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緋炎の婚姻  作者:
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落着


 唯織がほぼ勢いで引き取った少年は、透歌トオカ、と名乗った。


 緋炎眼はその特性から、中性的な容貌、しかも、美形に偏りがちだ。

 悠凜は中性的だが、妊娠中だからか女性的な柔らかさがある美貌だ。少し童顔気味だが。

 唯織は女性的で、一見は完全に少女にしか見えない。清潔感のある容貌で、清楚可憐と表現されるだろう。

 二人に対して、透歌は圧倒的な美貌を有しているが、中性的でも男性寄りだった。女性の衣装を身にまとえば誰もが見惚れる美女になるだろうが。


 透歌は同じ緋炎眼である唯織にべったりで、誰とも話そうとしなかったが、悠凛も緋炎眼であると知って悠凛とも話すようになった。変わらず唯織にべったりだが。

 それにより、より詳しい透歌の事情が判明した。


 透歌は南方の一地域、緋炎眼を『赤目』と呼び蔑む地域で生まれた。その上、父親は北方出身の渡り戦士で、地域一の美女として名高く親の決めた婚約者がいた母親は周囲の反対を押しきって結婚した。透歌が生まれる前に仕事に出て、それ以降父親は一度も帰らなかった。

 反対を押しきっての結婚であるため親類縁者を頼れない母親の元、生まれた透歌の髪は父親の色をそっくり受け継いだ見事な白銀。

 周囲は透歌の母親を嘲笑い、親類は致し方なく援助をしたもののある程度体調が落ち着けば知らぬふりをした。結果として、夫に捨てられた形になる彼女は、透歌の存在を否定し始めた。自身の美貌に自信があり、高すぎる矜持を抱えていたらしく、捨てられた

ということを認めたくなかったらしい。そんな環境で、まともに子育てがされるわけもなく生後一年足らずで透歌は放置されることになる。

 美貌ゆえに軽い男共からの誘いは子を生んでもあったので、捨てられたという現実を打ち消すように複数の男と関係を持つようになった。そのさまは、娼婦と言い表すより他ない。そんな姿を見て、地域のまとめ役である長は心配になって家を除くとぐったりとした透歌を見て、慌てて引き取った(無許可なのでぶっちゃけ誘拐)。

 長は地域では珍しく、『赤目』に対する偏見が薄かった。若い頃、倫誓と交流をもち、今でも連絡を取り合うほど親しくしていることが理由だろう。ちなみに、悠京達次世代のみによる初の行商が彼の管轄下であった理由でもある。

 長の妻も偏見は特にない人間だ。透歌を引き取って育てることに、異論はなかった。ちなみに、透歌、と名付けたのは彼女だ。

 透歌の実母はそんな状況を右から左に聞き流し、ふしだらな生活を続けた。

 実母と面と向かって言葉を交わすことなく、透歌は成長していくのだが、10歳の時に実母が失踪したことで永遠に機会を失った。実母のことを忌み嫌っていた透歌はそれをどうとも思わず、生まれた時から不自由な人生だろうと理解していた為、技術を身に付けるのに必死だった。長夫妻にずっと世話になることはできない、と透歌は思っていた。

 そうして透歌は地域一の弓使いになった。同時に、非常に頭が良かった。そして、年下に物事を教えるのに長けていた。

 大人が教えたのと透歌が教えたのでは習熟度が違ったため、『赤目』に抵抗感が少ない者から子供に勉強を教えてくれとやって来た。

 いずれ、教師になるのも良いかもしれない、と思っていた矢先、透歌に縁談が持ち上がった。といっても、手放しでは喜べないし、『赤目』を厭う人からも哀れまれるような相手だったので、透歌は断りたかった。

 何より、相手は透歌の実母の相手だった男だ。同じ地域内だが隣町に住む、それなりに財産をもつ商人だった。親子ほどの年齢差があることは珍しい事ではないので、普通なら喜んでもいいところだ。その変態性癖さえなければ。

 口に出すのは憚られるので、ただ、娼館から出入り禁止を言い渡されるほど、とだけ。

 そんな男と関係があった実母に怖気が立つが、結婚しなくてはならないかもしれない現状から考えれば、どうということもない。

 長夫妻も可愛がっている透歌をそんな男に嫁がせたくはない。だが、しつこい上に財力に物を言わせ始めた男に、長がうっかり啖呵を切ってしまった。


 透歌には古い知人を介して縁を結んだ許嫁がいる。


 当然、周囲はそんな存在がいないことを理解している。『玉兎』の長と懇意にしているのは知っているが、許嫁がいるにしては嫁入り(もしくは婿入り)の準備を一切していないのだから、いないのは丸わかりだ。

