その41「おしまいの街②ハートウォーミング・ヒートヒートヒート」
こころちゃん。
フルネームは「ハートウォーミング・ヒートヒートヒート」。
俺が人生で五番目に見たアンドロイドだ。こころちゃんと呼ばれていたから、どこかかわいらしいアンドロイドを想像していた。だが実際の彼女は、いや性別があるのかすらわからない、燻銀の動く骨格標本という見た目であった。
「ハジメマシテ。ハートウォーミング・ヒートヒートヒート、デス」
先ほど聞いた彼女の仕事。
それは自殺の扶助だった。
「生きている人を把握するというのは、死んでいく人を把握する必要があるということですよね」
渚は言った。
「この街ができた当初から、自殺する人が後をたちませんでした。最初はそれをなくす努力をしていたのですが、まあ、このご時世です。止められなかったんですね。それで……局で管理することになりました。多数決で。届け出があれば私たちはそれを受理し……薬を渡します。悪用がないよう、その薬を使うところまで私たちが立ち会います。自殺扶助……まあもう少し堅苦しい、言い訳するみたいな正式名称なんですけど……自殺扶助が、まあ実情ですよね」
「はじめはねえ、私たちみたいな人間の職員が担当していたんだけどねぇ……」
この時ばかりは絶句した。
何も言うことができなかった。言う筋合いすらないと思った。
死んでいく人間の気持ちは、理解できる。しかしそれを背負わされた人の痛みは、お世辞にも人間らしいとは言えないアンドロイドが、最終的な担当になったことからも容易に想像がつく。
俺たちが滞在することになった『星の海』。そこは紛れもなく、おしまいの街だった。今まさに死んでいっている街だった。
「みなさんがこの街に住まれるのか、それはわかりませんが、もう夜ですし宿泊できる場所は必要ですよね」
そういう渚の案内で、俺たちは浮島の一角に来た。小さな船が何艘か複合した居住空間だった。
「女性の部屋と男性の船で別れられますよ〜。……それとも一緒の方が?」
「いや、別でいい」
「ではご自由に使ってくださいね〜」
「なあ……」
「はい?」
「……いや、やっぱりなんでもないです。気にしないで」
俺と櫻宮薫子は別々の船を選んだ。渚はまた明日来ると言って去った。
クオンは、俺の方についてきた。
「こっちでいいのか?」
俺が尋ねる。
「ねえ、さっき渚さんに聞こうとしていたことって……この船が、なんで空いているのかってこと」
「……そうだよ。……聞けるわけがない」
俺は、布団の敷かれていないベッドに腰掛けた。比較的狭い空間だ。ベッドもこれひとつだけか。机などはあるが、どう探しても元々の居住者の面影は感じることができなかった。
「何もないな」
「多分、処分しちゃったんだと思うな。そこまでが仕事なんだと思う。確かに……私ならやりたくない……」
ベッドに、クオンも腰をおろした。
「聞かなかったけど、いいよね。私もベッドで寝たい」
「……この船にいた人は、きっとここで一人で寝てたんだよな」
「だと思う。……だから私、二人で寝たい」
「やっぱりさ……死にたくなるもんなのかな。俺は……俺が死のうとした理由は、少し違っていた気がする……けど、でも、やっぱり残された人は……つらいん、だよな……」
「……つらかった」
クオンがしぼるように言う。
「うん……つらかった……つらかったよ……大切な人がいなくなって……どうして私じゃなかったのって……ずっと思ってた……。トキワくんのことや……他の患者さんのこと……助けている間だけは、忘れていられたんだ。助けてたんじゃなくて……ずっと助けられてた……」
「俺、謝りたいんだよ。俺が残してしまった人に……もしまだ生きていてくれてるならだけど……謝りたいんだ……クオンが俺を助けてくれたから、やっとそう思えるようになった。きっとさ、救われてない人は……他人のことは考えられないんだ。そう言う風に人を救ってきたクオンは……やっぱり俺はすごいと思う……」
「照れるな……ありがと。もっと言ってよ。そしたらもっと照れちゃうから」
クオンが噛みしめるように笑った。俺も、不思議と笑える気持ちになった。
入り口の鉄の扉を、誰かが叩いた。
「フトン ト シーツ デス。ワスレテイタ ト 渚ガ」
扉を開けたのは、ハートウォーミング・ヒートヒートヒートだった。
「あ、ああ……ありがとう……忘れてたのか……」
そしてこの扉、鍵が閉まらないのか。
「オジャマシマシタ?」
なぜ疑問形なんだ。
「いや、助かったよ」
「ソレハ良カッタ! ヨロコバレル仕事、イイデスネ。普段は喜ばれないしねえ……タイヘンデス」
なんか今一瞬すげえ流暢にしゃべってなかった?
「ソレデハ ヨイ夜ヲ。グッドナイト!」
去った。
「あの人がこころちゃんて呼ばれてた理由、なんとなくわかった気がする」
クオンがしみじみと言った。おかしくなって、俺はまた笑った。
「何にせよ布団は助かる……木の板の上で寝るところだった」
「ふかふかだよ! これ」
クオンがはしゃいだ。




