25. ドキドキとソワソワ
あれから、いくつもの季節が過ぎて――わたしは9歳になった。誕生日には、毎年恒例のように、マリーちゃんがアップルパイを作ってくれてね。今年もお昼ごはんに来てくれて、お祝いしてくれたんだよ。
それと、昨年の8歳の誕生日からは、ハルトも来てくれるようになってね。ハルトの誕生日は前の月なんだけど、ここでは誕生日会をする習慣がないから、一緒にお祝いしてるの。
いつもよりちょっと豪華な、うちのお昼ごはんに招待してるだけなんだけどね。お父さんと2人の食卓が4人になるから、いつもより賑やかな誕生日が楽しみなんだ。それに、マリーちゃんのアップルパイも美味しいしね。
今は神殿教室を辞めてから、1年と半年くらい。変わったことといえば、あの冷風器が思ったより売れたことかな?
最初の年は、登録したのが夏も半ばだったこともあって、そんなに出回らなかったみたいなんだけどね。でも使った人の評判を聞いて、次の年は夏に入る前から売れ始めたんだって。みんなが少しでも過ごしやすくなってたらいいよね。
あとはね、アレクとハルトとは、変わらずに毎月集まってるんだよ。もう魔法の工夫をしたりはしてないけど、集まるだけでも楽しいしね。
でも気づいたら、2人とも背が伸びてきててね。ちょっとずつ差が広がってる気がするんだよね。わたしだって伸びてるし、少しずつ体力もついてきて、木登りだってできるようになったのにさ。ちょっと悔しいよね。
今はもう夏の暑い季節で、アレクはもうすぐ10歳になるんだよね。10歳といえば――洗礼式。
できる限りのことはやってきたと思うけど、魔法学校に入れるかは、1度きりのチャンスだからね。やっぱりドキドキするよね。
ハルトもわたしも、冬には結果が出ると思うと、なんだか今から焦っちゃう。とにかく、やれることはやって、洗礼式を迎えないとね。あとで後悔しないように、精一杯やりきるぞ!
⊹ ⊹ ⊹
「アレクって、もう少しで洗礼式なんだよね?」
「そうだな。月の最後の日だって聞いた」
「あっ、そういえば、僕のお兄ちゃんたちも最後の日だったよ。もしかしたら、洗礼式って毎月の最後の日にあるのかもしれないね」
「なるほど。じゃあ、わたしは半年後だね」
「僕はその一月前だね」
「わたしたちの魔力量ってどうなのかな? 基準を超えてるといいんだけど……」
「どうだろう? 僕たち以外の子と比べることがないからなぁ。それに、基準の魔力量がどのくらいなのかも全然分からないもんね」
「そうだよね」
「俺は大丈夫だと思う。それに、今までやれるだけやってきたし、もしダメでも仕方ない」
「たしかに。わたしたちなりに頑張ってきたもんね!」
「うん、そうだね。きっと大丈夫!」
「洗礼式が終わったら報告するよ」
「うん、待ってるね!」
そうして今月最後の日。今日はアレクの洗礼式だ。自分のことじゃないのに、すっごくドキドキするし、なんだかソワソワしちゃう。洗礼式って何時からか分からないから、朝からずっとこんな感じなんだよね。
「落ち着かないから、ハルトの家に行ってこようかな」
お父さんに出かけるって伝えてから、家を飛び出す。ハルトの家はご近所さんだから、すぐに到着した。ノッカーで扉をコンコンと叩いてハルトを呼ぶと、すぐに出てきてくれた。
「ハルト! 今日アレクの洗礼式だよ」
「うん。僕、なんだか落ち着かなくて」
「やっぱり? わたしもソワソワしててね、それで来てみたの」
「それなら広場に行ってみる? もしかしたら、アレクも終わったら来てくれるかもしれないし、来なくても走ってればいいし」
「そうだね。家でソワソワしてるよりいいかも!」
そのまま、ハルトと2人で広場に向かった。月の最後の日は、空の日でお休みの人が多いからか、いつもより人がたくさんいる。
「今日はちょっと、走り回るには人が多いね」
「ほんとだ。うーん、でもベンチに座るのは暑そうだよね。とりあえず、木陰に座ってようか」
「それなら、アレクが入ってくるのが見えるように、あの木の下にしようよ」
「賛成!」
ちょうど良さそうな位置に移動して、その木の下に座った。ベンチはお日様に照らされていて、湯気でも見えそうな感じがする。……ほんとに暑そう。
今日はわりと風が吹いてるみたいで、木陰に入ると思ったより涼しく感じた。それに、ネックレス型の冷風器も付けてるしね。
「この冷風器、首から下げて使えるから便利だよね。ちゃんと涼しいし」
「でしょ! やっぱり夏って暑いもんね。少しでも涼しいほうがいいよね」
「うん。うちのお母さんも、すごく助かるってよく言ってるもん。屋台の中って、すごく暑くなるんだって」
「ほんと? バーバラおばさんみたいに、外で働く人って夏は大変だと思うから、役に立ってるならよかったよ」
そうして、しばらくおしゃべりをしてたら、ふいに入口からアレクが走って入ってきた。
「あ! 2人とも!」
