『風を読み、飢えを力に変え、八百年を生き抜け――。名誉よりも「生存」を射抜いた、那須一族の執念と職人の弓。』
那須の風は、甘えを許さない。
大冷山から吹き下ろす「那須おろし」は、火山礫の転がる荒野を撫で、飢えた者の肌を容赦なく削る。この地で生きるということは、風に抗うことではなく、風の一部になることだった。
後世、人々は「那須与一」の名を、屋島の海に舞った紅の扇とともに語り継ぐだろう。だが、彼が真に射抜こうとしたものは、名誉でも、ましてや英雄の座でもなかった。
それは、明日の飯であり、引き裂かれた血族の再会であり、そして何より「那須の人間は、しぶてぇんだっぺ」と笑い飛ばす、終わりのない一族の生存そのものだった。
これは、華やかな源平合戦の影で、弓という「道具」一つを武器に、時代の嵐を読み解き、八百年の未来を射抜こうとした一人の職人の物語である。
第三章:双つの旗、分かたれる血
一、北関東の断絶と「詰み」の情勢
治承四年(一一八〇年)、関東の武士団は真っ二つに割れやした。
南の宇都宮朝綱は、平家との旧縁を切り捨て、いち早く源頼朝への恭順を決めやす。一方で、北の佐竹義重は頼朝の呼びかけを「あんな流人に頭は下げられぬ」と一蹴し、独自の勢力を保とうと牙を剥きやした。
那須家は、まさにその「空白地帯」に取り残された庄屋同然の小豪族。
和平など、強い奴らが選ぶ贅沢品。頼朝に従えば背後の佐竹が怖く、佐竹に味方すれば頼朝と宇都宮に挟み撃ちにされる。資隆の目の前には、一族族滅という名の「詰み」の盤面が広がっておりやした。
二、資隆の苦心、系図を分かつ博打
「……和平など、ありゃしねぇ。あるのは、誰が生き残るかだけだっぺ。」
深夜の館、資隆は震える手で系図を睨みつけやす。彼が出した答えは、忠義ではなく「生存」のための非情な博打でございやした。
全滅を避けるには、一族を二分するしかない。九人の兄たちは平家へ、十郎と与一は源氏へ。
これは、どちらの陣営が勝っても「那須の血」を残すための、資隆なりの必死の保険。
「与一、十郎。おめぇらが鎌倉で手柄を立てりゃ、平家へ行った兄らの命を助ける『交換条件』になる。……逆もまた然りだ。那須の弓を、天下に高く売りつけてこい!」
三、不帰の食卓、最後の「ごっつぉさん」
その朝、いつもの賑やかな「朝食争奪戦」はございませんでした。
資隆が用意したのは、奪い合う必要のないほど贅沢な、しかし死装束のように白い飯と、塩辛い干し肉。
与一は、昨日まで肉を奪い合っていた兄たちの顔を一人ずつ見つめやす。
「……兄さん、戦場で会っても、俺のことは射抜かねぇでくんろ。」
おどけて見せた与一でしたが、その目は一度も笑ってはいませんでした。
長兄が黙って与一の肩を叩き、「危なくなったら逃げろ。生きてりゃ、いつかまた那須の飯を食えるべ」と、県北の訛りで静かに告げやした。
四、鎌倉への風、庄屋の弓の決意
与一と十郎が館を出る際、那須岳から吹き下ろす冷たい風が二人の背中を押しました。
門影で見送る資隆の瞳には、かつての冷徹さはなく、ただ息子たちを死地へ送る親の苦渋が滲んでおりやした。
「行ぐべ、十郎兄さん。……那須の弓が、ただの庄屋の弓じゃねぇってこと、都の連中に見せつけてやんだっぺ。」
二人が向かう先は、黄瀬川の陣。そこで待っていたのは、戦場を「狩場」としか思わぬ、もう一人の孤独な天才・源義経。
資隆が命を削って仕込んだ「生存の弓」が、ついに天下という標的を捉え始めます。
私は栃木県、県南で3年仕事に就きました。栃木弁に間違いがあればお許しあれ。また那須与一記念館は一度訪問しました。思い出を込めて描きました。再見(⌒▽⌒)




