56.千年花の都
ご愛読ありがとうございました。
いよいよ最終話です。
なんとか完走できました。お付き合いいだたいた方には、ただ感謝です。
さて、与楽が去り。
残された神楽耶、樹里。
そしてあからさまに死体から蘇生した理緒と優人。
無残な状態の大三郎。
いかんせん警察を含めて多くの人の目の前でトンデモナイ事件が起きたのである。
死んだ大三郎が制服警官に暴行して刃物を刑事に振う。
挙句、突然姿を現した少年に殺される。
しかも、少年の妻を誘拐していたらしい。
一緒に行方不明になった少女達が無事帰還したのは良いが、死体が蘇生するというのは一体どうしたものか・・・。
生還した4人の事情聴取で明かされた話は荒唐無稽で、とてもではないが普通に理解できるような話ではない。
しかし、大三郎が死んでいるという事実は覆せない。行方不明の波留は優人の証言で殺されているらしいと判明。
警察としてはどう対処していいものか、非常に悩む羽目に陥った。
仮に異世界なるものがあったとして、そこの死んだ王女を誘拐実行犯、そして異世界のポルトガル王を誘拐の主犯で告発するのか?
それと波留を殺したであろう異世界の忍者とやらを捜査するのか?
神楽耶達にしても、異世界で戦争に従軍して人を殺していると言う。異世界の房総において魔法師同士で魔法を撃ちあったのだと言うのである。
もっとも、魔法が使えると言っていた彼女達、一晩空けるとすっかりと魔法が使えなくなったという。こちらの世界では魔力が一向に存在しないから発動できないのだと言う。
結局の所、異世界なるものの証拠というのが彼女達の来ていた衣服や装備品などが、この世界の物とは違うということ位だった。
そもそも、彼女達自身では異世界に渡る術はないという。そうなると異世界への捜査など出来る筈も無く。結果、法的な処分は一切なしということになった。
それに未成年者だったから、異常な状況の捜査状況が明かされることもなかった。
目撃者の一部がネットで情報を垂れ流しても、その後の情報が出て来ることも無く。
最終的には学生達が3ヶ月程どこかを放浪していた所で、世間ではやがて忘れ去られて行った。
神楽耶達自身の口から事件が語られたのも警察と学校の事情聴取の時だけだった。
魔法が使えなくなったから騒がれる必要はない。むしろ、落ち着いた生活を取り戻したかったという事があった。
最初のうちは。
ところが、10日程もすると与楽がリューシャ達を伴って、神楽耶の元に遊びに来てしまったのだ!
与楽は完全に異世界との往来が出来るようになったと言う。
そうなるとリューシャが異世界に興味を持って、遊びに連れて行けと言い出したらしい。
与楽一行は電化された現代社会を、魔法を使っているものという理解をしたようだった。
自分達は魔石を動力源にするが、異世界では油や瓦斯を動力源にすると。
上下水道やトイレに感心し、
電車やバスといった大規模な輸送システムに感心し、
轟音と共に飛んでいく飛行機に感嘆し、
映画やビデオに興味津々となり―特にアイドルという存在は興味を引いたらしい、
そして、食べ物の多様さに大いに驚いた。
大規模な輸送システムに裏打ちされた新鮮な食材の流通システムには大いに刺激を受けたらしい。
幸いに彼らの持ち込んだ金や銀、宝石類は、貴金属商に売れたからこちらの世界での買い物には困らなかった。
彼らは手回し式発電機、ディーゼル発電機、太陽光発電機。そして生活用の家電製品を持って帰りたがった。
しかし、神楽耶が是非持って帰るように勧めたのは、模型用のスチームエンジンとボイラーだった。
まずは構造の簡単な蒸気機関を作れと。
薪でも石炭でも燃料になるから、大環でも使える筈だというのだ。
鉄道や船の動力源には実用性は十分だという。
樹里が勧めたのは、野菜の苗や種だった。品種改良の進んだこちらの世界の方が野菜は美味いという。
この時にトマト、ミニトマト、ピーマン、白菜、キャベツ、玉ねぎ、イチゴ、リンゴ、キウイフルーツ、甜菜などが持ち込まれる。
理緒が推奨したのはカイコだった。
大環での在来種では生糸がまともに取れなかったから絹は華帝国からの輸入なのだが、品種改良されている現代社会のカイコを持って帰ってしまえというのである。
こうした異世界との交流の結果。
イルマータ領内では上下水道の整備が進み。
