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ヒール最高  作者: 猫美
学院高等編
87/90

研修旅行の日、襲撃の時間

雪がちらちらと舞う街中、白い息を吐きながら走る。

戦場で後ろに控え、ケガをした兵士にヒールをするためだ。

細々とした路地を駆け抜ける。

剣戟けんげきや建物の破壊される音が聞こえてくる。


「君たちは、ここら辺に控えていてくれ」


戦闘の音まで、かなりの近さと解るが、直接は見えないような・・・そんな距離。

そこで身を隠していろと言われ、別れた。


音のする方を見やると、フェルミが見たというギーテスラルゴなのだろう・・・

建物の隙間に巨人が見えた。

身長4メートルくらいだろうか。

剃り上げた頭に、紅白の塗料で何やら紋様を描いている。

巨大な棍棒を振り上げ、その膂力りょりょくを持って振り下ろす。

その高さは6メートルを超える。

その位置エネルギーを伴った一撃は、金属鎧を簡単に叩きつぶし、人の命を奪うだろう。

近くの建物に入り、2階へ上がる。


「おい、ウィル!どこに行くんだ!」


ネクリオスが呼び止めるが、無視して2階に上がる。

そして外へと出て、戦場を見渡せる位置に移動する。

上から見下ろすことで、状況がはっきりと解る。

敵味方、三者入り乱れての混戦となっている。

強いて言えば、我々が一番劣勢に見える。

既に、身じろぎすらしなくなってしまっている人影もいくつか見て取れる。

アルシェ・バイラ兵とラルゴの力にどう対抗するか、手を出しあぐねているといった感。


「こ、これは・・・酷い」


ネクリオスが、うめく。

確かに、思った以上に劣勢だ。


ギーテスラルゴが棍棒を振り回す。

あっと声を上げる間もなく、1人の兵士が身体を歪ませながら建物の壁に打ち付けられる。

このままではまずい。

細かい治療はともかく、まずは動ける程度に回復させることが必要だと判断する。

建物の端、ギリギリに立ち、呪文を唱える。

少し距離があるが、問題無く発動できるだろう。


「我が前方に広がりし視界の四杭、癒しの力行き届かん。リィディアスヒール」


距離の所為か、範囲の所為か、普段より多目に心力を消費しているようだが、思った範囲内でのヒールは出来たようだ。

先ほどの1人も含め、4人の味方、1人のアルシェ・バイラ兵が動けるようになった。

周囲の味方に手助けされながらも、何とか物陰に移動する。

さすがに、ギーテスラルゴの足下にいる人までは癒せなかった。

癒してしまうと、ギーテスラルゴの傷も回復してしまう。

奴が移動するか、こちらから接近するかしないと無理だ。


「ネクリオス、手伝ってください」

「何をだ?」

「あのラルゴの足下・・・」

「まだ生きてはいるようだが」

「あの人を助けます」

「また、無茶を言う・・・」

「なんとか、近づいて、物陰に引っ張り込みます」

「危険過ぎる!」

「死んでしまったら、治療することが出来ない。

 あの人は、まだ助かる見込みがある」

「確かにそうだが・・・くッ、仕方あるまい」

「ありがとうございます。

 それじゃぁ、ミレイはここで」

「ボクも、行く」

「ここで待機していて欲しいんですが」

「ううん。ボクも行く!」


最近・・・なんかどんどん頑固になっていく気がするな。

まぁ、こうなってしまっては、もう考えを変えないだろう。


「仕方ないですね。

 後ろで安全を確保していてください」

「解った」


