その15「水の底⑥生と死の分水領」
地下一階に立てて並べられた冷凍カプセルの、一番奥から二番目の中に彼女がいた。
あれからずっと、彼女の時は止まったままだ。
「なあどうして」
俺は問いかけた。
「あんたは死のうと思ったんだ」
『幼女』の秘密に衝撃を受けた、それはわかる。しかしこんなにもあっさりと、自分の命を投げ出してしまうとは思わなかった。あの頭のいかれた実験を、まだまだ繰り返すものだと思っていた。
なぜ、大した理由もなくーー
俺は俯いた。かぶりを振った。
問いかけが、静かに自分に返ってきた。
「俺はどうして、今死んでいないんだ」
人類絶滅、それを目の前にしてなぜ「大した理由もなく」俺は生きるのだろう。死んでしまったっていっそ、かまわないではないか。一度は自分から捨てようとした命ではないか。
この女は心の中で抵抗していたのだ、きっと。人類絶滅という途方もない絶望を前にしてなお、自らの『好き』を頼りに生きていたのだ。それがなくなれば、彼女にはもうーー
俺は、彼女のカプセルの横に寄りかかった。俺は今ここにいた。水の中だというのに息ができた。クオンの言っていた通りだった。
クオンの言っていたことを、俺は思い出していた。
「肌にね、水を感じるんだよ、雑巾の手触りとかほこりっぽい空気とか、そういうものひとつひとつが生きている肌触りなのさ」
俺はぽつり、ぽつりと語り始めた。生き返ってからのこと。クオンとのこと。アンドロイドの暴虐。彼女には聞こえていないのだろう。地蔵に話しかけるようなものである。
「実は俺も、あんたと同じに身を投げたたちなんだ。あんたと違って川にだったけれど。そのときは、それでいいと思っていた。今だって、生き延びていて良かったのかどうか、よくわからない」
静かに時間が流れていく。
「ああ……だけどさ、夕日はきれいだったんだよなぁ。今まで、そんなことに目を向ける余裕なんてなかったからなのか、やたらに、眩しいんだよ。そんな時間が何になるのか俺にはわからないけれど、どうせ何にもならない人類なんだ、好きにしたって別にいいよな……」
しばらくたって、部屋の扉が開いた。クオンがいた。
「そろそろ、戻らないかい」
俺は頷いた。
「なあクオン、ここは何なんだ? 俺はさっき、この女の過去を見ていたんだが」
「人の心は、海に浮かんだ島なのさ。水に潜れば、繋がるところも見えてくるものなんだ」
また小難しいことを、クオンは言った。
立ち去るクオンの背中を見て、俺は心の中で問いかけていた。
もう子供が生まれてこないはずの世界なら
クオン、君はいったい何者だ?




