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攻略1。勇くん、保父さんになる。

【攻略1。勇くん、保父さんになる。】


 竜の神・龍聖に連れて来られたのは、海沿いから道路を挟んだ森の中にある神社だった。


「竜凪(たつなぎ)神社?」


 石階段を上り、そびえ立つ鳥居を抜ける。そこから続く参道の両端には二匹の狛犬の石造があり、さらに歩いていくと、本堂へと到着した。そしてそこに掲げられている板札の文字が目に入り読みあげた。

「こんな神社がこの辺にあったとは知らなかった」

「あったよ。森の奥にあるから知っている人はあまりいないけどね」

 なるほど。確かに森の奥に入ってきた。あまりに奥深くに連れて来られてので、喰われるんじゃないかと警戒したほどだ。

 ……それにしても、と勇は境内を見渡す。

「ここは空気がいいな」

「わかるかい?不浄なものは入ってこないよ。僕の力が働いているからね」

「……龍聖は本当に神様なんだな」

「そう言ってるでしょ。なんだと思ったの」

「アホ妖怪」

「え?なにそれ?君、僕をそういう目で見てたのかい。僕神様だよ?竜の神だよ?」

「何度も神神言うな。おまえが言うと安っぽく聞こえる」

「ええ!?もう少し敬ってくれてもいいんじゃないかい?」

 眼鏡をずらしながら情けない声をあげる竜の神に、勇の態度は冷ややかだ。か弱き人間の個人情報を探ったり、ましてや拉致まがいなことをする神に誰が尊敬などできるものか。構わず勇は話を進める。

「なあ、よくわかんないけど、神のあんたはともかく、妖怪に神社って天敵な場所なんじゃないのか?」

「そうだよ。だから「僕が」認めた者しかここに入ることができないんだ」

 神様がにこりと笑いながら答える。つまりこの子鬼たちは龍聖に認められた者たちということか。石畳で遊ぶ子鬼たちを見ながら納得する。

「だから、君を守ることもできる」

「え?」

「勇くんを「ヤカラ」から守ることもできると言ったんだよ」

「ヤカラ?」

「輩(ヤカラ)。主に危害を加えることを目的としている妖怪の総称だよ」

「危害を加えることが目的って…妖怪は何を考えているか分かんないな」

「それは人間だって同じだと思うけど」

 さらりと言った龍聖の言葉にどきりとした。……人間も同じ?人間も傷つけることを好む生きもの……それは……。

「……違う。みんながそうじゃない……」

 全否定できず、心にもやもやしたものが残る。それを眼鏡の奥の瞳を細めながら聞いていた龍聖は穏やかに言った。

「そう。みんなじゃない。妖怪もね」

 ああ、確かにそうだ。龍聖の言う通りだ。その時、肩にぴょんと乗ってきた子鬼の頭を人差し指でぐりぐりしてやる。きゃーと子鬼が笑った。

「うん。やっぱり最初はこの仕事の手伝いをお願いしようかな」

 子鬼と勇の様子を見ていた龍聖はパンと手をたたくと一度本堂の中に入って行った。……そうだった。ここに来たのは雑用を押し付けられる為だった。連れて来られた目的を思い出し、このまま逃げたいと思っていたら、ほどなくして龍聖が出てきた。手には黄色のエプロン。それを「はい」と渡され、勇は眉をしかめた。

