攻略2。勇くん、おもてなしする。
【攻略2。勇くん、おもてなしする。】
……聞こえてきたのは波の音。
勇は浜辺に座って海を見ていた。自分の服装と身体のサイズが子どもであったことから認識する。ああ、これは夢なのだと。
ではこれは6年前に自分が見ていた海か。9歳の頃に見た景色。波音も穏やかで海の地平線がどこまでも続いている。海の蒼と空の青のコントラストも綺麗でまるで繋がっているようだった。
「昔はここでよく泳いだな」
そうだ。仲の良い友達とよく遊んだ。懐かしく思い出していると、あれ?と何かひっかかるものを感じた。この海で何かあったような……。なんだったろうか……。
記憶に意識の注意を向けて思い出そうとした時、強風が吹き波が強くなった。蒼色の海が黒く荒れだし、空は澄んだ青から灰色へと変わる。
―――なんだこれ?勇は急変した景色に瞳を見開く。この景色どこかで……。
どこかで―――……?意識が少しずつ遠のいていく……―――。
……ペチ。ペチペチ。
頬を叩かれる音に目をゆっくり開けた。視界に見えたのはこちらを見る……藍色の子犬?
「おい、起きろ」
子犬に話しかけられ、勇は一気に目が覚めた。
「おまえ……犬の妖怪か?」
「狛犬だよ。昨日灯に会っただろ。あれの片割れ」
ぶっきらぼうに言われ、紅髪美少女を思い出す。片割れ、ということは双子か。そういえば目元が良く似ている。姿は犬だが。
「鳥居を抜けたすぐの所にいた石造がおまえ達なのか?」
「よく見てたな。それだよそれ。あれはただの依り代だけどな」
「名前は?」
「葵。ってかおまえ灯が言ってた通り本当に動じねぇな。喋る藍い犬なんて、驚くだろ普通」
「目が覚めた時は驚いた。新しいのが現れたって」
勇は上半身を布団から起こすと大きく伸びをした。障子の隙間から微かに光が入ってくる。もう朝か。
「起こしにきてくれたのか。ありがとな」
ポンと頭を撫でると葵は軽くそっぽを向く。照れているのだろうか。
「別に。おまえ、なんかうなされてたから」
「本当か? 夢見が悪かったからそのせいかな」
「イヤな夢でも見たのか」
「うーん。イヤな夢、というのとはちょっと違うけど。まあ、たいしたものじゃないよ」
そう言って布団から出てたたみ始めた勇を葵は尻尾をぱたりと振った。
着替えも終え、葵を伴って客間に行くと、食事の用意をしていた灯が迎えてくれた。
「おはようございます、勇さま。よく眠れましたか?」
「おはよう。ああ、眠れたよ」
「本当に? 少し疲れが見えるけど?」
上座でお茶を飲んでいたこの神社の主が声をかけてきた。
「慣れない子守をしたせいだよ」
なんでもないように言い、座布団に座る。よく見ている。龍聖もそれ以上は言ってはこなかった。
「で、今日は何をするんだ」
「今日はおもてなしのお手伝いだよ」
「おもてなしの手伝い?」
「夕方から本堂で会合がありますの。その準備の手伝いをお願いしますわ」
灯が説明し、勇は了承する。子守の次は会合か。参拝者はいないが、本堂はフル回転だな。
「なあ、手伝いの前に、少し出てきていいか? すぐに戻るから」
「いいけど、どうしたの?」
「ちょっと海を見てくる。結局昨日龍聖に拉致られて、ゆっくり見られなかったから」
「拉致だなんて人聞きの悪い」
ひどいな~と情けない声をあげながらも、じゃあ、と言葉を続ける。
「葵をつれて行くといいよ」
「は? なんで?」
「少しのつもりが、うっかり海に夢中になって帰ってこないと困るから」
「子どもじゃあるまいし。別に泳いだりなんかしないぞ」
「それじゃあ、葵の散歩を頼むよ。それならいいよね」
「散歩って……」
「な!龍聖てめぇ……」
言い方を変えただけで、どちらにしても連れて行けというのか。散歩と言われて自尊心が傷ついた葵が主人に向かって唸ったが、灯に持っていたお盆で「龍聖様に向かって、なんて口のきき方ですの!」と殴られた。それをきっかけに言い争う双子の声を聴きながら、仕方ない、連れて行くかと勇はため息をついてお茶をすすった。
