表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムカプセル  作者: 御霊ちゃん
PR
10/16

ロマンスグレーの色

 「汐菊」サッカー・スポーツ少年団が廃団になり、なこそSCSというクラブチームが立ち上がる。「汐菊」スポ少のメンバーはなこそSCSに移籍、「汐菊」にみんなで「なこそ」という大きな船に乗るわけですが、そんな流れの中で、様々な混乱が起こったわけです。Sコーチ率いる息子たちの乗る小舟は、大船に引き上げられることになったのでしたが、大船の船長と小舟の船頭の意見に食い違いが起きた。小舟の船長は首を切られ、小舟は船頭のないままに放り出された。うちの息子たちはこんなふうに切り捨てられるんですか、母親たちは大船の船長を責めた。また、うちの息子たちはあなたを慕いあなたについて来たのに、あなたがいなくてはこの先どうなるんですか、あなたは船頭です、息子たちの船を引いて行って下さい、と小舟の船長に頼むわけです。なす術のない小舟の船長は頭をうな垂れます、彼にはもうその重い荷を引いて行く力がないのです。そんな失墜したヒーローの会見の席に、彼の隣に座ったのが野中氏でした、息子の謝罪会見に付き添う父親のように。氏は、年若い息子の船頭としての至らなさも知っています。彼は息子に、今までどうこうしろと指図をしたこともありませんし、最後に至って「どうしてこうなったか分かるか」とも聞きません。いつも黙って彼のそばにいるだけです。ただつぶさにじっと息子のしていることを見ています。さて、息子は舞台から姿を消しました、彼は息子のしたことの後始末に乗り出します。

 今年の植田中サッカー部の新入部員の中に啓吾君の姿がありました。ある時、啓吾君はうちの妹の子供たち(小学校低学年)相手に隣の空き地でサッカーをしていました。サッカー行ってるの? 私は啓吾君に聞きました。やめちゃったけど、もうすぐ野中さんがサッカークラブ作るって言ってるから、そしたらまたそこでやるんだ、彼は野中さんのクラブが頼み・望みのような表情で言いました。彼はサッカーが好きです、こうしてチビどもを相手にサッカーするんですから、またサッカーがやりたいんです。啓吾君、サッカーやめちゃったんだね、家に帰り私が息子輝に言うと、啓吾、Sコーチとうまく行ってなかったんじゃないかな、啓吾あんまり上手じゃないから、と返答。若いコーチにはそんなところがあったんですね。父兄の人気も二分するようなところがあった、ある人たちはとてもいいコーチだと言い、別の人たちは、とっつき難い、近寄り難い、あるいはえこひいき、などと言った。兄(輝と同級生で同じチーム)のサッカーの試合を観にグランドに来る啓吾君は、カルロス(私の夫)を見かけると、相手してよ、とよくボールを持って後をついて来た。啓吾は兄よりやる気あるな、上手いよ、とカルロスは言っていた。啓吾君はサッカーが大好きだったし、下手でもなかった。ちょうど今、植中に・サッカー部に体育大学から教員研修生が来ている、彼は母校に研修に来たのだが、彼の弟も以前にサッカーをやっていて、啓吾君と同様に、彼もカルロスとサッカーをしたがっていた。うちの息子よくお宅の旦那さんの話するんですよ、一緒にサッカーやりたいって、と母親が言っていたから。その子は輝より1学年か、2学年下だったが、彼もサッカーが好きなのにやめてしまったのだ。これはSコーチとは別の話だが、何故だか知らないがその年のその学年の子たちは数人を残してやめてしまった。サッカーは好きなのに、コーチと上手くいかない、周りの友達と上手くいかない(やんちゃな子が幅を利かせ、コーチは大した注意をしない、大人しい子たちが引いてしまう)、家庭の事情(親が忙しくクラブへの送迎など出来ない)、そんなことでやめてしまう子は多い。

 私は、野中氏が?どんなサッカークラブ作るんだろう? と思ってしまった。野中氏と言えば、暑い夏の日の練習に子供たちにアイスキャンデー買って来てくれる、気のいいおじさん、て感じ。小学生の子供たち相手に教えたりするが、サッカーが特別上手ってわけでもなかった。口出しもせずに若いコーチの補佐役を務めていた。華々しさは若い彼に譲って、自分はフォロー役、控えめな彼は、息子(若いコーチ)のやることに口出しする立場もないと思っていた。が、謝罪会見の席に至り、父親のように同席する氏を、若いコーチは心強くありがたく感じたであろう。

