35.公爵領騒乱Ⅲ
ご愛読ありがとうございます。
公爵領騒乱いよいよクライマックス編。
意外な人物の登場や再登場ありです。
是非、ご愛読下さい。
リューシャが王都に留学してからは弟マークと会っていない。手紙のやり取りはあったけれど、直接顔を合わせるのは3年ぶりくらいであろうか。
公爵城に入場して謁見の間にリューシャが行くと、そこに弟が待っていた。
彼女としては感動の再会である。
久しぶりに会った弟は大分大きくなっている。もっとも、まだまだ子供という感じは否めないけれど。
だからこそ彼女としては可愛い弟との再会に感無量という気分になってしまった。
対してマークの方はというとすっかり色気が増している姉を見て、少し腰が引けてしまう。王都に行った時にはまだ子供らしい部分も多かった姉は、すっかりと女性という佇まいに変わっていた。
それに姉は見知らぬ男と寄り添って親し気に腕を組んでいる。
更には姉にも負けぬ美貌の女まで一緒だった。
自分の姉だと思っていたのに、自分の知らない連中と親しくしている・・・。
ひと目見てすっかりと姉が遠い存在になったかのように思えてしまった。
そうなると妙にアイエの言った言葉が甦ってしまう。
マークを排して、リューシャの子に領地を継がせるという悪夢のような話が!
だから、2人の再会はお互いのリアクションが全く噛み合わないものになってしまった。
「マーク!すっかり大きくなって。元気だったの」
嬉しそうに弟を抱きしめてスリスリする姉。
対して、弟の方は怪訝そうな顔をして言ったのである。
「姉さんはボクのことを殺すの?
キルケを殺すの?
姉さんの子供に公爵領を継がせるの?
何で、そんな事をするの!」
半べそになって、ムキになっているマーク。
リューシャの表情が失せた。実に珍しいことだ。貴婦人を装う彼女はまず滅多なことでは、こんな顔をしない。こんなリューシャを見たのは初めてという人間ばかりだろう。
「・・・・・。」
呆然自失のリューシャの時間は未だ停止している。
マークは彼女を振り払い、敵意をむき出しにして告げる。
「アイエおじさんが言ってたもの。
ボクを殺せば、姉さんの生んだ子が公爵領を継げる。だから、ボクのことは間違いなく殺すだろうって!
手始めにキルケを殺して、その後からボクのことを暗殺でもするだろうって!
違うの?姉さん。ボクを殺しに来たんじゃないの!」
「・・・・・。」
マークの言っていることに衝撃を覚えてしまって、リューシャは言葉が出てこない。
「なんだ、リューシャ殿の弟は、私の弟とは全然違うのだな。
私の弟は私が必ず守ると信じて疑いなど持ちもしないのに。
幼い弟が独り立ちできるようになるまで姉が面倒見るのは当たり前だろう。
そんなことは私も弟も当たり前のことだと考えるのだが」
リューシャと一緒に謁見の間に入ってきた銀髪の少女が、マークを不思議そうに見つめている。
「あなたは誰?あなたがボクを殺すの?」
怯えきっているマークは、完全に疑心暗鬼のようだ。
「リューシャ殿と同じ夫に仕える騎士で、シオーヌ女男爵と申します。
私がマーク殿を殺す訳がありません。
姉上はあなたの為に陛下から王女玉姫様を婚約者としてお認め頂いているのです。
陛下や王女様を悲しませるような真似など誰がしましょうか。
マーク殿と王女様との子なら、王家の一員として相応しい血筋になりましょう。
生憎と私達の夫に血筋などありません。
公爵家を継ぐには些か問題がある」
「お玉姉様が、ボクのお嫁さんになるの?」
「ええ、陛下がご了承されておられます。
姫様もお喜びですし。“マー君可愛いからお嫁さんになる”と大層お喜びですよ。
勿論、皇太后様も皇后様も歓迎されておられます」
「それじゃ、キルケはどうなるの?」
「ご公儀からのお達しでは、金山銀山の横領、騎士団定数の無断削減、貴族詐称という犯罪により親戚衆は断罪するとのことです。
大名家直系では無い娘が貴族コードの服装をしたなら断罪されても致し方ないでしょう」
「やっぱり殺すんじゃないか!」
「本来、公爵領での犯罪行為です。
犯罪が行われた際の公爵はマーク殿、貴方ですよ。責任を問われるのは本来なら貴方だ。
それを親戚衆の断罪で手打ちさせて、王女様まで頂いたのはリューシャ殿の功績です。
姉上は立派に貴方を守って、しかも栄達の道筋までつけて下さったのですよ」
「じゃあ、アイエおじさんの言っていたことは?」
「盗人にも三分の理という諺をご存知ですか?
