獣人の国
少年は湖畔を眺めながら軽く伸びをする。彼の手には珍しく杖が握られている。
「やっぱり杖はつたないなぁ」
育ての親は吸血種のため杖を使わず、人間であるはずの彼の師は安定化装置である杖を必要としない魔術師だった。
そんな二人に育てられたがゆえに杖を持たずとも成長してきたが、人間の魔術師としてそんな超絶技巧を人前でホイホイさらすわけにはいかないのだ。
「無詠唱だのいろいろ叩き込まれたが、結局のところずれたからなぁ」
かんと杖を鳴らして森の中へ向けて杖を伸ばす。
「気のせいか?」
木々がざわめき、彼は納得のいかないような顔をする。
「どうしたのレオ」
彼が土魔法と錬金の法を組み合わせて作った家から、ユーシェが出てくる。
「ちょっと気配を感じてね。獣人の自治国が近いやつらの足なら、ここまですぐだからな」
「え?自治国を抜けるの?あそこの獣人は」
この国の国王は他国で虐げられた獣人を自国内で保護し自治を認めている。虐げられていた記憶があるため、一部の獣人は人を怖がり敵意をむき出しにする。
「迂回してもいいが、突っ切ると同じぐらい労力を使うし、なにより野生生物のふりして殺気で誘導している連中がいるからな。顔を見せた瞬間が狩りの時間だ」
くっくっくと彼は嗤う。
「うわーすごいいい顔」
「畜生風情が俺様に牙をむくことの愚かしさを教えてやる」
レオ……獅子の名をかんした少年は、その瞳をらんらんと輝かせ黄金色の魔力を噴出させている。
「畜生って……あなたまさか差別主義者?」
「んにゃ?俺に取っちゃ人間も獣人も等しく畜生だ。俺様と対等に見られたくば卓越した技を見せろ」
彼自身、一人だけでは生きられないことを知っている。全能を叩き込まれ完成された魔術師としての力をもってしても届きえぬ可能性というものを知っている。
ゆえに、彼は自分にその可能性の一端を見せないものはすべて畜生だと考えているのだ。
「俺をに剣を向ける連中は身の程をわきまえない畜生だ」
「皇帝にでもなったつもり?」
いや俺より強いやつはいっぱいいるよと、レオは小さくため息をつく。
「言葉をかいす者が俺に殺気をとばす。畜生以外の何物でもあるまいて……獣王を殴るために自治国へと行く。当たり前だよなぁ」
少年は実に不快そうに笑うのだった。
獣人の自治国まで通常12時間ほどの位置なのだが、彼らにとってはそんなに時間をかけていられない。
そういうことで、ユーシェは気による身体強化をして走っているのだが……
「ねぇレオ、身体強化している私に追いつくって、新手の魔法か何か?」
「んにゃ素の身体能力だ。これを作るのに少しばかり裏技を使ってはいるがね」
「裏技?」
彼は小さく苦笑いを浮かべる。
「あぁ、幼少期から魔力で肉体に常に過負荷かけているんだ。その負荷をなくしてやればこれぐらいのスピードは出る」
一部の魔術師は行っているのだが、鍛えている戦士の操気に追いつけるほどにはならない。その疑問に答えるかのように、彼は右手と左手にそれぞれ火と水の弾を浮かべる。
「二重詠唱!!」
「そうそう戦士クラスなら基本の操気を複数行うというのは容易にできるが、魔術師は魔術を行使している間は他のことにリソースを割り振れなくてな。早めに仕込まれたわけだ」
魔術の基礎を畳み込まれ、残るは自己研鑽による昇華と経験からくる予知に達しうる盤面の認識を残すのみとなっている。
「そう、魔力や気といったエネルギーの循環には血液の流れを使ったほうがうまくいく。無意識に自動で流れている気道だからね」
「……二重詠唱と、気の取り扱いは相互変換できる?」
そうそれだと彼は苦笑いを浮かべる。本質的に彼女のような戦士職は複数の気の質を操っている。
武器に強化を施しながら身体の活性化といった力を使うことができるのだ。
「丹田から循環する気質と丹田から爆発的に広がる気質そいつを操ることができれば?」
「あぁ……なるほど、気の循環で扱える気の量以上に操ろうとしたら、干渉しないように別の気質を別手段での伝播する必要があるということね」
口では言うのは簡単だが、頭で考えて行動しなくちゃいけない以上、相当難しいものになることは間違いがない。
「突然気のはなしとか、どうしたの?」
「んにゃ、獣人の上位には今の身体強化じゃぁ追いつけないからな。まぁそこまでのは4%しかいないが」
もとの身体能力が人間の倍以上あり、気による固有能力を持つ獣人の戦闘能力は計り知れないものがある。メイガススレイヤー、近接行動ができないはずの魔術師を屠るためそう呼ばれているのだ。