「……なんだよ、これ」

「エプロンだよ。知らないのかい?」

「そうじゃなくて! 何をさせる気かって聞いてるんだよ!」

「こらこらダメだよー。そんなにこわい顔をしたらみんなが恐がっちゃうよ」

「は? みんな?」

「こっちこっち」

 そう言って手招きをして勇を本堂入口へと呼ぶ。大人しくついていくと「勇くん、スマイルスマイル。じゃあ開けるよー」と言いながら扉は開けられた。


 中は暗く厳かな雰囲気……ではなく、床一面には無数の玩具がちらばり、壁は多数の落書き。そしてバタバタと走り回るたくさんの……妖怪の子ども達。

 元気にはしゃぎ回る子ども達の中に子鬼たちも飛び込んでいった。

「いやぁ~、みんなわんぱくで大変なんだぁ」

「りゅ、龍聖、……まさか」

 勇の顔が引きつる。……まさか俺に、

「はい。勇くんには保父さんをお願いします」

 満面の笑顔の神様に、人間勇は殴りたい衝動にかられた。

「ふざけんな! 俺は子守なんかできない! やったこともない!」

「大丈夫だよ。子鬼と君を見ていたけど、十分できるよ」

 そう言ってヘラヘラ笑う神に腹が立つ。

「無責任なことを言うな! だいたいなんで本堂が託児所になってるんだよ!」

「いやあ、人間社会と同じく、妖怪社会も夫婦共働きが多くてね。大変な世の中だよね」

「知るか! 冗談じゃない! 俺は帰るからな!!」

 怒って黄色エプロンを龍聖に押し戻そうとしたら、くん、と服の袖を引っ張られた。

 え?誰だ? と見る。視線は下へ。そこには園児くらいの小さなおかっぱ髪の子どもがじっと勇を見上げていた。

 ……これはもしや座敷童子か? 勇は思わずしゃがみ込みおかっぱ子どもをまじまじと見るが、はっとそこで沢山の視線に気づく。先ほどまで好き勝手に遊んでいた子ども達が全員、勇と龍聖を囲むように集まっていた。

 みんなもの珍しそうに勇を見ている。……こんなに見られていてはエプロンを叩きつけてやることもできない。いや、やってもいいのだが、だがそれで恐がって泣かれられたら後味が悪い。

「勇くん。みんな君と遊びたがってるよ」

 こそりと耳打ちしてくる神にきっと睨むが、じっと見てくる子どもたちの目にとうとう勇は観念した。

「……今日だけだからな」

 低い声でボソっと呟くと、龍聖はぱっと子どもたちに笑顔を向けて、

「今日は勇お兄さんがみんなと遊んでくれるよー。仲良くしようね~」

 その言葉が合図かのように子どもは一斉に勇に飛びついてきた。くっそう! なんで俺がこんな目に!! だがやると決めたからにはやってやる!!

 勇は変なところで責任感がある少年だった。

「がんばってね。終わったら、色々なことを教えてあげるよ」

「色々なこと?」

「君が今まで人に聞けなかったこととか、ね」

 勇が目を見開く。龍聖はずれる眼鏡を戻しながらにこりとした。

「本当だな! 約束だからな!」

「もちろんだよ。」

 そうと決まれば俄然やる気も出てくる。

「あ、一つ気をつけてね」

「なんだよ」

「さっきの子鬼たち。集団で脱走する癖があるから」

 迷惑だな! 人間の子ども同様、妖怪の子どもも手のかかるヤツらが多いようだ。



****


 勇が保父さんになってから数時間が経った。

 本堂に勇だけを残し、龍聖は外の二匹の狛犬の石造の前にいた。そして静かに呼びかける。

「灯(あかり)。葵(あおい)」

 その声に呼応するように二匹の狛犬の石造がそれぞれ紅色(あかいろ)と藍色(あおいろ)に光った。そして光が石造から飛び出てきたかと思ったら、一瞬後には龍聖の前にそれは姿を現した。一人は紅い髪と瞳を持つ少女。もう一人は碧い髪と瞳を持つ少年。そっくりな彼らは龍聖が使役する双子の狛犬だった。

「お呼びでしょうか、龍聖様」

「特に今の所、神社の周辺に問題はないぜ」

 丁寧にお辞儀をする姉の灯に対し、弟の葵は腕を組んでぶっきらぼうに答えた。龍聖が頷く。

「うん。お疲れさま、二人とも。勇くんを連れて来たから森の中の妖怪が騒ぐかと思ったけど大丈夫そうだね」

「竜の神の龍聖様がお連れした方なら、他の妖怪たちが騒ぐことはありませんわ」

「それにしても珍しいな。龍聖が人間を連れてくるなんて」

 葵!失礼ですわ!様をつけなさい! と姉は叱るが弟はツーンとそっぽを向いて聞く耳を持たない。まあまあ、と主が宥める。呼び方や話し方に大した拘りはないのだ。この神は。