金山銀山の横領に加えて、公爵城の金庫まで空っぽにして逃げたような輩ですよ。
それとも、あなたは自分の城の金庫が空になっていることもご存知ないのですか?」
「・・・知らない」
「義弟殿。
僕は与楽子爵。キミの姉上を妻にした全く血筋などない一介の行者だった男さ。
まあ、これからヨロシク。
さて、高貴な血筋と言ってもキミは余りにも浮世離れし過ぎているよね。城から一歩出たら途端に生きていけないのじゃないかな?
僕は10才の頃ならもう下級竜くらいは1人で殺していた。魔物の森で単独行動していても何も問題なかったよ。
今のキミには足りないモノが多すぎるよね。
それじゃ、誰も従ってくれない。この広大な公爵領を統治するなんて夢のまた夢でしかない。
自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で考えて行動しなきゃダメだ。キミは修行しないと駄目だよ」
「ワイバーンを殺せるようになればいいの?」
「それは違うよ」
「絶対にダメです!それは違いますから。夫の10才の時が異常なのです。
夫が10才、出雲伯は12才でそれが出来たとしても、それは普通の人間のやることではありません。
そうではなく」
「もういいわ、あなた。シオーヌも。
ごめんなさいマーク。あなたが色々学ぶべき時間を私は与えてあげることが出来なかった。
こんな城に置いておくべきでは無かった。一緒に王都に出るべきだったのかもしれないわね。
あなたが独り立ちできるようになるのなら、あの薄汚い叔父達に領地が破綻させられても構わなかったのかもしれない。
あなたは王家と北方領をつなぐ架け橋。
あなたは大環の未来の希望。
あなたは将来あるべき場所で、行うべき事をしなければならない。
それはあなたに流れる血の定めなのよ。
王都で勉強なさい、マーク。
あなたにはまだまだ時間が沢山有るわ。これから色々なことを学びなさい。
自分で考えて、経験を積んで。
失敗してもいいのよ。それも経験だもの。なんだって、やってみなければわからないわ。
今のうちにしか出来ないことだって、きっとある筈よ」
2人の感動の再会にはならず、むしろ暫しの別れの旅立ちを告げる場という結果になった。
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さて、場面替わって。
資金はカツカツ。食糧も余裕はない。
公都兵の忠誠心はバリバリに上がっているけれど、肝心な練度の方はもう一つ。
でも、早い時期にアイエは掃除しておきたい。
公都兵の忠誠心が高い今なら、リューシャ子飼い6千の部隊を動かしてしまうか。
城攻めなら兵力3倍が目安になる。
アイエ兵が2千~3千として、リューシャ側には6千~9千程の兵が欲しい所だ。
子飼いの6千に加えて、公都兵から3千くらい選抜するか。
悩むリューシャに柳生宗冬は意見具申する。
「練度が不足していても1万7千全部連れて行けば確実に勝てます。実戦を経験させれば練度の低い兵士だって、シャンとして来るものです。
それにどうせ遊ばせておいてもメシは食らうのです。だったら働かせた方が良い」
彼は子飼いの部隊で公都守備。
練度の低い部隊の大量投入で、アイエ軍とケリを付けろと言うのだ。
確かにある程度の被害を覚悟するなら、この人数なら確実に勝てるだろう。
どの程度の被害が出るのかサッパリわからないが。
「どうせダメな奴なら、無駄飯食わせる必要などないのです。兵士でメシを食いたい奴なら強くなければなりません。戦場で死んで文句を言うのなら、最初から兵士になどならなければいい。兵士なら損害が出ても当たり前です。それでこの公爵領がどうなるわけでもないのですから、気にする必要もありません」
柳生家の中では穏健な性格だという話だったけれど、どうやら根っ子の部分では間違いなく武闘派である。
戦争と言えるほどの大規模な戦闘を知らない少女リューシャに対して、戦場で名を上げて来た柳生の血筋はやはり一味違うようだ。
だからこそ頼もしい。
もっとも、イザという時に備えて魔法師を貸して欲しいとも言って来た。
リューシャ本人は決済事務で手一杯。
クルーガとシオーヌも事務仕事に駆り出されていて、戦闘参加は無理な状態。
事務方はまともな帳簿や台帳が残っていなかったので、資産状況の把握に手間取っているのである。早い時期に何とかしないと税収が把握できなくなってしまう。それは恐怖であった。
そうなると事務仕事に向かないのが2名。