「いや、いやーな予感がしてね。あいつには借りがあるしなぁ……」
小さく苦笑いを浮かべるレオは目を細めながら、霧の森の中に入っていく。
「しかしすごい霧ですね」
「んー獣人の案内なしじゃ切り抜けられない森だからな。エルフが魔法をかけてたはずだし」
それをスイスイ進んでいる彼らは異常なのだが、まぁいつものことなので置いておくとする。
「あれ?じゃぁ私たち迷っている?」
「いや大丈夫だ。エルフの魔法ごときで狂うような魔法耐性してないし」
通常なら12時間はかかるのだがもうすでに自治国の都が見えてくる。
「これ、戦力もそろっているし王都まで3日で行けるんじゃない?」
「いそれをやってもいいが、師匠が言っていた王宮の陣がい魔境具合をできるだけ短くしたくてな、刻限ギリギリにつくよう設定している」
極力王都にいたくないという気持ちの方がでかいのだがと彼は苦笑いを浮かべるのだった。
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獣人国の王都では様々な種族が入り乱れている。屈強な体を持つ熊人から、最強種とうたわれる獅子人まで中には小柄で素早い兎人までいる。
そんな王都への関所を守っている熊人の二人は不思議な気配に身をこわばらせた。強大な気を身にまとい走ってくるものと、それに並走する小さい気配の生物だ。
前者に至っては獣人含め人型ではありえない量の気を宿しており化け物かと思う。それに並走するだけの胆力がある小さき気もおかしいのだが。
「来るぞ」
熊人族が構えた瞬間、すとーぷと間延びした声が彼らの耳に届く。
「おつかれーここが獣人の国だぜ」
そこにいたのは、金髪の人族の魔導師と人族の戦士だった。膨大な気を持つのは戦士のはずだが、彼の目から見ると戦士の息が上がっているように見える。
「ふむ、まだちょっと早かったみたいだねぇ。今日の出扱いがわかったと思うから練気を習得すればもうちょい消耗が少なくて済むはずだ」
小さい気を発する魔術師が彼らを見た瞬間、彼らの背筋に冷たいものが押し当てられたような気がする。
「貴様、案内もなくここに来るとは、何者だ!!」
「畜生風情が武器を構え名を問うとは……身の程を知れ」
人族の魔術師が一喝すると、獣人たちは止まる。しばしの沈黙ののち、恐怖に耐えられなかった熊人の一人がかけはじめる。
「まて!!」
同僚の言葉より早く、魔術師が追い付きその剣を杖で止める
「おぉ怖い怖い、熊なんかに襲われたらか弱い俺は死んでしまうよ」
そう呑気な顔で言う魔術師をにらみ熊人は吼える。
「貴様!!」
逃げ切眼を交わすと、その懐に入り込む。
「風よ吹き飛ばせ」
獣人が壁に押し出されて、魔術師は小さくため息を吐く。
「意識位はかりとれたと思ったんだが、畜生風情が強靭な体をもってやがる」
理性を失った熊が突撃し、魔術師に届く前に何かにぶつかりその場で動かなくなる。
「貴様、何をした!!」
「ふむ、これを見てまだ吼えるか熊人族の戦士よ。気に入ったが……おしまいのようだ」
魔術師レオがそういうと、彼の目の前にはこの自治国の王直属の戦士が着る鎧に身を包んだ兎人だった。
「双方そこまで」
熊人は怯えたように剣を取りこぼし、レオは苦笑いを浮かべながら杖を地面に置く。
「出やがったな、自治国最強ともうたわれる首切り兎が」
「お久しぶりですねレオ。陛下は取り逃がしたと聞いて、あきらめていたのですが」
やっぱりあの殺気はあのおっさんの差し金かぁと呑気につぶやく。
「ねぇレオ、首切り兎って……」
息を整えていたユーシェが回復したのだろう、レオに詰め寄った。
「戦闘兎ウォーラビット族の戦士、ルシアだ」
真っ白い髪に小柄な体躯、その体躯に似合わない大鎌を持った少女は小さく一礼をする。
「ボーパルバニー……」
怯えたように言うユーシェに向けて彼は苦笑いを向けた。
「そんなに怯えないでやれ、彼女は確かに仕様を逸脱したバグキャラだが、話せば普通の女の子だぞ?」
その物言いに熊人族の戦士は尊敬のまなざしをレオに向ける。ルシアと相対すると首を落とされるそんなうわさだけではなく、獣人の間では強いものを尊敬するといった風習があるからだ。
そんな風習の中で最強格のルシアを女の子と言い張ったそれは彼らの常識ではありえないことなのだ。
「むぅ、レオ。すぐそうやって子ども扱いする」
「はっはっは、子供扱いされたくなきゃもうちっと大きくなるんだな。うりうり」
