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最終話:異端なる救世の大聖女

 聖都オシャンティに最高神オシャンティが降臨した。


 その噂が流れてから二週間が経過した。悪事千里を走るという言葉があるが、それ以上の速度で吉報は大陸中に伝播(でんぱ)した。


 これほどまでに情報伝達が早かったのは、オシャンティ降臨の理由によるものだ。伝わっている内容は『傲慢なオジャル王子が低俗な悪魔を召喚し、国を滅亡させようとした所、オシャンティが裁きを下した』というものだ。


 元々オジャル王子の評判はすこぶる悪く、相乗効果も相まって噂は爆発的に広まった。真実と嘘がごちゃまぜになっているせいで余計に信ぴょう性があるのもミソだ。


 聖都オシャンティは過去最大の盛り上がりを見せているが、今日はひときわ人数が多い。というのも、今日は聖女エクリプスこと、オシャンティ神による声明があるからだ。


「オシャンティ様、そろそろ開始となりますので」

「わ、わかりました……」


 室内に入ってきたアレクシアに対し、エクリプスはぎこちなく笑う。

 

 あの日からエクリプス一行は廃教会ではなく、聖アレクシア修道院の来賓室に住ませてもらっている。今日で聖エクリプス修道院へと改名される予定だ。


「国民の皆……いえ、世界中の皆がオシャンティ様の偉大なるお言葉を楽しみにしております。もちろん、わたくしもその一人ですが」


 アレクシアはうっとりとした表情でエクリプスの前に(ひざまず)いた。多分、ここで死ねと頼んだら、アレクシアは喜んで首をかき切るだろう。


 アレクシアだけではない、国王をはじめ万民が、オシャンティに全てを委ねている。それはつまり、もうどうにもならない状況になっているという事である。


「終わりだ……全て終わった……ゼウス様は圧倒的オギャリティの中、幼児退行し続けて消滅するのだ……私の計画が悪かったのだ……私は無能……フフフ……無能天使だ……」


 アレクシアが出ていった後、エクリプスが振り向くと、ザフキエルは燃え尽きたボクサーみたいに部屋の隅っこの椅子にうなだれていた。目の焦点があっておらず、ぶつぶつと同じ事を繰り返している。


「まあまあ、もうこうなったら破滅を楽しもうではありませんか。天界も魔界も完全に消滅し、加護を受けられなくなった人間界も荒廃して消滅しますが、それもまた運命ですよ」


 カラス頭の悪魔――アンドラスがザフキエルの肩をぽんと叩く。彼にしては珍しく慰めているようだった。アンドラスも既に諦めモードらしい。


「む、胸が重い……」

「きょにゅうになったからな!」


 痛ましい天使と悪魔の姿にエクリプスも胸が重くなる。気持ち的な意味だけではなく物理的にもだ。具体的に言うと、もともと大きな胸が、修道服の下ではちきれんばかりに膨らんでいた。


 エクリプスは信仰心を蓄え、神や悪魔に還元する身体になっている。オシャンティとして偶像となったエクリプスには、オシャンティ信仰心がパンパンに詰まっている。


「おっぱい! おっぱい!」

「ちょっ、出ないってば!」


 エクリプスの警告を無視し、ゼウスは胸元をはだけさせてエクリプスの乳を吸う。本来、ゼウスは信仰心を吸収するのだが、オシャンティに向けての信仰心はゼウスの身体に効果が無い。


「終わった……全てが終わった……」

「ザフキエル、なんでないてるんだ?」


 相変わらず同じ事を繰り返すザフキエルに、ゼウスがよちよち歩きで近寄る。すると、ザフキエルがむせび泣く。


「ああっ……! 申し訳ありませんゼウス様! 私が無能なばかりに、こんなみっともない幼女になるなんて!」

「みっともないとはしつれいだぞ! それに、べつにおわってないぞ!」

「え?」


 半狂乱になるザフキエルに対し、ゼウスが謎の言葉を口にする。


 オシャンティ信仰を今の状態で奪い取るのはもはや不可能。だが、ゼウスはあっけらかんとした様子で終わりではないと言う。


「わし、いいことかんがえたぞ!」


 いい事考えたという奴の考えは大体ろくでもないのだが、それに反論できる者は誰も居なかった。



 ◆ ◆ ◆



「おおっ! ついに現れたぞ! あれがオシャンティ様!」

「なんて神々しく美しいんだ!」


 一時間後、聖アレクシア修道院の最上部、式典で声明を出すバルコニーにエクリプスは立っていた。神にふさわしい美しい大聖女の姿に、見上げる人間達はみな溜め息を吐いた。


「皆さま、これより聖アレクシア修道院は、聖エクリプス……最初の使徒エクリプスと同じ名をいただきます。その声明をオシャンティ様よりいただきます」


 司会進行役はアレクシアが務めている。アレクシアはエクリプスに深々とお辞儀をし、場所を譲る。エクリプスが皆に見える場所に姿を晒し、その後ろにつき従うようにザフキエルとアンドラス、そしてゼウスもいた。