見た目は可愛らしい子犬だが藍色の毛並みと目は目立つな……と心配したが、姉の灯同様に葵も人間界用の変身術を持っていたようで、神社を出るときは茶色の子犬になっていた。
鳥居のところまで龍聖が見送りにきていた。
「神社を出ると僕の力も及ばなくなるから、気をつけてね」
「今までそれで生きてきたんだから大丈夫だよ」
「油断していたらヤカラに狙われるよ」
「その時は殴る」
「頼もしいねー」
軽口をたたく龍聖に「昼には戻るから」と言い残すと、勇は石階段を降りて行った。葵はすぐにはついて行かず、主人を見上げる。龍聖が何も言わず小さく頷くのを見ると勇を追いかけて走り出した。
二人を見送った龍聖は空を見上げた。天気は快晴。雲一つない澄み切った空。眼鏡の奥の瞳はどこか探るように青の空を見据えていた……―――。
****
神社の階段を降り、森を抜け海岸方面に向かって歩き出す。葵は大人しくちょこちょことついて来ていた。はたから見れば散歩中の飼い主とその子犬だ。海に近づくにつれ、潮の香りが強くなってくる。
「リードどころか、首輪もつけていないけど大丈夫かな」
「俺を犬扱いすんじゃねぇよ!」
小さな猛獣が怒る。
「わかったわかった。大きな声を出すなよ」
「海でなにするつもりだよ」
「なにって特に何もないよ。言ったろ。ゆっくり見たいんだって」
「海なんていつでも見られるじゃねぇか」
「まあ、そうだけど。俺さ、この町、出戻りなんだけど」
「おまえここに住んでたのか?」
葵が勇を見上げた。
「そうだよ。で、後に住んだ所はこことは真逆の、山に囲まれた所でさ、すっかり海とは無縁になったんだ。別に山も悪くなかったけど、でも両方見て俺は海の方が好きだなぁってなんとなく思った。そしたらまたこっちに戻ってくることになって。学校の関係で俺と姉が一足先に帰ってきたんだ。昨日やっと荷造りが落ち着いて久しぶりの海に行けたと思ったら龍聖に捕まっちゃってさ。ちょっとくらい堪能してもいいだろう?」
そういって足を進める勇の表情は嬉しそうだ。
「6年ぶりだな。昔はここの海でよく泳いで遊んだ」
「昔を思い出して、やっぱり泳ぐとか言い出すなよ」
「だから言わないし、しないって」
喋っているうちに昨日の浜辺に降りる階段前に到着した。
まだ時間が早いからか、浜辺に人はいなかった。
「浜辺まで降りるのか?」
「いいや。ここでいいよ」
勇は階段に腰をかけた。葵もその隣にちょこんと座る。果てのない海原もじっと見入る。
海が好きというのに嘘はないが、勇が来た理由は夢で見た海と現実の海とのズレがないか確認したかったからだった。ズレは……なかった。夢と同じ風景。海と空の蒼と青のコントラストまで一緒だ。でもこの海で何かを忘れている自分……。
「なんだっけ……」
「なにがだよ?」
独り言のつもりだったのだが、葵はしっかり聞いていた。さすがは犬。耳がいい。
「俺、昔この海でなんかあったような気がするんだけど思い出せないんだよなぁ。なんかもう少しで出てきそうなんだけど」
「それは気持ち悪いな」
「だろ?」
「勇?」
急に名前を呼ばれ振り向くと、そこには潮風に長い髪を押さえる姉の莉世の姿。勇は驚いた。
「……姉ちゃん、なんで」
「それはこっちの台詞よ。昨日は電話で久しぶりに昔の友達の所に泊まるって言ってたけど、あんたこんな早くから友達の家を出てきたの?」
……ああ、そういえばそんなことを言ったかな……。本当は神様のいる神社で泊まったなんて言えない。言えるわけがない。
「あ、いや、ちょっと早く目が覚めて、散歩。すぐにまた戻る」
これは嘘ではない。
「あんた、そんなフラフラして、人様に迷惑かけるんじゃないわよ」
詰め寄ってくる姉に、迷惑をかけられているのはむしろ俺だ。しかも神に。と心の中で言いながら弱弱しく笑う。
「……勇くん?」
「?」
姉の影に隠れて気づかなかったが、もう一人いた。ひょこっと顔を出す。肩までの髪に大きな瞳の女の子。自分と同じくらいの……。……えっと?
