第21話 気絶
「……何かあったらが、まさかこんなにも早く来るなんて」
アカシアの困惑した声が馬車に静かに響く。
先程の音はきっと御者が襲われた際に、地面へ倒れてしまったのだろう。
状況を飲み込めないながらも窓から確認できる男たちを数えていく。
「アカシア、こちらは3名確認できたわ」
「こちらも同じ人数です。どうしよう、結構な人がいるけど……。うーん、何とかなるかなぁ」
そういってアカシアは馬車に置かれていた布の袋に手を入れながら男たちの様子を伺う。
袋から石のぶつかる音が聞こえてくる。きっと魔石が入っているのだろう。
いつも朗らかで明るいアカシアからは想像もつかない緊迫した面持ちだ。
男たちはゆっくり警戒しながらも確かに近づいてくる。
「魔石は足りそうかしら?」
「この人数だけならこの護身用の魔石で対処できるんですが、相手も魔石を持っていたら分が悪いかもです」
アカシアの堅い声色から分が悪いことがよく伝わった。馬車の空気はどんどん張り詰めていく。
「シャル様、ごめんなさい! 頼りにしてくださいと言ったばかりなのにこんなお粗末な状況で」
いつもと同じ元気な声だったが、無理やり明るくしようとしているのが却って現状の深刻さを強くさせた。
自分の手持ちの魔石を確認するが、最低限の魔石しか手持ちにはなかった。役立ちそうなものはない。
アカシアは懸命にこの場をどうにかしようとしているのに、自分ときたら。そうシャルロットは恥じた。いつだって誰かに助けられてばかりだ。
――――違う、助けることが出来た時もあった。
そう、あの花火大会の時は役に立つことが出来た。
そしてその時、一つの名案が浮かんだ。
「アカシアはこの間、マチアスと一緒に私の秘密を話した際、特に体調を崩したりはしなかったわよね? 魔力耐性があるということかしら」
あの時、マチアスは顔色を失い倒れかけたのに、アカシアは何事もなかった。それは、彼女が聖女候補として祝福への耐性を持っている証だ。
「はい、そうですけど……。でも、マチアスほどではないですよ。祝福絡みなら自信ありますが」
「じゃあ、大丈夫ね」
困惑しながらもアカシアは返してくれた。大丈夫だ、きっと上手くいく。
シャルロットは深呼吸を繰り返す。紙に書いた時も恥ずかしかったが、声に出して言うのはもっと恥ずかしいし、それを大きな声で言うのはもっと恥ずかしい。
それでも、今まで苦しめられていた枷を使って状況を好転させる可能性があるのだから、使わずにはいられない。
「10数えるから、10になったら馬車の扉を開けてちょうだい。おそらく、彼らを気絶させることができるわ」
「そんなっ、本当ですか!」
「ええ。じゃあ数えるわよ」
シャルロットはテンポよく数えていく。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、――――10。
アカシアとシャルロットはお互いの横にある扉を開ける。彼女らの突然の動きに男たちは狼狽えたようだが、シャルロットは気にもせずもう一度大きく深呼吸をして、そして人生で一番大きな声を出した。
「私、シャルロットは魔女の残された祝福の力によって条件付きの祝福をかけられ、初恋の人で今も大好きな人なセヴリード殿下に好意を告げることができません!」
無事に言い切った達成感。その後すぐに襲う羞恥心。隣でただただ困惑しているアカシアの存在が更に恥ずかしい気持ちにさせる。が、その気まずい気持ちだったのも一瞬のことだった。
男たちが地面に倒れていく音が耳に入る。状況確認の為に馬車を降りてみると、狙い通りの光景がそこに広がっていた。
「よかった、無事に上手くいったわ」
見えていた男たち6人全員が気絶していた。
「シャル様……」
何か言いたげなアカシアが馬車から降りてくる。
「さっき聞いた内容は忘れて欲しいのだけれど……」
「えーっと、たぶん、無理です。色々衝撃的だったので」
「……そうよね」
「こういう使い方もあるんですね。勉強になりました」
「正しくないとは思うけど、こういう時は便利なものね」