建物の裏を回り、ギーテスラルゴの通ってきたであろう道・・・建物が破壊され、まっすぐな大通りが出来上がっている・・・そこに繋がる道に身を隠す。

ここからケガ人まで、10メートルはあるだろうか。

もう少し近づきたい所だが、これ以上は遮蔽物が小さすぎる。

その2メートルほど・・・いや、もう少し近いかも知れないが、そんな位置にギーテスラルゴがいる。

幸いにも、兵士たちの攻撃に注意が向いており、後方に当たるコチラには気が向いていないようだ。


「で、ウィル・・・どうするんだ?」

「がれきが多いので、忍び足ってのは無理でしょうね」

「だろうな」

「それでも、なるべく音を立てず、一気に駆け抜けて引っ張りましょう」

「無理だろ・・・」


その兵士の背後に、比較的大きながれきがある。

あくまでも比較的ってだけで、隠れるには小さすぎるのだが・・・


「あのがれきを盾にします」

「無いよりはマシか・・・」

「じゃ、行きますよ」

「はぁ・・・仕方が無い、行くぞ」


深呼吸をし、一気に駆け出す。

それなりに気を使っているつもりだが、それでもガシャガシャと音を立てる。

いくら戦闘中とは言え、これだけ音がすれば気付かれる。

が、音に気を奪われれば、前方の兵士から攻撃を食らうことになるのだ。

こちらにかまけている暇は無いはずだ。


無いはずなのだが・・・ギーテスラルゴがこちらを向く。

そして、振り上げた棍棒を叩き下ろす。


「なにぃッ」

「ぬあっ!」


2人で左右に転がるようにして飛び避ける。

ギーテスラルゴがこちらに意識を向けている間に、後ろから兵士たちが攻撃を仕掛ける。

ガァッと声を上げながら、今度は後ろの兵士たちに向け、棍棒を振り回す。

なんだ、こいつ、頭悪いな・・・と思ったところで、確か頭が悪いと言っていたなと思い出す。

なるほど・・・頭悪いな。

とは言え、今がチャンスなので、一気に兵士まで近づき、物陰へ引っ張り込む。

さすがに、鎧を着ているだけあって、かなりの重さだ。

この重さ・・・1人じゃすんなり引っ張れなかったな。


左側面から棍棒を喰らったのだろう。

左腕がぐしゃぐしゃに潰れている。

また、鎧の胴体部分もひしゃげており、呼吸を阻害している。

呼吸をする度に、咳き込み、口から血が飛散する。

肋骨が肺に突き刺さっている可能性も高そうだ。


「ネクリオス、鎧を脱がせる必要があります。

 手伝ってください」

「解った」


歪んでしまっているため、一筋縄ではいかなかったが、留め金を破壊し、なんとか鎧を脱がせることに成功する。

ここでこのまま治療するには、少しギーテスラルゴに近すぎるため、軽くなったのをいい事に、一気に路地の方まで駆け戻ることにする。

ネクリオスに背負ってもらい、路地裏に隠れる。

ギーテスラルゴは、特にこちらに気にした様子も無く、兵士たちとの戦闘を続けている。

ゆっくりと言うわけにはいかないが、多少落ち着いて治療を行う。

かなりの重傷ではあるが、ヒールでじゅくじゅくと回復していく。


「エイパリトゥ!ポァ、アクェイ!パーラ、アトアクラ、アクウェイ!」


誰かが叫ぶ声が聞こえた。

見回すが、どこから聞こえたのかが解らない。


「ウィル、あそこだ!」


ネクリオスが、上を指差す。

見ると建物の屋上に、白い外套をまとった人が居た。

その男が、こちらを指差しながら、何かを叫ぶ。


「なんだ?」


指はこちらを向いているが、視線がこちらを向いていない。

どこに向かって話しかけているんだ?


