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悪魔の視線は尚、私に向けられたまま、沈黙の時がしばらく流れた。
普段の穏やかで静かな天国の雰囲気とは違う、ピリピリとした緊張感のある空間がそこにはあった。
「姉さん? 私が、貴方の?」
今度は私が聞き返す番だった。記憶のない私にはそれが本当なのか確かめるすべはなかった。当然私はこの少年のことを知らない。
「くそ……、既に天国の雰囲気に毒されたというのか……! 姉さんここに長居しちゃだめだ! どこか安全な所へ……。そうだ、地獄に行こう! ここよりかはいくらかマシなハズだ!」
少年は私に近づくなり、腕をガシリと掴んでどこかへ連れて行こうとした。振り解こうにも、少年の握力は力強く、離れる気配がない。
「待って、私には何がなんだか……。記憶を失ってしまって思い出せないの。貴方の事も、私自身の事も」
ガンガン歩き進む少年に引きずられながら、なんとか冷静さを取り戻してもらおうと会話を試みるも、少年の歩行スピードは緩むことがない。
「大丈夫だよ、姉さん。俺が……必ずなんとかしてみせる!」
「分かった! 分かったから少し落ち着きましょう? 貴方が私の弟だってこともちゃんと思い出すから」
「分かってるさ! でもそのためには、ここから一端離れなくちゃならない。ここに長居してはいけないんだ!」
なんとか振り解いて落ち着こうとする私。
とにかく天国から出たがる少年。
もはやお互いの主張が交わることはない。
「お、思い出したわ、貴方の事!」
「……ホント!?」
少年は黙々と進んでいた歩を止め、後ろを振り返るなり、パッと明るい笑顔を見せた。
「ええ……、今ふと少しだけ記憶が蘇った気がしたもの。確かに貴方は本当に私の弟だったみたいね」
「良かった……。またこうして会話できるなんて。夢のようだよ!」
歓喜に満ち溢れた少年は、腕を掴んでいた手を離し、両腕を広げて大げさに喜んでいた。
少し度胸のいる選択だったが、どうやら上手くいったようだ。
相変わらずこの少年の事はなにひとつ思い出せていなかったが、こうするしかないと思った。今この少年の気を引く話題は多分これしかないと踏んだのだ。
あとは、上手いこと話を合わせて逃げられればいいのだが……。
「ちなみに姉さん、俺の名前は分かる?」
「いいえ……まだ、断片的にしか思い出せてなくて」
「そっか……。姉さんがちゃんと思い出せるように、俺頑張るよ!」
「うん、ありがとう」
素直に嬉しいと思った。家族に対してこれほど素直に優しくできるという事は、きっと暖かい家庭で育てられてきたのだろう。
それが何故、悪魔なんかに……。それも、私に引き続きこの少年まで立て続けにこっちの世界に来ることになるなど。
「貴方までこっちに来るなんて……。なんて、不幸なのかしら」
その途端、嬉しさに溢れていた少年の顔がピタリと止まる。
「何言ってるんだい、姉さん。先に死んだのは俺の方だよ……?」
「えっ……」
その場が一気に凍りつく。