 野中氏は私に言った、お皿からこぼれちゃった子たちの受け皿ですよ、そんな場を提供するだけです。彼は自らが指導にあたるわけではない(相手くらいはするが)、そんな「場」を設けてやるだけである。「野中教室」(私が勝手につけた名前であるが)の先生は、かつての野中氏の教え子たち、社会人になった彼らが父のもとに帰り、その手助けをしている、そんな感じである。誰が先生というわけでもない、体育館に集まり、皆でフットサルの試合をする。その中で上級者が下級者に教える、下級者が上級者の良いやり方を盗む、年齢や立場の違う者たちが集まり、サッカーを楽しむ。社会人のお兄さん方から、中高生、下は小学校の低学年(今植中サッカー部にいる蓮の弟など、彼も家庭の事情でサッカーは中学に入るまでお預けと言われていたんだけど)に至るまでが、同じコートで混ざって試合などやっている。

 私は「野中教室」が始まって間もなく、実にいいものを見ました。私はいつものごとく、次男三男を連れて、長男の試合を観に行くわけですが、空き時間に、秀俊君(植中サッカー部)がうちのチビたちを相手にボールを蹴り始めました。サッカー部の子らが数人と、春希と清水(小2と幼稚園年長組のうちのチビたち)で、3対3のミニゲームが始まりました。秀俊くんは「はい、みいぼ(清水のニックネーム)」「はい、春希」とチビたちにパスを出したり、「春希、こっち」「春希、そのまま行け」とか指示を出していました。何だか、その光景が菊田小の体育館で社会人のお兄ちゃんたち(上級者)がうちの中学生(元汐菊メンバー、下級者)相手にやっているのと似ているのです。秀俊君(上級者)がうちのチビたち(下級者)をあしらうその様子がそくっりなんです。秀俊君は上級者のお兄ちゃんたちとそんなふうなサッカーをして楽しかった、そんなふうに自分たちをあしらってくれるお兄ちゃんたち、自分たちと一緒にサッカーしてくれる上級者の存在が嬉しかった、のでしょう。その自分が嬉しかった同じことを、同じように自分の下級者にやったのでしょう、秀俊君の素直な心の表れです。子供というのは正直に物事を反映するものだな、と思いました。「子供」なんて書いて失礼、その頃(たった一年前だけど)は、秀俊君は私にとって「子供」そんなふうに映っていたのです。もう私は、彼らを子供とは呼べないのでしょうね、今は子供・男の子とは感じないのです。みんな男らしくなった、一人前らしくなった、と言うことです。年齢の違う者たちが集まってやる、上手な大人と一緒に混じってやることで子供たちが上手になって行く、大人も子供も楽しめるサッカー、(長男たちが小学校の最初に教わった)おじいちゃんコーチが言っていたことを思い出した。それを実現させたのが、野中氏だったとはね。彼のサッカー指導者としての集大成が、このサッカーなんだ、そんなものを見た気がしたーーサッカーって面白いよ、みんな来てやってごらん、リタイアしちゃった子ももう一度来てごらん、ここならみんな仲良くやれるよ。そんなサッカーに対する彼のひたむきな、深い愛情が感じられた。強いチーム作って試合に勝つだけがサッカーじゃない、サッカーには別の楽しみ方もあるんだよ、彼は私に、そんなサッカーの別の面・もう一つの面を実に見事に見せてくれた。彼は「落穂」を拾う、こぼれた麦の一粒、米の一粒をもったいなく思い、拾って皿の上に乗せてやるんですね。種は一粒だって無駄には出来ないんだ、一粒の種が増え広がり、フィールドに豊かな実りがもたらされるのだから。そこに彼の子供たちへの、またサッカーというスポーツへの、そこはかないない愛がある。私は、彼に、ご苦労様とありがとうの感謝状を差し上げたくなった。彼は、目立つ、派手な色じゃないけど、じっくりと熟成された魅力を醸し出す、ロマンスグレーの色と言いましょうか。彼が一声かければ、彼の教え子たちが来てくれる、おれよりお前たちの方が上手だから、後輩たちに教えてやってくれ、立派になった息子たちに、もうおれより上手だな、あっという間に追い越されたな、そんなことが自然に出来ちゃうんですね。そんなのを見ると、彼はたくさん種を播いたな、毎年毎年種を播いて来たんだ、木が着実に年輪を刻むように、彼のサッカー指導者としてやって来たことは刻まれて来た、彼が後ろを振り向いたときに、葉を茂らせた大樹が立っていた。その大樹は彼の人生そのものだった、彼の人生に花が咲き、実りを迎えるとき・「結実の時」が来た。与える者は幸いである、彼は豊かな人生を歩み、豊かに実を結んだのだ。毎年毎年冬の寒い日にもグランドに立ち指導にあたり、暑い夏の日には子供たちにアイスキャンディーを振る舞い、毎週末毎冬の北風の中も夏の暑さの中も少年サッカーの審判を引き受け、システムが変わっても、上司が変わっても、彼のやることは変わらなかった。彼は愚痴の一つもこぼさず、ただ黙々と自分に当てられた役目を果たして来た。彼の人柄は「誠実」である、それはこの邪悪な世にあって尊ばれる、貴重なものである。彼は自身に与えられた「誠実」という宝を大事に保持し、人のために用いいた・尽くしたのである。今神の国が来る時、彼の報いは大きい。一粒の種を大事にした彼には、たくさんの種が与えられるのである。

