかのレベルではない、殺意がこもった目だった。
ロッテンブルクさんによると、名前はレオン・トイファー。年は二十歳ぐらいで伯爵家の四男だそうだ。ゲームで見た覚えはないから、モブですらなかったということだろう。
銀の盆の上の手紙を見る。届ける先はムスタファの私室だ。つまりこれは私を呼ぶ口実。だけどこの方法を考えたのはヨナスに違いない。木崎は私に表だって関わりたくないとキッパリ言っていたのだから。
それにきっと、社員のあぶり出しに成功したのだろう。昨日の今日でこの呼び出し。もしかしたら私が作った社章をスタンプに使ったのは、その意味を伝えたかった……は考えすぎかな。
ムスタファの部屋に通じる廊下を歩いていると、脇の階段から近衛兵が出て来た。レオン・トイファーだ。
これは私の予想はビンゴに違いない。進行方向も一緒だ。
レオンは私に鋭い一瞥をくれると、すぐに笑みを浮かべた。
「随分遅い時間まで仕事をしていますね。まだ見習いで王宮に上がったばかりでしょう?」
「はい」
一応、淑やかに答える。まだ彼が転生者、社員、守る会員のいずれかに決まった訳ではないから。
なんとはなしに並んで歩く。
「孤児院出身で侍女は大変じゃないですか?」
「はい。ですが紹介して下さった公爵夫人のお顔に泥を塗らぬよう、精一杯勤めさせていただきます」
しおらしく答えるとレオンは、ふうん、と呟いた。
「いい男をゲットする、って意気込みではないのかな」
私は黙ってレオンを見る。
「だけど孤児院出身ではね」
ぴくりと、こめかみが動く。
貴族のボンボンめ。
「孤児院出身の私が侍女に向いていると判断して下さった公爵夫人の慧眼には、感謝しきれません」
どうだ。出身だけで差別したお子ちゃまを暗にディスってやったのだぞ。気が付けるかな?
しばらく黙って歩いていたレオンは、突然ビクリとしてから顔を赤らめて私を見た。怒っているようだ。
なるほど、バカではないらしい。
私は素知らぬ顔で進み、ムスタファの部屋の扉の前で足を止めた。
「お前も?」とレオン。
動揺が続いているのか、先ほどまでの丁寧な口調を忘れたらしい。
私はお返しに一瞥をくれてやり、扉を叩いた。
すぐに開く。
ヨナスが立っていた。
「夜分遅くに、失礼致します。こちらを」と盆に目を落とす。
と、ヨナスは片手を上げて私を制し、
「奥にいらっしゃるから直接頼む」と言い、次にレオンを見て
「あなたも、どうぞ」
と私たちふたりを王子の部屋に招き入れたのだった。




