【S11】Scientific wild-ass guess
戦士たちの休日。
これは大抵暇なものだ。
「……」
なんせ普段全てを任務に充ててるから自由になったところでする趣味がない、作る暇もない。
長期休暇でも取れない限り楽しいことを探すというのは中々難しいもので、さらに言えば俺たちは大概どこか中東の田舎町にいたのだから余計にそんなものと出会う機会がない。
だから大抵の連中は女にその余暇の慰めをしてもらっては泡のような悦楽に浸ることが多かった。
「……」
俺がどうにもそれを苦手に思うようになったのは恐らくネイサンのせいだろう。
彼は母国の家族に操を立て、現地で一切の性交渉を断っていて、俺もそんな彼から学んだからどうにも酒と女に溺れるという事に乗り気になれない。
(どこまでいっても草原だな)
だから俺はこうして唯一の趣味とも言っていい散歩に大概の余暇を割く。耳にはイヤホン二つ、流れているのはWiAのSWAG、ネイサンから借りた年代物のCDの中から特別気に入った一曲。
借り物の音楽に借り物の馬、レンタカーでお昼をドライブする無趣味な男の昼下がりにはぴったりの曲だろう。
(もう少し遠くまで行くか、まだここの地理には疎いからな)
アーニアルから借りた馬の背を撫で走らせる、初心者でも乗れる素直な馬をと頼んだが、実際その通りの乗りやすい奴を送ってくれたようだ。
太陽が落ちるまでに戻ってくるようにと言いつけられているが、これなら馬が暴れて帰れないということもないし、言い訳もできない。
馬の腹を蹴りまた一つ速度を上げていく。
風を切って走るというのは人間の根本に訴えかける快感があると思う。なんと言葉にすればいいのかわからないが、速度を感じる事に対する言い表せぬ高揚というのがある。
だから視野が少し狭くなってしまっていたというのは否めない、前方に飛び出てきた陰に反応が遅れてしまう。
「っ!」
手綱を引き絞り進行方向を無理やり右になぎ倒し、不自然な姿勢で草原を数メートル滑る。
進行方向にいるその何かまではまだ少し距離があるとはいえ、これでは。
(悪いな)
体を思い切り引き倒し馬に勢いをつけてやる。
ただでさえバランスの悪い状態で上に乗った人間が重心を寄せたのだから、当然馬の足元は更におぼつかなくなり結果として草原に横倒し。
馬の図体ごと俺は転倒する。
サラブレットであれば骨折もあり得るだろうが、恐らくこの背が低く筋骨たくましい原種であれば大丈夫だ、きっと。
手綱を握っているのはまずいだろう。このまま馬の体に押しつぶされれば恐らく左足の一本や二本潰れてしまう。
だから俺の取れる行動としては
(くそっ)
体が勢いに飲まれて空中に浮いた。わかってはいたが、手綱を離してよりどころのなくなった体がどこへ向かうのか俺にもわからない。
もし着地点に岩でもあろうものなら一巻の終わりだ、脊髄の破損をこの世界で治療できるとも思えない。
国を救った聖戦士様が次の日に下半身不随か、笑えないな。
"I play round table,on the fire"
耳に流れ込む歌を聴きながら、俺の体はきりもみして、全身が砕けたかと思うような衝撃に包まれる。
(地面だ)
はっきりとわかる、肺を打たれてまるで息が出来ない頭でもこれがハードではなくソフトな対象にぶつけられた類の衝撃であり、自分を包む草が地表であることを教えているから。
何度かバウンドしてから止まった体はあまりの痛みに痛覚すら麻痺してしまって、まるで自分の体を別人に動かされているような錯覚に落ち込んでいた。
"I paid $50 to your mother,gone to bed.That is possible hit my face tomorrow, and pay again."
($50で足りればいいんだがな、治療費)
やはり無視してあの影を踏みつけるべきだったんじゃないか。あまりにリスクと釣り合っていない。
それに明らかに飛び出してきた相手が悪いのだから、こちら側に非はない、むしろこちらが被害を受ける謂れ等全くないのだ。
あれは踏みつぶされても全く文句が言えない、当然だろう。
「……」
けど、その影が人の姿に見えたから。
やり直せるのだとしても、やはり俺はそうしただろう。
「……っ」
痛む体を引きずって持ち上げると、ところどころ内出血しているようで動かすたびに軋むような痛みが走る。
さすがに文句の一つも言いたい、逃げられる前にあの野郎のところまでいって、握った拳の一発でもお見舞いしてやらねば気が済まない。
それに馬の様子も見なければならないし、押さえる肩と引きずる足が寝ていろと警告するのも無視して、そこまでたどり着く。
そこにいたのは確かに人だった。
「……」
うずくまって、しゃくりあげながら泣いている
「ママ」
子供。
「おい……」
いい加減にしてくれ。
「大丈夫か」
クソ。
手を差し出そうにも小刻みに震えてしまって安定しないし、屈もうにも全身痛んでそれどころではない。だからそう声かけるのが精一杯。
「……あっ」
振り返るその顔は、両目に一杯の涙をため、眉を八の字に曲げた、鼻水を垂らして薄汚れている女の子。
「お前は」
「聖戦士さん」
その顔は一度だけ見た覚えがあった。
「アーニアルの世話役の」
「はい」
額から垂れてきた血を拭いながら、俺はどこかへと霧散してしまった怒りをどうにか思い出そうと苦労していた。