 神様は最初から人にたくさんのものを与えたりはしないの。わずかなものに忠実であったら、与えられたものを上手に管理できたら、今度はその人にたくさん与えよう、と思っておられる。羨ましい才能だな、羨ましい財産だな、と思える人がいると思うんだけど、それを無駄にしたり、悪いことに使ったりすれば、今度はその人は取り上げられてしまう。「今度は」っていつのことを言ってるの?って、神様の国が来た時だよ。キリスト教では今この世界は仮のもの、ここで私たちが持っているものも仮のもの、死ぬ時には全て神様にお返ししなくてはならない。持って行けるものは「信仰、希望、愛」だけ、どんな才能も、お金も持って行くことが出来ない。神様は私たちが今この世(第一の人生)でどんな生き方をしたかを見て、次の世(永遠に続く神の国、第二の人生)で、その人に与えるものを決める。今この世界で私たちはそのためのテストを受けているの。それでないと不公平でしょう、永遠のものを頂くのに、どんな努力もなく、生まれつき才能があるとか、生まれつき財産があるとか、生まれつき容姿や頭がいいので容姿や頭の悪い人をいじめるとか。神様は今この世界でじっくりご覧になって、次の永遠の世界で誰に何をどのくらい与えたらいいか決めているの。それだったら誰も文句が言えないでしょう、自分の報いを受けているのだと思ったら。神様は地球という小さな星・わずかな財産を人に与えたが、人がそれを上手く管理できたら、地球が神の望んだような人が幸せに住む楽園のような場所とされたなら、その時神の全財産・全宇宙は人に与えられる。が、人が神が与えた小さなものも上手く管理できないのなら、それは人から取り去られるだろう、この美しい星から人は駆逐されるであろう。誰もが自分の運命は自分の手の中に握っているってこと。

 この世と神の国は、実は天地ほど離れた場所にあるわけではない。この世が中断された場所にあるわけでもない。この世と神の国はひと続きの場所だった、すぐ隣に接していた、時間空間共にひと続き・隣国同士である。とても自然に移行されて行く、野中氏がふと後ろを振り帰ったときに、種が大樹になっていた、自分の労が報われた場所にいた、そんなふうに。この世がプツリと中断されて、天国(死後の世界)に行くわけでもないし、人は死をどんなふうにイメージするのか知らないが、ふと後ろを振り向く間に景色が変わっている、自分は畑で種を播いていた、と思ったら、顔を上げたらもう葉を茂らせた大樹が立っている、驚くでしょう。その反対もある、楽しく飲み食いしていると思ったら、テーフルには何もなく、誰もいなくなっている、害虫やネズミと共にテーブルに着いていた。神の国がどのようにこの地に樹立されるか・訪れるかと言えば、目に見えないくらいとてもゆっくり変化して行く絵のよう、そんなクイズがあったでしょう、絵の一部がとてもゆっくり変化して行くので、それを見ている人でも、余程注意して見ていないと、その変化に気づかない。木が年輪を刻むくらいのスピード、去年と今年、その変化は目に見えないでしょう。だけど気づいた時には、幹の太い大樹になっている、最初とはまるで違う景色を見ることになる。突然神の国が天から降りて来る、一日で全てが変わる、ってわけではないの。神の国はもう来ているかも知れないが、人はその変化に気付いていないのかも知れない。気づいた時には自分だけが神の国の門の外に取り残されていた、そんなことだってある。門が開いているうちに早く中に入るように、「神の国」は門を開いて人を招き入れている、その入り口が見えるか見えないか、それだけです。