 修道院前の広場は、ごま粒を詰めた袋のように人間がいるのに、誰一人何も喋らない。しんと静まり返る空気の中、エクリプスが口を開く。


「皆さんに伝えなければならない事があります。私は、オシャンティなどではありません」

「お、オシャンティ様!? 一体何を!?」


 横で聞いていたアレクシアは、目玉がこぼれ落ちそうになるほど目を見開く。下で聞いていた人間達も一斉にざわめきだした。一方、エクリプスは落ち着いた表情のまま、そっと後ろに目配せする。


「私はあくまで異端の聖女。ですが、オシャンティ様の神託を聞いたのは事実。こちらのお方こそ、真のオシャンティ神なのです!」


 そう言って、エクリプスは幼女ゼウスを高い高いするように掲げた。さながらライ○ンキングの名場面みたいな状態だ。


「にんげんども、わしがゼウ……オシャンティだぞ!」


 そう言われましても。


 アレクシアも、他の全ての人間達の顔にもそう書いてあった。聖女エクリプスならビジュアル的に神様と言われても納得できるが、舌足らずの美幼女に最高神宣言されても困る。


 もちろん、この反応は織り込み済みだ。


「ゼウ……オシャンティ様、例のアレを」

「よっしゃ!」


 エクリプスが耳打ちすると、ゼウスは小さな拳をぎゅっと握る。直後、彼女の周りにぱちぱちと電撃が走る。


「ピッカー!」


 ゼウスが声を張り上げると、彼女の指先から稲妻が放たれた。その雷はまっすぐに、スラム街の廃教会を撃ち抜いた。


 煌めく雷鳴と轟音、ゼウスことオシャンティの圧倒的な力に、人々は度肝を抜かれる。そこに畳みかけるように、エクリプスが演説を続ける。


「ゼ……オシャンティ様はかつて偉大な最高神でした。ですが、このような幼い姿になってしまったのです。なぜか? それは、清く正しく生きていないからです。富める者が貧しい者を追いやる。それでは駄目なのです。今、異端者の集うスラムは浄化されました。私も心を改め、異端の大聖女から、オシャンティ様の大聖女へと生まれ変わったのです!」


 そう言って、エクリプスはさらにゼウスを高く掲げる。


「さあ! 皆もオシャンティ様に祈りを捧げるのです! 聖都オシャンティに……オシャンティ神を崇める全ての者に栄光あれと!」


 エクリプスの煽りにつられ、人々が一斉に喝采する。オシャンティ万歳、オシャンティ最高と。アレクシアも瞳を潤ませながら、地面に額を擦りつけてオシャンティと化したゼウスに祈りを捧げる。


「……こんなもんでどうですかね」

「うむ。これでいいのだ」


 ゼウスは満足げに(うなず)くが、後ろで控えていたザフキエルとアンドラスは、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


「確かにオシャンティが存在しないのが原因なら、ゼウス様がオシャンティに改名すれば信仰は集められるが……不敬極まりないからやらなかったのに」

「納得いきませんが、対症療法としては効果的ですし、本人の意向ですからね」

「これではゼウス様が敗北したのと同義ではないか。クソッ、オシャンティ、絶対許さんぞ」

「いま、わしがオシャンティだから」

「あっ! すみません! そういうつもりで言ったわけではなく……」


 エクリプスは複雑な気分になりながら、オシャンティと化したゼウスに謝罪した。


「まあ当面はこれでなんとかなるだろう。聖女エクリプス、貴様にはゼウス様をオシャンティ様にした責任を取ってもらうぞ」

「責任取れって言われましても」

「しばらくは聖エクリプス修道院でオシャンティ信仰を勧めるしかありませんね。その間に、我々で改めて計画を練り直しましょう」

「……ってことは、まだ聖女やらないと駄目なの?」


 自分でやったのが原因とは言え、巨乳になるわ、乳は吸われるわ、変なのが周りに来るわで聖女になってからろくなことがない。速攻で辞めたいのだが、そんなエクリプスに対し、地面に降りた幼女オシャンティが笑いかける。


「せきにんとってよね!」


 エクリプスは、軽はずみな行動が後でとんでもないことになると、二千年かけて心の底から理解出来た。


「うわーん! 大聖女早く辞めたいよー!」


 エクリプスは天の神に向かって祈る。だが、冷静に考えたら神は自分の足元にいた。神と悪魔を超越するオシャンティ以外の存在がいるなら、今すぐになんとかして欲しい。


 だが、その祈りが届くのは、当面先になりそうだった。

これにて完結です。最後まで読了ありがとうございました。

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