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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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122/211

27・1一粒のチョコ

 ヨナスさんと共に廊下を進んでいたが、鏡に映った自分が目に入り足を止めた。

「マリエット?」

 ヨナスさんの声がする。

「少し待っていただけますか」

 手早く済ませたけれど、ヨナスさんは微妙な表情をしていた。構わず、

「お待たせしました。行きましょう」と促して、歩みを進める。


 ムスタファの部屋に入る。と、彼はいつもの場所に座っておらず、立って上着の前をパタパタとしていた。私を見て

「お帰り。どうだった」といつもの口調で言ってから、何故かわずかに眉を寄せた。

「聞いて。カールハインツにお守りをもらったの」

 ほら、とホタテ貝を見せる。

「へえ。良い感じになれたのか」

「そこは語ることはなし」

「さすが」

 にやりと嫌味な顔をするムスタファ。


「どうかなさいましたか」とヨナスさんが上着を掴んだままの彼に声をかける。

「カルラが来て遊んでいたらボタンが飛んだようだ。だが見つからなくてな」

「どんな激しい遊びだ」

 フェリクスの声がして振り返ると、開いたままの扉の元に立っていた。

「マリエットが部屋に入ったとツェルナーが言うから」とチャラ王子。

 その後ろで彼の従者が余計なことを言って申し訳ないと頭を下げている。


「私もお出かけ用の可愛い君を見たかったのだが」とフェリクス。「ふわふわ髪型ではないな。聞いていたのと違う」

 ヨナスさんが私を見たけれど、何も言わなかった。

 髪は先ほど、ひとつ結びにしてしまった。ルーチェが結ってくれたのを完全に解く時間はなかったから、多少はまだふんわりなのだけど。でももうハーフアップではない。


「まあいい。せっかくだから私もデートの顛末を聞かせてもらおう」

 フェリクスは図々しく部屋に入ってくる。ムスタファの不機嫌な表情もおかまいなしだ。私のそばまで来ると髪に触れ、

「この辺りは名残かな。綺麗な編み込みだ」と言う。

「触らないで下さいね。ルーチェさんに結ってもらったんです」

「彼女はこういうのが上手いな」

 チャラ王子は更に触る。


「ヨナス。彼女にあれを。私は上着を替えてくる。フェリクスには塩を撒け」

 ムスタファはそう言って続き部屋に向かった。

「塩?」ときょとんとするヨナスさん。

「追い払いたいときの決まり文句です」

 私が説明するとヨナスさんは苦笑いを浮かべ、フェリクスは酷いと嘆いた。


『あれ』は既に用意されていたようで、ヨナスさんがサイドボードから焼き菓子と冷えたお茶を運んでくる。当然、フェリクスの分はない。

「仕方ないマリエット、後で私の部屋においで」とチャラ王子。

「今日は休日なので、お断りします」

「ムスタファの部屋には来るのにかい?」

「用があるのです」

 態度で拒絶を示すため、異国の王子に儀礼的に頭を下げてから、椅子に腰かける。

「そうだ」とヨナスさん。キャビネットに向かい、何やら手にして戻ってきた。

「これも君にだ」


 目の前に置かれたのは、掌サイズの可愛い器だった。蓋を取る。中にはピスタチオの乗ったチョコが一粒。

「特別なものなのですか」

「さあ」

 何故だかそれがとても美味しそうに見える。木崎を待たなければと思いながらもつまみ上げ――


「待て!」叫び声と共にムスタファが隣部屋から駆け出て来る。「チョコは食べるな!」

 手の中のそれを見る。一口かじってしまった。

「出せ! 吐き出せ! 早く!」

 血相を変えたムスタファが突進してくる。訳も分からないまま器を手に取り、中に吐き出した。


「平気か、何ともないか」

 木崎は私の肩を掴み、不安そうに見下ろしている。

「マリエットにではありませんでしたか」珍しくオロオロしたヨナスさんの声。

「そうだがそうじゃない」

「何なのだ、そのチョコは」とフェリクス。

「いや……」言葉を濁す、ムスタファ。


 どくん。

 大きく心臓が脈打った。あっという間に鼓動が早くなり、体が火照る。

「……木崎……暑い」

「っ、大丈夫か!」

「……どうしてだろう、木崎がものすごくイケメンに見える」

「俺はいつだってイケメンだっ」

 視界がフラフラして定まらない。胸が苦しい。高熱が出たのだろうか。急に?