与楽は行者として修業しているから文字は読めるし、計算も一応できる。しかし、座って仕事するのは勤行や葬儀くらいしか経験のないような男である。期待するだけ無駄という物だ。そして、シードに至っては事務作業など経験がない。
この二人は暇だからこそ、兵士をまとめる場所にいたのである。
イザという時のリリーフ役として投入するには過剰戦力の感もあるけれど、暇にさせておくと何をしでかすか怖い面もある。精々仕事をさせた方が良いのだろう。
他に、ついでに貸し出された魔法師が2名。
まず、武芸大会でコテンパンにされた青年レックス。
彼は大会で見せた風魔法と火炎魔法を評価されて、リューシャに仕官を許されていた。
もう1人は同じくコテンパンにされた女魔法師エリー。
一応、彼女もシードに敗れる前までは結構いい線を行っていたのだ。別にグラマーだから与楽に受けたという訳では無く、彼女の実力にリューシャが目を付けたのである。
なお、彼らの見事な負け犬状態は第25話武芸大会Ⅰでお楽しみいただけます。
王都から連れて来た兵士の中にも魔法師はいるのだが、彼らは公都でお留守番となった。
叔父達は騎士団の定員を勝手に削減したくらいで、まともな魔法師はイルマータ領には殆どいなかった。
貴重な魔法師を雇うのには高価なコストが必要である、兵員をケチるような連中はまともな魔法師など整備していなかったのである。
強力な魔法師を揃えるのを現代社会に例えるなら、1機で200億円くらいするような最先端戦闘機を配備するのと同じくらいの覚悟が必要になるのである。
富士で貴志に訓練された10人組などは、F-22並の貴重な戦力だと例えるとどうだろうか。余計、ややこしいだろうか・・・。
与楽の妻達なら戦力的には原子力空母を配備するようなものかもしれないが。
かくして、総大将に公爵の夫君である与楽を。
実質の指揮は侍大将の柳生宗冬が執る。
王宮での本多忠勝の役回りを宗冬が担うのである。実質的には丸投げ状態になる。
それは与楽にも、宗冬にも、1万7千の兵士達にも幸せなことではある。
早々に移動を開始して、アイエ領へ。
アイエ領の中核である居城では5千近い兵士が待ち構えていた。
リューシャ軍が想定していた兵力を相当に上回る戦力だ。
これは、本来のアイエ軍3千に加えて、彼が抜擢して代官に据えた子飼いの子分たちが駈け参じていたことによる。
アイエが元の代官を勝手に罷免して挿げ替えた連中だから、リューシャが帰還してしまえばお役御免で首になるのは間違いない。それも文字通り打ち首という形で。
どうせ死ぬなら、せめて一太刀浴びせてやろうというヤケクソな連中が、代官領から根こそぎの動員をかけた結果である。
ケチらずに1万7千の軍勢を率いて来て正解だったのだ。
根こそぎ動員をかけられた兵士は大半が農民である。練度などおこがましい程度のものだ。一応は本職兵士という練度の低い大軍と、本職農民という練度の低い少数軍。
しかも、片方には強力な魔法師もついて来た。
想定よりも多かったとしても、大騒ぎする必要もない。
それにアイエの籠っている居城は、それほど堅固な城でもない。
噂では内部は非常に凝っていて装飾品などは見事なものらしい。けれども、外見としてはそれ程高い城壁があるでも、掘りが深いでもなく。
パーティ会場にはいいかもしれないけれど、戦闘用としては微妙なもの。
この点は事前に調査がついていた。
アイエの居城はリューシャの父親が与えた物だから、資料くらいは公都城に残っていたのだ。
兵力も解って、城の中身も解っている。
兵力さは魔法師も入れれば圧倒的に上。
柳生宗冬は何も躊躇を覚えなかった。
城を包囲すると堂々を正門に陣取りレックスとエリーを呼び出した。
「早速、ひと仕事して貰おう。
まずは正面の城門を魔法でぶっ壊せ。粉微塵にして構わない。
そして城壁に陣取っている弓兵を始末しろ。
邪魔者が消えたら城に突入する。
簡単だろう?サッサと始めよう」
魔法師の戦力バランスが拮抗しているのなら、防衛側でも魔法師を投入してきてこんな簡単な方法では城攻めができない。
島原の時のように、敵だって反撃するだろう。巨大なミノタウロスでも出てきたらレックスやエリーでは心細い。
今回はアイエ側にまともな魔法師がいないから、こうした単純な攻め方が出来るのである。
「エリー、先に城壁にいる弓兵をつぶしてくれないかな。城門は俺が潰そう」
「いいわよ、折角仕官できたのですもの。見せ場で良い所を見せておかないと!」
公爵家のお抱え魔法師ともなれば、王宮魔法師並の待遇である。並の大名家とは訳が違う。
彼らは折角得た職場を精々大事にすることにしたらしい。
“A spirit of the wind, come quick!”
