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『盾の乙女』の本分は  作者: 甲斐 雫


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1 『盾の乙女』の本分は

『盾の乙女』の盛装は 黒の長衣(トーガ)と黒の盾

身の丈ほどの盾 構え

その身を賭して ただ護る

『盾の乙女』の職責は 使命を果たして護ること

生命(いのち)を燃やし ただ護る

誇りを胸に ただ護る

「セシルっ!」

 ジャスティン・デュランダル皇太子は、自分を庇って倒れた『盾の乙女』を抱き起した。


 背中から貫かれた短槍は、彼女が纏う薄い鎧を貫通し、その胸元から切っ先を覗かせている。


「しっかりしろ! 直ぐに・・・」

 ジャスティンの声に、セシルと呼ばれた乙女は薄っすらと瞼を上げた。

「で・・・んか・・・お怪我は?」

 切れ切れの言葉と、不安そうな眼差し。

「俺は、大丈夫だ。それより、お前が・・・」


「良かった・・・これで・・・願いが叶った・・・『盾の乙女』の・・・本分を・・果たせ」

 ゴフッと、喉が鳴る。

 傷ついた肺からの血が溢れて、白い唇を割った。

「話すな!」

 誰かいないかと辺りを見回しながら、ジャスティンが怒鳴る。

 

「・・・で・・・んか・・・」

 けれどそれ以上、彼女は言葉を紡ぐことが出来なかった。

 ありがとうございました、の言葉の形に唇が震えた。



『盾の乙女』

 それはこの王国の親衛隊に属する、女性のみの守護隊だった。

 かつては、その名の通り、女王を守護する戦闘部隊であった。

 そう、かつては。


 200年以上昔。

 デュランダル王国は、その歴史の中で初めて女王を頂いた。『盾の乙女』の創設は、その時代に遡る。

 気高く有能な女王を、全身全霊で守護する組織だった。


 けれどやがて、世の中は平穏な時代を迎える

 長い年月を経て、『盾の乙女』の仕事は変化していった。


 王国ではその後2回、女王が立つことがあったが、それ以降は王が君臨することとなる。それでも警護の目的で、『盾の乙女』の仕事はあった。けれどそれは、存続させるギリギリの頻度でしかない。

 やがて、警護の対象は拡大され、女性だけでは無くなった。王族や有力貴族の男性までもが、警護として『盾の乙女』を呼ぶことが出来るようになった。


 更に年月が過ぎると、『盾の乙女』に課せられる仕事が変ってゆく。

 性的な要求にも、応えなければならないという・・・


 そもそも『盾の乙女』の仕事は、24時間体制での守護だ。夜間も、任務対象の人物の寝室の近くで、護衛の仕事をしなければならない。

 そんな乙女たちに、不埒な振る舞いに及ぶ王族貴族の男性が、数えきれないほど出て来た。

 太平の世、という事もあったのだろう。宮中の道徳や規律などは、あっと言う間に緩んでいった。


 そんな状況に抗い、異を唱えて抗う『盾の乙女』たちも数多くいただろう。

 けれど、結局は、世の中の流れには勝てなかった。


 そして現在、『盾の乙女』は、あたかも公認の娼婦のように成り下がっている。

 親衛隊の一部なので、日々の鍛錬は行われているが、あくまでそれは名目上で、乙女たちの自由意思に任せていた。お陰で、真剣に鍛錬をする者は殆どいない。その代わり、閨でのテクニックなどを教えられたりする。

 ただ、盾になることだけは存続の意義にもなっているから、毒見を行うための知識や耐性をつけることは修行の一部になっていた。

 そして性的奉仕の真っ最中でも、万が一暗殺者が侵入してきた場合は、その肉体を盾とすることも重要な教えであった。



 セシル・コートは、貧民の出で、『盾の乙女』の養成所に売られてきた。

 養成所では、素質がありそうな女の子を引き取って育てるという名目で、少女たちを受け入れていたのだ。

 セシルは成長して娘になるが、落ちこぼれに属する身分になる。目鼻立ちは整っており肌も綺麗だが、絶望的に色気が無かったからだ。それでも最初は、初々しさとして許される範囲だったので、それなりに仕事もあった。

