26・2推しとの外出
教会に向かう馬車の中は、即席の学舎となった。講師カールハインツが、これから向かう教会の歴史や元騎士である聖人について、更には現在の司教の人となりまで、懇切丁寧に教授。
お守りを授かる以上、由来についても理解しておくべきとの考えらしい。さすが真面目な騎士だ。
となりに座るルーチェは眠そうだったし、カールハインツに並んだレオンは何度も聞いている話なのだろう、上の空の顔をしながらも、的確な場で相槌を打っていた。
私的には面白い話だったけど、甘さもウキウキ感もこれっぽっちもない雰囲気に、やっぱり好感度は上がっていないのかななんて考えてしまうのだった。
◇◇
到着した教会は大きくもなく小さくもなく。だけどそれなりに賑わっていた。地方に住む騎士やその家族の巡礼地になっているそうだ。
入り口に置かれた籠から真鍮製らしきお守りを取り、傍らの箱にお布施を入れる。お守りはなぜかホタテ貝の形で、騎士らしさは全くない代わりに可愛い。
礼拝に四人で並んで参加して、終わったあとにお守りに祝福してもらうための列に並んだ。レオンはもの問いたげだったけれど何も言わずに待っていた。
一方でカールハインツは主祭壇そばの聖人像に、祈りを捧げていた。レオンによると、彼はこの教会に来たら必ずそうするのだと言う。何を祈っているのか、本人は明かさないけれどオイゲンさん曰く、行方不明の兄の無事だという。
一心に祈る背中は神々しくももの悲しく見えた。彼の心の傷に寄り添い癒せる人と、幸せになってほしい。それが私でなくても構わないから。
そう思い、私も騎士の守り神に祈ったのだった。
教会での用が済むと次は手芸用品店。もちろんのこと、寄り道はなく直行。
だけどお店ではカールハインツは、王族への贈り物の材料だからか予想外に丁寧に糸選びを手伝ってくれた。正式な記章に近い色を吟味し、オリジナルの部分にはカルラが好きだという薄紫色をチョイス。
隣り合って買い物をする私たちは端から見れば恋人同士かも、一緒に来られて良かったと嬉しくなった。
だけどルーチェのシビアな目から見たら、どうがんばっても保護者と子供にしか思えない雰囲気だったそうだ。
自分でも小柄すぎる自覚はある。木崎じゃないけど、肉をつけることが必要かも。主に胸辺り……。
食事が他の侍女より少なくても問題なしなんて言っている場合じゃないな。今日からは足りないからおかわり下さいと主張してみよう。
◇◇
帰りの馬車は行きとは違い、くだけた雰囲気だった。ルーチェとレオンが世間話に興じている。多分だけど、私を気遣っているのだろう。なんとかカールハインツを話に引き込もうとしているのだ。
そんな中でルーチェが
「シュヴァルツ隊長は持ち物すべてが黒なのですか」と尋ねた。
うん、それは私も気になっていた。ありがとう友よ。
綾瀬のレオンがにやけ、
「あるあるの質問」と言う。
「黒は仕事用だ」とカールハインツ。
「私服で黒を着ているときは、仕事に準じるという意味合いだよ」とレオンが補足する。
つまりこのお出かけは、ほぼ仕事。対外的にもそうアピールをしていたということか。
分かってはいるけど、がっかりしてしまう。
「ムスタファ殿下のマリエットを預かるのだから、当然だろう」とカールハインツ。
「『殿下の』ではありません」私より先にレオンが抗議する。「まだ私にもチャンスがあるはずですからね」
「通常ならポジティブであることは褒めるのだが」とカールハインツ。
「本当に誤解です」私も抗議する。
うむ、とおもむろに頷くカールハインツ。絶対に空返事だ。
「まあ、ヨナスさんを牽制に差し向けてくるぐらいだから、あながち誤解とは言いきれないけど」とレオン。
「彼は自分の意思で見送ってくれたのよ」
「だけど見送りを殿下は止めなかった。それがどう思われるか、分からない人ではない」
レオンがそう言えば、カールハインツが再びうなずいた。
「穿ち過ぎ」
と再度抗議する。綾瀬は木崎をよく知っているくせに。
「だといいのだけどね」と答えたレオンは実はと続けた。「明日から十日ほど、休みをもらったんだ」
それはまた随分と急な話だ。
「何かあったの?」
「叔母の見舞い。片道三日ほどかかる。向こうにどのくらい滞在するか分からなくてね、多めに休みを申請した。まさか許可が下りるとは思わなかった」
レオンがカールハインツを見る。
「今は閑散期だしな」と隊長。
「僕は母の護衛代わりなんだ。行きたくないのだけどね。許可が下りてしまったから、行ってくる」
「見合いを兼ねているのなら、許可するに決まっている」
