賽が投げられた日
あれから、ほぼ毎日、ネクリオスが通ってくる。
ミレイが引いているのに通ってくるアタリ、空気が読めないのかと思いきや、ミレイがどん引き前には立ち去る。
・・・そこは空気読めてるのか。
取り巻きの2人も一緒に通ってくる。
ヨルマナは、ウチらとはあまり関わらず、じっと会話を聞いている。
こちらの会話のこともあれば、周囲の人間の場合もある。
会話に加わってこないこともあって、彼がどういう人間なのか、いまいち計りかねている。
会話に加わってくる時は、ネクリオスの暴走を止めるためか?というタイミングが多い。
もう1人のルムハスは積極的に会話をしてくる。
彼らの中でのムードメーカーなのだろう。
明るい調子でネクリオスの手綱を握っているような感じだ。
良くも悪くも、ネクリオスが彼らの中心であり、シンボルなのだと思う。
暴走しかけることもあるが、基本的に自分で踏みとどまる。
まぁ、友人に止められることもあるが・・・
そんな彼は、現在、ミレイにご執心・・・と言うわけだ。
彼らの実力の程は解らないが、ダルテチ学園で会頭として活躍していたっていうんだから、相当のモノなんだろう。
そう言えば、そろそろ対抗戦があるらしい。
何との対抗だよ・・・って話なんだが、シャンタ学院には、周辺の学園から生徒が集まってくる。
当然、ネクリオス達のように会頭を勤めていた者達も上がってくる。
それぞれの学園で一番だった人間・・・プライドもそれなりにある連中が集まってくる訳だ。
そんな連中が大人しくしていてくれればいいのだが、大人しい訳も無く・・・何かの拍子に爆発しかねない。
爆発しかねないのなら、あらかじめ爆発させてしまえばいいのだ。
ってことで、対抗戦・・・つまりは卒業学園代表対抗戦・・・と言うことになる。
この対抗戦により、その後のヒエラルヒーが決まるってんだから酷い話だ。
まぁ、そういうのは学院の代表に任せるとして・・・精々頑張ってもらおうか。
別段、ヒエラルヒーが最下層でも困らないというか・・・ウチらのグループは下層っぽい位置づけというか、扱いだしな。
そんな位置づけを気にせずに済むだけの実力は持っているからいいんだが・・・
ま、そういうのを気にしない連中でつるんでいるようなモンなので気楽だ。
お手洗いから戻ってきたら、相も変わらずネクリオスがミレイに話しかけていた。
ホント、マメだな。
2人は、こちらには気がついていないようだ。
チノに向かってジェスチャーで「また来たのか」と伝える。
「いつもど~り、だめだめだよ」と言ったようなジェスチャーが返ってくる。
まぁ、ジェスチャーなので勝手な予想だが・・・
いかんせん、途中からなので、会話の流れが見えない。
「ミレイさん、あの男・・・
ウィル・ランカスターは、
ミレイさんの何なんですか?」
これまた突っ込んだことを聞くね。
「・・・ウィル?
ウィルは、ボクのご主人様だよ」
あ゛~・・・確かに間違ってはいないのかも知れないが・・・
教室がどよめく・・・ってこういう状態なんだろうな~。
等と、第三者的な立ち位置に立ってしまった。
「ご、ご、ご主人様!?
ど、どういうことですか!」
「・・・うん?ご主人様・・・だもの」
可愛らしく首をかしげるミレイに、動揺しまくるネクリオス・・・
状況が読めないルムハス、ヨルマナ・・・
どよめくクラスメイト。
昼休みで、教室には人が少ないのが救いか?
なんて説明したモノか・・・と考えあぐねていると、ネクリオスが再起動した。
「あんな男と主従関係なぞ、
ミレイさんには相応しくありません!
さぞ、お困りでしょう。
言ってくだされば、
すぐにでも身請けし、
自由にして差し上げましたものを・・・」
「お、おい。ネクリオス・・・」
あ゛~・・・俺は悪代官か?奴隷商人か?
こちらに気がついていたルムハスが、ネクリオスの暴走を止めようとする。
ネクリオスへ意識が向いている間に、ミレイの様子が変わっていることに、誰一人、気がつかなかった。
「・・・ウィルの」
「え?」
「・・・ウィルのことを、悪く言うなーッ!」
「ミ、ミレイ?」
「ミレイさん!?」
ミレイを見やると、ぎゅっと握り拳を作り、泣きながら声を張り上げていた。
「・・・何も知らないくせに、
ウィルのことを・・・悪く言うなぁ」
「ミ、ミレイ、僕なら気にしません。
大丈夫ですから」
ミレイを落ち着かせようと声を掛けるのだが、効果が無い。
「・・・うぅ、ボクが、ボクが灰色の世界に居た時に、
ウィルだけが・・・ウィルが、ウィルの家族だけが、
ボクに手を、差し伸べてくれたのに」
ミレイの頬を涙が伝う。
その涙を両手で拭う。
「・・・誰も、助けて、くれない・・・」
拭っても拭っても涙が止まらない。
「・・・あの灰色の世界から、引っ張り出してくれたのに。
・・・ボクの世界を、うぅ、こんなにも暖かくで・・・」
あまりのことに、ネクリオスも、ルムハスも、ヨルマナも固まっている。
それは、こちら・・・チノにラルも同じなのだが・・・
・・・そして、かく言う自分も固まっていた。
「・・・何も知らない人が、ウィルをぅ・・・うぁ~ん」
そこまで言うと、一気に爆発した。
彼女の日頃を考えれば、号泣・・・爆発と言っても過言では無い。
ミレイが泣きじゃくっている。
ネクリオスの発言が、彼女の感情のダムを破壊してしまった・・・
教室は、先ほどのどよめきから一転、静まりかえっていた。
ミレイの泣きじゃくる声だけが響く。
「ミレイ・・・」
声を掛け、肩に手を置くと、びくんと音が聞こえてきそうなくらいに身体が震えた。
ミレイがゆっくりと振り返る。
「・・・ウィルぅ」
「大丈夫です。大丈夫・・・」
ミレイが胸にしがみつくようにして泣いてきたので、よしよしと頭を撫でる。
「ぅ、ぁ・・・」
ネクリオスが再起動したようだ。
ミレイに声を掛けようとして・・・思いとどまる。
「ぐっ・・・
ウィル・ランカスターッ!
