第13話 英雄の最後
レオンの身体が光に変わっていく。
指先から。
腕から。
少しずつ。
確実に。
存在そのものが消えていた。
世界を救った英雄。
終焉神を倒した男。
そのレオンが今、静かに消えようとしている。
レンは信じられなかった。
ようやく終わったのだ。
長い戦いが。
絶望との戦いが。
何度も滅びを見てきたレオンが、ようやく報われるはずだった。
なのに――どうして。
「やめろ……」
レンは拳を握りしめる。
「そんな終わり方があってたまるか……!」
レオンは困ったように笑った。
「お前らしいな」
ユイの瞳には涙が浮かんでいた。
「何とかならないの? 創世神の力なら……!」
レンも必死だった。
創世神の記憶を探る。
知識を探る。
方法を探す。
だが――見つからない。
境界神。
その存在は本来あってはならないもの。
レオン自身が無理やり到達した奇跡。
その反動は避けられない。
レオンは静かに首を振る。
「無理だ。俺は最初から分かってた」
その言葉に、レンたちは息を呑んだ。
分かっていた。
最初から。
自分が消えることを。
それでも戦った。
世界を救うために。
レオンは空を見上げる。
青い空だった。
ネメシスが消えたことで、世界は平和を取り戻し始めている。
長い間見られなかった穏やかな空。
レオンは少しだけ目を細めた。
「綺麗だな」
その言葉は、どこか少年のようだった。
何千年も戦い続けた英雄ではなく、ただの一人の人間の声。
レンは悔しそうに歯を食いしばる。
「こんなの納得できるか」
レオンは笑う。
「俺も昔はそう思った」
レンは顔を上げる。
レオンの表情は穏やかだった。
今まで見たことがないほどに。
「失うのが嫌だった。終わるのが怖かった。何で俺だけって思った」
静かな声。
だが重い言葉。
何千もの絶望を越えてきた男の言葉だった。
「でもな」
レオンは続ける。
「終わりがあるから意味がある」
レンは黙る。
レオンは空を見つめたまま言った。
「創世神も、ネメシスも、俺も。いつか終わる。だから前に進める」
風が吹いた。
レオンの身体がさらに光へ変わる。
残された時間は少ない。
ユイが涙を拭う。
「……馬鹿」
レオンが笑う。
「よく言われる」
「本当に馬鹿。ひとりで全部抱え込んで、最後まで格好つけて」
レオンは肩をすくめた。
「英雄なんてそんなもんだろ」
ユイは泣きながら笑った。
レンは黙っていた。
言葉が出ない。
何を言えばいいのか分からない。
レオンはそんなレンを見る。
そして少し真面目な顔になった。
「レン。お前に頼みがある」
レンは顔を上げる。
「何だ」
レオンはゆっくり言った。
「世界を頼む」
その言葉は、かつて創世神がレンに託した言葉と似ていた。
だが意味は違う。
管理しろでも、支配しろでもない。
――守れ。
ただそれだけだった。
レンは拳を握る。
「……分かった」
レオンは満足そうに頷く。
「お前なら大丈夫だ」
その時だった。
光が大きく揺れた。
レオンの身体がほとんど透ける。
消滅が近い。
ユイが思わず叫ぶ。
「待って!!」
レオンは振り返る。
ユイは涙を流していた。
「ありがとう」
その一言だった。
レオンは目を丸くする。
そして少しだけ照れくさそうに笑った。
「礼なんて初めて言われたな」
レンも口を開く。
「俺も言っておく」
レオンは見る。
レンは真っ直ぐ言った。
「ありがとう。お前がいたから俺たちはここまで来れた。お前が戦ったから世界は残った。だから――ありがとう」
レオンは何も言わなかった。
ただ静かに目を閉じ、小さく笑った。
「悪くないな」
風が吹く。
光が舞う。
花びらのように。
雪のように。
優しく、穏やかに。
レオンの身体が崩れていく。
最後の瞬間――レオンは空を見上げた。
その視線の先には、誰かがいた。
レンには見えない。
だがレオンには見えていた。
銀髪の神。
創世神。
創世神は微笑んでいた。
まるで迎えに来たように。
レオンは苦笑する。
「遅いんだよ」
創世神も笑う。
そして二人は並んで歩き出した。
長い戦いを終えた者同士。
ようやく休むために。
その姿は光の中へ消えていく。
レンたちには見えなかった。
だが不思議と分かった。
レオンはもう一人ではない。
そして――光が消えた。
静寂。
風だけが吹いている。
レオンは消えた。
完全に。
だが悲しさだけではなかった。
そこには確かな希望が残っていた。
レンは空を見上げる。
青空が広がっている。
ネメシスはいない。
絶望も終わった。
世界は救われた。
だが――これは終わりではない。
新しい始まりだ。
レンは黒竜王剣を握る。
そして前を向く。
ユイも。
ヴァルゼルも。
共に。
未来へ進むために。
こうして、世界を救った英雄レオンの物語は幕を閉じた。
しかし――その名は永遠に語り継がれる。
絶望に抗い続けた男。
失われた世界を何度も救った男。
そして最後に、終焉神を打ち倒した英雄として。
その伝説は決して消えない。
【第二部 完】
――そして、新たな物語へ。