アレクが息を切らせて、肩も上下に大きく動いている。よっぽど急いで走ってきたみたい。アレクの大きな声にちょっと驚いたけど、アレクが話し出すのをじっと待った。
「はぁ、はぁ……俺、選ばれた……!」
「!!」
驚いたのと嬉しいのとで、とっさに言葉が出てこない。横を見ると、ハルトも同じみたいだった。
「俺、選ばれたんだよ!……魔法の学校に行けるんだっ!」
「おめ、おめでとう…!」
ようやく理解し始めた頭で、なんとかお祝いの言葉を絞り出した。そうしたら、ただただ嬉しくなってきちゃって、思わずアレクに抱きついた。
「すごい、すごーい! ねっ、ハルト!」
そこでようやく、ハルトからも「おめでとう!」という言葉が出てきて、3人で抱き合った。
大丈夫だって信じてたけど、現実になるとこんなに嬉しいなんて! 本当によかったよぉ。
「ありがとな。本当に2人のおかげだ」
「アレクが頑張ったからだよ」
「そうだよ。僕たちは、きっかけを教えただけだもん」
「それでも、2人がいなかったら違う結果になってたかもしれないから、やっぱりありがとうだ」
「うんうん、じゃあみんなすごいね!」
「ははっ、それレティちゃんらしいや」
「だな」
笑いながら、みんなで褒め合う。だって、今までの頑張りが、ちゃんと実って嬉しいもんね。
「絶対じゃないけど、きっとレティもハルトも選ばれると思う」
「そうかな? でもアレクが選ばれたおかげで、わたしたちも心強くなったよね」
「うん、そうだね。やってきたことが間違ってなかったんだって思えたもん」
「そうそう。わたしたちだって、魔法の学校に行くんだからね。3人で行こうね!」
「おー!」
お決まりのポーズを決めて、みんなで心をひとつにする。次の洗礼式がハルトで、最後がわたしだ。まだ少し先だから、気を抜かずにやりきらなきゃね。
⊹ ⊹ ⊹
それから夏が終わり、秋を通り過ぎて、冬が近づいてきた頃。ハルトの洗礼式の日になった。
ハルトとは家族ぐるみの付き合いだから、わたしも一緒について行かせてもらえることになったんだよ。洗礼式の間は、中には入らずに外で待ってるけどね。
それにしても、待ってる間って、なんでこんなに長く感じるんだろう? ハルトなら大丈夫だって信じてるけど、やっぱりドキドキするし、ソワソワして落ち着かないよ。
しばらく建物の前でぐるぐるしていると、神殿の扉が開いた。何人かの親子連れが出てきたのに、ハルトたちの姿が見えない。
「どうしたんだろう……」
じっと扉のほうを見ていると、ようやくハルトが出てきた。ハルトの顔がニコニコしてるのを見たら、ほっとして体から力が抜けていくのを感じた。
「レティちゃん!……僕、やったよ!」
「わぁ、ハルトおめでとう! よかったー!」
「ありがとう! これもレティちゃんのおかげだよ」
「そんなことないよ。……って、アレクのときとおんなじこと言ってるね」
「はははっ、そうだね! でも、本当にそうだもん。ありがとね」
「うん!」
2人で手を握りながらはしゃいでいると、バーバラおばさんが、呆れたように声をかけてきた。
「そんなに養成学校に入れるのが嬉しいのかねぇ」
「そうだよ! 僕、魔法が使えるようになりたいんだもん」
「……うん? 養成学校?」
「あっ、魔法の学校って、養成学校って言うんだって」
「へぇー養成学校っていうんだ。知らなかったね」
「ねー。どんな学校か分からないけど、魔法を習えると思うと楽しみだよね」
「そうだよね! あっ、バーバラおばさん、わたしもその学校を目指してるんだよ」
「そうなのかい。まぁまずは、養成学校の前に、公立の学校に入らないといけないらしいからね。勉強も頑張りなよ」
「……え、公立の学校?」
「そうなんだよ。さっき説明があってね。春から公立の学校に通うことになったんだ」
「えー! 知らなかったぁ」
なるほど、それで出てくるのが遅かったんだね。公立の学校って何を勉強するんだろう?
「なんかね、国のこととか色々勉強するんだって。役人さんとか、商会やギルドで働きたい人たちも通うらしいよ。だから、アレクも通うことになるんだと思うよ」
「そうなんだ。アレクは何も言ってなかったから、知らなかったね」
「うん。もしかしたら、みんな選ばれてから話そうと思ったのかもしれないね」
「たしかに。選ばれなかったら、関係ないことだもんね」
「さあ、さあ、おしゃべりしてないで帰るよ」
「はーい」
すぐに魔法の学校に入るんじゃなくて、公立の学校があるなんて。……これは新事実だったね。
でもさ、役人さんを目指すような人たちが通う学校だなんて、なんだか難しそう。魔法を習うのにも、まずは勉強するなんて、なんだか思ってたのと違う感じだよね。
魔法を使いたかったら、魔法の学校に通わないといけないっていうのも、最初はびっくりしてたのに。
「まぁ、行かないといけないんだったら、勉強も頑張らないとだね」
でもまずは、わたしの洗礼式だよね。どうか、魔力量が足りますように――。