「だれだっけ?」
弟の反応に怒るように姉が言った。
「ちょっと、何言ってんのよ。昔よく一緒に遊んでいた巴菜ちゃんでしょ!」
「……え? は……な?」
その名前に6年前の記憶が一気に蘇る。ショートカットの男の子のような9歳の女の子。元気に走り回っていた子。はな……。巴菜。あ!
「鈴木巴菜!」
しっかりと思い出した勇に、巴菜はほっとした顔になった。
「そうだよ! あー、よかった。思い出してもらえて」
「そっか。巴菜か。分からないもんだな」
笑った顔を見せると昔の面影があるが、やはり小学生の頃と今では雰囲気が違う。なんというか、女の子っぽくなった。
「そんなに変わったかなぁ?久しぶりだね、勇くん」
「ああ、本当だな」
「戻って来たこと、昨日ヒデちゃんから聞いたんだ」
「ヒデ? ああ、そっか」
勇の一番仲が良かった友達。高橋秀雄。秀雄と巴菜は幼馴染だ。秀雄とは年賀状のやり取りをしていて、携帯電話を持つようになってからはメールでも連絡を取っていたので、引っ越しのことは彼には伝えていたのだ。
「戻って来たなら教えてくれればいいのに」
そう言って少しむくれたような顔を見せる。勇は眉をさげながら頭をかいた。
「はは……。ごめん」
「てっきりヒデのところに泊まってるかと思ったら、違ったのね」
姉に言われ勇は慌てる。
「あ、うん! 他の友達! ぐ、偶然会って泊まっていけって言われて」
色々と本当と嘘が混じった答え方をしながらもなんとか話題を変えた。
「それより、姉ちゃんと巴菜はなんで一緒にいるんだ?」
「ああ、昨日ね、夕方、巴菜ちゃんがパンを持ってウチに来てくれたのよ。で、そのパンがすごく美味しくて出来立て食べたいなーって言ったら、巴菜ちゃんが案内してくれるって言ってくれたから、これから開店時を狙って行くところよ」
「おすすめは七味クリームパンです!」
甘いんだか辛いんだかよく分からないパンだ。勇の顏がひきつる。
「……へ、へえ、朝早くからつき合わせて悪いな、巴菜」
「ぜ~んぜん! わたしも買いたかったから! ちなみにわたしが狙っているのはチョコわさびコロネだよ!」
「そ、そうか」
素直に同意できない。隣で姉が「あらーいいわねー」と言っているのも理解できない。
「ところで勇くん」
「ん?」
「その子犬、どうしたの?」
巴菜が指摘したのはずっと傍らでつまらなそうな顔をしている小型犬。
「あらなに? 首輪してないじゃない。捨て犬?」
姉も葵の存在に気づき怪訝そうに見る。
「違う! これは、あのっ! そ、そう! 友達のところの犬! 散歩に連れてきたんだよ!」
急いで弁解する。さっきからこんなやり取りばっかりでいい加減疲れるな! 勇は内心弱音を吐く。
「ああ、そう。でもいくら子犬でも首輪や綱をしてないと、外で散歩するマナーとしてダメよ」
「わ、わかってる。友達にも言っておく……」
「莉世さん、今は首輪って言わないそうですよ、愛犬家の人に怒られちゃいますよ」
「え?じゃあなんて言うの?」
「カラー」
「綱は?」
「リード」
「エサは?」
「ごはん」
「アホくさ。ペットでしょ」
「犬は、家族です」
「なに、その薄っぺらい標語みたいなの。ウチにはそんな犬なら必要ないわ。番犬は欲しいけど愛玩犬はいらない」
