最終話 03(了)
「彼らはやってくれますよ。十年後、博士がこの星にもどってくる頃には、銀河連合も地球人を認めることでしょう」
いつのまにかわたしの横に、ステネコが腕を組んで立っていた。
「キリル王子! 生きていたのですか?」
黒ネコの姿にもどったキリル王子は、黄緑色の目をちろりと向けて、苦笑いを浮かべた。
「あのとき、みなさんと一緒に死のうとネコの体にもどったのですが、いざとなると、わたしもあなたの図鑑の中に逃げ込んでしまってね……」
キリル王子は、くるりと背を向け、輝きを増しながら昇っていく太陽を見つめた。
「燃えゆくプロメテスの船内で、わたしは父の最後の言葉を思い出しました。キリ星が燃えおちるなか、父はわたしに生きろと言った。『生きてキリ星人を導け』と……。
この星に逃げかくれ、五千年もの長い年月を生きて悟ったこと。それは永遠の孤独でした。
我々はひとりでは生きていけないと、あの本の世界で博士はおっしゃいましたね。あのとき、わたしは初めて自分の心に気がついた。いえ、わたしだけじゃない。父や我々キリ星人が心の中で望んでいたこと……。
我々は憎んでいたんじゃない。寂しかったのだ! 仲間になりたかったのだ! 『銀河の輪の中へキリ星人を導け!』 それこそが、父の遺言だったのです!」
キリル王子はぴんと背すじをのばし、わたしの正面に向き直ると、深々と頭を下げた。
「博士。地球人の命を、そしてキリ星人の魂を導いてくれて、本当にありがとう。わたしはこれからも地球人を見守っていこうと思う。わたしたちは必ず、銀河の灯火のひとつとなるでしょう」
「ええ、もちろんです王子!」
「では博士、十年後、この場所で……」
キリル王子はにっこりと笑ってウインクすると、草かげに体をすべり込ませて行ってしまった。
草原に風が吹く。
わたしはひとり、小型宇宙船の上に立っていた。
どのくらい時間がたったのだろう。
背中をつつかれて、わたしは気がついた。
「お別れは済みましたか? 博士……」
クモが細長い手をのばして、申し訳なさそうに言った。
「ああ、済んだ……」
クモは、ぐっとわたしに体を近づけると、耳もとで小さくささやいた。
「みんな噂してますよ。博士は地球に降りてから、歳相応に若々しくなったと……」
「……そうだろうか。以前は老けて見えてたのか?」
「はい。……ところで、なんですか、それ?」
クモに言われるまで、わたしは手に持った紙袋のことをすっかり忘れていた。中をのぞくと、見慣れない発泡スチロール製の容器と、缶詰が入っていた。
「ツナ缶だ……」
わたしはしばらく、手に取ったツナ缶を見つめていた。
「なんなんです、それ? 食べ物ですか?」
しびれを切らせたクモが聞いてきた。
「そうだよ。とっても美味しいんだ」
「へぇー。わたしにも食べさせてくださいよ」
クモが細長い手をのばしてきたので、わたしはあわててツナ缶を懐にしまった。
「だ、だめだよ、これはわたしの宝物なんだ。きみにはそっちをあげるよ。とっても大切なものだけど、きみにはお世話になったからね。……たぶん、納豆ってやつだよ」
「やったぁ!」
クモが納豆に気を取られてるうちに、わたしは懐からツナ缶を取り出した。
缶を裏返す。
そこには、『友』と書かれていた。
とたんに、心の中にいるトモミやアユムが、わたしに笑いかけてくる。
わたしは涙がこぼれないよう、すっかり青く、高くなった空を見上げた。
「さあ行こう、旅立ちの朝だ! おいクモ、どうした? …………気絶してるのか?」
銀河の果てに、地球という発展途上の星がある。
その星には緑が丘と呼ばれる丘があり、動かなくなったままの銀色の小型宇宙船が置いてある。
緑の丘の銀の星――。
それは、わたしと友との約束の場所であり、わたしの一番大切な思い出の場所である。
~ おしまい ~
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