22. 少しずつ少しずつ
約束した通りに、翌月に入ってからアレクに木登りを教えてもらった。それで分かったんだけど、わたしは腕の力が弱いし、体力も少ないみたい。
ハルトは登れたのに、わたしはできなくて、しかも途中で疲れちゃったんだよね。悔しいなぁ。
冒険者になるなら体力も必要だし、身軽に動けるほうがいいと思うから、これからは体も鍛えなきゃね。
「アレクはどうやって体を鍛えてるの?」
「俺は毎日走ってるのと、あと木剣で素振りしてる」
「毎日!? それはすごいね」
「もっと小さい頃から、父さんと一緒にやってたからな。少しずつできるようになったんだ」
「そっかぁ。わたしも今からやってみようかな」
「それがいいと思う。魔力と同じで、体力だって少しずつ増えると思うから」
「……なるほど」
そういえば、走ることってあんまりないもんね。前世と違って、基本的な移動手段が徒歩だから、こっちのほうが歩いてるとは思うんだけどね。神殿だって遠いしね。
「それなら、なるべく広場に来て走ってみようかな?」
「そうだね。僕たちの家の周りって道も狭いし、ちょっと走りにくいもんね。僕もそうしようかな」
「うん。タイミングが合うときは、一緒に走りに来ようよ」
「そうだね! あとは、月に1回は集まってるから、みんなでできることもやろうよ」
「うんうん。木剣はないけど、木の棒で素振りをするのもいいかも。……というわけで、アレク。また教えてもらってもいい?」
「もちろん。2人には俺も教わってるからな」
「ありがとう!」
お昼ごはんに向けて、これで解散になった。初めての木登りは失敗に終わったけど、新たな目標ができたんだもん。すごくいい体験だったよね。よーし、これから体力づくりも頑張るぞ!
お昼ごはんも食べて、午後はちょっと休憩。読めるようになった絵本を眺めながら、ふと気づいた。
そういえば冒険者って、武器も使うんだよね。魔法が許可制だった衝撃がすごすぎて、魔力のことしか考えてなかったよ。10歳の洗礼式に向けて、魔力を増やすのは大事だけど、武器のことも考えなきゃ。
前世の記憶を思い出してみると、魔法使いだったら魔法だけっていうパターンもあるけど、わたしがなりたいのは冒険者だもんね。
ふむふむ。王道なのは、剣、弓、槍、短剣とかかな? 斧とか大きい武器もあるみたいだけど、そういうのは重くて無理そうな気がする。
それに魔物とは、なるべく距離があるほうがいいなぁって思うんだよね。そうなると、弓がいいのかな。前世のわたしが好きだった物語でも、弓で仲間を援護したり、魔法で倒したりしてたっぽいもんね。……うん、わたしには弓がいい気がする!
弓がないから練習はできないけど、腕の力を鍛えるのは今でもできるよね。それなら、えーっと……腕立て伏せっていうのがよさそうかな? 分からないけど、まずはちょっとやってみようっと。
絵本を閉じて、自分の部屋に向かう。前世の記憶を頼りに、両手を床について、爪先と両手で体を支えてみた。……ぷるぷる……バタっ。
「あたっ」
思いがけず、ぺしゃんこになった。びっくりだし、地味に痛い。これから腕立て伏せのはずが、その前に終了しちゃったよ。
「イメージでは簡単そうだったんだけどなぁ」
思ったより腕の力がないのかも。だって初めてやることだし、体だって成長中だもんね。
そこでふと、違うイメージが頭に浮かんできた。
「なるほど。テーブルを使う方法もあるんだね」
椅子をどかして、机に腕をついてみる。体がまっすぐになるように、足を少しずつ後ろに伸ばしていくと、腕に体重がかかるのを感じた。……そしてまた、腕がぷるぷるしてきた。
「本当だったら、腕を曲げたり伸ばしたりするんだよね……うん、今は無理な気がする」
腕がぷるぷるしなくなるまでは、こうやって体を支えるだけにしてみようっと。焦らず、少しずつだよね。
そういえば、弓を使う人って、木に登ったりするっぽいよね。さっき前世の記憶を思い出したときに、ちらっと頭に浮かんだんだけど、木に登って隠れたり、上から魔物を狙ったり。
