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ロキリアと奴隷

 ロキリア視点第三弾です。

 上半身ハダカで丸々と太った男グーグフェによって案内された場所は、とても暗い空間だった。私の住んでいたリブレス村は、周囲が砂漠のせいか日照時間が極めて長いのだと旅人が言っていたのを覚えている。そんな毎日お天道様の光に照らされた場所で生活していた私にとって、この空間はものすごく怖かった。


 それに、目が慣れるのに非常に時間がかかる。

 蝋燭で若干足ともは照らされていても、踏み出すその先が奈落に繋がっているのではとか、サソリが潜んでいるのではとか、そういった目に見えない恐怖に駆られビクビクしていた。


 この恐怖を感じているのはどうやら私だけではないらしい。ニコが私の背後からギュッと抱きついたのが分かり、皆怖いんだろうなと思った。


 ただ一人、私と手を繋ぐメロスだけは、周囲の様子が気になるのか、好奇心を露わにしてキョロキョロと辺りを見渡している。この子は本当に強いなと、その時私は思った。

 流石はたった一人言葉も通じないこの場所で敵か味方かも分からない私達に付いてきただけの事はある。この子の精神面はもしかしたら私よりも歳上なのかもしれない。




 それからしばらく歩かされると、私達は行き止まりにたどり着いた。六本の蝋燭が壁に置かれた空間だ。その横には別の部屋が用意されており、色んな道具が置かれているのが分かった。

 ここで一体全体何をさせるつもりなのだろうかと、私は先頭を歩いていたグーグフェを盗み見た。すると彼はまるで私の視線を感じとったかのようにグルリと回ってこっちを向き、歯のかけた口元を見せて笑った。


「これかぁらぁ、お前らぁに一つ仕事をさぁせる。なぁに簡単なぁ作業さぁ。先程作らぁせたぁグループのうち力がぁあぁるそこの少年二人、こっちへ来い」


 男はマッタリとした訛りでそう命令し、10歳の少年二人を呼びたして変わった形をした道具を手に取った。


「この道具はぁスコッピーって名ぁ前だぁ。これかぁらぁ力のあぁるぁお前らぁ2人にはぁ、このスコッピーを使ってここを掘り進めてもらぁう」


 そう言ってグーグフェは男の子のうち一人にそのスコッピーを握らせ、自分はもう一本のスコッピーを使って壁を掘り進め始めた。

 彼は壁の土を削り取りながら、振り下ろし方や均一に掘り進める方法を二人に教え、そして手ぶらの少年にスコッピーを押し付け背中をトンと叩いた。


「ちゃぁんと掘れたぁらぁ御褒美にさぁっきの水を飲まぁせてやぁるよ」


 男のその言葉が後押しになったのだろう、少年二人は黙って頷き壁を掘り始めた。横でメロスが何かを聞いてきたが、何を言っているのかよく分からなかった私は、ただ一言「大丈夫よ、私がついているからね」と呟くしかできなかった。



 男はなぜかしら均一に掘り進めることを要求した。少しでも壁に凹凸が出来ると、それを無くせと命じている。少年二人は額に汗を浮かべてただひたすらに壁の土を削り取っていた。


 そうして足元に土が溜まってくると、突然男が手を二回鳴らした。私を含めその場にいた子供たちが慌てて姿勢を正す。男はその反応に満足したのだろう、若干辺りを見渡した後に、通路の方へ戻って言ってしまった。


 手を休めていいものかわからないが注目の合図が出されている今、下手に動くことが出来なかったのだろう。少年二人はビクビクと体を震わせながらグーグフェを見つめている。

 なにか作業に気に食わないところがあったのだろうかと、私まで心配で潰れてしまいそうだった。


 しかしグーグフェの行動は私達の想像とは反していた。

 彼が通路から採掘場に戻ってきた時、その手にはあの不思議な水が湧き出す皿を持っており、よく働いた、この調子で君たちは掘り進めなさい。と労いの言葉を掛けて水を飲ませたのだ。