「見合い!?」
私とルーチェの声が重なる。
「違う」レオンが慌てて手を振る。
「だがトイファー伯爵からは、そう聞いた」とカールハインツ。
「いや、確かに向こうには年頃の従妹がいますけど、私は自分で結婚相手を探すと両親には伝えてありますし」レオンは上司にそう釈明してから私を見た。「だよ?」
「ご両親もお前を心配しているのだろう。何かと噂の見習いにあまりに執心していると」
「王子たちと張り合っていると噂されていますものね。心配は当然かも」とルーチェ。
うなずくカールハインツ。
そういえばレオンが綾瀬と分かる前に、孤児院出身者であることをバカにされたっけ。ご両親も同じ考えなら、息子がそんな娘に夢中なのは面白くないだろう。
「ちょっと」とレオンが身を乗り出して私の顔を覗き見る。「良くないことを考えているでしょう。うちの親は気にしないで下さい」
「心配してくれる両親を大切にしたほうがいいと思う。私はそうしたくたって、いないもの」
レオンの顔がくしゃりとした。
「大切にしてます。だからあなたと十日も離れることを了承したのですよ。僕にとってこの十日がどれほど惜しいか、きっと分からないでしょうね」
「……考えなしの発言だった。ごめん」
「いいえ」
にこりとするレオン。
傍らではカールハインツとルーチェが、『なんでレオンが丁寧な言葉遣いなんだ』『マリエットに振り向いてもらいたい気持ちが高じるとそうなるらしいです』なんて会話をしている。
「本当は今日、アクセサリーのひとつでもプレゼントしたかったのですけどね」とレオン。
「そういうことは出発前に言え」カールハインツが答える。
「だって、貰っても困るでしょ?」
レオンは私に向かってそう言うと、淋しげな笑みを浮かべた。
私はごめんと謝ることしかできない。人の意見を聞かなくて押しが強いと思っていたのに、そんな遠慮はするのか。
気持ちに応えられないことに、胸の奥が疼く。
「マリエットにはアクセサリーよりお菓子がいいですよ」と横からルーチェの声がした。「フェリクス殿下やムスタファ殿下が贈っています。喜んで受け取っているわ」
「なるほど、僕もそうしよう」
「私が食べちゃうかもしれないけれど」にこりとするルーチェ。
「勿論、構わないさ。友人からの好印象は重要だ」
「あら、私はマリエットと違うから、お菓子で釣られません」
ルーチェの活躍で車内が明るくなった頃合いで、馬車は止まった。出発のときと同じ、近衛の広場だ。
降りるとそこには笑顔のヨナスさんが待ち構えていた。
「お帰りなさい。さすがシュヴァルツ隊長。予定と違わない帰着ですね」
「当然だ」と答えたカールハインツは、またも任務だったかのように道中のことを報告。
それから。
「レオンがああ話していた手前、なんだが……」
とカールハインツは握りしめた手を私に向かって差し出した。開くとそこにはホタテ貝のお守りがひとつ。
「カルラ様はお前を気に入っている。お揃いならなおのこと喜ぶだろうと思ってな」
「私にですか!」
「そう」
恐る恐る騎士の大きな手の上から指先でつまみ上げる。きゅっと握ると、まだカールハインツの手の温もりが残っているような気がした。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「隊長ズルい!」
レオンが吠える。上司は姫様のためだ、と焦り顔で答えている。
一体いつの間に用意したのだ。そういえば帰り際に司教と親しげにふたりで話していたから、あのときだろう。
「良かったじゃない」とルーチェ。
「へへ」
嬉しくて顔が緩んでしまう。
「侍女の笑いではないわよ」
「マリエット」とヨナスさん。「ムスタファ殿下がお呼びです。このまま一緒に来て下さい」
「やっぱり!」と再び叫ぶレオン。
「まあまあ」とルーチェが宥める。
「トイファー殿は拝謁伺いを出したのだね」とヨナスさん。口調がやや改まっている。
「いくら剣術稽古のお相手を勤めていても、立場をわきまえ手順は守らねばならない」カールハインツが真面目な顔で言う。
「と、いうことなので」とレオン。私を見て。「休暇のことを伝えたいだけなんだけどね」
「申し訳ないが伺いで打診となると、夕方になってしまう」
「承知です」
「では」ヨナスさんは再びカールハインツを見て笑みを浮かべた。「本日はご苦労様でした。殿下に代わり、労わせていただきます」
なんだかなあ。車中の会話を思い出し、もやもやしていると綾瀬が私を見て『ほらな!』という顔で肩をすくめたのだった。




