第22話 歴代の聖女候補たち
御者も回復し、神殿へ向かうことになったが、一つ問題があった。馬車の中がぎゅうぎゅう詰めの今、3人で乗ることができないのだ。御者台は詰めて座ってようやく二人分の広さしかなく、馬車の後方に立てる場所はない。もちろん、馬車の中も無理だ。
どうしたものかとシャルロットは思案していると、アカシアが遠慮がちに御者へ尋ねた。
「あの、私とシャルロット様の二人で先に神殿に戻ってもいいですか?」
「もちろんです。お二人のどちらかが狙われているはずです。先に神殿に戻られた方が良いと思います。それに私としても、ここに残る方が気が楽です」
男たちを一気に気絶させたことで、シャルロットは妙な高揚感に包まれており、狙われている感覚があまりなかったが、冷静に考えると確かに楽観できる状況ではない。が、なんとか出来るのではないかという気持ちでいるのが正直なところだった。
「そういうことなら、私とアカシアで先に戻らせていただきますが……。ところで、アカシアはこの規模の馬車を扱えるの?」
「任せてください! 田舎育ちですからね。馬車なんて洒落たものではないですが、荷馬車は生活の必需品です。同じ要領だと思うので、私に手綱を握らせてください。なんとかしてみせます!」
そう言ってアカシアは胸を張った。
* * *
「二人共大丈夫!?」
息を切らして神殿の応接室に現れたエステルは声からもその心の乱れを感じさせた。
道中問題なく無事に神殿に辿り着いた二人は襲われたことを神殿側に伝えたところ大騒動になってしまった。残ってくれている御者のことも伝えるとすぐに人を派遣してくれるようで、二人は安堵した。
慌てふためく神官長がとりあえずと応接室に通してくれたところ、息つく間もなくエステルが飛び込んできたのだった。
「聖女様、大丈夫ですよ! シャル様、凄かったんですから。聖女様もお聞きになったら思わず感心しますよ」
何故か得意げな顔のアカシアにシャルロットは苦笑いを返す。
聖女様にまであの恥ずかしい告白を知られてしまうのだろうか。それは遠慮願いたい。上手いことぼやかして伝えなければ。
予想通り、勢いに任せて全てを話そうとするアカシアだったので、マナー違反と知りながらもシャルロットは何度か遮って、ことのあらましを話すことになった。
「よく分かりました。お話くださりありがとうございます。……教会の馬車を盗賊がわざわざ狙うとは思えません。おそらく聖女候補か公爵令嬢か、あるいは二人が狙われたに違いありません。無法者たちを拘束しここまで連れてくださいましたので、どういった目的で誰が狙われたのか、それは後ほど分かることでしょう」
エステルはそう言いながら、どこか不安そうな顔になる。
「考えたくはありませんが、誰かが馬車の情報を流したのでしょう。アカシアがここに来る日を知っている者は神殿の者と教会本部の者に限られます。そしてシャルロット様が今日訪れることを知っている者は神殿の者のみ。元々お約束していた日はもう少し先でしたから」
確かに本来シャルロットが訪問する日は5日後だった。二日前の昼食会でアカシアから提案があったため、今日来ることになったことを考えると、シャルロットが馬車にいたのが予想通りだったのか、予想外だったのかで密告者を絞ることができそうだ。
そして、おそらく狙われているのはアカシアの可能性が高い。仮にシャルロットを狙うならば、もっと別の機会があるだろう。わざわざ聖女候補が同席している馬車を狙う意味はない。
シャルロットは自分なりの推測を整理すると、静かに口を開いた。
「私を狙うならいくらでも機会がありますから、聖女候補のアカシアが狙われたように思えます」
「えー! 私をですか! 聖女候補と呼ばれてますけどただの候補ですし、狙っても良いことなんてないと思うんだけどなぁ」
アカシアは自分が狙われるだなんて考えたことがなかったようで、目を大きく開きながら驚いた。
反対にエステルは思うところがあったようで大きく頷いた。
「私もそう思います。……アカシア、前にも話したと思うけど、歴代の聖女候補の中には失踪した者もいるわ。丁度、あなたの前の聖女候補だった子よ。その子はまだ見つかっていないの。何かの事件に巻き込まれているのではないかと思い、教会も力を尽くして探したけれど、結局見つからず。本人の地元ももちろん確認したわ。けれど、見当たらなくて……」
「あー、そういえばそういうお話ありましたねぇ」
アカシアのなんだか暢気な返事にエステルは呆れ顔だ。
「今回のことを考えると、あなたの警備に力を入れないと駄目ね。学園の警備ばかり考えていたけれど、まさか神殿と教会本部を行き来する間でこんなことが起こるだなんて……。神官長によく言っておかないと」
歴代聖女候補の失踪。聞き覚えのない話に、シャルロットの胸に小さな引っかかりが残った。
何か分かるかもしれない。不躾なことは重々承知で聞いてみることにした。
「あの、よろしければ歴代の聖女候補について詳しい話を聞かせていただけませんか」
「えーっと、正直、私もあんまり覚えてなくて。良かったら改めて教えてください」
アカシアのあんまりな発言にエステルはついに言葉を失った。
気高く美しい聖女の顔を脱ぎ捨て、眉間にしわを寄せた。
「あのね、アカシア! 素直で正直なのは良いけど、もう少し真面目に向き合ってちょうだい!」
「ほら、今向き合ってますから! 教えてください!」
調子の良いアカシアにエステルは深いため息をつくと、落ち着きを取り戻したのか静かに語りだした。
「ルベリアの後、アカシアを除いて五人が聖女候補になりました。そのうちの二人は芽が出ずに地元へ戻り、もう一人は教会本部に勤めています。そして残りの二名ですが、一人は置手紙を置いて失踪。聖女候補の日々が辛いと書かれていました。もう一人が先程お話をした突然いなくなった聖女候補です。二年前、大樹に行くと言った後、突然姿を消しました。失踪した二人を教会側は必死になって探しましたが未だに見つかっておりません」
「芽が出ないというのはどうやって判断するのでしょうか」
シャルロットはエステルに尋ねた。
「祝福の才能がある限り、聖女になれる可能性は死ぬまで秘めています。が、実際のところ聖女候補として活動している中で目覚めなければ難しいと考えられています。そのため、教会側は二十歳を目安に判断しているのです。12歳で祝福の才能が確認された聖女候補――――ジロフルがいましたが、17歳の時に本人からの希望により、聖女候補を辞めた者もいます」
「12歳から聖女候補として神殿で学んでたら、私も辞めたいっていうかもなぁ」
想像してげんなりしたのか、アカシアの表情は露骨に曇った。そんなアカシアにエステルが凄む。
「アカシア、あなたにそのような選択肢はありません。何としてでも聖女として覚醒してもらいますからね」
「聖女様のその圧が凄すぎて逃げたんじゃないんですか!? 前の聖女候補は……!」
「あの頃は彼女以外にも聖女候補がいたから、私にも余裕があったわよ! それに、その子たちの前の聖女候補が12歳で聖女候補になったジロフルだったから、彼女たちにはなるべく負担をかけない方針で学んでもらっていたわ。ジロフルは後半かなり気落ちしていたから……」
「じゃあなんで私には無茶苦茶な教育方針なんですか!」
「あなたなら大丈夫だと、そう私は思ったのよ! いつだって元気じゃない! それにもういい加減聖女を後任に譲りたいのよ!」
聖女歴18年の叫びは非常に重たいものだった。