「二人は勇くんを見てどう感じたかな?」

 主からの問いに二人は各々思ったことを口にする。

「そうですわね。あそこまで霊力が強い人間は珍しいですわ。どこかの陰陽師の末裔でしょうか」

「ああ、確かに強かった。破魔の力も持ってるようだし、そこそこの妖怪なら倒せると思うぜ」

 使役たちの見解を肯定するように龍聖は頷いた。

「それで龍聖、」

 葵が主を見据えた。

「勇をいつから目をつけていたんだよ?」

 お前はいつから勇の存在に気づいていた?そう聞かれているのだ。……龍聖は静かに口元に笑みを浮かべただけだった―――……。



***


 本堂は相変わらず賑やかだった。子どもたちは一生懸命全力で遊んでいる。勇はしがみつく子どもの相手をしながら、龍聖がいないことに気づいた。あの野郎逃げやがった!勇の中で龍聖に対しての怒りパワーがチャージされる。満タンになった時、俺はあいつを殴る!勇は心にそう決めた。

「イサミは人間ー?」

 勇の腕にぶら下がる容姿は人間の姿だが頭に大きな耳を生やした子ぎつねが聞いてきた。勇は「ああ、そうだよ」と答える。

「人間はこわいって父ちゃんが言ってたー!」

 今度は足にひっついている子たぬきが言った。―――人間は恐い。なんとなく先ほど龍聖に言われた危害云々のことを思い出す。

「……俺もこわいか?」

 もしかしたら、と思わず聞いてしまった。

「全然! イサミこわくないよ!」

「うん! お日さまの匂いがして好き!!」

「だいすきー!!」

 杞憂だった。間髪入れずにラブコールを送ってくる子どもたちに、勇の表情も自然と綻ぶ。

 黄色のエプロンを着けた勇はすっかり託児所の保父さんとなっていた。



 夕方になり、子ども達は親に連れられて各々帰っていった。

 子妖怪達から解放された勇はというと、本堂からさらに奥に建つ離れの客間で動けずに横たわっていた。……疲れた。ただ、ひたすら疲れた。

 畳に寝そべっていると「勇くん、入るよー」と龍聖が入って来たので目だけを向ける。

「子どもたちは?」

「みんな帰ったよ。お疲れさま」

「…ああ、疲れた…」

「あははは、よく最後までがんばってくれたね。途中でギブアップするかと思ってたのに。勇くんすごいよ」

「うるさい」

「それでね、君、今日外泊とかできる?もしできるなら泊まっていくといいよ」

「泊まる…?」

「そう。いきなりだとやっぱり難しい?親御さん心配する?」

「いや、俺、今は姉と二人暮らしだから。電話入れたら大丈夫」

 そういえばこの神には色々聞きたいこと、教えてほしいことがあったのだ。休み中で良かったと思った。

「姉?勇くんお姉さんいるの?」

「?、そうだけど?」

 姉という言葉に喰いついた龍聖がずいっと勇の顔覗いていてきた。じいっと見られる。

「ななな、なんだよ。近い! 近い!」

 勇は慌てて離れた。ふむ、と龍聖は一人納得したように頷くと親指を立ててにこっと笑った。

「今度、お姉さんも連れておいでよ! 勇くんのお姉さんならきっと美人だ! 巫女さんにスカウトするよ!」

 じゃあ、電話したらお風呂に入ってね~と一方的に喋り終わると龍聖はさっさと出て行った。

 残された勇は唖然とした。……姉を連れてこいだと?……そんなこと……そんなことできるか!

「絶っ対にイヤだからなー!!」

 すでにいない神様に向かって勇は叫んだ。

「勇さま?どうかされましたか?」

 襖の奥から声がして、勇は慌てた。

「入ってよろしいでしょうか?」

「え、あ、はいっ」

 了承を得て襖を開けたのは、紅髪紅目の美少女だった。歳は自分より少し下、……中学生くらいだろうか?

