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緋炎の婚姻  作者:
3/6

求婚


 いいのかなあ・・・。


 『玉兎』族長一家との話し合いをした翌日、わずかな当惑を抱えた唯織は歓迎の宴の主役として杯を手にしていた。


 昨日、唯織をつれてきた長本人である悠真とその父で『玉兎』族長である倫誓(ちなみに婿養子)は、誘拐まがいに唯織をつれてきてしまったので謝罪と事情説明のために唯織の故郷へと出向いていた。

 戦闘部族として名を馳せてはいるが、それだけで事を成していけるほど世の中は甘くない。周辺の村や部族との交流は必要不可欠だ。

 だから、土下座する勢いで村長宅へと向かった倫誓と悠真だが、そこで驚愕と共に怒りを抱く現状と遭遇した。


 村長は、従姉妹の子である唯織を、はっきり要らないと言い切ったのだ。

 元より、唯織は下女として扱われていたらしく、援助の代わりに無償労働をしていたらしい。援助の見返りに嫁ぐことになっていたにも関わらず、だ。

 その手伝いがいなくなったところで困らないし、跡取り息子が出奔した以上養っておく理由もない。新しく跡取りとなった息子にはすでに嫁がいるから、なおのこと。

 しかも、息子が出奔したことでどんな理由があるにせよ唯織には傷がついた。嫁にも婿にもできない人間を養うような無駄はできない、という言い分だった。

 『緋炎眼』であるため、遠方などに嫁がせることは難ではないだろうが村長は手元に置きたかった。ただ置くのではなく、身内として血を取り込むことで『吉祥を運ぶ』とされる『緋炎眼』の恩恵を強く受けたかったのだ。

 だが、それは不可能となった。他の誰でもなく、自分の息子のせいで。

 息子が悪いのは誰もが認めることだが、村長は息子を夢から引き剥がして村に留めおくことができなかった唯織が悪いと考えた。

 厄介者、でき損ない、と思った。

 だから、既成事実ができてしまった現状に喜んで、頭を下げに来た倫誓と悠真に笑顔でどうぞ持っていってくださいとのたまった。

 その村長の姿を、新しい跡取り息子(唯織の許嫁だった息子の兄、村長の次男)とその嫁は冷ややかに見つめていたことに、村長自身は一切気づいていなかった。


 跡取り夫妻から再従兄弟をどうぞよろしく、と頭を下げられ、持参金としては到底足りないが、といくつかの貴金属を渡され、倫誓は喉元まででかかった罵声を何とか飲み込んだ。悠真は終始無言で殺気に似た怒気をまとっていたが、跡取り夫妻には一礼して背を向けた。口を開けば、耳を塞ぎたくなるような罵声が飛び出していたに違いない。


 悠慈と悠凛からの説教が終わった直後、唯織を海花とその長男がいる天幕へと案内したあとで、倫誓から息子たちへ語られた話である。


 それに怒り狂った悠慈と悠凛は、唯織を丸め込むことにした。そのためには、悠真に口説いてもらうのが一番であると判断し、天幕をひとつ空けて二人きりにした。

 間違っても本物の既成事実を作るな、まだ早い、と全員で口を揃えて忠告した上で。

 その一刻後、直球にもほどがある口説き文句と『緋炎眼』抜きにした唯織の魅力を、抱き締められて耳元で吹き込まれ続けた唯織は降参して、悠真と夫婦になることを了承した。もはやそうなる以外に選択肢が存在しなかったのは事実だが。

 真っ赤になって腰を抜かし、悠真に抱えられるようにして家長の天幕に姿を表した唯織に、手だしてないよな、と疑わしげな眼差しを家族から向けられた悠真は満足げな笑顔だった。


 そして、翌日、現在である。


 行動の早さと準備の早さ、盛り上がり続ける空気に唯織は少しばかり複雑だった。

 両親と祖母の遺品などは昨日、倫誓と悠真が引き取っていたので特に村に未練はないのだが。


「大丈夫か?」


 複雑な心境のままにため息をついていたからか、傍らで杯を手にしている悠真が頬に手を当てて覗きこんでくる。


 倫誓と同じ黒髪と悠慈と同じ橙色の瞳、悠凛に似通った顔立ちの悠真は、文句なしに美形である。そんな顔を間近にして、他者とのそういった接触が少なかった唯織は瞬時に赤くなる。

 初なその様子に、悠真の機嫌は右肩上がりだ。


「昨日の今日で、この宴だからな。疲れても仕方ない。倒れては元もこもないから、何かあれば言ってくれ」


 優しく、と心がけてゆっくりと話す悠真に、唯織は下げかけていた視線をおずおずと上げる。


「疲れてはおりません・・・」


「そうか?」


「はい。ただ・・・」


「ん?」


 か細く途切れた言葉の続きを、ゆっくりと瞬いて微笑みながら待っていてくれる悠真に意を決して、続きを口にする。


「これだけ歓迎していただいても私にはお渡しできることはありません。再従兄弟夫妻が用意してくれた物では、持参金としては相場の三割にも満たないはずです。婚姻によって利益をもたらすわけでもありません。それが、申し訳なくて・・・」