 私は野中コーチを、子供たちにアイスキャンディを振る舞ってくれる気のいいおじさん、彼には優勝チームの監督などという華々しい役は永遠に回ってくる見込みもない、と言ったのだが、彼の播いた種の一粒が優勝チーム率いる監督となるかもしれないのだ。次男たちの所属する「なこそSCS」は雲藤親子が運営している。雲藤ジュニア他数名のコーチが指導に当たっている。先の「日産カップ」では、ジュニアともう一人の若いコーチがそれぞれ4年生チーム、3年生チームを指揮していた。そのコーチ・監督席の隣でふんぞり返っているのが雲藤氏である、いわば彼は「総監督」とでも言うべき立場である。それがまた野中氏の立場であろう、彼は直接指揮を取らない・優勝チーム率いる監督ではないが、その監督の父であり、総監督なのである。サッカーというフィールドで活躍するのは彼の子供たちなのである。彼はそんな栄誉な地位に預かったのである。雲藤氏もちょっと不器用な人であるが、ダンディである。あの太っちょ親父のどこがダンディかって、それはこの次のお話に取っておこう。あなたたち(息子たち)には見えないものが、私(母)には見えるのよ。未だ目の開かないあなたたちには、母の手引きが必要よ、この杖を使いなさい、母は息子に「転ばぬ先の杖」を持たせるのであった。こんな年寄りが使うよなもの、カッコ悪いし、持ってて邪魔になるよ、威勢のいい息子たちは顔をしかめる。口うるさいのが母の愛、黙って見ていられないのが母の愛、手出し口出し、それが母親なのよ。息子の手にいつも杖を持たせていた、(やわ)な息子はそんな母親の産物なのでしょうね。父親は違うわね、過ちも勉強のうちだ、どんな口も挟まない、そして黙って息子の後処理をする父親、父親とは何とありがたい存在でしょう。父は息子の粗末にしたものを拾い集めた、父は息子がほったらかしに置いたものを片付けた。野中氏は、いつでも待ってるよ、仲間に会いたくなったらここに来れる、また同じメンバーでやれるよ、新しい仲間も増えるよ、無理せずいつでも好きなときに来ればいいんだーー息子たちはそんな父親のもとを自由に出入りしているようだった、新しい仲間を誘って来ることもあった。それぞれが社会に出れば、それぞれが違った場所で違ったことをするようになる、だけど、顔を見たくなったら立ち寄れる、そんな場所がここにあるよ、何の音沙汰もなくなったと思ったら連絡もなくふと返って来る、息子が返って来たようだな、もう帰るのか、元気で頑張れよ、そんな場所を設けるだけです。場を作る「だけ」です、私は待っているだけでいいんです、この年ではそれで十分です、ただそれ「だけ」と言う、彼の慎ましさが「あわれ」(心憎い・心に染みるの)である。息子たちの「汐菊」チームは廃団、代わりに立ち上がったクラブチームも暗礁に乗り上げコーチ(ガキ大将)と共に息子たちは退団、息子たちのホームはつぶれたのである。

「『汐菊」はいいチーム、いい仲間でしたからね」

と野中氏は言った、そのいい仲間関係だけでも残してやりたい・つないでやりたい、野中氏のクラブ活動は氏のそんな思い、子供たちへの心のケアだったのである。野中氏はクラブという組織を作りたかったわけではない、最後うやむやになり、潰れた姿のホームに代えて、君たちの心の中に「ホームグランド」を残してやりたかったのである。

