決断の日
母が亡くなったという知らせを受け取った。
受け取ったときは、頭の中が真っ白になり、時が止まったようだった。
ミレイに袖を引っ張られ、正気に戻ったくらいだ。
取るものも取りあえず、実家に急いで帰った。
帰る道中、至る所で襲撃の傷跡を見ることが出来、広範囲にわたる襲撃であったことがうかがい知れた。
夜遅く、実家に着くと、既に葬儀は終えていた。
まぁ、研修旅行に出ていたため、帰ってくるまでに日数が掛かったのだ・・・仕方が無い。
家の中は、明かりが点いているのに、どこか薄暗く陰鬱とした雰囲気が漂っていた。
父と話をするため、私室にお邪魔する。
「おお、帰ったか」
そう言って振り返った父は、一気に老け込んでいるようにも見えた。
「はい。ただいま戻りました」
「お前たちも襲撃を受けたと聞く。
まずは、お前たちが無事で良かった」
「ええ、皆の協力もあって、乗り切ることが出来ました。
それで・・・その・・・母様の事なんですが」
「その・・・済まなかったな」
沈痛な面持ちで済まなかったと言う・・・
「済まない、とは?」
「いや、母さんの葬儀に参加出来なかった事とか、
そもそも、母さんを守れなかった事とか・・・だな」
「いえ、それは仕方の無かったことかと。
確かに色々と思うところはありますが、
頭の中がごちゃごちゃしてて・・・
何があったのか教えて貰えますか?」
「そうだな・・・」
楽しい話題では無いが、触れないわけにも行くまい。
ミレイも家族の一員なので、同席して貰い話を聞く。
不安からか、ミレイが僕の袖を掴んでいた。
あの日、母はノイナと街に買い物に出ていた。
そんな街中で、襲撃に遭ってしまった。
近くの建物が崩れてきて、母はノイナを助けるために彼女を突き飛ばし、自分はがれきの下敷きになってしまった。
ノイナは腕を骨折してしまい、1人では助け出せそうもなく、助けを呼ぶため、人を探しに行っている間に母は亡くなってしまった。
ざっくりとした説明ではあったが、どうやって亡くなったのかは十分に伝わってきた。
話を聞いている間、ミレイは必死に涙をこらえ、僕の袖をギュッと掴んでいた。
「その・・・ノイナを助けるあたり、
母様らしいかな・・・って」
「ああ、そうだな」
ミレイがついに我慢が出来なくなって涙を流していた。
それでも、必死に我慢しようとしていたので、かるく頭を撫でる。
「ミレイ、泣いてもいいんですよ」
「でも、でも・・・ウィルの・・・」
「ミレイが代わりに泣いてください。
僕の分まで」
その言葉を聞いて、いよいよ我慢が出来なくなってしまったらしい。
僕の胸にしがみついて泣きじゃくる。
そんなミレイを見つつ・・・涙の出てこない自分は薄情者でオカシイのかな?