 これには少年達も驚いたらしく、一瞬キョトンとしてから慌てて水を飲み出す。その光景を見て、私は喉の渇きに気づいて人差し指を噛み締めて我慢した。

 私の手を握るメロスも同じことを思ったのだろう、一瞬手を握る力が強くなったのを感じる。

 しかし私はお姉ちゃんだ。これ如き耐えてやるともさ。


 あの男のことだ、きっとまた別の仕事を私達に与えてくれるだろう。その時に頑張った姿を見せつけてやって、水をたらふく飲めばいい。そう思うことにした。



 事実、グーグフェはすぐに仕事を与えた。今度はニコ達だ。通路の脇にある荷物置き場のような場所から黄色くて何も入っていない箱を運んで来いと命令し、重そうな箱をたった五歳の子供たちに無理やり運ばせた。一方その男は誰でも持てそうなザル六枚と水瓶を運んでくる。


 そしてニコらに命じた。



 この土を水と笊を使って溶かし、土の中にあるグーグフェが身につけているものと同じ石を探し出して別の箱に入れろ。との事だった。

 その言葉では理解出来なかった子供たちに、彼は実演してみせる。

 ニコ達はそれを見て、初めて触った土におっかなびっくりしながらも、なんとか笊を扱い石を探し始めた。


 しかし小さい子供の小さな手じゃ、1度に掴める土の量も高が知れている。ニコ達がもたもたとしているのを見て、グーグフェは私達を向いて「お前らぁもやぁれ!」と命令した。



 そして言われるがまま作業をしていると、私の笊の中に小さな青い石が入っているのに気づいた。私はグーグフェに声をかけようとしたが、どうやら彼はすぐに気づいたらしくて、私の笊からその石をつまみ上げてみんなに見せた。


「いいかぁ、この石がぁなぁによりも大事なぁんだぁ。お前らぁ、しっかぁりこれを見つけろよ」


 そして男は物置の中に置いてあった青い箱にその石を投げて、私とメロスの方を向いて次の命令を下した。


 曰く、青い石は青い箱、泥は黄色い箱に詰めること。水瓶の中が空に近くなったらメロスと二人で水汲みに行くこと。石探しの作業は時間がかかるので全員でやること。だった。



 そして男は私達に頑張れよと励まし、水を飲ませる。やっとあり付けたという幸福と、この水にハマってきている自分の不甲斐なさに板挟みになりながらも、私はガブガブと音を立ててそれを飲み干した。



 それから男は新しい蝋燭を一本取り出し、この火が消えるまで作業を続けろと命令した。この蝋燭の火が消えたら、最年長の私が新しいものに入れ替えるようにとも伝え、水が欲しかったら働けと合図した。

 私達はその言葉に反応して大声で返事をする。意味を理解していないメロスだけは無反応を見せていたが、グーグフェはそれに気づいた様子はなかった。


 それから彼は、蝋燭が消える頃にまた戻って来るから、その時水瓶の交換場所を教えるよと言い残して外へ出て行った。


 私は彼の背中が見えなくなるのをボーッと眺め、そして水にありつくための条件を思い出してみんなの方を向いた。


「みんな、今の状況はよく分からないことばかりだけど、必ずみんなで帰ってみせるからね。今は我慢して、一緒に頑張って、あの男の言う通りに働こう。そして皆で隙を見て一緒に我が家へ帰ろう!」


 私の言葉に子供たちは返事をして、与えられた仕事をするために自分のポジションへと帰っていった。






 それからかなりの時間が経過した。土が思った以上に溜まったので、10歳の少年二人も手を休め私達の作業を手伝いに来てくれた。思ったより仕事に慣れてきたようで、定期的に青い石が見つかる。

 でも反復作業をただひたすらに繰り返す行為は、疲労が凄まじいと感じた。

 そろそろ休憩したいと思った矢先に、ふと蝋燭の火が消え辺りが真っ暗になる。


 私は思わず声を上げそうになり、慌てて口を抑えて落ち着いた声で休憩の合図を出した。


 その言葉で皆が手を休め始める。さて、私は言われた通りに蝋燭を探さなきゃと、慣れない暗闇を手探りで進もうとした。

 しかし怖い。思った以上に怖い。私は暗闇がダメなのだと思い知らされてしまった。暗闇の先に居るはずもない幻覚が見えたり、嫌な想像をしてしまう。日が落ちる前に眠りについている普段の生活が祟ったのだろう。まさか暗いという事がこんなに怖いなんて思いもしなかった。


