【S10】lucky in hands
街の外れ。生き生きとした中央部と比べるならここは墓場だ。
すっかりと寂れて住み着くのは死肉をあさるカラスと小汚い浮浪者たちばかり。
「よう、爺さん」
「おかえりなさいませ、聖戦士様」
そんな旧市街の一角に置かれたここには、他と比べると随分立派な一軒家が建っている。
「ほら土産だ」
「これはこれは……この老いぼれにお心遣い、感謝致します」
「そう畏まらないでくれよ、やりづらいんだからさ」
たかだか果物を詰めたもの一袋上げただけで、まるで孫でも連れてきたかのような態度をとられていてはたまらない。
彼は実に素晴らしい人物なのだが、この点少々困りものだと思う。」
「と、申されましてもやはり私にとってあなたは紛れもなき聖戦士様でございます。
あなたのような人物に仕えることができるというのは、まさに天恵というばくか、我らが始祖も我が子たちも冥々まで誇り語りましょう」
「あー、はいはい。 わかった、わかったよ」
この旧市街、旧カフカス邸を管理している彼、マルトキオ・バリスン。彼とはひょんなことから出会った。
敬虔な国教の信者である彼は、俺を一目見るなり足元に跪いて“おお、神よ!”。
その時女王を背負っていたのだから厄介なことになったと思ったが、どうにも彼は俺に最初から全面的に協力的で、聖戦士の手伝いをするということが自分の使命であると考えているようなのだ。
要するに。
「彼女の様子は?」
「全くお変わりありませんよ」
俺は彼の協力を得て女王をこの家へ軟禁しているというわけだ。
本当は馬小屋に括り付け夜に郊外の宿にまで運び、そこでアーニアルと交渉を行うつもりだったが、彼の助力を得て俺はこの国の中に基盤を築くことができたというわけで、実際のところかなり感謝している。
おまけにここは旧市街。俺の後をアーニアルの手のものがつけてきて、女王の居場所を探ろうにも随分と厄介な場所にあるという、まさに一石三鳥、四鳥の都合の良さ。
「少しはしおらしくなってくれたらいいのにな」
「あれでも王家の人間です、そうそう屈することはないでしょう」
「まったく」
彼の差し出した鍵を受け取ると、俺は扉に取り付けられた錠を外す。
もともとの貴族の家だったらしいから、こんな場所でもこの家に限って言えば住むのに悪くはない。
「……」
最も、彼女からしてみれば全てが不満の塊に見えてしょうがないのだろう。その仏頂面を見れば理解できる。
「食事が口に合わなかったか?」
「えぇ」
クイーン、ゼベ・メリアその人は、まったく面白くないといった様子を隠そうともせずに広間の中央で立っていた。
どうやら粗末な椅子に座るのも嫌らしい。
「食事、服、家……何もかも、何もかもがです」
まぁ仕方ない、食事は俺が買ってきては預けているものがメインだし、服だって女王の服は随分と汚れて壊れてしまったから、こうして庶民の服を着てもらうしかない。家なんてどうしようもないだろ。
初めて出会った時の女王の威厳とやらはどこへやら、今はすっかりそのオーラも消えている。
そうしてだからこそ気づいたこともあった。女王というのは随分と厚化粧をしていて、けばけばしい服装をしているから、だからその年齢は実年齢より随分と高く見えるということだ。
初めて出会った時は四十後半の女のように思えたのに、今こうしてすっぴんの彼女を見てみればそれは明らかに間違っていたことに気づく。
とても俺と同じくらいのアーニアルを生んだような女性には思えないのだ、言ってしまえばまだ二十いくらにしか見えない。
濡れたように深い黒の髪、張りのある肌、瑞々しい目元、肉付きのいい体……良いものを毎日食べて暮らしていればこうも年を取らないものなのだろうか?
(ここらへん何か事情でもありそうだが、まぁ藪蛇付くつもりはない)
事情を聴けば新たにアーニアルの弱みの一つでも握れるかもしれないが、この非協力的な女傑が素直に話すとも思えない。
「……?」
そんな彼女が何かに視線を取られて、その後を追っているようだったから、俺も合わせてそちらを向く。
その先には、俺たち人間からしてみれば随分小さな生き物が何やらごそごそと袋を漁っているらしく、影が揺れていた。
「なんだ、あんなものに興味があるのか?」
「あんなもの?」
彼女の位置からはそれが何なのかはっきりとは見えないのだろう。
だから俺がそれを捕まえて、ずいと彼女の前にさらしてやる。
「ネズミだよ」
こんな場所だから珍しくもないのだろう、どうやら床に転がっていた何かをかじっていたらしい。
首元の皮を掴まれてじたばたともがくその姿が随分と愛らしいじゃないか。
「?」
ふとそこで気づく。
ゼベ・メリアの反応がないことに。
よく見れば顔面の表情は凍てついて、体はぴくりとも動かない。まるで神話のメデューサの視線を浴びたように、ゼベ・メリアの時間がだけが止まっていた。
「もしかして」
ネズミを掴んでいた右手を下ろして、左手を彼女の前に差し出し何度か指を鳴らしてみるが、やはり反応はない。
「気絶……してるのか?」
どんな箱入り娘だ、とも思ったが、よくよく考えればそういう箱入り娘なのだろう。
気絶した彼女と一匹をバリスン老に預けて、俺はその場を後にした。
あぁ今日は久々の休みだ、ネズミと仏像相手にこんな陰気な場所で過ごすのは中々に想像したくない。