「ご挨拶が遅れました。わたくし、龍聖様の使役の狛犬の灯(あかり)と申します。どうぞ灯とお呼びくださいませ」

 龍聖の使役?狛犬?この子が? あまり聞き慣れない言葉に勇は目をパチパチさせる。

「以後、お見知りおきを」

 畳に正座をして深々と頭をさげる少女に、勇もつられて「佐藤勇です」とペコリと頭をさげた。

「湯殿のご用意ができております。お着替えは浴衣でよろしいですか?」

「あ、ありがとう。家に電話したらすぐに行くよ」

 普通に受け答えをする勇に灯が小首を傾げた。

「え?なに?」

「勇さまは人間なのに、わたくしを見てもちっとも驚かれませんわね。怖くはないのですか?」

「ああ、髪と目のこと?別に?綺麗だとは思うけど」

 綺麗、と言われ、灯は少し頬を赤くした。

「……怖がられることはあっても、褒められることはあまりありませんでしたわ」

「そうなのか?ああ、でも普通は驚くか。でも今は結構コスプレとかやってる人もいるから……。でもそれでも目立つっちゃ目立つか。だけど普通の人には見えないんだろ?」

「わたくしはそこそこ力を持っているほうですので、素質がある人間には見えることが多いですわ。なので、表の世界に出るときは人間に化けますの」

「化ける?」

「はい。―――このようにですわ」

 と、言ったかと思えば紅い煙が灯を覆い隠したかと思ったら、そこには黒目黒髪美少女がいた。勇は感心する。

「おー。見事なもんだな」

「このように人間に化けて人間社会で生活している妖怪も結構いるのですのよ」

「へー、そんなもんなのか」

 ほうほうと頷く。

「勇さま……先ほどから思っていたのですが、ご理解がお早いですわね」

「あー。俺、順応能力高いんだよ。自分の目でみて見えるものは否定しない。妖怪がいくらいないと言われても、実際俺には「見えて」いるから、受け入れる。それだけ」

 なんでもないような勇の言い方に、灯は瞳を見開いた。驚いた。こんな人間がいたのか。「人間」という生き物の見方を改めるべきなのかもしれないとさえ感じた。

「……さすがは龍聖様に見初められた方ですわ」

「え?龍聖?あいつがなんだよ?あとその言い方、ちょっとやめてくれ」

 ぞわぞわと悪寒を感じたように両腕を抱えてさする。灯はくすくすと笑った。

「そういえば、勇さまは竜聖様からまだ詳しいお話をお聞きになっていませんでしたわね」

「……なぁ、龍聖ってそんなにすごい神様なの」

 思い浮かぶのはヘラヘラと笑う締りのない顔だった。

「もちろんですわ!龍聖様は偉大なる大海原を治められる龍神!わたくしあんなに素晴らしい方の側でお仕えできるなんて光栄でございますわ!!」

「お、おお。そうか……」

 急にハイテンションになった灯の目はキラキラとしていた。逆にそんな彼女に勇は少々引き気味になった。

 妖怪がいるんだ。神様だっているだろう。そこまでは分かる。だが、龍聖が神様と呼ばれるのが勇にはまだ納得がいかなかった……。



**


 風呂は風呂でもあったのは露天風呂だった。

 家に電話を入れ、灯から受け取った浴衣をもって向かった風呂がまさかの広大な露天風呂。屋敷の面積に対して広すぎないか、これ? それは家の中に入った時から勇は思っていた。廊下も広く、部屋数も随分と多いような気がしていたのだ。…もしかしたら外から見える大きさと、中の造りは別物なのかもしれない。外からはとてもこじんまりとした瓦屋根の日本家屋だった。

 ……外は見せかけ。きっとそうなんだろう。湯に肩までつかりながら勇は順応力のある頭でそう結論づけた。神サマというのはなんでもありなんだな。

「それなのに、人間を脅すなんて小さいよな」

 ポツリと呟く。個人情報は知っているは、呪いをかけようとはするは、拉致して子守をさせるは、本当に何が目的なのか。

「……ん?」

 自分の考えにひっかかりを持つ。そういえば龍聖は名前を知っていた。どうやって? 神の力ってやつか? でもあいつ、俺に姉がいることは知らなかったぞ。親が家にいないことも。個人情報と言っていたが、あいつ本当に調べたのか?