今日は木に登れなかったけど、これは重大ミッションな気がする! そのためにも、練習あるのみだね。
「アレクがいてくれてよかったぁ」
だって、わたし1人で登れるようになる気がしないもん。ハルトにも助けてもらってるし、仲間がいるって心強いね。
⊹ ⊹ ⊹
それから、ライトが砂時計で1回と半分くらい出せるようになった頃。今日の神殿教室はいつもと違って、隅にあるテーブルに、わたしとハルトとコニーの3人で座ってるんだ。なんと今日は、ソーニャ先生からお金について教えてもらえるんだよ。
実は、前にカイが教えてもらってるのを横目で見てて、いいなぁって思ってたんだよね。だから、ちょっとワクワクしちゃう。
「お金は、5種類あってね。低いほうから、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨があるの。いちばん高価な白金貨は、貴族でも持ってる人があまりいないくらいだから、ほとんど見ることはないと思うわ。それと、金貨は商人が使うくらいかしら。わたしたちが普段使うとしたら、この3種類ね」
ソーニャ先生はそう言うと、3つの硬貨を見せてくれた。いちばん小さいのが鉄貨で、ちょっと黒っぽい。銅貨と銀貨は、はじめて見る色だけど、それぞれ色も大きさも違うから分かりやすいね。
「この鉄貨が10枚で、この銅貨1枚。銅貨が10枚で、この銀貨1枚になるの。金貨は銀貨10枚分、白金貨は金貨10枚分ね。ここまでは分かるかしら?」
みんなで、うんうんと頷いた。
「では、ここで問題ね。銅貨を1枚持って行って、市場で鉄貨3枚分のお菓子を買うとします。そうすると、帰りはどの硬貨を何枚持っているでしょう? 分かったら手を挙げてね」
えーっと、銅貨は鉄貨10枚なんだよね。ということは、10から3を引けばいいから……鉄貨が7枚だ!
「はいっ!」
「レティはもう分かったの? じゃあ、先生にこっそり教えてね」
ソーニャ先生が耳に両手を当ててくれてるから、近くに寄って、小さい声で「鉄貨7枚です」って答える。すると、小さい声で「正解」って言ってくれた。
……やったぁ! 思わず声に出そうだったけど、ハルトとコニーがまだ考えてるから、心の中だけで喜ぶことにする。
しばらくするとコニーが正解して、そのあとハルトも正解した。すると、ハルトが悔しそうにしながらコニーに話しかけた。
「あーあ。コニーに負けちゃったな」
「お金のやり取りは、お父さんのお店で見てるもんね」
「そっか。コニーはお店でお手伝いしてるもんね。僕が負けるのもしょうがないかぁ」
「でも、お金のやり取りはさせてもらえないけどね」
いつもの計算だったら、コニーよりハルトのほうが早いんだけどね。コニーのお父さんは市場で野菜屋さんをしてるから、鉄貨や銅貨は見慣れてるのかもしれないね。
「全員正解できたわね。3人ともすごいわ」
ソーニャ先生に褒められて、みんなで照れたように笑い合う。お金は生活で使うものだからか、いつもの計算より楽しい気がする。
「じゃあ次は、ちょっと難しくして――」
そのあとは、2つ買うときの足し算をしたんだけどね。鉄貨10枚以上だったら銅貨+鉄貨になるから、ちょっと難しかった。まだ一人でお金を使うことはないと思うけど、これも少しずつ慣れていかないとだね。
家に帰ってお昼ごはんを食べながら、お父さんに教室で習ったことを話す。今日はお金について教わったから、お父さんも感心している。
「レティももう、一人でお金が使えるようになるね」
「うん! 今度お買い物に行くときは、わたしが払ってみたいな」
「さっそくだね。それじゃあ、野菜屋さんでお願いしようかな」
「あっ、コニーのお父さんのお店ね!」
「そうだよ。よく行くお店だから、慣れてるかなと思ってね」
「分かった! いつ行く?」
「ははっ、気が早いなぁ。それなら、明日にでも行ってこようか」
「えっ、いいの? やったぁ! ありがとう、お父さん」