 野中氏は始めは、人のピンチヒッター・代役、あそこで人手が足りないから今日はあそこに行ってくれ、あそこに穴が開いてるから今日はあそこに回ってくれ、それが彼の存在・ポジションだったかもしれない。誰でもいいから手を貸してくれ、と呼ばれた。その後も、誰でもいいけど、野中氏があそこにいるから野中氏に頼もう、そんな存在だったかもしれない。野中君、是非とも来てくれ、君以外に任せられない仕事なんだ、とは言われなかったろう。「君を見込んで、是非とも君と」と、Sコーチが始めそうして雲藤氏に招かれたのとは逆である。野中氏の代わりはいくらでもいたのだ。野中氏は長年そんなことをして来て、彼が一声かければ教え子たちが集まり手助けしてくれる、野中氏は学校の体育館の鍵を預けられる信用がある、施設の体育館を借りられるコネクションがある、野中氏が何かを始めても「おれのところの生徒を野中に取られるんじゃないか」と警戒する者も敵対する者もいない、Sコーチが自分が動いて「何かするつもりじゃないか」と思われると危惧を漏らしたのとは逆である。野中氏の人柄・人となりを誰もが知っている、のである。野中氏の人柄を知った教え子たちが集まり、野中氏の人となりを知った周りの人たちが協力してくれる、野中氏でなければこの仕事は出来なかったのである。神はご覧になられ、野中氏にしか出来ない仕事を任せたのである、神は野中氏に「この度君を見込んで、是非とも君にやってもらいたい」と言われた、野中氏は大抜擢されたのである。神にとって野中氏は「なくてはならない存在」である。野中氏がいなければ、こぼれた種はそのまま腐ったかもしれない、今年の新入部員も一人減っていたかもしれないーー啓吾君はサッカー部に入った、こうして彼がサッカーを続けているのだって野中氏のおかげかもしれない。野中氏は見ていて、こぼれ落ちてしまうのを『もったいないな』と心痛めていたのである。野中氏は始めは「なくてはならない・替えが利かない」とは思われていなかったのであるが、「君しかいない、ほかの誰でもダメなんだ」となくてはならない人になったのだ。人は、この「なる」ということが大事である。始めそうじゃなかったのが、そのようになった、わがままな剣ちゃんがわがままでない剣ちゃんになった、ボールが顔に当たり女のようにしくしく泣く晃太が男になった(剣ちゃんは『このヤロー』って顔で泣いた、泣き方一つとっても違っていた)。

 今のサッカー少年は、小学校3、4年生でもボールが顔にあたっても泣かないんだ。ほかのクラブチームの試合を見ていたら、顔にボールの当たった子がいた、しばらく下を向いて手で押さえていたが、すぐに顔を上げて前に走って行った。そんなのを見ても、サッカー少年たちは進化している。長男たちと、(6つ違いの)次男たちとを比べると、次男たちはハイレベルだ。どのクラブチームの子たちも上手だ。サッカー少年たちは日々進化して来たのだ、進化し続けている、これも私が週末のグランドで感じたことである。週末のグランドの家族連れで賑わう風景、そんなのを見ると、日本も「サッカー大国」になったんだな、と思う。サッカーというスポーツが国民に浸透し、庶民スポーツとして支持・人気を得ている。、サッカーという大樹が日本の大地に根を下ろしたのである。その種火がどこにあったかと言うと、サッカー愛好家という人たちだろう。彼らの尽力が根底にあったと思う。サッカー愛好家とは、サッカーが上手な人たちとはまた違う、サッカーを純粋に愛する人たちである、例えば野中氏のような。彼らは一粒も惜しんで種を播いた、無償で指導に当たっていた、その結果が今の「サッカー大国日本」でしょうね。日本のサッカー選手は世界でも通用する・名が通るようになった、たくさん播けば、その中から優秀な選手も多数育って行く。けれどまた、ここでたくさんある種・増え広がった種を無駄にしてしまえば、未来の収穫は見込めないものとなる、のである。近年の少子化と未来に見込まれる国力の低下、似たような問題が起こるんでしょうね。なぜ少子化かって、グランド・コンデションがよくないからです。こんな世の中で子供を産み育てる、至難の業です、こんな場所で子供はちゃんと育つのでしょうか、そう感じる女性は増えている。彼女たちが安心して子を産めるようなグランド・コンディションでもない。産婦人科は次々と閉鎖される、産気づいた産婦が病院をたらい回し、子を産むのが怖いくらいである。子育てが母親一人に任せられている、核家族て助けてくれる祖父母もいない、祖父母たちは若く外で生き甲斐(仕事や趣味)を見つけるので、孫守りなどしていない、夫は仕事と自身の交友で忙しい、そんな中で途方に暮れる若い母親もいる。女性は仕事を持ち、家事をこなす、子育てもほとんどが任せられている、過重がかかっているのである。とても子を産むところではない、『産めるような状態じゃない』、産みたいとも思わなくなる。