とか考えていた。
「父様・・・
仕事の都合上、話せないこともあるでしょうが、
話せる範囲で構いません。
今回の襲撃・・・把握している事を教えて貰えませんか?」
「ウィル・・・
そうだな・・・
お前も、もう、いい歳だ。
それに下手な噂話で惑わされるより、
私の把握していることを話しておいた方がいいかも知れん」
「お願いします」
これから話すことは、機密も含むから他には話すなよと釘を刺された上で話してくれた。
攻めてきたのは、アルシェ・バイラ王国の一部軍勢力。
ここ数十年、大規模なノラやクロの侵攻が無かったため、力を持て余した軍部が、領土拡大を目論んで攻め込んできたと言うのが、アルシェ・バイラ王国の言い分だ。
あくまでも軍部の独断であり、暴走であると。
力を持て余した軍部のしわざにしては、我が国に潜伏させていた工作員を使い、侵攻の手助けをさせているあたり、本当に軍部だけのしわざなのかは怪しいところと考えている。
侵攻された都市は、首都や衛星都市であるコトナ、北の要害クリオール、西の要塞都市ペダシオールと言った主要都市を含む、11都市。
一部と言うには、かなり大がかりな侵攻だった。
ただ、彼らにとって・・・また、我々の国にとって想定外だったのが、そこにノラとクロが侵攻をかぶせてきたこと。
アルシェ・バイラの侵攻作戦がクロに漏れ、利用されたのでは無いかと言うのが現状での推測となる。
三つ巴の争いになったことが、我が国には(被害が甚大ではあったが)有利に働いた。
アルシェ・バイラの足止めになってくれたのだ。
ノラやクロの侵攻となれば、話は別だ。
争っている場合では無い。
当然、そう考える部隊もあり、我が軍と協力し、撃退を行っていたケースも見受けられる。
結果として、クロの侵攻に助けられ、アルシェ・バイラ王国の侵攻を食い止めることが出来た。
各地で多数の捕虜を捕らえており、それらの処遇、我が国への賠償等々、国と国の話し合いが行われている。
と、言うのが父が話してくれた内容だった。
アルシェ・バイラ王国は軍部の暴走と言うが、怪しいところだ。
軍部の暴走だとしても、国として力を持て余しており、その力の吐き出し先を欲したのは間違いない。
結局の所、力を持ちすぎるとロクな事をしない・・・ってのが人間の性って事だろうか。
ここ数日の出来事が目まぐるしすぎて、自分でも混乱しているんだろうと思う。
落ち着いて考えたのかと問われると、自信が無い。
それでも、これからを考えると、この極端な考えも1つの答えとしてアリだと思う。
そんな考えを父に打ち明ける。
「父様、お願いがあります」
「お願い?」
「ええ、僕を勘当してもらえないでしょうか?」
「勘当・・・自分が何を望んでいるのか解っているのか?
親子の縁を切ると言うことだぞ?」
「はい。
色々と考えました。
正直、何が正しいのか、それは解らないと思います。
それでも、1つの答えとして・・・
僕は"人間の敵"になります」
「何を言っているのか・・・
息子がこう言っているとき、
殴ってでも止めるのが親なのかも知れないが、
まずは、その考えを聞こうじゃないか」
自分でも、かなり無茶な・・・インパクトだけはある切り出し方だったと思う。
何というか、今言うことなのかとか悩むことは多々あるのだが、たぶん、自分でも混乱しているんだろう。
何を考え、何を話したかと言うと・・・
人間には敵が必要なのだ。
ノラやクロと言った人間にとって共通の敵が攻めてくる事によって、国家間のくだらない"いざこざ"は無くなり、武力を持て余すことも無く、協力することが出来る。
共通の敵が、ほどよく攻めてこないからこそ、今回のような事を考えるバカが出てきたのであり、母が亡くなるという事態に到ったわけだ。
コントロールされた紛争なら、少なくとも身内に危険がおよぶ可能性は格段に減る。
そりゃ、最前線では人死には出るだろう。
冷酷な話だが、全てが丸く収まる平和が作れないのなら、少なくとも身内が平和な世界を作ろうって話だ。
こんな考え方をするあたり、自分は壊れてしまったのかも知れない。
きっと壊れてるんだろう。
壊れているなら、壊れた者らしく、人間の敵になろうではないか。
「つまり、お前は、この国に攻め込む側に回るというのか。
・・・反逆者になるから、縁を切りたいと?」