ぴしゃりと言い切る莉世に「犬をわが子と思っている方は多いですからねー」と巴菜も苦笑する。
「勇、この犬はどうなの? 小型犬だからやっぱり温室育ちの室内犬?」
いえ、むしろ小屋もなく野ざらしの外で石になって番をしてます。―――とは勿論言えるはずもなく、
「違うよ。小さいけど主人を守る、賢い犬だよ」
そう言うと、葵は少し目を見開いたように勇を見上げた。
「ふーん。やるわね、小さいの」
と、莉世が子犬の前にしゃがみ、頭をなでた。噛みつくなよ。勇はヒヤヒヤする。
「おまえ……なんか犬っぽくないわね」
どストライクに確信を言われ、今度こそ勇の心臓が止まりそうになった。葵も固まってしまった。
「何言ってんだよ、姉ちゃん! どこからどう見ても茶色い小さな犬だろ!」
「そうですよ。可愛いわんちゃんですよ?」
巴菜も同調してくれたのはありがたい。
「そりゃあ、そうだけど。なんか、飼われている感じがしないなって思って」
「まだ子犬だから、そういう自覚がないのかもしれませんね」
「ああ、なるほどね。巴菜ちゃんの言う通りかも。じゃあ、そろそろパン屋さんにいきましょうか。売り切れだと困るから」
姉の興味はすでにパンに移っていた。
「勇、友達の家もいいけど、今日は帰ってきなさいよ」
まだ心にダメージを受けている勇に向かってそれだけを言うと、姉はさっさと海沿いの歩道を歩いて行く。
「勇くん」
「あ? ああ?」
呼ばれ巴菜がまだ残っていることに、勇はやっと気づく。
「本当に元気でよかった。ちょっと心配だったの」
先ほどまでの笑顔とはまた違った神妙な表情を浮かべる巴菜に勇は少し戸惑う。
「心配? どうしてだよ?」
「どうしてって、そりゃあ、あんな大変なことがあった後、勇くんすぐに引っ越しちゃったからじゃない!」
「―――大変なこと?」
「そうだよ!勇くん、海でヒデちゃんを助けて自分が溺れたじゃない」
……え?
「あの時、海はすごく荒れてて、勇くん海に呑まれてから少しの間だけど行方不明になったりして、すごく大変だったって聞いたよ」
……なんだ。そのデンジャラスな過去。俺、そんなこと…。
「見つかったあとも、なかなか目を覚まさなかったし。そしたらそのまま引っ越しちゃったし、すごく心配したんだからね」
少し怒った顔の巴菜。だが勇には他人事のように聞こえた。
「ほんとはね、ヒデちゃんも気にしてるんだよ。だから早めに元気な姿を見せてあげてね」
そこまで言うと、じゃあまたね、と莉世を追いかけようとする巴菜を反射的に呼び止めた。頭より先に口が動いた。理由は分からない。そして気がついたら聞いていた。
「巴菜! 竜凪神社って知ってるか?」
二、三歩進んでた巴菜が振り返った。
「竜凪神社? 聞いたことないよ」
どこにある神社? と小首を傾げる。
「いや、知らないならいいんだ。姉ちゃん、待ってるから行ってくれ」
「うん。じゃあ」
と、今度こそ巴菜は走って行ってしまった。その場に残されたのは、記憶喪失少年と子犬一匹。
「……おまえの姉貴、鋭いな」
おっかない者を見たかのように葵が身震いをした。勇は乾いた唇を動かす。
「……葵。竜凪神社って本当にあるのか……」
「あるぜ。ただ、ちょっと普通の人間には見えないけどな」
……やはりその類のものだったか。
「なんで突然神社のこと聞いたんだよ?」