そして、3年後にはイルマータ領ではトマト、キャベツ、玉ねぎ、イチゴ、甜菜。それに既に紹介されていたジャガイモとニンジンの生産が定着して莫大な富を得ることになる。
特に甜菜からの砂糖生産は北方領では非常に盛んになる。
イチゴを潤沢な砂糖で煮込んだジャムの存在は小麦主体の北方領の食生活には非常にマッチしたのである。
同様にトマトの導入によりピザの制作が可能になり、これも大いに喜ばれた。
元々、与楽は重曹を掘り出してきて、蜂蜜とミカン汁を水に溶かして飲むことをしていた。
それとピザが良く合うのである。
かくして、ピザとフライドポテト、炭酸水という食生活が北方領のちょっとした流行になっていく。
また、マラッカ陥落により南方の香辛料が入手できるようになっている事に目を付けた神楽耶達により、カレーの導入が強く推奨されている。
カイコは王室に献上され、農務卿二宮尊徳翁により全国に養蚕振興がなされるようになっていく。
後年、これをきっかけに大環王国は華帝国を凌ぐ生糸輸出国に成長することになる。
生糸輸出で稼いだ金で南方の香辛料を買ってカレーを食う。
鎖国体制下とは思えないような、風俗が誕生して行くのだ。
そして、大環がこうした交易に使う船。
黒船を改造して蒸気機関を搭載した動力船が運航されるようになった。
火縄銃を国産化するような鍛冶連中のいる大環。蒸気機関とボイラーの仕組みさえ理解できれば、案外と簡単に作ってしまった。
最初は北方のジャガイモやニンジン、玉ねぎを船で王都に送り込みたい。季節や風に影響されずに!というリューシャの希望から、職人たちが頑張ったということだった。
それが国際貿易にも流用されたものだ。
また、蒸気機関の製造により綿利用の紡績業も大発展を遂げる。安価に大量の布の製造が行われるようになったのである。
これがまた大当たりだった。オランダ人やオロシア人達が喜んで買っていくのだ。
それを見たイギリスからも交易を希望してきて、最終的には非公式に交易をしていたデンマーク領ノルウエーとの交易を含めて公式な交易を開始することになった。
大環側の大変貌に対して、神楽耶達はどうなったのか?
神楽耶達が魔法を使えなくなったとリューシャに話した所、魔石利用のアクセサリー類を渡された。
オークやオーガの魔石など、いくらでも持っている与楽一家なのである。
そうした魔石を利用すると、再び魔法が使えるようになった神楽耶達。
結局、魔法の修行としてイルマータ領には頻繁に通う様になっている。
優人と理緒は蘇生してから付き合う様になった。
神楽耶と樹里は、“将来は異世界で与楽様の側室に・・・”たまに小声で語り合っているらしい。
現代社会の高校生ではどうにも物足りないようだ。
彼女達は大学進学後も一向に現代社会の男と付き合う気配はなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、マラッカでの戦闘終了後の時点に場面は戻る。
不動明王がフィストを羂索で縛り上げ、地獄に叩き落としたその直後である。
立て籠もっていた現地の重鎮たちが、一斉に投降してきた。
自分達はポルトガル王に騙されていたと。
まさか悪魔の手先を務めさせられていたとは思いもよらなかった。是非、自分達にもポルトガル王打倒の手伝いをさせて欲しいとまで言い出した。
神の信奉者だと敬虔王の異名を持つ男が悪魔を使嗾していた。これは教会としては絶対に容認できない事態なのだという。
上杉謙信は幹部連中を長崎へと連れて帰った。
長崎まで出向いた家康との協議の結果、ディエゴと彼が率いていた兵の生き残り8,000人と黒船8隻の返還。
彼らと共にマラッカで投降した幹部連中も、ポルトガルへ戻すという結果になった。
大環側の方が戦力に優れていて、ポルトガルでは太刀打ちできないと彼らに広めさせることが必要だった。
それにマカオとマラッカを、ポルトガルに諦めさせることも重要だ。
8,000人の捕虜の半数程度は洗脳が終えていて、彼らでは大環を裏切れない状態にしてあるということもある。
失っても痛くもない、むしろメシ代が嵩んで邪魔な存在だ。
だったら、彼らにポルトガル国内で反国王運動でもやらせた方が良い。
そうした判断だった。
かくして、ポルトガル敗残兵たちは母国へと戻って行った。
しかし、大環側の陰謀は不発に終わった。
マカオ陥落の報は10日程で本国に届いていたのだが、この知らせを受けて敬虔王は酷く失望した。
強大だと思っていた侵攻部隊は壊滅。