ぐりぐりとルシアの頭をレオがなで、彼女はレオのされるがままになっている。
「レオ、陛下が呼んでる。割と切羽詰まっている」
ほれ行くぞとユーシェを連れて自治国へと入国するのだった。
「活気がねぇな」
自治国に逃げてくる獣人のほとんどが、虐げられていたから仕方のないものの、国というにはあまりにも活気がなさすぎるのだ。
「それも含めて陛下から、レオのよく言う厄ネタですよ」
厄ネタかぁとレオが頭を抱えて、このルートは失敗だったかぁとつぶやく。
「……でもまぁ、正門ぶち破って堂々と自治国に入ってくるのを阻止する当たり、割と重めの厄ネタかねぇ」
「ねぇ、自治国に来たことあるの?」
ユーシェがそういうので、レオは片目をつぶるとあぁ一時住んでいたとつぶやく。
「獣人に対抗できないようで魔術師を名乗るなと言われてな。まったく、師匠は何考えているんだか」
「最初期から拮抗できていた気がしたんだけど?」
気のせいだとつぶやくと、彼はおどけるように笑う。
「あれが獣人の国の?」
「あぁ王城だ。たく、ここに来ると獣人の目がいてぇんだよ」
自治国軍と派手にやらかしたことがあるために、レオは敵対の目を向けられている。
王城の案内も何回舌打ちされながらも謁見の間に通される。
「よく来たなレオ」
「貴様の差し金にホイホイのせられたがね。獣王ベリム」
黄金の鬣に筋骨たくましい男が王座に座っているユーシェは頭を下げているがレオはその男の前に腕を組みながら立っていた。
「ちょっとレオ!!」
「ふむそこの少女も頭を上げていいぞ。レオはまぁ言っても聞かないしなにより、本気で暴れたレオを止めれる気がしない」
そういわれたレオは口笛を吹きながら杖をくるくると回し始める。
「流石に一国を落とすのは師匠じゃない限り無理だ。相手どって逃げるのが限界だよ」
「嘘をつけ切り札を切ってないだろ」
あれはこの世界的にジョーカーだしなぁと彼は小さく苦笑いを浮かべる。
「ちなみに俺の切り札は増えているぞ。厄ネタも増えたが」
「ふやすなんなもん。ではなくてだな、獣人の森にドラゴンが住み着いた」
「トカゲ?軍を動かせば倒せんだろう」
獣人の身体能力だといわゆるドラゴン相手ならば追っ払ったり討伐することができる。
「トカゲって……確かに人間の軍でもドラゴンは倒せますがってまさか」
「そちらの人間のお嬢さんは物分かりのよさそうだ。そうエンシェントドラゴンだよ」
ほぅとレオは小さくつぶやいた。
「なぁユーシェ、魔術師に古龍を倒すだけの力はあると思うか?」
「無理ね。古龍の皮膚を抜くための魔法の威力が足りないは、足りたとして……その詠唱時間もシャレにならないでしょ」
普通の魔術師なら無理だと騒ぎ立てるのだが、レオは目を細める。
「つうか対話は?古龍なら知性があるはずだが?」
「それが対話に向かった使者も消されたのだ」
妙だなと、レオは小さくつぶやく。
「ちと様子見だけいってくるさ。ベリル……」
「ちょっと待って、レオ。話が通じない古龍の様子見って死ぬつもり?」
ユーシェが顔を青くしてそう叫ぶ。古龍は基本、国中の戦力を合わせて撃退できるかどうかなのだ。それをたった一人の魔術師が逃げ切れると思わないからなのだ。
「150年前さ、英雄と呼ばれた人間はトカゲより強い邪神をたった7人で倒したんだ。逃げ切るなんてわけねぇよ」
獣人の王は彼の目を見て知っているのだなとつぶやく。
「あぁ知っているさ、身をもって体感してもいる。だからさベリル、古龍がいるのは龍穴だろう?」
「……あぁそうだ。邪神を殺せるのは……現状邪神だけだ」
レオはそうだなと小さく苦笑いを浮かべる。かつての邪神を復活させようとする邪教徒との戦いをベリルは間接的に知っていると判断したからだ。
「だとすればか、獣王ベリル。君の依頼は魔術師である私レオが受けもとう。ということだユーシェちっとこの国で待って……」
「私がついていかないとでも?魔術師」
いやと口にしかけてレオは小さく笑った。
「いいが、転移魔法を使ってでもお前を逃がす。俺が死んでも変わりはいるが、お前の剣術の口伝を受け継ぐのには変わりはいないだろう」
「……やっぱり、わかってたのね」
一応、魔術師だからなとレオは寂しそうにつぶやいた。
「聞かせてくれベリル、住み着いたドラゴンは初めは対話をしていたんじゃないか?」
「……あぁ、できることなら邪に堕ちたら殺してくれと」
パンと彼は手を合わせる。じゃぁ決まりだと小さく笑う。