 (2020年追記)これを書いたのは12年前、女性を取り巻く状況も微妙に変わったと思うが、これだけの時間が経っても、根本的なところは何も変わらず、問題解決されていない、ということに驚く。科学技術の急速な進歩と比べて、人間自体の進歩は恐ろしく遅いと言えるのでは。その頃私の若い友達が言ったんだよね、

「こんな世の中で子供を育てたくない、子供がよく育つと思わないから、子供は欲しくない」

って。なに悲観的なこと言ってるの、って思ったけど、ずいぶん真面目に考えていたんだね、今思う。今時若い人たちはどう思っているんだろう、

『やっぱり子供は欲しい。産めばどうにかなるでしょう。保育園もあるんだし、赤ちゃん連れてどこへ外出しても困らないし(世の中はそんなふうに子連れに対して快適さを提供するようになった)、どこへ行けない、何ができない、そんなことはない、子供が出来たからって生活を変えることもない。第一子供ができたからって仕事を辞めたりしたら、生活が成り立たなくなる(専業主婦を見なくなった)。私もこうして頑張っているんだから、夫にも家事育児の協力をしてもらわなくちゃ(夫の理解協力は、してくれるかどうかは別として、当然として認知されるようになった)』

女性を擁護応援する方向に行っているようにも見えるが、それで女性の過重は解消されたのか、一般の女性は乳飲み子を預けて本当に働きたいと思っているのか、仕事と子育ての両方は過重ではないのか。女性を仕事へ仕事へと追いやる方策は、母親(妻)にとって、子供とって、夫にとって、家族にとって、本当に幸せなのか? そんな方策は、経済重視、それ以外に視点を持たない、男性社会が独りよがりに女性に押し付けたものではないのか。世の中が働く女性・子を持つ女性の環境を整えて来たことで、『産めばどうにかなる、どうにかやっていける』女性はそんな楽観視をするようになったのではないか。子供は保育園でも託児所でもベビーシッターでも、幼稚園でも学童保育でも、預けておけば育ちますよ、だけど子供はそれだけではよく育たない。

「子供がよく育つと思わないから、子供は欲しくない」

と言い、それを世の中全体のせいにした彼女は、子供の未来をとても真面目に考えていたのではないかと思ったのだ。女性はやっぱり子供を産みたい、子供を持って幸せって思ってるようだ(我が娘などを見ても、子を持って幸せそうですよ)、それは普遍的なことで、女性の本質・本性なのではないか、だから少子化は問題ない、女性は子を産み続けると思いますよ。けれど、子育てはどうですか、母親が育児という過重を逃れることで、その負荷は子供にかかっているのでは。ものも分からない年からよそに預けられ、他人の中で生活しなければならない、子供にとっても相当のストレスだと思うのです。子が育つグランド・コンデションということを考えたとき、悪化の一途を辿って来た、今後も辿って行くと思うのですが。だって、教育現場の学校で、先生による先生のいじめ、数人の先生が一人の先生の手足を抑え、辛いのが苦手だと言う先生の口に無理やりカレーのスプーンを押し込む、そんなどうしようもないことが、子供のいじめみたいなことが、全国のテレビニュースになるんですよ。

 子供は子供同士、同年齢の仲間とだけいれば楽しい、そうじゃないんです。野中氏のクラブ活動は年齢層が広かったですが、下級生はそんなふうに上級生や社会人との交流が楽しいんです。本当は大人ともっと触れ合って、色々なことを学びたいんです。その縦の糸が切れている。子供同士、学童やクラブに集めておけばいいわけじゃないんです。ここに登場する子供たちを見てもらえれば、私が言いたいことが、徐々に分かって来るかと思います。子供ときちんと向き合ってくれる大人がいなくなった。今時代大人は仕事に忙しいですし、老齢になっても働いていますし、母親も祖父母もいない。父親だけが経済活動をしていれば生活できた時代とは景色が違ってしまった、ことに人は気付かないのだろうか。毒は少しずつ少しずつ盛られてきたのだ、致死量に達するまで人は気付くまい、サタンはほくそ笑んだ。



  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