自称25才のエリー、本日はシード並に魔女っ子モードであった・・・。
ある程度のレベルの魔法師になると女は加齢が止まる。だから、見た目は20才過ぎ程度というあたりなのである。化粧と髪型を考慮するなら、ミニスカでヒラヒラ付きの衣装でも十分問題ないのである。
女性魔法師が一見ふざけている魔女っ子モードを好むのは可愛いからということもあるが、重量があって身動きしにくい甲冑などを付けたくないという点も大きい。魔法で弓や槍などいくらでも防御できるのだから、装甲を身に着ける意味はほとんどない。
同様に寒さや日光を防ぐローブにしても、移動時にはいいかもしれないけれど戦闘時にはゾロゾロして邪魔になる。
魔女っ子モードは動きやすいので、案外と運動量が多い時には便利なのである。
ともあれ・・・。
エリーの詠唱に応えて風の精霊たちが呼び出されて、城壁の上に陣取っていた弓兵達に襲い掛かる。
目には見えない突風が突然吹いて来て、城壁の上から兵士達を叩き落して行く。
落とされる兵士達は完全武装しているから、鎧兜の重量を背負い込んでいる。
その状態で高い場所から叩き落とされては堪らない。
地面に叩きつけられた者達は、首や手足があらぬ方向を向いてしまう結果になってしまう。
目に見えない突風が突然襲って来ると言うのは性質が悪い。来るぞと分かっていれば防御することも考えられるのだろうが、目の前に敵の軍勢がいる時に後ろ側から突風に吹きつけられてはたまらない。完全に奇襲された格好だ。
正門の上部、幅100m程の範囲にいたような兵士達は、虚しくも地面に叩きつけられた。
「おお、天晴れ!見事先陣の功だな。エリーが一番槍だ」
こうした戦場であるから、一番乗りは評価される。
宗冬は評価しないといけない立場でもある。
「柳生様、お館様にしっかりとご報告してくださいね!」
ノリノリのエリーであった。
「さあて、それじゃお次は俺の出番だね。
やあやあ、遠からんものは耳に聞け、近くば寄って目にも見よ。
このレックス様の大魔法!かの城門を見事砕いて見せてやる!」
本日の彼は公爵軍の標準的なフルプレートを赤く塗った特殊塗装。
兜には角を生やして一般兵とは違うのだと強調するかのような装備である。
そして、魔石付きの槍と魔石付きの楯。
「行けやー、ソニック・タイフーン!」
雄叫びを上げてレックスは魔石付きの槍を思い切り振う。
轟轟と風が捲き、周囲の土埃を巻き上げながら風の塊が飛び出して行く。
もっとも、それは瞬間的なものでしかない。
ゴーン!
城壁を取り巻いていた与楽軍兵士が思わず耳を塞ぐ大音響が響き渡る。
もっとも、島原と違って鼓膜を破る者はいなかったが・・・。
大音響が響くと同時に大量の石や土砂が吹き飛んで、辺りに撒き散らされた。
破片は相当距離を飛んでいるようだ。
では、城門はどうなったのか?
見事!
城門から左右30mは綺麗に吹き飛んでいる。
「よーし。見事な腕前だな、レックスよくやったぞ!
それいっ!皆の者、城内になだれ込め、アイエをひっ捕らえた者には恩賞を弾むぞ!