 けれどいくら経験を積まされても、色気や蠱惑的な仕草が身に付くことは無かった。

 セシルは、鍛錬することだけが好きだった。


 そして20歳前には、需要が無くなってきたセシルである。

 やがては後進に席を譲り、『盾の乙女』から追い出されることが少しずつ確実になってくる。除隊した後は、転職するしかない。隊が募った受け入れ先へ、下げ渡されるようなものだ。『盾の乙女』が娼婦のような存在であることは、世間に知れ渡っているから、受け入れ希望をする輩は、推して知るべしだ。


 そんな時、やっとセシルに任務が来た。

 王太子ジャスティン・デュランダルの、24時間体制の警護と看護、という仕事だった。



 当時、王家では水面下で跡目争いが起きていた。

 王太子ジャスティンに対し、その弟であるリチャードの方が相応しいと考える一派が勢力を増していたのだ。

 確かに資質の点では、ジャスティンよりもリチャードの方が遥かに勝っていたかもしれない。

 そんな中で起きたのが、王太子に対する『失明未遂事件』だった。


 顔に浴びせられた薬物で、皇太子はあわや失明かという所まで追い込まれる。そんな時に、やって来たのがセシルだった。

 ジャスティンの唯一とも言える味方の叔母、エレーデ王女が連れて来た『盾の乙女』。

「警護と介護の両方が出来ますでしょう?」

 セシルは、閨の仕事以外に関しては、優等生だった。見た目に関しては、皇太子自身が見えないのだから問題無いという事なのだろう。寧ろ妙に色気があったら、患者の回復の妨げになるかもしれないし。


 そして数か月の間、セシルは献身的に仕事に取り組んだ。

 その間には、何度も暗殺未遂があったし、苛立つ皇太子の癇癪を宥めなければならないこともあった。

 最初こそ邪険に扱われたセシルだったが、やがてジャスティンは少しずつ彼女を信頼してゆくようになる。


 やがて漸く彼の眼に視力が戻り、数日後には完治という侍医の言葉を得たジャスティンは、直射日光を避けるためのスカーフで目を覆って、セシルと共に庭に出ていた。



「セシルっ!」

 ジャスティンはもう一度叫んで、目を覆っていたスカーフをかなぐり捨てた。

 口元と胸を朱に染めて、彼女は彼を見ていた。


「私・・・は・・・・ずっと・・・・これだけを・・・望んで・・・」

 ふっと、彼女の視線が宙を泳ぐ。


 そしてセシルは、幸せそうに微笑んだ。



 ずっと、それだけを夢見ていた。

『盾の乙女』として、その本分を全うしたい、と。


 憧れ続けていた、本当の『盾の乙女』になりたい、と。

 盛装に身を包むことは出来なかったけれど、身を賭して護るというその使命を、成し遂げたい、と。


 それが叶えばきっと、自分がこれまで生きて来た時間にも意味があるのだろう、と。


 セシルの笑みは、透明で崇高なものに見えた。

 けれど、ジャスティンは叫ぶ。


「死なせるものかっ!」

 これで終わりなんて、許さない。

 本望だったとか、本懐を遂げたとか、そんな事はどうでも良い。


 ただ、まだこれからもずっと、傍にいて欲しい。

 短い間だったかもしれないが、心から信頼できる女性に出会った。

 そしてその生き様を、心から美しいと思った。


 満足が行く任務が終わったのなら、次は自分が新たな任務を授ける。

「死ぬな! ずっと、傍にいろ。傍にいて、俺を見ろ。俺に、お前を守らせろ!」


 ジャスティンは、セシルを抱きかかえて立ち上がった。

 彼女はもう瞼を閉じ、力なくその身を預けている。


 けれど、彼はしっかりと足を踏み出した。


 古の『盾の乙女』の本分を、見事に蘇らせたのは、セシル・コート。

 今の世では、評価されないような仕事に挑んで、命を懸けて成し遂げた女性。


 たとえ『盾の乙女』の存在意義が今後変わらないとしても、それはきっと、誰かの心に届くだろう。

 だからこそ、彼女は報われなければならない。

 そしてそれはきっと、ジャスティンの役目になるのだ。



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