 それに呪いというのも気になる。俺なんか呪ってなんの得があるんだ?たかだか妖怪を視る力と殴る力があるだけだぞ?

 ……。だめだ。考えても分からない。とっとと本人に聞くのが一番だ。勇は早々にあがることにした。




「うん。嘘だよ。勇くんの個人情報を知っているのも、呪いも、全部嘘」

 客間で先に一杯よろしくやっていた龍聖に、先ほどの疑問をぶつけると神はあっさりと認めた。

 嘘……だと。悪気なくケロリとした顔の彼に勇の怒りチャージがまた上昇した。拳を握りしめる。

「……俺、今まで結構色々なヤカラを殴ってきたが、神様はまだ殴ったことがないんだよなあ」

「い、勇くん勇くん、そんな物騒なことを言ってはいけないよ~」

 じりじりと近づいてくる勇に、さすがに少し慌てて龍聖は宥める。

「勇さま! 龍聖様にお手を出されるなら、いくらあなた様でも、わたくし黙ってはいませんことよ!」

 入口で控えていた灯が出て来ようとしたので、龍聖がそれを手をあげて止めた。

「まあまあ、勇くん。ほら、とりあえず座って座って。灯、勇くんに冷たい水を用意してあげて」

 主に頼まれたら聞かざるを得ない。灯は目礼すると渋々と部屋を出て行った。

「はい、勇くんは座る」

 龍聖は自分の前の空いた座布団を指して座るように促す。勇は怒ったまま、そこにどかっと胡坐をかいて座った。

「話せ。全部」

「ちょっとちょっと、そんなに怒らないで。温泉じゃ育児の疲れが取れなかった?」

「怒っているのは子どもにじゃなくて、おまえにだっ! いいから、俺をここへつれて来た本当の理由を話せ!」

 声を荒げる勇に龍聖は肩を竦める。怒らせすぎたようだ。

「そうだね。色々話す約束はしていたし。じゃあ順を追って話そうかな」

 やっと話す体勢に入る龍聖に、勇も聞く姿勢を取る。

「まず、さっきも言ったように勇くんの個人情報云々と呪いについては嘘だよ。勇くんのことは名前しか知らないし、呪いも僕の専門ではないからね」

「その、俺の名前だけを知っているのはなんでなんだ?」

「子鬼が教えてくれたんだよ」

 子鬼が?勇は眉を顰(ひそ)める。

「俺は子鬼に名前を言った覚えはないぞ」

 納得いかない勇に、龍聖が説明をしてくれた。

「子鬼(こおに)って同じ字のままで「こき」とも呼べるんだけど。これは「呼」吸する空「気」という漢字、「呼気」に繋がっているんだよ」

 ……いまいちよく分からない。勇は黙って続きを聞く。

「人間の子どもも幼少期に「見えないもの」を視る力をもつ子がいるけど、多くの場合、成長するにつれてその力もなくなる……って話はよく聞くよね。妖怪も同じ。子鬼も子どもの時にだけ「呼気」という力を持っているんだ。そして成長すると消える」

「息なんて生きていれば誰だってするだろう」

「そう。生きている者は当たり前にする呼吸。それと同じく、生者が必ず持つもの。それは唯一無比の自分だけが持つもの。それが「名前」だ。子鬼はね、呼吸からその者の名前を見ることができるんだよ」

「息だけで名前がわかる……?」

 ピンとこなかった。

「名前って強力なんだよ」

 頭が追いつかない勇に龍聖は補足を加える。

「名前には意味が備わっていることが多いから、それだけで強力な護符になるんだ。言い換えれば、名前を失えば死んだと同じと思ってもいいよ」

 ……名前がないものは死者というのか。確かに死者は呼吸をしていないな。

「子鬼が小さい時にしか持てない力。これが幼い時に消えてしまうのは、この力が危険なものだからだよ。本来、あるべき力じゃないんだ」

「確かに、取られたり使われたりしたら怖いよな」

「そういうこと。それに子鬼だって誰でも名前が見えるわけじゃないんだ。子鬼自体は力が弱いから、霊力の強い相手しか見ることができない。「視させられる」というのが正しいのかもしれないね」