 そんな私を気遣ってか、メロスがそっと手を握り道案内をしてくれた。

 彼はもう既にこの暗闇に目が慣れているらしく、私が恐る恐るついて行けば、すぐに蝋燭の束へ行き着いた。


 これで光が手に入ると、私は慌てて蝋燭を手に取り、我が家でも使っていた火打ち鋏(金属の先に火打石を付け、ハサミのような形状を作り、それを握りしめた際に石と金属が擦れて火花が散る道具。その先に綿や繊毛を付けておくと火がつく)を駆使して火を点けて部屋を明るくする。



 後は通路を照らせばいいだけだと、蝋燭をメロスに持たせて火を移した。

 彼の手はとても小さい。ニコと同じ位の年齢なんだから当然だろう。そんな小さい少年が、私にはとても頼もしく見えた。



 そして私がこの空間全域に明かりを灯すと、グーグフェがタイミングを見計らったように帰ってきた。

 私たちを見たグーグフェは、少し退きなさいと指示を出して場所を開けさせ、土や石の溜まり具合や進行状況を確認し始める。



 そして気が済んだのか、私たちの方を向くと、グーグフェはニッタリと笑って皿を取り出した。


「お前らぁちゃぁんと仕事してくれたぁんだぁなぁ。このグーグフェも感心したぁよ。偉い偉い。そんなぁ君達にはぁ御褒美タァイムだぁ。さぁ水を飲みたぁい奴はぁこっちへおいで」


 逆にこの水を飲みたくない人が居るだろうか。もし飲みたくないと言う人がいるのならその人は人生の三割を損しているだろう。そう断言できるほどに私はこの水が好きになっていた。私達は彼の言葉を待っていたと言わんばかりに駆け寄った。

 言葉を理解出来ていないであろうメロスだけが取り残されるのは可哀想なので、もちろん手を握りしめたままだ。


 男はさっきより少し多いくらいの水を掛けて、私達は必死になって飲み続けた。きっと今頃私の顔は凄い表情をしているだろう。だがそんなことも気にせず水を飲み続ける。この水を飲んでいると、何だか今まで思い悩んでいたことも馬鹿らしく思えてくる。

 本当にここから脱走するべきなのか分からなくなってくるのだ。



 それから、どんなに飲んでも満足することのない水を飲み干し、男の方を向いた。グーグフェはこれ以上水は出ないよと残念そうに笑い、私達の少しガッカリした声に囲まれる。


 だがグーグフェはもっと働いてくれればまた水をあげると言ってくれた。この水さえあれば多少の仕事など苦にはならないだろう。私達は彼の言葉を聞けてホッと胸を撫で下ろした。


 そんな私の方を向いて、グーグフェが訊ねる。


「これかぁらぁ水汲みの場所を教えに外へ出るがぁ少し休憩するかぁい?」


 私は彼の申し出をしばらく考えてみる。確かに休憩という休憩はしていない。だが疲れたかと問われればそうでもない。あの水を飲んでから、先程までの疲れがどこかへ消し飛んでしまったようだ。

 それに何より、今ここで休憩すると選択すれば、追加の水が貰えない気がした。

 もちろん、今すぐ水汲みに行ったからといっても、御褒美としての水を追加で貰える保証など無いのだが、私は可能性に賭けて水汲みに行くと選択する。



「なぁらぁ、付いてこい」


 私の言葉に満足したらしく、男は後ろを向いて歩き出す。私はメロスになんとかその事を伝え、水が少なくなった水瓶を二人で抱えて男の後をついていった。



 私たちが起こされた部屋を通り越して、土でできた階段の前に立つ、そこで男は振り向いて、声を潜めて真剣な眼差しをして話し始めた。



「この上にはぁ凶暴なぁ生物がぁ住んでいる。頭を伏せて歩かぁなぁいと首だぁけ取らぁれてしまぁう。前にここで働いていたぁ子がぁそいつに襲われたぁので、仕方なぁく君たぁちを連れてくるしかぁなぁかったぁ。頼むかぁらぁ頭はぁ上げずに付いてきてくれ。もう誰も死んで欲しくなぁいんだぁ」



 相変わらずふざけた口調だが、その目は真剣そのもので、私は素直にコクリと頷いた。それを見て安心したのか、グーグフェは先頭を切って歩き出す。


 そんな彼を見て、私にはふと不安が過ぎった。メロスは今の話を聞いていない。頭を下げろとどう伝えよう。


 彼は誰も死んで欲しくないと言ってくれた。私もそう思う。私のためにも彼のためにも、メロスは私が守らなくてはと思い直すのだった。

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