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崩れる

 陽が温かく見守る中、私は屈みこんで草を抜いていた。

 ……見守る、というのは随分と優しい言い方だったかもしれない。実際には見守るというよりも睨み付けるというか、もはや攻撃だ。熱を吸収しやすいダークカラーの執事服の背は、すでにじりじりと焼けるような熱を持っている。そんな中で、私は丁寧に根を残してしまわないように気を付けながら草を抜いていた。

 炎天下の中の草抜きはなかなかに辛い作業だが、綺麗になった庭を想像すると頑張ることが出来る。今はただ草刈だけで放置されてしまっているが、雑草をきちんと刈って花壇を造ったりしたならば、さぞかし見栄えがするだろう。

 薔薇の生垣を造るのも良いし、山茶花の生垣も良い。

 四季折々の花を旦那様の書斎の窓から見える位置に配置したならば、仕事中の旦那様の目を楽しませてくれることだろう。ああ、でもそれならば直で植えてしまうよりも、鉢植えで季節に合わせて花壇の配置を変えられた方が良いかもしれない。

 頭の中でいろいろと植えてみたり、配置してみたりとシミュレートしながらも、私は草を毟り続けている。


「あ、これ喰える」


 そして、ついでに引き抜いた雑草をそんな呟きとともに限りなくナチュラルな動でさりげなく分類した。

 分類基準はずばり、


 食えるもの(無毒)

 食えないもの(有毒)


 である。


 少々痺れる程度だったり、アクを抜いたり、塩に晒して食べれる程度のものは、無毒にカウントしておきたいところだ。

 もともと山間で暮らしていたおかげで、こういった知識には恵まれている。

 折紙付きのサバイバーだ。


「あ、カタバミとタンポポ発見」


 カタバミはお浸しにすると美味しいし、タンポポの根は炒るとコーヒーのような味のする茶を作ることが出来る。なんだかんだエコライフ、節約生活には慣れっこで、あれやこれやと工夫して切り抜けるのはそれなりに楽しい。

 どれくらいそうしていたのだろうか。

 ふと、背後に影がよぎっていったような気がして、私は後を振り仰いだ。


「――…、」


 は、と短く息を吐いて瞬く。

 真っ白な陽光が目の奥を刺して、くらりと眩暈がした。

 視界を取り戻すべく、何度か瞬いたその向うで、影のような長躯が玄関に向かって歩いていくのが見えた。


 帰って、きたんだ

 

 帰ってきて、私のことを素通りした。

 くっそ。

 あの築有志郎に、そう簡単に褒めてもらえるはずがないなんてことはわかっていた。労って貰えるなんて、夢見たわけじゃない。それでも。



 ただいま、の一言ぐらい、言ってくれたっていいじゃないか



 この捻くれもののメイドクラッシャーが、と罵りたい気持ちを抑えつけつつ、私は立ち上がって旦那様の背を追おうとする。

 食事をどうするのか聞かなければいけない。食べるなら温めるなり、作り直すなりしなければいけない。私は、この男の執事なのだから。

 やるべきことをしないと。

 旦那様が書斎に引っ込んでしまう前に、と急いで立ち上がりかけて――……。


「ぁ、」


 ぐんにゃり、と膝から力が抜けた。

 ぐるぐる、と世界が回りだす。


 しま、ッた。


 私はどうやら、自分の体調を見誤ってしまっていたらしい。

 ずっとしゃがみこんでいたせいで、気づくのが遅れた。

 旦那様、と呼びかけようとした声が喉奥に張り付いてしまったかのようで、息をするのすら苦しい。ぐらぐらと煮立ったように鈍痛を訴える頭。腹のあたりまでが何やらぐるぐるとして、吐き出す中身などない癖に、吐き気がこみ上げる。


「……ッ!」


 渦巻くように揺れる視界が気持ち悪くて、目を閉じる。

 その間際、私のことになどまったく気づかず、玄関を潜る旦那様の背を見てしまい、何故だか泣きたくなってしまった。




 伸ばした手を、取って欲しいのに。

 気づいて、欲しいのに。

 ……助けて、欲しいのに。




「……は」


 短く吐き出した吐息と一緒に、張りつめていたものが全て崩れていってしまうような気がした。


 もう、立っていられない。


 世界がぐるぐるとまわりだす。

 かくん、と膝から力が抜けていくのを、もう堪えきれない。

 半ば薄れかけた意識の中。


「雛姫!?」


 なんて。

 名前を呼ぶ声がしたようなのは――…、きっと気のせい、だろう。

 呼ばれた名前に応じるように持ち上げた視線の先で、顔色を変えた旦那様がこちらに向かって懸命に腕を伸ばしているように見えたのも。


 きっと――…きのせい。


 私は、押しかけ執事でしかないのだから。

 がくん、と体が揺れる衝撃に目の前にショッキングピンクの花が咲く。

 それでも、地面に倒れたにしては随分と優しい。

 まるで、力強い腕に抱きとめられたかのような、そんな心地だ。

 ふわり、と鼻先を柔らかな紅茶の匂いが掠めていく。

 幻覚や幻聴なら聞いたことがあるもの、幻臭なんて珍しい。

 そんな場違いな感想が脳裏をよぎっていった。


 ああ、そういえば……。

 旦那様が吸う煙草も、紅茶の匂いがしたっけか。


 それがあんまりにも良い匂いなもので、私は家の中では禁煙してくれ、との苦言をいつも言い損ねてしまうのだ。本当は壁紙や家具を汚しちゃうから、室内は完全禁煙にしたいのに。


 五感から得る情報が、とりとめもなく錯綜して頭の中で散り散りになっていく。


「雛姫! おい!」


 呼ぶ声がする。

 

 

 誰……?

 

 

 私を呼ぶのは、誰だろう。

 

 

 ……かあ、さん?

 

 

 ぐるぐると落ちていく意識の中、小さく微笑んだ。







「今度は、連れて逝って」

「おい……! チッ」







 誰か、違う人が応えたような気がしたけれど。

 そこで、私の意識は闇に蕩けた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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