「そういうことです」
「母さんがいなくなったばかりなのに、
お前もいなくなるというのか?」
「それは・・・」
そう言われると言葉に詰まってしまう。
自分でも混乱しているんじゃないかって思うのは、そういう部分だ。
「確かに、ウィル、お前が言うように、
人間には敵が必要なのかも知れない。
敵がいれば、1つにまとまっていれただろう。
だからと言って、それがお前である必要はない」
「でも、それじゃぁ、身内を守るように制御出来ない」
「制御出来ると思っているのか」
「少なくとも、前線の位置くらいは制御出来る」
「戦いは生き物だ。
そんなに甘いモンじゃ無い」
「それは・・・そうかも知れません。
でも・・・そう・・・それに、ミレイの事もあるんですよ」
「ミレイの?」
「ボク?」
それまで黙って聞いていたミレイが、僕の方を見上げる。
ミレイの顔を見、父の方に向き直って話を続ける。
「この社会は、ミレイには生きづらい社会です」
「それは・・・忌み人だからか?」
「ええ。ミレイは、この見た目だけで忌み人と差別される。
今回の件では、問答無用で犯人に仕立て上げられようとした。
見た目が他と違うからと・・・
それは生きづらい社会です」
「ミレイのためにも、人間の社会を出て行くと言うのか?」
「それも理由の1つです」
「そうか・・・」
無茶苦茶な話を、かなり一方的に繰り広げたと自覚している。
だが、言いたいことは言った。
それこそ、許されなかったとしても、出て行くことを止めることは不可能だ。
監禁でもされれば、話は別だが。
いくら何でも、そこまではされないだろうという打算もある。
考え込んでいたかと思うと、おもてを上げ、こちらを見つめてきた。
後ろめたいことは何も無いので、じっと見つめ返す。
「考え直す気は無いんだな?」
「ええ」
父が、身体中の空気を吐き出さんばかりの深いため息をつく。
「・・・お前が、どう思おうと、
お前は、ランカスター家の長子だ。
ウィル、お前が身内の事を考えるように、
父さんも、息子の事を大事に思っているんだ。
どこに行こうと、縁は無くならない」
「父様・・・」
「今日は、この辺で勘弁してくれないか。
あまりにも疲れてしまった」
「は、はい」
おやすみなさいと挨拶をし、自室にミレイと帰る。
その間も、ずっとミレイは袖を掴んだままだった。
「ミレイ・・・その、勝手に出て行くような話をして済みませんでした」
「ううん」
「嫌なら、残っていただいて」
「ボクも行く!」
袖を掴んだまま、必死に訴えかけてくる。
卑怯にも、予想した通りの答えなので、なんとなく苦笑してしまう。
「フェルミに相談もしてないですからね。
もしかしたら、行き場を失うかも知れません」
「だったら、ボクがいれば、少しは寂しくない」
「そうですね。
ミレイが居ないと、寂しいですね」
ミレイの手を握り、ミレイの方を向く。
「じゃぁ、改めて・・・
一緒に来てくれますか?」
「うん。どこまでも行く。
ダメだって言っても、ついて行く、から」
ミレイがちょっと涙目だ。
何も泣くこともあるまいに。
「チノとラルはどうしますかね」
「どうする?」
「いや、この話をした物かどうか・・・」
「しなきゃ、ダメ。
絶対、怒る!」
思ったより強い語気なので、少しびっくりする。
「怒りますかね?」
「うん。きっと、怒る」
「じゃぁ、話さないとダメですね」
「うん。話せば、解ってくれる」
「そうですね」
少し間があくと、ミレイの目に涙が浮かぶ。
「ミレイ?」
「リリー奥様・・・もう、居ないんだなって。
こんなボクに、すごく、すごく、優しくしてくれて・・・
ボク・・・何も恩返し出来てない。
何も返せてない・・・」
ミレイの手を、改めてぎゅっと握り、語りかける。
「大丈夫です。
母様は、ミレイの笑顔が好きでしたから。
ミレイが笑顔になることで、
きっと母様も喜びます」
「そ、そうかな・・・
・・・そうだよね。
うん。ボク、頑張る、から」
「焦らず、ゆっくりやっていきましょう」
「うん」
涙を拭って、顔を上げる。
こうして、僕らは人間の敵になった。
次回「兄からの手紙が来た日」
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