【25】崩壊
アーニアルが相当に聡明な男であることは今までの旅の中で十分にわかった。
この男は若いながらにして問題解決能力に優れ、民族的な指導能力も持ち得て、奴は相当な器量を持っているだろう。
「……」
それをわかっているからこんな馬鹿みたいな恰好をしているんだ、そうだ伊津、あいつは凄い奴だ、信じろ。
「貴様らも知っているだろう、聖戦士、真実の王を救いたまう神の戦士のことだ!」
広まる民の動揺が電波になって耳に届く。あぁ信じられないが俺のことを本当に“聖戦士”やらだと信じ始めているらしい。
お前らの聖戦士とやらは頭にチキンブリトーをつけてクジャクのような羽を逆立てているのか。もしそうだとしたらそんな神などくたばってしまえ。
あぁ本当に間抜けな姿だ、雨に濡れた大地のくぼみ、そこにたまった水たまりが今の俺の姿を水鏡に映している。
バンダナで撒いた賑やかしに羽織ったマントは金の刺繍。胸にはでかでかと神が悪魔を踏みつける絵柄が縫われており、腰にくくられた金糸の飾りが本当に馬鹿みたいだ。
いいか伊津。信じろ、アーニアルを信じろ、必ずこれが報われると。
「貴様ら達も既にみたはずだ、偉大なる聖戦士の力を! 民たちよ! 既にお前たちは知っているはずだ、この聖戦士のことを!!」
一方であいつの話はとても盛り上がっているようだ、扇動者としての才能もあるなこいつは。
「選べ我が民よ! 神より遣われし戦士と……神と対峙してなおその女に屈し我が首を狙うか。
兵よ!己が槍に聞くがいい、この者をその穂先で捉うるか!」
おいおい、それで本当に襲い掛かってきたらどうするんだ。とてもではないがあの数の人間を相手になどできないぞ、そうなったら俺は馬を引いてとっとと逃げさせてもらう。
「選べ」
といったところでアーニアルの口が止まるわけでもなく、状況が巻き戻るわけでもなく、状況が進むわけでもなく。
俺はもうとっくに諦めてなるようになるこの状況を座して受け入れることにしていた。
「神か、人か!!」
さぁ選んでくれ、俺の未来を。
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「おい聞いたかよ」
「あぁ、本当かよ」
城内は明らかに浮足立っていた。突如して聖戦士の物語が現実味を増して目の前に現れたのだから、それを信じるという動きが出てきてもおかしくはない。
そうなればアーニアル二世を締め出して城門で向かい合っている今のシャインガルは神の敵ということで、自分たちは本当にこんなことをしていいのかという疑問が湧き出す。
「あいつが本当に聖戦士様だっていうなら、俺たちは聖戦士の道を阻む魔なのか?」
「なんてこった、そいつはやばいぞ!」
「我らが絶対なる神よ、お許しください」
みな口々に動揺が広がり、その不安は焦りに変わり、焦りは恐怖へと変質していく。
「乱されてはなりません我が民よ!」
そんな民衆たちの頭の上から降ってきた声は、威圧的で、絶対的で、威厳に満ちた女性の声。
「あれは王を名乗る不届きもの、すなわち真実の王でもありません。 真実の王でもないものを助けたものがどうして聖戦士でしょうか、よくお考えなさい」
女王の威厳はまさに絶対的で、不安も焦燥も一気に吹き飛ばしてしまう。
「騙されてはなりません民よ。 謀られてはなりません民よ。 あれは悪魔の声です、悪魔どもが我が子アーニアルの名を騙りこのシャインガルに入ってこようとしているのです」
この女王の威厳の元に反発できるような人間はいない。王とはそういったものなのだ。
事実広まっていた民の動揺はその女王の声で急速に収束しつつあった。本当に聖戦士なのかもわからない相手を信じ、女王を裏切ってよいものか。
それに民たちだけではなく兵が彼を信じなければどうしようもならない。
「ジスト、ありがとう」
「ご安心を、我が命に代えてもあなたをお守りします」
だから私はここに来た。
「民よ! 私を信じなさい、あなたたちを今まで庇護し、そしてこれからも! 常にこの国は私と共にあると!」
女王の言葉を遮る声を、私はここから出さなければならない。
城壁の一角、女王のいる対角の彼岸。
「みなさん!」
私は喉の限り声高く言葉を、目下に広がる彼らに向けて打った。
「お話があります」
私のするべきことはただ一つ。
「私はパ・ラダ・エクラートル」
今この外にいる彼と、真実の王を救うこと。
それが聖女として生きるものの使命だと、今明確な確信を抱いていた。