「……わからない。でもなぜか聞かないとって思った」
「ふーん?」
葵は理解したようなしていないような返事を返した。
「……葵」
「次はなんだよ」
「俺、海で溺れたんだって」
「そう言ってたな」
「覚えてないんだ」
「そんな感じだな」
ぶっきらぼうに葵が応える。はあーと勇はため息を吐いた。なんでそんな大変なことを忘れているんだろう。階段を降り、波際まで歩いて行くことにした。
穏やかな波は小さなさざ波を立て寄せては返していた。この海で自分は溺れかけたのか。思い出せない。
水平線を見ていると、何か黒い影が浮かびあがっている。なんだろう?さっきまであんなのはなかった。葵が警告を発した。
「勇、海から離れろ」
葵に促され、勇は数歩後ろへと下がる。
「あの黒いモヤモヤした影はなんだ?」
「ヤカラ。トモカヅキだ」
「トモカヅキ?」
「海の妖怪。力の強い人間……つまりお前を感じて出てきたみたいだな」
「出てきてどうするんだよ」
「そりゃあ、喰うに決まってんだろ」
なんとも分かりやすい展開だ。
「なんで……。引っ越したあとも何度か海には行ってたけど、こんなことはなかったぞ」
「その時よりおまえの力が強くなってんだろ」
「なんでだよ!」
「俺が知るかよ。とにかく海から離れろ。トモカヅキは海からは出てこない」
急いで降りてきた階段付近まで走って戻る。
「龍聖はどうしたんだよ。海の神様なんだろ」
「あいつが守るのは主に自然だ。妖怪、一匹一匹見てられるか」
保育所はあるのにな。子育てには積極的な神様のようだ。
「なんかアイツ、人の形っぽい影になっていないか?」
最初の頃のモヤモヤの影が人型の姿になっているように見えた。
「トモカヅキは人間に化けて人を惑わす。知り合いだと思ってうっかり近づいたら引きずられて喰われるぞ」
「怖いヤカラだな」
「勇、神社に帰るぞ。トモカヅキの動きに釣られて他のヤカラが集まってくると面倒だ」
「あっちもこっちもヤカラがいて、俺、この町で生きていけるのか……?」
それはまさに真理の言葉だった。
***
竜凪神社に戻ると一気に疲れが出た。
狛犬の石造にもたれかかるようにしゃがみ込む。おい、と葵にジロリと睨まれるが気にしない。
「あー。やっぱりヤカラと会っちゃった?」
戻ってきた二人をのんびりとした声で出迎える神主姿の神に、勇は力なく顔をあげた。
「なあ、龍聖、俺この町に戻ってから力が強くなってるみたいんだけど、どうしてだか分かるか?」
「あれ? まだ思い出せない?」
龍聖の意外そうな顔に、勇は「は?」と返す。
「おい。なんだ、そのなんか知っているような口ぶりは」
「今日の朝、なんか様子がおかしかったから、てっきり思い出したのかと思ったよ」
「だから、何がっ!」
ええい。まどろっこしい。はっきり言え。勇はイライラしてきた。「うーん。まあいいか」と龍聖はひとりごちをし、そして―――、
「僕、昔溺れていた君を助けたんだよ」
……ん?コイツは今なんて言った?龍聖の突然の告白に思考が追いつかず、勇は黙り込んでしまった。構わず神はスラスラと話を進める。
「勇くん荒波に巻き込まれてて、僕が見つけた時はほとんど死にかけていたんだけど、ダメ元で神力を送ったら見事に復活。いやあ、あれはすごかった」
あはははと笑う。……なんだと?