「しがみつくなっ」とムスタファ。

 あれ、私は木崎にしがみついているのかな。

「まさか媚薬か」

 珍しい。フェリクスが怒った声を出している。

「宮本、脱ぐなっ!」

 がしりと手を捕まれてはっとする。私は襟元を緩めようとしていたらしい。


「どうすればいい、医師? 魔法?」ムスタファの困惑した声に

「魔術師だ」とフェリクスが答える。

「ヨナス、魔法府、ヒュッポネン」

「遠いぞ。酷い汗だ。耐えられるか」


 声は聞こえる。だけど朦朧として考えがまとまらない。

「だから脱ぐなって、宮本!」

 頬をペチペチ叩かれる。

 でも暑いのだ。


「……ヨナスさん、行かなくていいから扉を閉めてもらえますか。それから水をもらいますよ」

「ツェルナー」






 暑い。全身が火照って苦しい。

 と、眉間に氷が当てられた。気持ちがいい。


 目を開くと、グラスを片手に持ったツェルナーさんが私の額に指を当てて、呪文のような言葉を呟いていた。

「はい、これを飲んで」

 グラスを渡される。

「全部だ。残さずね」

 言われた通りに水を飲み干す。

 ツェルナーさんは再び額に指を当て、一言

「完了」

 と唱える。


 体の熱が嘘のように引いていた。

「大丈夫か、宮本」

 ムスタファの木崎が私を見ている。とんでもなく情けない顔だ。

「……多分」

 はぁぁっと深く息を吐く王子。床にひざまずいている。

「悪い。俺の説明が雑だった」

「……何だったの?」

「媚薬。パウリーネが友人に貰ったものをくれた。お前がシュヴァルツに食わせればいいと思ったんだが、ヨナスにまだきちんと説明していなかったんだ」


 ムスタファがツェルナーさんを見た。

「助かった。礼を言う」

「私の主が泣きそうだったので」

 ツェルナーさんの言葉にフェリクスを見ると、確かに泣きそうな顔をしていた。

「すまない、ツェルナー」とチャラ王子。

 首を横に振る従者。

「私の意思ですよ」


「あなたが魔術に長けているなんて、聞いていませんね」

 静かにそう言ったのは、ヨナスさんだった。

「ええ。隠していましたから」ツェルナーさんは事も無げに答えた。「第五王子の得意な魔法分野は、怪我・病治療以外は対物関係です。私は彼の苦手分野のサポートをするために、彼の従者に無理やりさせられたのです。それと管理兼監督ですね」

 従者は主を見た。

「構いませんよ、打ち明けて。私はもう、陛下に報告しませんから」

「すまない、ツェルナー」

 もう一度そう言ったフェリクスは、ムスタファ、ヨナスさん、私を順に見た。


「私の留学の目的を話す。だから信用してほしい。だがその前にマリエットだ。そのチョコはパウリーネ妃からか」

 そうだとムスタファ。

「ツェルナー、分かることは?」

「かなり強力な媚薬ですね。でも他に変な魔法はかかっていないようですし、彼女はこの手のものは効きにくいみたいです。それがかえって高熱のような症状を引き起こしてしまったのでしょう」ツェルナーが説明をする。「マリエットは媚薬による状態異常だったので、その効果を消す処置を施しました」

「心の底から礼を言う」

 私もありがとうございますと言いながら、ふと気づいた。ムスタファに強く手を握られている。彼のなのか私のなのか、汗がすごい。


「パウリーネ様はこれをご友人様から頂いたのですか」とヨナスが尋ねる。

「私に渡せと言われて貰ったと話していた」

「マリエットに食べさせろ、と?」

 フェリクスが尋ね、ムスタファはうなずく。

「何故そんなことを」とヨナスさん。

「パウリーネには気を付けろと忠告したはずだ」とフェリクス。「オーギュストの見立てだと、バルナバスはムスタファが権力を持たないよう、後ろ楯も何もないマリエットと結婚させようと考えているとのことだ。パウリーネも同じ考えなのだろう」


 ムスタファはうなずきながらハンカチを取り出し、私の額を拭いた。

「……ありがと。自分でできる」

 気恥ずかしくなり、ハンカチを受け取って汗を拭く。

 すぐにヨナスさんが続き部屋に行き、沢山のタオルを持って戻ってきた。

「着替えは必要か」ヨナスさんが訊けば、

「今、ひとりで部屋に戻らせるのは」とムスタファが言う。

「持ってこさせます」とヨナスさん。

 そんなことをしたら、また口さがなく言われてしまう。

「大丈夫、信用できる侍女に頼むから」

 ヨナスさんはそう言って部屋を出て行った。


「……悪かったな。大丈夫か」ムスタファがまた謝る。

「木崎のせいじゃないでしょ。何度も謝られるなんて初めてで、怖いよ」

 軽口が返ってくると思ったのに、ムスタファは視線を逸らした。握られたままの手が痛いぐらいだ。


「気が済むまで謝らせてやれ」

 フェリクスはそう言って、私の向かい側に座った。

「ムスタファも座れ。それではマリエットが落ち着かない」

 その言葉に木崎はノロノロと彼らしくない動作で立ち上がり、となりに座った。手が離される。

「苦しかったけど、怒ってないよ」と声をかける。

 木崎のムスタファは、分かってると小さな声で返事をした。他所を向いたまま。


 なんだか、まるで後ろめたく感じているかのようだ。きっと私がカールハインツに渡せなくて、アタフタする様を笑ってやろうと考えていたのだろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「俺はいつだってイケメンだっ」 に、思わず笑ってしまいました。動揺する木崎が楽しいです。 フェリクス&ツェルナーの主従コンビが今回もいい仕事をしてくれましたね。何だかんだで良い人たちすぎ…
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