第60章 許可されない場所
翌朝、古い資材置き場の所有者から回答が届いた。
短期間の立入りについては、条件付きで認める。
ただし、敷地内の建物には入らないこと。残された資材を勝手に持ち出さないこと。地面や設備に新たな損傷が生じた場合は、直ちに使用を中止すること。
そして、土地の使用を認めるのは人間側の管理責任者であり、個体に対して土地の占有権を認めるものではない。
「当然の条件ですね」
報告を聞いた隊員が言った。
「所有者の立場からすれば、そうなる」
湊は書面を確認した。
「ただ、個体がここを使うかどうかは別の問題だ」
許可が出たからといって、個体が移動するとは限らない。
そもそも、個体がその場所を選んだ理由も分かっていなかった。
*
昼前、湊たちは古い資材置き場の周辺に簡易の安全区域を設けた。
建物の入口は封鎖し、崩落の可能性がある場所には立入制限を設ける。
排水路についても、水が流れ込んだ場合に備えて確認した。
個体の移動を妨げないようにしながら、人間が不用意に近づかないための措置だった。
「これで最低限の準備はできました」
隊員が報告する。
「個体が入ってくるかどうかは分からないけどな」
湊はそう答えた。
そのとき、監視担当から連絡が入った。
「対象個体が移動を開始しました。現在、旧資材置き場の方向です」
湊は現場の映像を確認した。
個体は金属片を一つ持っていた。
昨日、空き地から取り外したものだった。
*
個体は排水路を越え、古い資材置き場へ入った。
入口付近で一度立ち止まり、周囲を確認する。
それから、持っていた金属片を地面に置いた。
湊たちは距離を保ったまま観察した。
個体は地面に置いた金属片を動かし、少し離れた場所にある別の金属片へ近づけた。
二つの部品を並べる。
しかし、接続はしなかった。
その後、個体は周囲を歩き、古い壁の近くで立ち止まった。
壁には複数の亀裂がある。
「建物には近づけない方がいいですね」
「そうだな。あの壁は状態が悪い」
湊は隊員に連絡し、建物側へ進まないよう監視を続けさせた。
個体は壁に触れなかった。
代わりに、壁から離れた地面に前肢をつけた。
数秒後、身体を起こす。
それから、入口付近へ戻ってきた。
*
午後、所有者の担当者が現地を確認しに来た。
「ここを使わせるという話ですが、いつまでになるんですか」
「現時点では期限を決めていません。まずは短期間の状況確認です」
「こちらとしては、いつまでも置いておくわけにはいきません」
「承知しています。利用状況と安全性を確認したうえで、改めて相談します」
担当者は敷地を見回した。
「そもそも、あれは何なんですか」
「現在、調査中です」
「危険なものではないんですか」
「危険性がないとは言えません。ただ、現時点で人間への直接的な攻撃は確認されていません」
「それなら、なぜここに置く必要があるんです」
湊は少し考えた。
「以前の場所を明け渡す必要があるためです。こちらが一方的に移動先を決めるのではなく、本人が移動した場所についても確認することになりました」
「本人、ですか」
担当者は個体を見た。
「人間と同じように考えているんですか」
「同じだとは考えていません。ただ、何かを選んで行動している可能性はあります」
「それを確認できるんですか」
「まだできていません」
湊は曖昧な説明を避けなかった。
分からないことを、分かったように説明しても意味はない。
担当者は納得した様子ではなかったが、それ以上は質問しなかった。
*
夕方、個体は敷地の中央に金属片を三つ並べていた。
昨日まで組み立てていた構造物とは違い、今回は部品同士を重ねていない。
ただ、一定の間隔を空けて置いている。
隊員が映像を拡大した。
「何かの配置でしょうか」
「そう見えるな」
「意味があるんでしょうか」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
湊は個体の動きを見守った。
個体は三つの金属片の位置を少しずつ変えた。
最後に、一つだけ離れた場所へ移動させる。
そして、しばらく動かなくなった。
その行動が何を意味するのかは分からない。
しかし、少なくとも、ここで何かを続けようとしているようには見えた。
*
夜、現場の記録を整理していた湊に、隊員から報告が届いた。
「対象個体が、旧資材置き場の外へ移動しました」
「どこへ?」
「排水路の反対側です。現在は敷地外の道路脇にいます」
湊は立ち上がった。
道路脇は人や車両が通る。
個体がそのまま移動すれば、事故につながる可能性がある。
「周囲の交通を確認してくれ。必要なら警察と連携する。無理に追い込むな」
「了解しました」
湊は現場へ向かった。
到着すると、個体は道路から少し離れた空き地にいた。
近くには使われなくなった小さな排水設備がある。
個体はそこに近づき、地面に置かれていた金属片を持ち上げた。
そして、古い資材置き場の方を振り返った。
湊はその様子を見ていた。
個体が戻るのか、さらに移動するのかは分からない。
ただ、今度は人間が用意した場所に留まることを前提にしてはいけないと思った。
土地を使う許可は得られた。
しかし、その許可が個体の選択を決めるわけではない。
そして、個体がどこへ行くとしても、人間の生活圏と接触する可能性は残っている。
湊は無線を手に取った。
「周辺の安全確保を優先する。移動先をこちらで決めるのは、まだ早い」
個体は金属片を持ったまま、再び歩き始めた。




