開始まであと5分
先輩は、舞台が始まる5分前になると、儀式を始める。
舞台袖に立ち、目を閉じて、観客の息遣いを感じ取る。
そうして、緊張感を高めてから舞台に出ると、最高の演技ができるんだ、って。
ど素人に毛が生えただけの私も、最高の演技ができるなら、と真似するようになった。
今日は、先輩の高校最後の舞台。
最後の舞台は、学校の文化祭だ。
少ない観客の小さな舞台。それでも、先輩は気を抜かない。
そこを尊敬しているし、そこが好きなところでもある。
いつもと同じように目を閉じて、観客の息遣いを感じ取ろうとする。
でも、これが先輩と一緒に上がれる最後の舞台かと思うと、集中ができない。
「集中してないだろ。」
耳元に聞こえた小さな声に、ドキリとする。
目を開ければ、先輩が私の耳に顔を寄せている。
「せ、先輩こそ、いつもの儀式やってるはずじゃないですか。」
私も小さな声で答える。
「今日はいいの。」
先輩が耳元で答える。
「緊張感高めなくていいんですか?」
ぼそりと質問すると、先輩が首を振る。そのちぐはぐさに、私は混乱する。
「今、緊張感高めてるところだから。」
小さな声で答えられた内容の意味が分からなくて、私は首をかしげる。
「どうやって?」
あまりに近すぎてちらりとしか見られない先輩の顔を見れば、先輩の顔は確かに緊張しているように見える。
先輩が時計を見た。あと、何分なんだろう。
コクリ。先輩が唾をのむ音がする。
それくらい、私たちの距離は近い。
どうやって。
その答えは、まだもらえない。
「好きだ。」
ブ―――――――――――――――――。
幕が、上がる。
何の気なくファイルを開けたら見つけました。良く残ってたな、というのが個人的な感想です。
この話、好きですけどね。
楽しんでいただければ、幸いです。