「ウィル、危ない!」


ミレイにタックルを喰らい後ろへ飛ばされるのと、グワシャと建物が破壊される音が聞こえるのが同時だった。

目の前にがれきが落下してくる。

その落下してくるがれきの向こうで、ネクリオスがケガ人をかばいつつ退避しているのが見えた。


「ぁぅ」


ミレイが小さく呻く。


「ミレイ!大丈夫ですか!?」

「うん、平気。

 外套が、ダメになっただけ」


見ると、外套が腰のあたりからばっさり切れてしまっていた。

また、頭巾の部分も破れてしまっている。

頭巾の役目を果たさなくなってしまった部分を後ろにまくり、ミレイの顔を見る。

頬の部分をかすったのだろう・・・擦過傷になっていた。

大したことは無いだろうが・・・軽く出血していた。


「少し血が出ていますね」

「うん、大丈夫。

 ウィルは平気?」

「ええ、ミレイのお陰で傷1つありませんよ」

「よかった」


ミレイの顔に跡が残ってもまずいので、すぐにヒールで治す。

少し赤みは残るが、軽傷なので簡単に治る。


ネクリオスの側とは建物の残骸で分断されてしまった。

ざっと地図を頭に思い浮かべるが、堀が邪魔してすぐには合流できそうに無い。


「ネクリオース!無事ですかー」

「問題なーいッ!」


大声を張り上げると、向こうからも返事があった。


「その人を頼みますッ」

「解ったー」

「僕たちは、反対側から回ります」

「ッ・・・解った!