「どうやらその時に眠ってた霊感も開花しちゃったみたいだね。多分、元から持っていた力もあって助かったんだよ。素質があるよ。家系かな?」
「コイツの姉ちゃんもすげぇ鋭かった。俺、疑われた」
葵が言うと、龍聖は「そうなの?」と興味をひかれた目をした。
「でも、まさかその時の子どもとまた会えるとは思わなかったよ。昨日、海で会った時に僕の力を感じたからすぐに分かったよ」
と、呑気に笑う神。勇はゆらりと立ち上がり黙っていた口を開いた。
「……じゃあ、俺が妖怪だの幽霊だのを見えるようになったのは、おまえのせいか?」
「結果的にはね。僕の神力を取り込んで君の霊力を起こしちゃったみたいだから」
「……じゃあ、俺がこの町に戻ってきて力が強くなってるのもおまえのせいなのか?」
「そうだよ。力を与えた僕が近くにいるから共鳴してより強くなっているんだ」
「……じゃあ、俺はここに住んでいる限り、毎日のように妖怪を視たりヤカラに狙われたりするっていうことか?」
「そういうことになるかな。勇くん物忘れはあるけど、物分りはいいね」
と、にこにこ笑うと、勇の怒りケージがついにMAXへと達した。握り拳を作ると力いっぱい神の頭を殴った。ぼかり、と良い音が響いた。
「おー」
と、葵が感嘆の声をあげる。灯がいれば悲鳴をあげていたことだろう。殴られた龍聖は「いたたた」と頭をさする。まさか神を殴る人間がいるとは。
「命の恩人を殴るなんてひどいよー。勇くん」
「うるさい!今すぐ俺を元の体に戻せ!」
何が命の恩人だ。こちとらこの力のせいで命を狙われてるんだ! 記憶は相変わらず戻らないが、巴菜に竜凪神社のことを聞いたのはきっと事故と龍聖が結びついていると無意識ながらに思ったためだろう。
「だから、それは無理だって。僕は君の力が目覚めるきっかけを作っただけで、力そのものは君本来が持っているものなんだから」
「ああ? じゃあ、何か? おまえは俺がヤカラに狙われて喰われても、俺のせいだっていうのか」
「喰われるつもりなんてないくせに」
「ったりまえだ!!」
もう一発殴ってやろうか。再び拳を握ると「勇くんのガラが悪くなった~」と情けない声をあげる。うっさい。
「俺はこれから「ここ」で生きていくんだよ! こんな力があったら普通の生活なんて無理だろ! ましてや、俺の家族や友達が巻き込まれたらどうしてくれるんだよ!」
一番嫌なのはそこだ。自分のせいで周りが傷つくことになるなど許されない。絶対に。必死な勇を龍聖は真っ直ぐに見据えた。先ほどのふざけた雰囲気はなかった。勇はその目に少したじろいだ。眼鏡の奥の強い瞳が勇に語りかける。
「そのために護法を教えると約束したでしょ」
「そうだけど……っ」
「何度も言うけど、その力は君のものだ。消すことはできないよ。ならうまくつき合っていくしかないだろう」
「それでも、周りの人がヤカラに狙われたら俺……」
追い込まれている勇に龍聖は表情を和らげた。
「ねえ、勇くん。そんなに悲観的にならないで。妖怪には君の味方になってくれる者もいるんだよ」
「……え?」
思いがけない言葉に瞳を見開く。
「今日の会合は、君のお披露目だから」
会合の目的を言われたが勇は状況が飲み込めず、ぽかんとしている。
「しっかり、みんなをもてなしてね」
龍聖はにこりと笑った。
**
夕方になると本堂の中は沢山の妖怪達で埋め尽くされていた。
だが不思議なことに、みな人の姿をしていた。勇が驚かせないようにと、龍聖の心遣いだったようだが、これが全員何かしらの妖怪だと思うと、それはそれでぞっとした。
龍聖は離れで灯と葵と一緒に料理を作っていた。灯は始め止めたが、龍聖が「みんなでやろう~」と譲らなかった。奇特な神もいたものである。勇はというと、主に料理やら酒運びやらで本堂と離れを慌ただしく行き来していた。その最中、急に抱きつかれた。
「いや~ん! やだぁかーわーいーい~!! 君が勇ちゃん?」
「は?」
ぎゅっとしがみついてきたのは細身で背の高い女性だった。胸元が大きく開いた服に、ミニスカートから覗く長い脚を惜しげもなく出している。……というか、勇ちゃん?
「龍聖ちゃんから聞いたわよぅ。大変ね。でも大丈夫。お姉さんが守ってあ・げ・る」
酔っているのかこの人! いや、この妖怪! そして美人なのになぜだろう、悪寒が走った。
「ちょ、離れてください」
「いやん、恥ずかしがっちゃって。やっぱり若い男の子はいいわぁ~」
「恥ずかしがってなんかいません! とにかく離れてください!」
「うふふ。慌てちゃって。お姉さん、もっといじめたくなっちゃう」
「お姉さんじゃなくて、お兄さんだろ」
冷めた声が入ってきた。声の方を振り向くと全身黒い服を纏った大柄な男性がいた。……そして、お兄さん?