「ちょうど、今は急ぎの仕事がないからね。といっても、午後は仕事だけどね」
「じゃあ今日は、1人で後片付けしておくね」
「そうかい? それならお願いしようかな」
「うん、まかせて!」
もうすっかり使い慣れたウォーターの魔法で、桶にお水を溜めてから食器を洗っていく。神殿教室でもお姉さんだし、後片付けだって、もう1人でできるんだよ。へへん。
午後は何をしようかな。……とは言っても、夏も真っ盛りで、ものすごく暑くなってきたもんね。朝ならまだいいんだけど、お日様が高くなってきたら、外で何かをするのはつらいんだよね。
――熱中症
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
そっか。暑い中に長い間いて、体に熱がこもっちゃうと、いろんな症状が出て危ないんだね。しかも、部屋の中でもなったりするみたい。
でも前世の記憶では、夏も涼しい部屋にいるみたいなんだけどな。……あっ、クーラーっていうので部屋を涼しくしてるんだ。すごいすごーい! それ、あったらいいなぁ。そしたら夏だって快適だもん。
そう思って、クーラーの作り方を覚えてないか思い出そうとしてみたけど、なんにも出てこない。
「たぶん、作り方は知らなかったんだよね。はぁー残念」
すると、そよそよっと風が吹いてくる、なんだか面白い形のものが思い浮かんだ。
これって、風が出てるだけっぽいよね? だったら、こういう魔道具ってあったりしないのかな。これがあったら、窓から風が入ってこない日でも、少しは涼しくなると思うんだけどな。あとで、お父さんに聞いてみなきゃ。
それで夜ごはんのときに、お父さんに聞いてみたんだけど、そういう魔道具はないんだって。残念。
「でも、そういう魔道具があったらいいね。真夏でも過ごしやすくなるだろうし、作るのも面白そうだ」
「うん。でもほんとはね、風が少し冷たくなって出てきたらいいんだけどなぁ」
「風が冷たく?……温度を下げて風を出すのか。それなら――」
あ、また錬金術士モードに入っちゃった。何か思いついたのかな? 冷たい風が出てくる魔道具ができたら嬉しいから、今回はそっとしておこうっと。
「後片付けしてくるね」
一応聞こえてるみたいで、生返事が返ってきた。こうなったら、しょうがないもんね。やれやれだよ。
そうして食器を洗っていると、ごめんごめんって言いながら、お父さんも手伝ってくれた。
「ちょっと、いいことを思いついてね。レティが言ってた魔道具、もしかしたら作れるかもしれない」
「ほんと!? できたら嬉しい!」
「そもそも風を出すだけなら簡単だし、少し温度を下げるっていうのも難しくないんだよね。ただ、それを組み合わせるっていう発想がなかったというか。ほら、昔から夏は暑いものって思ってたしね」
「なるほど。あったらいいなって思っただけなんだけど、そういうのが役に立つこともあるんだね」
「そうだよ。あったか石のときも、レティの思いつきだったしね。うちのレティはすごいな!」
「へへっ。なんたって、お父さんの子だからね!」
そう言って、思わず2人で吹き出しちゃった。
「そしたら、市場に行くのは別の日でもいいよ」
「いやいや、それは約束したからね」
「だって、早くできたら嬉しいもん。それに、後回しにしてたら、夏が終わっちゃうかもしれないし」
「ははっ、そんなに長くかからないと思うけどね。それじゃあ、なるべく早く作るから、ギルドに登録しに行くのと一緒に市場にも行こうか」
「うん、賛成!」
「よし、さっそく設計してみるぞ」
「わたしは自分の部屋にいるから、ちゃんと途中で切り上げて寝てね」
「分かった、気をつけるよ」
後片付けが終わったら、お父さんはすぐに作業場のほうに向かっていった。
どんな魔道具ができるんだろうなぁ。今回のは、思いついたことをポロッと言っただけだったから、あの扇風機?っていうのの形とかは説明してないんだよね。
涼しくなる魔道具っていうのも楽しみだけど、どんな見た目なのかも楽しみだよね。早くできるといいなぁ。




