3 ただ知りたくて
「・・・セシル・・・」
小さく呟いて、ジャスティンは指先を彼女の頬にそっと置いた。
「想像していたよりも、ずっと・・・・」
綺麗だ。
と、心の中で呟く。
知っている誰とも似ていない、と。
暗闇の中で触れて、頭の中で組み立てた彼女の顔とは全く違う。
閉じた目の下には薄っすらと隈があり、顔色は青白く生気に乏しい。
けれど、ジャスティンには、この上なく美しく思えた。
(やはり、寝不足だったのだな・・・)
昏々と眠るセシルの傍で、彼は悔いた。
何故、気づかなかったのか、と。
初めて彼女が来た夜、眼が見えない彼の世話を全て終えて言った。
「部屋の隅で、寝てもよろしいでしょうか?」と。
「『盾の乙女』の職務は、24時間の警護です。今回は看護ですが、何か御用があれば直ぐに対応できます。決してお邪魔はいたしませんので」と。
ジャスティンは、答えた。
「床では、こっちの寝覚めが悪い。ソファーにしてくれ」
病室である室内には、眼が見えなくてもある程度歩き回れるように、最低限の家具が揃えてある。
応接セットもあったので、そこに寝ろと言った。
セシルは、礼を言ってその通りにした。
(ずっと、ソファーで寝起きしていた・・・真夜中でも、落とした夜具を元通りに直してくれたり、水が欲しいと言えば直ぐに持って来てくれた)
気を張って、浅い眠りを続けていたのだろう。
(ちょっと考えれば、解ることだったのに・・・気づかないでいた)
眠そうな気配も出さず、疲れたような様子も表わさず、いつも穏やかに傍にいてくれたセシル。
そんな彼女は、『盾の乙女』としてジャスティを守って倒れた。
(あの時、解った。何故お前が、あれほど懸命に傍で守ってくれたのかが・・・)
娼婦のような扱いを受ける現在の『盾の乙女』。
その中で、彼女は古の『盾の乙女』を目指した。
それだけを望んで、その境遇に耐えたのだろう。
だから、それを知った瞬間、叫んだのだ。
「死なせない!」と。
それはきっと、まだまだ彼女を知りたいと思ったから。
これで終わりにしたくない、と突き上げるような思いが身体を貫いたから。
その後はただ、彼女の生命を繋ぎとめるためだけに行動した。
「侍医を呼べ!直ぐに!」
セシルの身体を抱いて部屋に飛び込んだジャスティンは、自分のベッドに彼女を横たえながら叫んだ。
直ぐに飛んできた侍医だが、部屋に入るなり声を上げる。
「殿下、そちらはご自身のベッドです」
「だから何だ!ソファーで手当てが出来るのか!いいから、早くしろっ!」
血まみれの身体は、シーツを汚していたが、そんなことはどうでも良かった。
やがて全ての処置が終わると、侍医は言いづらそうに告げた。
「出来る限りの事は致しましたが、はっきり申し上げて、あと数時間程度しかもたないと思います」
手当の最中も、セシルは声も立てず意識も無かった。失血は大量で、貫いた凶器は肺を傷つけている。呼吸は浅く途切れがちで、その命が砂のように零れ落ちてゆく様が、目に見えるようだった。
「・・・・・・コイツを、使う」
ジャスティンは、戸棚にしまって置いた小瓶を持って来て言った。
「殿下!それは、いけません。国王陛下が下賜された貴重な薬です。下賤な『盾の乙女』などに使うのは・・・」
「煩いっ!」
侍医の言葉を遮って、ジャスティンは一喝した。
「俺が使うと判断した!黙っていろっ!」
けれど、侍医は引き下がらなかった。
「お止めください。もう彼女には、薬を飲むような力はありません。無理に飲ませれば、気管に入ってしまいます。無駄になるだけです!」
ジャスティンは、止めようとする侍医を突き飛ばし、ベッドに屈みこんだ。
そして薬瓶の栓を外すと、人差し指を中に入れて浸す。
「・・・飲めないなら、舐めさせる」
彼は指先に絡む薬液を、意識の無いセシルの唇に当てた。
そして、微かに開いているその口の中に、指をそうっと差し入れる。
本当に微量な液体が、彼女の口内に塗られた。
少し時間を置いて、何度も何度も。
根気よく、優しく。
ジャスティンは、セシルの顔を見つめながら続けた。
何時間もかけて、やがて薬瓶はカラになった。
ひと晩中付きっ切りで、傍を離れなかったジャスティンだったが、夜が明ける頃にはセシルの呼吸は安定してきた。
侍医も諦めて傍にいたが、漸く言葉を発する。
「まだ予断を許さない状態ではありますが、乗り切ったと言えるのではないかと思います。充分な看護は必要ですが」
「そうか・・・全ての責任は、私がとる。今後の治療も、よろしく頼む」
ジャスティンは、ホッとしたように力を抜いて言った。
そして今、彼はベッドの横に座り、眠るセシルの顔を見つめている。
鳩尾の辺りが、押されているような。
胸が、心臓が、心が・・・柔らかい何かに握りこまれているような。
微かな苦しさと、泣きそうな切なさが、心に溢れてきた。
それはきっと、初めて知る『愛しさ』だったのだろう。
「・・・セシル・・・」
彼は、もう一度その名を呼んだ。
言葉が音になった時、胸の中が楽になると気づく。
自分の心に生まれた感情が、肯定されたように思えた。
「もっと、お前の事が知りたい。瞳の色も、ちゃんと確かめたい。まっすぐにお前を見て、その声と言葉聞きたい。だから・・・目を覚ましてくれ」
ジャスティンは、彼女の髪のひと房を手に取った。
枕の上に乱れるセシルの黒髪は、滑るように彼の指から流れ落ちようとする。
それを留めるようにそっと掴んで、ジャスティンは思いを込めて髪に口づけした。