 男も鼻で笑ったのだが、その直後、悠京達行商隊が到着した。

 これ幸いと長は飛びついた。

 事情を話し、悠京に倫誓と繋ぎを取ってもらい、ひとまず話を合わせてもらおうとしたのだ。

 倫誓ならばのる、と長は確信していた。悠京達もだろうな、と思ったので了承した。

 その時、一目会ってみたい、と雷勇が言い出した。

 緋炎眼に寛容な『玉兎』と『玖嵐』だが、実際に緋炎眼は悠凜しかいない。一般的に美形が多いとされていることから、好奇心が湧いたのだろう。

 悠京達も興味が湧いたので、一緒に会いに行った。まぁ、透歌の規格外な美貌に一瞬皆が呆けた。婚約者(実は千聡)にべた惚れの充泉は感心しただけだったが。

 そこで、雷勇が一目惚れを果たしたのである。


 乗り気になった雷勇に許嫁になってもらい、何度か面識があった長は良い御縁だからと透歌を説き伏せて、本当に嫁がせる準備を急いで整えた。その姿に、男も周囲も唖然として見送るよりほかなかった。何より、雷勇は『玉兎』の高家跡取りであるから、立場としても割って入ることが難しかった。


 そして、現在に至る。


 口をつぐんだ透歌に、唯織と悠凜は納得したように頷きかけて途中で首を傾げた。縫物をしていた海花も視線を空中に向けて眉を寄せている。

 ちなみに、この場には『玉兎』の長一家の女性陣(立場的な意味合いを含む)と透歌の四人だけだ。

 唯織達は透歌の過去に憤りを隠せずにいたが、唐突に終わった話に大きな疑問が残っている事に気付いた。

 やって来た時、透歌は雷勇を殴り叫んでいる。


 この変態がっ、と。


「何があった?」


 にっこりと人好きのする笑みでありながら言いしれない迫力のある悠凜に迫られて、透歌は唯織にしがみつきつつ途切れ途切れに白状した。


 道中、口説きに口説かれたのは良いとして、押しに押して押し倒されて色々とされたらしい。

 色々、を濁したが最後までは至っていないことは強調して繰り返し主張していた。


「ひっ」


 白状した瞬間、悠凜と海花の背後に怒りの炎が燃え盛る幻覚が見えた唯織と透歌は、怯えのあまり無意識に互いを抱きしめる。唯織も一瞬怒りを抱いたのだが、二人の憤怒が恐ろしくてどこかに行ってしまった。


 ゆらりと立ち上がった二人は笑顔である。それはもう清々しいほどに。

 しかし、背後に見えるのは、鬼である。


「ひとまず、雷勇を殺るか…」


「そうね…」


「えぇっ?!」


 物騒な悠凜と海花に、声を上げたのは唯織ではなく透歌だった。二人の視線が向くと、透歌ははっとしたように口元を押さえた。唯織も瞳を瞬かせて透歌を凝視する。

 妙な沈黙が四人を包む。


 その沈黙を裂いたのは、天幕の外からの呼びかけだった。


 現れたのは倫誓と、倫誓よりも上背があり髪の長い壮年の男だった。

 笑いをこらえているらしい倫誓と、何とも申し訳なさそうな表情の男に、悠凜と海花の瞳が眇められる。唯織は、男と一度しか会っていない為、来た理由がわからず首を傾げる。透歌も同じく。


「お初にお目にかかる、『玉兎』族長家武芸補佐高家当主・雷漸ライゼンと申す。愚息・雷勇が申し訳ない」


 透歌に向かって座り、深々と頭を下げた男の言葉に、唯織と透歌が驚いたように瞳を丸くしてまじまじと見つめてしまう。悠凜と海花の視線が剣呑なわけである。

 言われてみれば、髪の長さと不精ひげで誤魔化されているが、男らしく武骨に整った容貌は雷勇が年を重ねたそのままである。


「雷勇との一件は、内の次男坊から聞かされているからな。こいつが知ったのが遅かったのは、工房にこもってたからだ」


 『玉兎』でありながら、雷漸は技に偏った才能を示した。自由人で愉快犯気質の倫誓と、異端児扱いだった雷漸は、年は雷漸が10も上なのだが仲が良い。悪友という意味で。

 雷漸は武芸補佐高家当主であるだけあって武術の腕は卓越しているのだが、自分が振るう武器は自分で作るという矜持の元、工房を構えている。その腕も一流な為、鍛冶師としての生業が本業になりつつある。本来は族長の護衛や部族内の年少者の鍛錬を監督する立場にあるのだが。