 気をつけろよ!」


さて・・・ギーテスラルゴは、再び背後からの攻撃に意識を奪われ、反対側を向いている。

屋根上の白装束・・・フェルミが言ってたバンシールって奴なんだろう。

そのバンシールが、何かをわめいている。

何を言っているかは解らないが、ギーテスラルゴに指示を出していることは解る。

そして、どうやら・・・ヒーラーである自分に目を付けたようだというのも感じ取れる。

やっかいな補給ラインを先に潰そうという訳だ。


「ミレイ、無限の魔法陣は持ってきていますか?」

「氷の矢の奴?」

「ええ、そうです」

「うん、あるよ。使う?」

「屋根の上にいる奴が、どうやら指示を出しているようなので、

 あれを潰しつつ、ギーテスラルゴを攻撃します」

「解った」


ミレイが親指と小指で輪を作るようにして魔法陣を持つ。

残りの指はまっすぐに伸ばし、両手に作った輪を相手・・・バンシールに向ける。


こちらの準備も単純なモノだ。

ミレイの背中側に回り込み、リサーチを唱え、両肘に手を添える。

ツインテールにして貰っていないので、髪の毛がちょっと邪魔だが、後ろから額を付ける。


「ウィル、いい?」

「ええ」

「・・・かる、へくさ、あるーだ!」


ミレイが呪文を唱えると、指で作った輪から、伸ばした指に沿って氷の矢が飛んでいく。

1秒間に1発から2発、両手で2発から3発・・・目標に向かって連続して飛んでいく。


「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」


減り始めた心力を補充する。


この魔法陣・・・敢えて失敗作を使っている。

心力が尽きるまで、とにかく氷の矢を射出する魔法陣・・・

普通であれば、すぐにでも心力が尽きて気絶してしまうのだが、心力を補充することで、ひたすら撃ち続けることが出来る。

威力と速度に注力し、多少の心力の浪費と命中精度には目をつぶった一品。

下手な鉄砲を数でカバーするタイプだ。


「メルーダ!」


バンシールの肩と脇腹付近に命中し、奴が何かを叫ぶ。


「エウーマ、メルーダ!ボゥセ、オルァ、オ、ケスフィーズ!」


何を言っているのかは解らないが、怨嗟の声だと言うことは解る。

恐らく、ギーテスラルゴへの合図だろう。

が、その間もミレイの氷の矢は、尽きること無く射出されているのだ。

命令を下している場合では無かったはずだ。

額に氷の矢を受け、ゲッという言葉を残し、後ろに倒れ込んだ。


ミレイが手を大きく振るう。

その手から氷の矢を出し続けながら、ギーテスラルゴの方へと向く。

胸、すねは金属鎧でガードされているが、巨人な為か、全身は覆っていない。

他の部位は、皮鎧となっている。

金属部分を貫通することは無理だろうが、皮の部分なら、すぐには無理でも貫通が可能なはずだ。


ミレイの氷の矢が、ギーテスラルゴの露出部分に襲いかかる。

巨体がゆえか、致命的なダメージに直結しない。

こちらを攻撃するべく、その巨大な棍棒を振り上げる。

さぁ、振り下ろそうかと言うとき、ギーテスラルゴが悲鳴を上げ、仰け反る。

振り上げていた棍棒は手放され、近くの建物の壁を突き崩す。

左手で顔を防御していたが、その隙間から目に突き刺さったようだ。

背中を丸めるようにして、左右にもがく。

その背中に向かって、氷の矢が次々と襲いかかる。

氷の矢から逃れるように、近くの建物に身体を突っ込む。

建物は強度を失い、屋根から崩れ落ちた。

ギーテスラルゴの上に屋根が載っかる形になるが、まだ暴れるのを止めなかった。

また別の建物に突っ込み、建物が崩れる。

さすがに、氷の矢の射程外へ、逃げられてしまった。


「ミレイ、もういいですよ」


コクリとうなずくと、その指の輪で掴んでいた魔法陣を手放す。

手放した一瞬後、魔法陣の紙は一瞬にして真っ白に霜が付き、漂うこと無く、まっすぐに落下していく。

そのまま、自由落下した後、地面にぶつかり粉々に割れてしまう。


「ミレイ、大丈夫ですか?」

「うん。問題無い」


さて・・・すっかり、がれきに取り囲まれてしまった。

戦闘の音、建物が破壊される音が聞こえてくるが、ギーテスラルゴが滅多矢鱈に逃げ回っている所為か、音が遠くへ移動している。

兵士たちも、ギーテスラルゴにとどめを刺すべく移動しているのだろう。

眼を潰したんだ。

早々に無力化されるだろう。

少なくともノラとクロの連中は、なんとかなったか?

残すは、人間同士の争いだが・・・どこまでフォローをするべきなのか。

がれきを乗り越えてまで追いかけるべきか・・・と言うと微妙なところだ。


「まずは、みんなと合流しましょう」

「解った」


頼まれた事を放棄することになってしまうが、少なくとも、さっき見た限りで、動ける程度までは回復させたのだ。

先ほどの人数から行けば、こちらが優勢に傾くはずだ。

一応、義理は果たしたと判断する。

まぁ、自分に都合のいい勝手な判断ではあるが・・・


がれきを避けるように迂回し、ネクリオスやチノたちと合流するべく、南を目指して歩いてた。


しばらく進むと、逃げ遅れたのか、数人の男性と出会う。

さすがに火事場泥棒では無いと思うのだが・・・


「お、おい。黒髪だぞ」

「まさか、こいつが手引きしたのか!?」


言われて、気付く。

先ほどの戦闘で、ミレイの外套が破れ、その綺麗な黒髪をさらしながら歩いていた失態に。

男たちが、手に手に棒を持って周囲を取り囲む。


「いや、ちょっと待ってください。

 僕たちは決して怪しいモノじゃ」

「うるせぇ!てめぇの所為で街はお終いだッ!」

「違います。僕たちでッ」


そこで後頭部から前へ突き抜けるような衝撃を感じた。

どうやら後ろから殴られたらしい。


「ウィル!?

 ウィル、ウィル?」


じわじわと髪の間を何かが濡らしながら広がっていく感触。

ミレイが、男から羽交い締めにされつつも、こちらに手を伸ばしているのが見える。


「ウィル!ウィル、ウィル!?」


じわ~っと視界の周囲が暗くなっていき・・・


「ウィルー!」


腕を伸ばそうと思ったのだが、視界がぐるんと回転し、そのまま暗転した。

ミレイの呼ぶ声だけが耳に残っていた。


次回「研修旅行の日、襲撃の時間のミレイ(家事手伝い見習い)」


Twitter @nekomihonpo


変更箇所

打ち続ける→撃ち続ける(指摘感謝)


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以下、感想に対する補足になりますが、ネタバレを含む可能性があります。
見る場合、最新話まで見た上で見ることを推奨します。
◆1 ◆2 ◆3 ◆4 ◆5 ◆6 ◆7(2013/02/03)
あとがきは ネタバレ を含む可能性があります。
◆あとがき(2013/02/01)
1話にまとめあげる程ではなかったおまけ。
◆研究室での日常のヒトコマ(2012/11/23)



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