「唯織」


 いささか強い語調で名を呼ばれ、思わずピシッと背筋を伸ばした唯織は、怖いくらい真剣な眼差しに射抜かれて息を呑む。


「うちの部族は、嫁一人分の持参金がないだけで困窮するほど脆弱じゃない。そもそも、うちが嫁に求めるのは、『裏切らないこと』だ。部族を、家族を、そして、自分自身を裏切らず、共に立ってくれるだけで良い。オレがお前に望むのは、それだけだ。・・・唯織」


 はっきりと言い切った悠真は、唯織の細い手を取って柔らかく笑う。


「オレと結婚してくれ」


「はい」


 向けられる真摯な声と言葉に、顔を真っ赤にした唯織が反射的にうなずくと悠真は輝かんばかりの笑顔を浮かべてその痩身を抱き締めた。

 されるがままの唯織は、次にかけられた声によって忘れていたことを思い出した。


「・・・想いを確認し合うのも仲が良いのも結構だが、二人きりの時にしねぇか?」


 笑い含みのあきれたような声に、唯織は視線を前に向ける。

 宴で賑わっていた場が、生暖かい空気に満たされて静まり返り、皆が皆、にやにやしたり頬を染めたりして唯織と悠真を見ていた。

 現在、歓迎の宴の真っ最中で、主役であるために最も目立つ場所に座が設けられていることを思いだし、唯織は声にならない悲鳴をあげて逃げ出そうとしたが、拘束する悠真の腕の力に負け、胸板に顔を埋めてふるふると震えている。

 可愛らしいその様子に、皆はほっこりとし、悠真はご満悦で羞恥心でいっぱいいっぱいの唯織にこれ幸いとさりげなくあちこち触っている。


 跡取り息子の様子に、声をかけた倫誓はくつくつと喉で笑う。

 その隣で、悠慈が怪訝そうに眉を寄せた。


「いやはや我が家の子供達は、熱烈だなぁ。悠慈?」


「・・・酔っぱらいはとっとと寝たらどうです?」


「ひでぇっ!」


 ゲラゲラと声をあげて笑い始めた父に、悠慈はため息をつく。

 その頬が赤いのは、杯に注がれている酒だけのせいではないことを、悠慈に寄り添う海花は知っている。頬は赤いが、うっとりと嬉しそうにしている。

 二組の若い夫婦(片方は正式ではない)を、周囲は囃し立て始める。

 騒ぐ理由がほしいだけの酔っぱらい集団に成り果てているので、唯織は海花に連れ添われて宴の席を辞した。

 戻った天幕には、妊娠中であるため万が一を避けようと天幕で留守番をしていた悠凛が海花の長男をあやしていた。


「お帰り」


 寝入ったところであるらしい長男のそばに寄っていく海花と入れ替わりに、悠凛は唯織のそばにやって来る。


「宴、疲れなかった?」


 父様達は楽しい事大好きな上に悪乗りするから、と苦笑する悠凜に唯織は微笑みを浮かべて首を振る。

 村での生活に比べれば、心穏やかにいられる一時だった。

 良かった、と呟く悠凜は、無意識か自身の腹部をさすり、思い出したように瞬いて唯織に視線を合わせる。

 二対の『緋炎眼』が交わる。


「どたばたしてたから、言い忘れてたんだけど。十日後、うちの次男が戻ってくるんだ」


「え?」


「うちは、悠慈兄さん、わたし、次男、悠真、の四人兄弟なの。次男の悠京は南の方に行く行商隊の護衛責任者として同行してるから」


 半月の日程だった行商隊は、色々あって帰還が七日ほど延びた。

 若い世代、いわゆる次世代に任された初めての行商で、少しばかり厄介な案件が持ち上がり、相談の為に一昨日まで頻繁に鳩が行きかっていた。


 そういった説明を受けて、唯織は戸惑ったように視線をさまよわせた。


「では、そんな時にこのような宴、御迷惑だったのでは…」


「「まさか」」


 何時からか話を聞いていたらしい海花まで一緒に否定する。


「うちは基本的に、祝い事は皆で全力で、だから」


「そうそう。それに、厄介な案件も結局はこっちにとって良い事になったわけだしね」


「そう、なんですか?」


「うん、そう」


 どこかニヤニヤとした笑みを浮かべている海花に、訝しげな表情を悠凜が浮かべるが唯織はただ不思議そうに首を傾げる。

 昨日『玉兎』に来たばかりの唯織は、『玉兎』が行っている事をよく知らない。戦闘部族と称される為、傭兵稼業が主軸で同盟を結んでいる『玖嵐』と連携を取っていることくらいは知っている。後は、許嫁だった相手が話していた、依頼を受けて傭兵として出向する、といったくらいの事だ。

 だから、厄介な案件の内容も、良い事に転じた理由も、欠片も思い至らない。

 そんな様子の唯織に、悠凜も海花も楽しそうに笑う。

 これから、唯織は『玉兎』を学んでいく必要がある。村での生活とはまるで違う日常が待っているのは確実で、困惑することが多いだろう。

 海花は実家では末っ子(正確には双子の弟がいたので違う)で、悠凜は独特で可愛げのない弟達の所為で、姉貴ぶる事が出来なかったのでそう出来るかもしれない唯織の存在に、今から楽しみなのだ。


 女三人(内二人は立場的に)で穏やかにのんびりとした空気を漂わせる天幕の前で、それぞれの夫(仮が一名)が声をかけるべきか否か迷って立ち尽くしていることに気付くのは、まだしばらくの時間を要した。

 ちなみに、悠凜は気付いていながら放置していたことに気付くのは、夫のみである。




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