「嫁は20になったら、適当に見繕ってくれ、と言っていた愚息が惚れたというから喜んだが、そこからがもう何というか…。本当に申し訳ない」


 深々と何度も頭を下げる雷漸に、悠凜と海花は怒りを納めた。哀れに思ったわけではない。

 謝罪されている透歌は困惑仕切りで、何と言って良いのかわからず視線を泳がせてまごついている。

 唯織は話が進まなさそうな透歌と雷漸を見て、そっと口を挟んだ。


「あの、雷漸様…」


「何かな、唯織殿」


「あ、どうぞ、唯織とお呼びください。それで、雷漸様は透歌に謝罪をしに来られたのですか?」


「あぁ。そうだ。だが、もう一つ、話があって…」


「…話?」


 言い淀んだ雷漸に、透歌が鸚鵡返しに聞けば視線が透歌に集まる。

 いきなり注目されてびしりと固まる透歌だが、向けられる視線はどこか生暖かい。唯織は純粋に不思議そうにしている。


「雷勇との婚約の件、このまま進めさせてもらいたい」


「どういうことですか、雷漸小父様」


 途端、強張った声音で悠凜が口をはさむ。


「実は、雷勇に、という名ざしで縁談が来ているんだが、それが厄介でな。『玉兎』的にも『玖嵐』的にも受けたくない。雷勇との相性も最悪だし、昔会った時にも雷勇は毛嫌いしていてな」


 悠凜と海花が首を傾げたことから、そう多くの人が知る内容ではないのだろうと唯織はあたりをつける。

 雷漸の言葉を肯定するように倫誓が苦い表情で頷く。


「あちらさんの全員が悪いわけじゃねぇから、全面戦争は避けたい。かといって、雷勇の意思を無視して縁談をまとめたくねぇ。あぁ、言っておくが、雷勇は縁談除けの為にお前さんに言い寄ったわけじゃねぇよ? 縁談は行商に出た後に来たし」


 雷漸の話を聞いて表情を曇らせた透歌に、倫誓が若干早口で言い訳めいたことを口にする。悠凜と海花の視線が突き刺さる心地の中、透歌をのぞき込む。

 透歌の手をそっと柔く握った唯織は、どこか焦りを見せて透歌を伺う倫誓と雷漸に視線を向ける。


「雷勇様に来た縁談を避けたい、透歌は故郷にいては望まぬ婚姻を強要される。つまり、利害が一致しているのですね。ですが、婚約を結んでしまえば、解消は難しいです。透歌が雷勇様に好意を抱いているようではありますが、それが婚姻に至るほどとは思えません。双方の感情が食い違った状態での婚姻は、後々に歪みとなりませんか?」


 自身も理不尽な婚約破棄を経験した為、唯織の表情も声も硬い。

 それを知っている倫誓も雷漸も、その点は考えてはいたが妙案が浮かんでいないのか、渋い表情だ。

 わずかな沈黙の後、それを破ったのは透歌の戸惑ったような声だった。


「待ってくれ。唯織、どういうことだ」


「何がです?」


「オレがあの男に好意を抱いている、とはどういうことだ」


「…自覚がないのですか? 悠凜さんと海花さんが怒りをあらわにされた際、慌てていたじゃありませんか。さっきも、縁談除けの為、と思って気落ちされたのでしょう? 好意を抱いていない相手の事で、一喜一憂することなどありません」


 言い切られ、透歌はしばし絶句したように固まる。

 数瞬の後、一気に自覚したのか見事なまでに顔を真っ赤にして後ずさるようにして逃げた。


 唯織を始め、全員が何とも微笑ましい物を見るような生暖かい笑みを向ける。それにいたたまれないのか、顔を覆ってうずくまってしまった。


「雷漸小父様。ちょっと雷勇を連れてきて」


 悠凜の言葉に、雷漸がすぐさま察したのか頷いて立ち上がる。

 にっこり笑った悠凜は、透歌にとって死刑宣告をした。


「しっかりきっちりねっとり、雷勇に口説いてもらいなさい。強がらず、意地を張らず、素直に頷きなさいね」


 硬直した透歌を置いて、悠凜と海花は心底楽しそうに何やら話し出している。その内容は、透歌をからかいたいのか純粋に祝福したいのかは分からない。

 着々と進んでいる時間の中で、逃げることもできずに固まっている透歌を、唯織は憐れみを込めて見やった。半月とたっていない過去の自分と重なった。


 そして、雷勇に熱心に口説かれた透歌は、強情を張り続けて半月後、ようやく陥落した。


 『玉兎』の次期族長と武芸補佐高家跡取りが、そろって『緋炎眼』を娶るという慶事に、祭り好きが動かないわけがない。


 今度は透歌と雷勇を主役にして、どんちゃん騒ぎが始まった。






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