【30】烈火
もう何度目だろうか。何人目だろうか。
数えるのが当然であるそれを放棄して、俺は正面から走り寄ろうとするそいつを無力化する。
(居た)
東の離塔への連絡路、城と塔をつなぐ唯一の道、彼女は八人の騎士に守られて居た。
「退け、死にたくなければ、退け!」
さすがに女王の最精鋭か、脅しなどには屈しないらしい。クソ、厄介だな。
(あの重鎧、それに盾。 拳銃弾じゃ効力は薄いか)
スリングで下げたライフルを取り直し、横倒しのまま照準を合わせる。
ロングマガジンで戦闘を行う時のために準備した、サイドレールに畳んであったドットサイトを起こして、走り出そうとした騎士の頭をつぶす。
こいつは“女の子の弾”とは違う。別のマガジン、最後のマガジンでもあり、入っているのはFullMetalJacket。
砕けたトマトを思わせる四人の騎士たち、彼らの死体を乗り越え彼女を追う。勝てぬと分かった以上俺とまともやりあうことは諦めたらしい。
「っつ!」
四人の騎士たちがかわりがわりに矢を打ってくる。この一本道だ、まともに避けることなどできはしない。
騎士たちは一発を打つと残りの騎士が立てた盾の後ろに隠れ、次の騎士が矢を打つ。俺の目の前に転がった男のでかい死体に次々と矢が突き刺さる音を感じる。
「メリア様! お早く!」
あれが最後の砦だ。
「我らが命に代えてもあの悪魔を通すな! 我らが墓標はここぞ!!」
あれさえ突破すれば、全てが終わる。
胸にひっかけられた、最後のピンを抜いた。
「女王を……!!」
最後の言葉は閃光にかき消され、彼らの命と共にこの世界から消えてしまう。残されたのは焼ける肉の臭い。
慎重に周囲を軽快しながら矢だるまになった男の死体から這い出ると、目の前に焼き焦げた四つの死体があることを確認する。
それが彼らの死体であることに疑いようはなかった。
走る。走る。走る。
そして俺は、その姿を照準に捕える。
「ひぃっ、ひぃっ!」
爆発で転んだのだろう、バランスを崩した体を無理に前に進めようとして随分と不格好な姿。尊厳も何もなくして、なお逃れようとする彼女の姿を俺は間違いなく捉えていた。
「誰か、誰か!」
本来ならば靭帯を損壊させ、抵抗力を奪ってから確保するのが最善だ。
まだ敵がいなくなったとは限らないのだから、彼女が何もできなくなっていてくれている方が周囲を警戒しやすいのは道理。
しかし彼女には生きていてもらう必要がある、彼女の命はまだ必要だ。
この世界の医療技術では銃創一つで致命傷となりかねない以上、引き金を引くのはためらわれた。
彼女に手が届く距離へと入り、構えた照準を下ろすと一気に彼女の背中へと押しかかる。
「大人しくしろ、危害は加えない」
「ぐっ……」
女王の両の親指を合わせて背中で拘束し、彼女の両の腕の自由を奪い、次に両足も同じように強化プラスチックのバンドで結んでしまう。
いや結ぼうとした。
「っつ」
物陰からこの隙を付いて一気に男が駆け寄ってくるのが見えて、条件反射で胸の拳銃を彼めがけて三発撃ち込んだ。
(後悔は後だ)
それは俺よりも年若、まだ剣もまともに持てない少年のようであって、うなだれた彼の体はぴくりとも動かない。
俺を討ち女王を助け名を上げようというのであっただろう。少年のはかない夢に俺は討たれるわけにはいかない。
最後の希望も閉ざされ、ぐったりとうなだれる彼女の体を担ぎ上げる。
「一体私があなたに何をしたというのですか、これは一体なんの真似です」
「何をしたかか」
確かに俺は直接彼女から何をされたわけでもないし、恐らく彼女から怨まれているわけでもない。
「自分の部下の行動には責任を持て」
だが成り行きでこうなってしまったのだ。俺にも帰る場所は必要なのだから、今日安心して眠れる場所のためならば一国の女王であろうと拉致する。
「そして次からは俺のような人間がいることを覚えておけ」
俺たち“FLAGS”は、そういう人間の集まりだ。