総員突撃だ」
「「「「おおっ~」」」」
「「「それ行け~」」」
「お手柄は俺のモノだ」
「へっ、負けるものかよ」
「ぬかせや」
一気に城内に雪崩れ込む与楽軍。
とはいえ、与楽本人は宗冬に本陣で大人しくしているように釘を刺されている。
本陣で戦況を見守るのも将の役目だと。
基本的に宗冬が柳生道場から連れて来た高弟たちが陣頭に立って兵の指揮に当たっている。
最前線で刀を振るい敵陣を崩して突破口を開くこと位、彼らも簡単にやってのける。
一騎当千の強者揃いなのである。
弱兵達も指揮官の武勇に見とれて、我も我もと恐れを知らずに突進して行く。
強い軍に弱い指揮官などいないのである。
強い指揮官の兵は強くなる。
かくしてアイエが増強していた守備兵は、瞬く間に押されていく。
アイエ側に与した代官達は必死だった。
元より死は覚悟の上だ。
だが、肝心の兵は農民である。
戦況が押され始めてしまうと、どうしても浮足立ってしまう。
それを押しとどめるには相当に胆力のある指揮官でなければ難しい。
ある代官は逃げようとする農民兵を手討ちにして、前線に戻らせようとした。
「ええい、逃げるな馬鹿者め。逃亡兵は死罪だぞ!」
バッサリと斬り殺される農民兵。
「冗談じゃねえ。ワシらは無理やり連れて来られただけじゃ。戦など御免じゃ」
「ええい、この期に及んで迷い事を抜かすな処刑するぞ」
「や、やれるものならやってみろ。わ、わしらはそんなの真っ平御免じゃ」
「そうだ、そうだ。わしらを故郷に帰らせろ」
「そうじゃ」
「こんな所じゃ死にたくない」
「帰りたい」
「お前の言う事など聞くもんか!」
「こんな代官など、やっつけてしまえ」
「そうだ、殺してしまえ!」
「貴様ら何を言うか」
「やかましい、お前がいなければ故郷に帰れるんじゃ」
「そうだ!」
「それ、やってしまえ」
「なんだと!ええい下がれ下郎共めが」
“うぎゃあっ”
哀れ、自分が徴兵した農民兵の手に掛って最後を遂げた代官であった。
これを見ていた攻め手の前線指揮官。
「農民兵共は投降せよ!
武器を置いて大人しくしておれ。
農民共には村に帰る事を許してやるぞ!」
「おい、伝令。本陣に農民兵を投降させろと伝言して来い。このままで戦闘を終わらせるぞ」
「へい、合点でさあ」
かくして、エリーとレックスがもうひと働きすることになった。
風に宗冬の声を乗せるように命じられたのである。
戦場全域に声を届かせたいという指示だった。
「聞け、我は柳生宗冬である。
戦場にいる農民共には村に帰る事を許す。
村に戻りたい者はその場で武器を捨てよ。
攻め手の者は武器を捨てた者を殺すな!
繰り返す・・・」
事実上、戦闘は終結した。
アイエの兵と言っても、元々は農民だったものが大半である。
農民に戻れと言われるなら、それは歓迎である。
無理に戦おうとする者など多くなかったのである。
かくして、アイエとその幹部連中は捕えられて行った。
彼らは自刃すらしなかった。
この期に及んでリューシャを甘言で操れると考えたのである。
アイエの居城を調べた宗冬は、横領していた財産を大量に没収することに成功した。
しかし、元の文官達から聞いていた物よりも相当に少なかった・・・。
そして、地下牢から意外な人物を見つけ出した。
ハーコン・シグル。
リューシャの父が家宰として辣腕を振るわせていた男であった。
リューシャの依頼を受けた公儀隠密がいくら探しても見つからなかった人物である。
そして、公都城にあった金庫の中身を隠してのけた男でもあった。
アイエ達に財産を簒奪されることを予見したハーコンは先手を打って、城から財産を撤去して隠匿した。
アイエはそれを知ってハーコンを捕えて拷問していたのだ。
救助された彼は傷だらけですっかり衰弱していた。
しかし、シードが同行していたのが幸いだった。彼女も治癒魔法が得意だ。クルーガから神殿で使う治癒魔法を散々手ほどきされている。
かくして一息つけたハーコン。
リューシャの公爵としての帰還。
与楽が夫であること。
柳生家の3男が軍の指揮を執っている事などを聞かされる。
「おお、何が何でも生き残ってやろうと心に定めていたものの、ようやくと報われた・・・。
そうか姫君はご無事であったか。
かような魔法を使う者を味方につけ、柳生家すらも味方にするとは。
ああ、生きておって良かった・・・」
この知らせは大いにリューシャを喜ばせるものだった。
財産の回収もそうだが、幼かった頃からリューシャはハーコンに懐いていたのだ。
次のお話では久しぶりに貴志達にも出番が来ます。
外国との戦争編になります。
乞う、ご期待!