逆にマカオをオランダとイギリスに取られた。
この知らせだけでも、国王の精神はすっかりと深刻な打撃を受けたのだ。
病に倒れた敬虔王は3日後には死亡してしまったのだ。
この情報を得たスペインは、ポルトガルへの干渉を開始。
最終的にはポルトガルを支配下に置く事に成功した。
ポルトガルへの大環からの帰還兵達は、スペイン支配が着々と進行している中に到着した。
彼らのやるべき仕事はスペインがすっかり成し遂げた後だったのである。
ポルトガル帰還兵士のやるべき仕事は無くなった。
しかし、帰還した教会幹部のやるべきことはこれからだった。
敬虔王は教王と連携して事を起こしていた。
だったら教王は悪魔の手先に違いないのだ。
教会幹部の証言は、皮肉にもライバルのオランダ人とイギリス人達が先に噂を立てていたことで信用されることになった。
マラッカにはオランダ人とイギリス人も観戦しに来ていたのだ。
戦後になればマラッカを割譲して貰うために。
そこで悪魔が大環の術者に封じられたのを見た彼らは、絶好のチャンスとばかりに教王攻撃に出たのである。
かくして教王庁では内戦とでも呼べる物が勃発した。
過激な現教王排斥派と現教王支持派に分かれての戦闘が生じたのである。
しかし、教王派筆頭だった敬虔王死去により、最大の支持勢力を失った教王派は劣勢だった。
そこに帰還した幹部連中から悪魔を使嗾していると断罪され、最終的に教王は宗教裁判の最中に暗殺に倒れた。
ポルトガルはスペインに併合。
教王は暗殺。
極東地域の大騒乱はここに集結を見たのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ポルトガル併合と教王暗殺の報が、大環にもたらされたのは3ヶ月遅れだった。
無事戦闘終了となって、論功賞が行われた。
武田、上杉、前田、九鬼、毛利、榊原、井伊、本多といった大名連中は加増を受けホクホク顔。
出雲貴志は伯爵から侯爵に列せられ、同時に15万石を与えられた。これは神社の社領とは完全に別扱いだ。
小隊長達はそれぞれに男爵位を授かって、1万石の大名に列せられた。
そして魔物追討軍は改めて戦闘魔法師教導団として再編された。
彼らは富士を拠点にして、戦闘魔法師育成を強化することになる。
緊急時の魔物退治なら育っている各家の戦闘魔法師に任せても大丈夫と判断されたのである。
それに魔物退治なら、より強力な与楽に期待できるという面もあった。
与楽自身も子爵から一気に侯爵へと昇進している。
そして神龍がねぐらにしていた富士の樹海に所領100万石を与えられている。
リューシャが公爵位を弟のマークに譲った後には、こちらで暮らせという訳だ。
何と言っても神龍討伐という前代未聞の快挙。
それに浦賀での戦功、房総での出雲救出、マラッカでの敵魔法団長撃破、謎の悪魔封じ。
リューシャがレキュアに貸し出して博多で大戦果を挙げた宝珠や女魔法師軍団の房総での活躍も、この評価に加えられている。
それに王宮からするともっと実務的な問題があった。
広大な樹林を開拓するのは至難の技だ。単に土地があるだけでは富など生まない。
密生している建材には使えないような木々を切り出して、農地に変えるなどは並大抵の努力では不可能なのだ。
普通の大名にこんな土地を与えるなら褒美ではなく、懲罰だと受け止められるだろう。
しかし、王宮のやんごとないご婦人方はご存知だったのだ。
樹くらいいくらでも切り倒せるでしょう。燃やして灰にして肥料にしてもいいくらいでしょうし。
土地を耕すなら絶対に向いている強力な魔女もいることだし。
植物の育成促進魔法を使えるような子達が大勢いるなら問題ないわよね。
かくして富士の樹海相手にひたすら開墾作業に従事する魔女軍団が話題に登るようになっていく・・・。
100万石どころか内情は250万石とも言われる、極めて肥沃な土地が開拓されるには1年半程の時間が必要になっただけだった。
そして、この大規模な開墾に従事した女学生達は、各大名家から子弟の嫁に引っ張りだこになっていく。どこの家でも開墾は重大事であるのだから、その技に優れたものは喉から手が出る程必要とされたのだ。
一度は挫折して魔法学校を去った女魔法師達にしても、悲惨な目にあった過去にも拘らず全員求められて嫁いで行った。
巨大な開拓地が手に入り。
新たなる野菜により、農作物の生産高が拡大して。
カイコの入手で絹が手に入り。