「ちょっと、躯! 邪魔しないでよ!」
「吹雪、すぐに男に飛びつくのはやめろ。おまえ男だろ」
男!? じゃあ、悪寒が走ったのはそのせいか!!
「うわぁあ! は、はーなーれーろー!!」
抱きついている腕を解こうとするが、「いーやー」とがっちり掴んで離れない。くそ! さすが男!すごい力だ! 勇は振りほどこうとするが敵わなかった。
「勇ちゃーん? あんまりお姉さんを蔑ろにするとチューしちゃうわよ。雪女の口づけは冷たいわよぅ?」
「雪男だけどな」
また冷静に躯が訂正する。もうなんでもいいから離れてくれ!
「む、躯さん、でしたっけ。助けてください……っ!」
勇はついに黒男に助けを求めた。躯は、はあ、と一つため息を吐くと吹雪と勇を引きはがした。吹雪がぷりぷり怒る。
「んもう!躯のバカ!氷漬けにしちゃうわよ!」
「おまえは男なら誰でもいいのか」
「まさか~。わたしだって好みはあるわよぅ。勇ちゃんは若くて可愛くて超好みよ~」
うふふふふ~、と体をクネクネ動かす。ああ……やめてくれ。鳥肌が立つ。
「……躯さん、ありがとうございます。俺は佐藤勇と言います。助かりました」
疲れた顔のまま、とりあえず礼を言った。躯はあまり動かない表情のまま、
「龍聖から話は聞いている。ここに集まっている妖怪は全員おまえを守ることに同意した者たちだ」
「え……?」
……本堂にいるひと全員?勇はおそるおそるぐるりと周りを見渡すと、みんながこちらを見ていた。その表情はどれも温かい。たかだか子どもの、しかも人間に、妖怪たちが力を貸すと集まってくれたのだ。これもひとえに龍聖の人望の賜物なのだろうか。普段はへにゃへにゃしているが、時折見せる鋭い瞳はやはり神の眼で、それに魅せられた者は絶大な忠誠を彼に誓う。
そして、忠誠だけでなく温かな優しい眼差しから、みな龍聖のことが好きなのだということも伝わってくる。そんな神と自分は関わっているのかと思うと、少しだけ胸が熱くなった。勇は礼儀正しく姿勢を伸ばした。
「……あの、すみません。俺なんかのために集まってもらって。できる限り迷惑をかけないようにしますので、どうか力を貸してください」
そう言って頭を下げると、吹雪がニコニコと笑いながら指摘する。
「勇ちゃん、違う違う。そこは、すみませんと謝るところじゃないでしょう~」
「俺、まちがってる?」
頼りなげに吹雪を見上げると「やぁん、可愛い~」と吹雪が黄色い声をあげた。
「こういうときは、あ・り・が・と・う、でしょ」
そう言ってウィンクする。
「……そ、そうか」
「そうそう~」
「……わかった、吹雪」
素直に頷く勇に吹雪がまた抱きつこうとしたが、躯によって止められた。「ムサイ男は触らないでぇ~」とわめきながら引き離されていく。勇は躯に感謝しつつ改めて言い直した。
「あの、言い直します。来てくれてありがとう。よろしくお願いします」
直後、一斉に拍手と歓喜の声があがった。勇はこの瞬間妖怪たちに完全に受け入れてもらえたのだ。妖怪の笑いに勇の顔にも自然と笑みがこぼれた。
集まった妖怪の中には昨日子守をした子妖怪達の親もいて、「ウチの子が世話になって」「随分懐いちゃったみたいで」などと親しげに話しかけてくれた。
……なんだ。いい妖怪もいるんだ。そのことを知られただけで、勇の心は少し軽くなった。
その日、会合と称した宴は夜遅くまで続いた……。
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