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紫蘭の歌
夕闇。
あっちの浅緋から、こっちの濃紺色へ。ぬるい風が抜ける。
生ぬるい風。甘だるい水飴のように私の髪に絡まって、ぬらりと通る。私は髪を整える。
春の気配は瞬きする間に消えていく。
蝕むような熱が、桜の木に油のようにまとわりつく。爛漫の季節の残骸がまたひとつ散る。
無くなった。
私はそう思った。
この脈打つ心臓の辺りを油風に舞う言の葉が音もなく貫いたのだ。そしてほら、無くなった。
私は最早崩れ落ちないことで精一杯だ。
ビロードのような群青が、浅緋を遮っていく。
深い深い闇が春と私を包み、その澱の中に溶ける想像をする。
もう、意味は無い。
そう、もう意味は無いのだ。
あの爛漫の日々にも、無くなった脈拍にも、ビロードの群青にも。
微熱のようなぬるい風が、閉じたまぶたを撫ぜる。
私は右で良かったし、左で良かった。
揺蕩う紫煙のように。浮かぶ花弁のように。
もう、意味は無い。ナンセンスなこの歌にも。この切なさにも。あの日々にも。
来ない黎明をただ待つ。
春の残骸の最後のひとひらが、仄暗い水飴の中で、音もなく舞った。