シャルロットはこれ以上この話題に触れて欲しくなかったのもあり、御者台の方へと進んでいく。近くで倒れている御者は頬を殴られたようだが、命に問題はなさそうだ。御者台から落ちたからなのか、シャルロットの告白を聞いたからなのかは不明だが、気絶はしている。
「御者の方は頬に怪我を負っているけれど、それ以上の負傷は見当たらないわ。……問題はこの人達ね。どうしようかしら」
大の大人が6人も倒れている光景は珍妙だった。放置するわけにもいかないだろう。
「あっ、それは任せてください! 私、田舎育ちですから。人を縛ったことはないですけど、薪とか諸々縛った経験があるので自信あります」
そういうとアカシアは気を失った男たちからベルトを拝借し、テキパキと縛っていく。可憐な容姿で可憐なドレスを着たアカシアが鮮やかな手際で次々と勢いよく縛っていくのだから、驚かされる。
その姿とは真逆のただ突っ立っているだけの自分。先程は役に立てたとはいえ、根本的に箱入り育ちのシャルロットはこういった場面での自分の非力さを情けなく思った。
「お役に立てなくて申し訳ないわ」
「さっき驚きの方法で助けてくださったじゃないですか! 聖女様に伝えないと!」
その言い方は褒めているのだろうか。思わずシャルロットは乾いた笑いが出た。
そんなシャルロットを気にもせず、爽やかな笑顔を浮かべながらアカシアはきつく紐を結ぶ。
全員縛り終えると、アカシアは魔石を取り出して風を発生させた。その風を利用して自分よりも体格の良い男達をどんどん馬車に詰めていく。
「男性6人も入るかしら」
二人で乗る分には問題なかった広さだが、流石に6人の成人男性を詰め込むのは難しいのではないだろうか。
入り切らなかった場合はどうしようかと不安でいるシャルロットに対してアカシアは余裕の表情だ。
「任せてくださいよ、シャル様。私、袋詰めは得意なんです」
「袋詰め……?」
「私の地元では、用意されている麻の布に詰められた分だけ野菜を持ち帰られる催しがたまに開催されるんですよ。一本の人参でも十本の人参でも価格は同じなんです! 私、かなり上手で、店主が私の顔を見るなり嫌な顔をするほどなんですよ。儲けが出ないって」
得意げな顔のアカシアに促されるまま馬車の中を覗く。座席と床の段差を見事に活用し、男たちを押し込んでいる。
「確かに隙間なく詰めているわね……」
床や座席を無視して人が詰められていく。人道的かどうかと問われたら回答に困る様子ではあるが、他にどうしようもない。
「意識を取り戻しても身動きできる隙間がなければどうしようもないですからね。防衛としても有用だと思います!」
「なるほど……?」
納得しつつもどこか腑に落ちない気持ちになるシャルロットのことは気にせず、アカシアは魔石で発生した風を巧みに操り次々と乗せていく。
あっという間に全員片付いてしまった。カーテンがあるので外からは見えないが、中はもういっぱいいっぱいだ。
「この後はどうしましょうか。この距離なら一度神殿に戻った方が早いかなーという感じなので、私としては戻るのが良いかなと思っているんですが」
「早めに報告をした方がいいでしょうし、そうしましょう」
「じゃあ決まりですね! 御者の方、起こせるかちょっと試してみますね」
そういうとアカシアは倒れている御者に近寄り、膝を折って手を胸の前で組んだ。
「女神様、どうかご慈悲を――――」
そう静かに言葉を捧げたかと思うと、彼女の元に光が集まり始め、その光が御者へと移っていく。神聖なその光景は、見ているシャルロットの心を不思議と温かくした。
「ん……ん?」
御者は意識を取り戻したようでゆっくりと身体を起こした。
「えっと、アカシア様、これは……」
「何者かはまだ分かりませんが私たちは襲われました。あっ、でも安心してください。相手はもう拘束して馬車に押し込みました!」
御者を安心させるようにアカシアはにっこりと笑う。
これが聖女候補の力――――。その出来事を前に、シャルロットはしばらく言葉を失っていた。




