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『盾の乙女』の本分は  作者: 甲斐 雫


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3/3

3 ただ知りたくて

「・・・セシル・・・」

 小さく呟いて、ジャスティンは指先を彼女の頬にそっと置いた。

「想像していたよりも、ずっと・・・・」


 綺麗だ。

 と、心の中で呟く。

 知っている誰とも似ていない、と。


 暗闇の中で触れて、頭の中で組み立てた彼女の顔とは全く違う。

 閉じた目の下には薄っすらと隈があり、顔色は青白く生気に乏しい。

 けれど、ジャスティンには、この上なく美しく思えた。



(やはり、寝不足だったのだな・・・)

 昏々と眠るセシルの傍で、彼は悔いた。

 何故、気づかなかったのか、と。


 初めて彼女が来た夜、眼が見えない彼の世話を全て終えて言った。

「部屋の隅で、寝てもよろしいでしょうか?」と。

「『盾の乙女』の職務は、24時間の警護です。今回は看護ですが、何か御用があれば直ぐに対応できます。決してお邪魔はいたしませんので」と。


 ジャスティンは、答えた。

「床では、こっちの寝覚めが悪い。ソファーにしてくれ」

 病室である室内には、眼が見えなくてもある程度歩き回れるように、最低限の家具が揃えてある。

 応接セットもあったので、そこに寝ろと言った。

 セシルは、礼を言ってその通りにした。


(ずっと、ソファーで寝起きしていた・・・真夜中でも、落とした夜具を元通りに直してくれたり、水が欲しいと言えば直ぐに持って来てくれた)

 気を張って、浅い眠りを続けていたのだろう。

(ちょっと考えれば、解ることだったのに・・・気づかないでいた)


 眠そうな気配も出さず、疲れたような様子も表わさず、いつも穏やかに傍にいてくれたセシル。

 そんな彼女は、『盾の乙女』としてジャスティを守って倒れた。


(あの時、解った。何故お前が、あれほど懸命に傍で守ってくれたのかが・・・)


 娼婦のような扱いを受ける現在の『盾の乙女』。

 その中で、彼女は(いにしえ)の『盾の乙女』を目指した。

 それだけを望んで、その境遇に耐えたのだろう。


 だから、それを知った瞬間、叫んだのだ。

「死なせない!」と。

 それはきっと、まだまだ彼女を知りたいと思ったから。

 これで終わりにしたくない、と突き上げるような思いが身体を貫いたから。


 その後はただ、彼女の生命を繋ぎとめるためだけに行動した。




「侍医を呼べ!直ぐに!」

 セシルの身体を抱いて部屋に飛び込んだジャスティンは、自分のベッドに彼女を横たえながら叫んだ。


 直ぐに飛んできた侍医だが、部屋に入るなり声を上げる。

「殿下、そちらはご自身のベッドです」

「だから何だ!ソファーで手当てが出来るのか!いいから、早くしろっ!」

 血まみれの身体は、シーツを汚していたが、そんなことはどうでも良かった。



 やがて全ての処置が終わると、侍医は言いづらそうに告げた。

「出来る限りの事は致しましたが、はっきり申し上げて、あと数時間程度しかもたないと思います」

 手当の最中も、セシルは声も立てず意識も無かった。失血は大量で、貫いた凶器は肺を傷つけている。呼吸は浅く途切れがちで、その命が砂のように零れ落ちてゆく様が、目に見えるようだった。


「・・・・・・コイツを、使う」

 ジャスティンは、戸棚にしまって置いた小瓶を持って来て言った。


「殿下!それは、いけません。国王陛下が下賜された貴重な薬です。下賤な『盾の乙女』などに使うのは・・・」

「煩いっ!」

 侍医の言葉を遮って、ジャスティンは一喝した。

「俺が使うと判断した!黙っていろっ!」


 けれど、侍医は引き下がらなかった。

「お止めください。もう彼女には、薬を飲むような力はありません。無理に飲ませれば、気管に入ってしまいます。無駄になるだけです!」


 ジャスティンは、止めようとする侍医を突き飛ばし、ベッドに屈みこんだ。

 そして薬瓶の栓を外すと、人差し指を中に入れて浸す。

「・・・飲めないなら、舐めさせる」


 彼は指先に絡む薬液を、意識の無いセシルの唇に当てた。

 そして、微かに開いているその口の中に、指をそうっと差し入れる。

 本当に微量な液体が、彼女の口内に塗られた。


 少し時間を置いて、何度も何度も。

 根気よく、優しく。

 ジャスティンは、セシルの顔を見つめながら続けた。


 何時間もかけて、やがて薬瓶はカラになった。




 ひと晩中付きっ切りで、傍を離れなかったジャスティンだったが、夜が明ける頃にはセシルの呼吸は安定してきた。

 侍医も諦めて傍にいたが、漸く言葉を発する。

「まだ予断を許さない状態ではありますが、乗り切ったと言えるのではないかと思います。充分な看護は必要ですが」

「そうか・・・全ての責任は、私がとる。今後の治療も、よろしく頼む」

 ジャスティンは、ホッとしたように力を抜いて言った。



 そして今、彼はベッドの横に座り、眠るセシルの顔を見つめている。


 鳩尾の辺りが、押されているような。

 胸が、心臓が、心が・・・柔らかい何かに握りこまれているような。

 微かな苦しさと、泣きそうな切なさが、心に溢れてきた。


 それはきっと、初めて知る『愛しさ』だったのだろう。


「・・・セシル・・・」

 彼は、もう一度その名を呼んだ。

 言葉が音になった時、胸の中が楽になると気づく。

 自分の心に生まれた感情が、肯定されたように思えた。


「もっと、お前の事が知りたい。瞳の色も、ちゃんと確かめたい。まっすぐにお前を見て、その声と言葉聞きたい。だから・・・目を覚ましてくれ」


 ジャスティンは、彼女の髪のひと房を手に取った。

 枕の上に乱れるセシルの黒髪は、滑るように彼の指から流れ落ちようとする。

 それを留めるようにそっと掴んで、ジャスティンは思いを込めて髪に口づけした。



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