「……だけど、それじゃあ、子鬼を利用されたりしたら危ないんじゃないのか?」

 そうだ。子鬼を利用して名前を聞きだし悪事を企むものだっているはずだ。例えば、ヤカラとか。

「だから神社で育てているんだけどね。…でも脱走しちゃうんだよねえ」

 困ったように笑う龍聖に勇は少し同情した。確かにあいつらは大変だった。

「なあ、名前を利用するって具体的にはどういうことをするんだ?それこそ呪い、とか?」

「そうだね。呪いに使ったり、拘束したり、操ったり……。それなりに力がある者が扱えば強い武器になるかな」

「とんでもない話だな……」

「これは人間でも妖怪でも有効だから、勇くんも気をつけた方がいいよ」

 気をつけろと言われてもなあ…。勇は腕を組んでうなった。

「……俺はできればこういう世界と関わりたくないんだけどな」

 つい本音がでた。勇としては龍聖が神様ならこの変な力を消しいと思っていたのだ。龍聖は渋い顔をする勇の心情を察した。

「あ、やっぱり力があるのがイヤかい?子鬼たちも追っ払おうとしていたもんね」

 ……海辺のことだ。コイツいつから見ていた?勇は一睨みする。

「イヤというか、いらないというか。…結構子どもの頃は苦労したんだよ。嘘つき呼ばわりされていじめられたりもした」

「それで、今じゃすっかり擦れちゃったんだね」

「やかましい!色々学んだ俺は、人間とも妖怪とも、割り切ってつきあっていくようにしたんだよ」

「でも、消したいんだ?」

「そりゃあ、まあ……。できるか?」

「難しいなあ。それは「君の」ものだからね」

 難色を見せる龍聖にやっぱりダメかと、勇は肩を落とした。

「ほんとに小さい時はこんな力なかったんだ。なんかある日急に見えるようになったんだよ」

 聞いていた龍聖の瞳が細められた。

「……へえ?」

「なんで見えるようになったんだろう?」

 うーんと唸っていると、コトリとグラスが置かれる音がした。灯が水を持ってきてくれたのだ。

「あ、ありがとう」

 灯に礼を言ってコースターの上に置かれたグラスを取ろうとしたところ、ピタリと手が止まった。グラスに入っているのは……水。水だ。

 龍聖がじっと眼鏡の奥から勇を見ている。灯が勇の動きを不審に思い声をかけた。

「勇さま?」

「ん?ああ、ごめん。もらうよ」

 そう言ってグラスを取ると一気に飲み干した。風呂の後だったので、喉を通る冷たい水が気持ちよかった。

「それで、俺をスカウトした理由は?」

 おかわりを聞かれ「大丈夫」と断ると、勇は話を進めた。ああ、と龍聖が眼鏡のずれを戻すように指で押し上げた。

「その理由は海辺で言った通りだよ。本当に雑用を手伝ってくれる人を探していたんだよ。君は力も強いし。勿論、バイト代は出すよ」

「バイトって子守だろ?」

 勇は子妖怪たちの襲撃に顔をしかめた。龍聖が笑う。

「子ども達を見るのは毎回じゃないよ。他にもやってもらいたいことがあるんだ」

「他にも?」

「まあ、それはおいおいね。ここにいればヤカラからの身も守れるし、護法も教えてあげるよ。いつも襲われては殴って追い返すなんて効率が悪くないかい」

 ……確かに。一番いいのはヤカラと遭遇しないことだ。どうせ消えない力ならつき合っていくしかない。

「わかった。しばらく勉強させてもらう」

「そうこなくっちゃ。これからよろしくね、勇くん」

 

 なんだかうまく神に丸め込まれた感じがしないでもないが、勇は今後のことを考え取りあえず了承することにした。


 こうして勇は竜凪神社でバイトくんとして働くこととなった。 


一応一区切りしている話なので、どんどんあげていきたいと思ってます。

次は攻略2。がんばります。


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