今度の対抗戦で勝負だッ!」
挙げた手のやり場に困ったのか、こちらを指差しながらそんなことを言う。
何をどうしたら、そうなるんだ。
頭がごちゃごちゃになって混乱している所に、そんな追い打ちを掛けられても困る。
返事を考えあぐねていると、ネクリオスが立ち去ろうとする。
「あの・・・ミレイさん・・・
その・・・また来ます」
何も言わずに立ち去るのもどうかと思った彼が、そんな声を掛ける。
何も言わずに立ち去ればいいモノを・・・
ミレイは無視する・・・と思ったのだが、振り返って(ミレイにしては)大きな声で叫んだ。
「・・・何度来ても、ボク、ウィルの愛人になるんだもの!」
溶けかけていた時間が、再び凍り付く。
その瞬間の音を聞いたような気がした。
この娘は何を言っているんだ・・・
そもそも、何をどうやったら、そういう会話の流れになるんだ。
あまりにも突拍子の無い流れに混乱をきたす。
ミレイの告白(?)とネクリオスの失恋(?)・・・そんな大胆な宣言というごちゃまぜな爆弾だった。
「おのれ、ウィル・ランカスターッ!
対抗戦、覚悟しとけッ!」
この場で、その台詞・・・完全にこちらの引き立て役でしか無いぞ・・・
どう考えても、負けフラグじゃないか。
まぁ、どう反応するのが正解なのか?というのは難題だが。
そんな捨て台詞を残して、ネクリオスご一行が教室から消えた。
その捨て台詞を契機に、凍り付いた教室が息を吹き返す。
「ねぇ、ミレイ。
なんで愛人なの?」
いち早く、息を吹き返したラルが問いただす。
まぁ、こっちはまだ凍り付いていたというか、反応に困っていたので、正直、助かる。
確かに聞きたい内容ではあったしな。
「・・・だって、ボク・・・忌み人だもの」
あ゛~・・・この娘は、まだそこを引っ張るのか。
「本妻でもいいじゃないですか」
「・・・ううん。ホンサイは、ちゃんと、した人じゃないとダメ。
ボクは、愛人かな・・・って」
「愛人の意味解ってるんですか?」
「・・・えっと・・・メカケサン?」
こっちの世界でも妾さんって言うのか~。
とかそんなどうでもいいことで現実逃避・・・
っていうか、誰だ・・・ミレイにそんなこと教えたの。
「まぁ、間違ってませんが・・・
色々と間違ってます。
誰ですか?
そんなことを教えた悪い人は」
「・・・リリー奥様」
母様かい・・・子供に何を教え込んでるんだ。
思わず頭を抱え込みたくなった。
「まぁ、ウィルとミレイなら、
お似合いだと思うから、いいよね」
チノが無理矢理なハンドリングをする。
さっさと着地点に持って行くのは賛成だが・・・その方向性はどうなのかと。
「そうだね。
ミレイの愛人計画は、またにして・・・」
「また・・・にしなくていいですから」
「それよりも、ウィル。
対抗戦どうするの?」
「え?」
無茶なハンドリングで愛人話から話題が逸れたのはありがたい。
それはそれ。
ネクリオスがそんなこと、のたまっていたな。
正直、回復職に戦闘なんか期待すんな。
どんな弱いモノいじめだよ。
とか思わないでも無い・・・
回復職なんだから、逃げてもしょうがないんじゃないか?
「こちとら、回復職ですよ?」
「そうだね」
「でも、やるんでしょ?」
「それは・・・
ウチの可愛いミレイを泣かしたんです。
報いを受けさせなくて、どうしますかッ」
「うんうん。さすがウィルだね」
「策はあるの?」
「ふっふっふ。
僕1人では、役立たずですが、
みんなの協力があれば、
なんとかなるかも知れません」
くっくっく、回復職だからって甘く見るなよ。
目に物見せてくれるわっ。
どうも、その日・・・ミレイを泣かされたことで、変なスイッチがONになっていたようだ。
あとで独り・・・反省会を開いた・・・
次回「賽が投げられた日のネクリオス(同級生)」
Twitter @nekomihonpo