そして蒸気機関の入手。
終わってみれば万々歳という王家であった。
そんな大環だが、いくつかの別れもあった。
終戦からの1年間で武田信玄、前田利家、榊原康政、井伊直政ら相次いで逝去。
更に次の1年間で本多忠勝、上杉謙信が逝去。
戦国時代の英雄達が、戦の終わりを告げるかのように世を去って行った。
出雲や与楽といった図抜けた戦闘力を持つ英雄が台頭する反面、戦場往古の古強者たちの退場は一つの時代の終わりと始まりを告げるものだったのかもしれない。
もっとも、別れだけが人の世ではない。
終戦1年後にはリューシャが出産。
同じ年にレキュアも出産、前後してシェイラが懐妊。
十六夜が博多での彼女達の奮闘を聞き及んで、ついに彼女達の出産を認めたのである。
そして、戦後3年。
花の都整備工事終了。
上杉逝去により慶次郎と兼続が一時期活動を控えたことで、完成の遅れが懸念されたが何とか無事に完成した。
王都を東西南北で4分割。
その中を更に4分割して、そこを四季に見立てて季節の花を
結果的に王都の高台に出ると、四方のどこかで必ず花が見える仕組みになっている。
そして、神社仏閣には目玉になるものを作ることが推奨された。
紫陽花寺、朝顔寺、百合神社などの別称で謳われるようにしてはどうかと。
そうした費用は花の都事業団から捻出されている。
王都には海を除けば3方向にむかう街道筋が整備されている。
その街道筋には梅と桜が植樹された。
微妙に花の季節がずれるようにしてあり、長い期間楽しめるようにしてあるのだ。
そうした中で特に上野の山や隅田川沿いは、完全に春先宴会仕様とされた。
梅、桜、桃を主体にしつつも、藤棚を大掛かりに設置。山吹を一部に入れておいて桜色と藤紫に山吹色のコントラストを楽しめるように。
お祭り好きの江戸っ子には、精一杯春先には弾けろという訳である。
問題だった寛長寺。
徹底した庭づくりを敢行されている。
松、竹、梅をあしらって、古都の寺院にも決して負けない名庭園と化けた。
特に梅庭園としては、紛れもなく随一だろう。
周辺地域の樹木にも梅を多用させている。
そして周辺地域にはもう一つ目玉を用意した。
周辺の路地と言う路地には、菊が栽培されている。
春の上野、秋の寛長寺と称されるように、花盛りの季節を分けて整備されたのだ。
春は上野でどんちゃん騒ぎの花見大会。
そして寛長寺では、秋は菊の品評会。冬から早春にかけては梅の鑑賞という仕掛けだった。
その菊薫る季節に戦後3周忌の法要がいとなまれた。
武田や毛利では相当に犠牲が出たし、ポルトガル軍にも相当な犠牲が出ていたのだ。
そうした法要は行われていたのである。
空は秋空。
どこまでも高く晴れ渡り、雲の一つも無い。
そして、澄み切った空気。
しめやかに、しかし、厳かに。
粛々と法要は進行して行った。
この法要の3日後。
宰相徳川家康は、この世を去った。
全ての処理を成し遂げた満足感なのか、その死に顔は安らかだったと伝えられている。
時代は徳川秀忠宰相を、軍務卿に伊達正宗、外務卿に上杉景勝が就任して支えるという布陣に替わる。
外務卿に景勝が就任したことで、兼続と慶次郎は外国人相手にこの先様々な騒ぎを巻き起こすのだが。
徳川家康の葬儀には特別に外国人の参加も許された。
通常なら長崎かイルマータ領にしか、外国人は入れない。
王都に外国人が出入りするのは異例の出来事なのだ。
そこで外国人達は見ることになったのである。
寺院を取り囲む膨大な菊の花達を。
まるで菊に囲まれるように佇んでいる寺院。
その寺院の庭はよく手入れを去れた美しい庭園であった。
外国人達は母国に向けて報告した。
“大環の国では死者を花で包んで送る。
いや、正しくは都そのものを美しい花々や草木で飾りつけて送り出す。
この都において高台に登るなら、必ず咲き誇る花が目に入るのである。
即ち大環国の王都とは、花の都なのである。
接待役を務めたケイジロウは言うのである。
我々は花を愛でる。そして、この国を愛でるのだ。
国を愛でる気持ちがある限り、この花の都は千年経ても変わらぬだろう!"
次回ですが。
番外編をやるか、それは別小説でやるか。
少し悩んでいます。
タイトル的に勇者ⅴs英雄と言う構図は既にないので、「与楽が通る」とか「貴志奮闘記」とか別小説にすべきでしょうけれど。
シオーヌやシェイラの物語がやれていないなあという、若干の思い残しが・・・。




